第2話 天界で……


 かなり上昇したと思った時、天使はサチコをある空間で静かにそっと降ろした。


「両親と離れて、寂しくて、悲しいのはよく分かります。しかし、アナタはもう亡くなったのです。いくら両親の元に返りたくてもアナタの肉体はもう消滅しているのです。先程の『休息と決別の場所』でもう十分に感じたはずですが——」


 なだめる様にサチコに天使が語っているが、幼子には現実を受け止める事は出来ない。


「サチコはこの後どうなるの?……」


 全ての不安をサチコは天使にぶつけた。天使は少し困惑している様子だったが、サチコに優しく話した。


「私には、この先アナタがどうなるのか。は解りません。私の役目は、ただアナタをこの場所へお連れするだけなのです。向こうの方に大勢の人達が、列になって並んでいるのが見えるでしょう」


 天使はサチコの後ろを指さした。サチコは振り返りその列を眺めている。天使の言葉は尚も続く。


「この場所は、いわゆる『天国の入り口』言い換えると、『裁きの場所』と私達はそう云っています。あの、行列の先頭は『真実の門』をくぐらねばなりません。

 あの門は、外から見ると、短いトンネルの様に見えますが、いざあの門を通ると、その人の一生が門の内側に照らされるぐらい、とても長く感じます。更に門の内側には、その人の生き様が全てが映し出されます。ですから嘘のつきようがないのです。 

 そして、その門をくぐった後さらにもう一つの門があります。

 それは『裁きの門』と呼ばれています。その門をくぐるとその人の、その後が決定されます。その人が『天国、地獄、霊界』か? そして、 現世かに振り分けられ、その人の魂が、そのいずれかの世界に吸い込まれて行く様に、ゆだねられます。

 いくら拒否しようが、逆らえません。私に今言えるのは此処までです。どうかお許しを——」


 サチコは困惑していた。生前母親や、権蔵や八重子などが言っていた 『悪いことをすると地獄へ。良いことをすると天国へ行くんだょ』って云う事を思い出したからだ。今、目のあたりにしているこの場所は、天国、地獄の分かれ道にいる訳だ。


「天国、地獄、霊界ってどんな所?」

「あまり詳しくは言えませんが、天国は、生前アナタがいた世界と、あまり見た目は変わりません。決定的に違うのは、天国には、悩み、苦しみ、争い、物への執着が存在しません。愛に満ち溢れています。その代わり地獄は、当人にとって、自分の一番イヤな事が、永遠に用意されています。

 霊界とは、次に現世に生まれる為の準備だと思って下さい。どの世界でもそうですが、その世界の規律を破った者には、地獄行きが決定しますので、どうかお気を付けて下さい。

 さあ、アナタの並ぶ番が来ました——」


 天使はそう言い終えると、サチコを列の後ろに並ばせた。天使に促されて何が何だか解らないまま列の最後尾に並んでいると、次から次へと別の人が来てサチコの後ろに並んでいった。振り返って顔を見ると、それぞれが苦悶の表情をしている。サチコ同様、現世に未練があるのだろうか?


 長い列ではあるが、現世の様に長く待ったりする事は無い。あっという間に自分が『真実の門』を通る番となった。


 『真実の門』の前には、その門番らしき天使が入り口の両脇に一人ずついる。サチコを此処まで道案内してくれた幼い天使とは見た目で解るぐらいかなり違って見える。

 身長二メートルは有ろうか? と思える程背は高く、レースのカーテンの様な白い羽衣はごろもを体にまとっている。見た目、強靱な肉体を持ちながらも天使特有の心に響く様な声と不思議な温かなオーラを持ち、それでいて他を寄せ付けない厳しい目をしていた。


「次の方、いざ参られよ——」


 門番に促されて、サチコは『真実の門』へと足を踏み入れた。


『真実の門』へと足を一歩踏み入れると、そこは長いトンネルの様な気がした。案内役の天使が言った通り、トンネルの内側にはサチコの誕生から亡くなるまでの事が事細かに映し出された。


 しかも、自分の足で歩かなくともエスカレーターの様に足下が動いている。


 サチコはキョロキョロと周りを眺めていると、サチコの誕生から始まり、亡くなるまでの事が走馬燈の様に映っている。


 あっ、私が生まれた時だ。ハイハイしてる……。アッ、やっと立った。だめねぇ、ご飯いっぱいこぼしてる。やっと一人で頭が洗える様になった。と過去の自分を見て懐かしんでいた。


 やがて、自分自身の死を迎える場面となった。第三者的に傍観者の様に見ていると、なぜ自分が死ななければならないのか? と考えると、無性に腹立たしくなってくる。

 

 どうして、わたしが?……。


 疑問が沸き上がって来る内に、『真実の門』を通り過ぎた。


 次はいよいよ『裁きの門』だ。この門にも先程の様に、やはり門番が両脇にいる。

 自分は、天国か地獄か一体どうなるんだろう? と考えた。考えている内に、門番に促された。

 

「いざ、参られよ——」


『裁きの門』は先程の『真実の門』と違っていた。今度はトンネルの様な物でなく、何か古めかしい大きな扉がある。恐る恐る、その扉を押し開けて見る。扉の中は真っ暗だった。目をよく凝らして見ると、足下に青白い光の渦が浮き上がってきた。


 なんだろう? と思いながら、その渦の中に足を踏み入れてみる。とたんに、その渦の中心に体が吸い込まれる様になった。光の渦の中心に来ると、その青白い光は巨大な柱の様に、天上目がけて放射した。


 その光の中でサチコの体は粒子の様に分解されて、光と共に天上に消えていった。






 青白い光と共にサチコは別の次元へと送られた。一旦は粒子の様に分解されたが、この場所に着くと又元の体に再生された。


 辺りを見回すと、何か見覚えのある所だったのが何となく解る。見渡す限り真っ白しかない空間。確か少し前まで居た『休息と決別の場所』ではないか。


 あれっ、又もどっちゃった。なんで? サチコは何が何だか解らないでいた。『真実の門』と『裁きの門』をくぐれば、次は天国か、地獄か、霊界に送られるはず。それがどうして又この場所に居るのか? 解らない。


 そうしている内に先程の案内役の天使が、サチコの所へフワフワ飛びながらやって来た。


「あれ、アナタは先程の方では?——」


 サチコの顔を見るなり、天使の方も驚いている。今までこんな事は無かったからだ。


「天使長に伺って参りますので、今暫く此処に居て下さい——」


 天使はサチコにそう告げると、慌てて何処かへと飛んでいった。


 此処に居て下さい。と言われても、何処にも行きようが無いのに、おかしな事を言う天使だとサチコは思った。それだけ慌てているのだろう。


 まあいいや。此処に居れば又、ママやパパが見られる。そう思うと少しは楽になる。

 足下に座り、ママに会いたい。と念じてみた。すると今度は、涙の水鏡が無くとも下界の様子が足下に映し出された。


 サチコは食い入る様に両親を見つめていた――。





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