副官ラウルの多忙なる嫁とり 『隣国で婚約破棄された娘を嫁に貰ったのだが、可愛すぎてどうしよう』番外編

武州青嵐(さくら青嵐)

第1話 お前に見合い話だ

『サリュ王子と、その副官ラウルは速やかに王太子殿下の執務室へ』


 その知らせにより伺ったものの、ぼくもサリュ王子……、まあ団長も、その内容を知らされていなかった。


「実は、ガレン騎士団の団長、モルガンより申し出があってな」


 ぼくと団長が並んで執務机の前に立つと、王太子殿下はペンを止め、背後の侍従に無言で手を差し出した。


 侍従は恭しくその手に、封筒を渡す。

 動きも言葉も無駄がない。


 これが、ぼくと団長だったら、「ラウル! あれ! あれ、どこ!」「あれってなんですか。封筒ですか? もう。一番上の棚に入れたって、言ったでしょう」と、喚きあいながらバタバタやっていたことだろう。


「ちょっと前向きに考えて欲しいことがある」


 封筒から便箋を取り出しながら、王太子殿下がおっしゃる。


 おまけに、顔もきれいなんだよなぁ、この王太子殿下。同じ親から生まれたのが団長だと思えないぐらい。


 いや、団長も男前は男前だ。

 ただ、種類が違う、というか。

 どうしても団長は、男くさい。


 身体はでかいし、筋肉はがっちりしているし、顔の彫りも深くて毛深い。野性味あふれる男前だから、常に手入れが必要になってくる。ほら、ひげ剃ったり、眉毛整えたり。


 それを今まで怠っていたもんだから、ついた仇名は『ティドロスの冬熊』。


 ……まあ、熊男、なんだよね……。


 だけど。

 嫁をもらってから、変わった。


 ほんと、劇的にこの団長、変わった。

 服装はちゃんとするようになったし、ひげや髪は毎朝気にするようになったし、なにより淑女の扱い方を覚えた。


 ……途端に、だ。

 これは団長には内緒だが。


 結構、もてはじめたんだよなぁ。本人は全く気付いていないし、本人が全興味を注いでいるのは嫁さんにだけだから、まあ問題ないっちゃあ、問題ないんだけど。


 社交界で、かなり噂になっている。『ティドロスの冬熊』、意外にいいんじゃない、と。


 今後、要注意案件だ。


「ラウル」


 王太子殿下に名前を呼ばれ、うっかり素っ頓狂な声を上げるところだった

 危ない、危ない。余計なことを考えていた、なんてばれたらどんな目に遭わされるか。


「はい」


 返事をしたぼくの前に、ぱらり、と王太子殿下は便箋を開いて見せた。


「お前に、見合い話だ」

「……は?」


 今度こそ、勢いよく口から変な声が出た。ちらりと隣に立つ団長を見上げたら、こっちも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「サリュが結婚するまでは、と、お前が公言していたので、今まで控えていたんだが……。サリュも嫁を貰ったわけだし、お前ももう、30になるだろう? 実家のご両親も気をもんでおられることだろう」


 王太子殿下は、まったく表情を動かすことなく、そんなことを言う。ほんと、なんというか、こういうところも、弟である団長とは大違いなんだよなぁ。


「相手は、誰なんですか」

 団長が尋ねる。


 まあ……、気には……、なる。王太子を通して申し出るほどの、男か? ぼく。


 実家は男爵家。そこの次男だ。家はすでに兄が継ぎ、爵位はそちらに移っている。

 こんなぼくを婿に、というようなもの好きはいるんだろうか。


「ガレン騎士団の団長、モルガン伯爵のひとり娘、セラだ」


 王太子殿下は答えるが、団長とぼくは顔を見合わせ、「はて」と首を傾げた。


 もちろん、ガレン騎士団は知っているし、モルガン団長とも年に数回は顔を合わせ、仕事のやり取りや合同訓練なんかを行っている。


 だが、その娘、となると。

 さっぱり顔も思い浮かばない。


「なんでも、サリュの披露宴でラウルを見かけ、一目ぼれしたらしい。色男はどこにいても目立つな」


 王太子殿下は淡々と言うが、美男子に言われても。結構な嫌味に聞こえる。


「モルガンは、目に入れても痛くないほど娘を溺愛している。変な虫がついてはいかん、と、屋敷に閉じ込めているほどだ。この見合い話を断ったら殺されるぞ。仲介をしたわたしの命すら危うい」


 拒否権ないって、ことですか。


「その……。モルガン団長の娘さんは、いくつぐらいで、どんな感じのひとなんです? ってか、披露宴で一目ぼれってことは、ラウル。お前は会ったことあるのか?」


 団長が困惑して、王太子殿下とぼくを交互に見るけど。

 ぼくは首を横に振った。


「覚えがありませんね。あのときは、団長が庭で襲撃されるわ、シトエン妃を名誉団員に任命したりと大変でしたから」


 いったい誰に狙われているのかはわからないが、シトエン妃は、この国に嫁いでこられてから、しょっちゅう危険な目に遭っている。その護衛だなんだと、結果的にぼくの業務量は増え、正直なところ、護衛対象シトエンさま以外、見る余裕なんてない。 


 誰かと会話したっけかな、と思い返してみても、脳裏をよぎるのは、団長の背中にナイフを突き立てた男を斬り倒したことと、シトエン妃に合う隊服を必死に倉庫から探し出したことぐらいだ。


「モルガン曰く、娘は非常に奥ゆかしく、また、内気で恥ずかしがり屋。いまだ屋敷の人間以外と気さくに話したことはないという箱入り娘だそうだ。なので、披露宴でも、ラウルの姿を物陰から、そっと見た程度だ、と」


「絶滅危惧種でも保護してるんですか、モルガンは」


 失礼なことを真面目な顔で団長が言うから、睨んで黙らせる。


「どんなお嬢さんでも構いませんが……」

「構うだろう!」


 王太子殿下にお返事したというのに、団長が目を剥いた。


「一生の伴侶だぞ! そんな、未確認生物みたいな娘と結婚してもいいのか!」

「少なくとも存在はしているんですから、未確認ではないんじゃないですか?」

「お前たち、言葉を慎め」


 冷ややかに王太子殿下に見つめられた。

 しまった。団長と同レベルだと思われている。


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