第8話 盗賊風の男
「けっ、大人しく渡せばいいのによ! それじゃあ、痛い目見てもらおうかぁ? 謝るなら今のうちだぜ?」
盗賊風の男はナイフを取り出し、余裕の表情を浮かべて俺との距離を詰める。
俺は逃げない。
身体を動かす必要はないのだ。ちょっと手元で操作するだけで……俺の地図は、現実に干渉する。
代わりに、万能地図の通路……俺と男の間に触れた。
「そこは行き止まりだ」
【地図を書き換え】【現実に反映する】
俺が地図上に描いた壁が、ちょうど男との間を分断するように現実にも現れた。
地面からせり上がってきた身の丈の二倍ほどの土壁は、まるで最初からそこにあったかのように鎮座し、道を塞いだ。
「な……!? なんだこれは!」
壁の向こうから、男の声が聞こえる。
「土魔法のスキルかなにかか!?」
まったくの見当違いだが、たしかに土魔法でも可能な範囲だろう。
ここまでなら……。
「さて、このまま逃げてもいいけど……もうちょっと能力を試したいな」
壁を作ったことで余裕ができたので、少し考える。
「せっかくだし、実験台になってもらおうか」
ほかの冒険者が被害に遭う前に……なんて殊勝な気持ちはないけれど。
能力の検証のために、もう少し戦うことにした。まあ、付きまとわれても嫌だし。
「くそ! 回り道ならいくらでもあるんだよ! ぜったい追いついてやるからな!」
引くに引けないのか、まだ俺を追う気でいるみたいだ。
「見えなくても、行動は筒抜けだな」
万能地図にははっきりと、別の道へ向かった男のマークが表示されている。
詳細な地図と、詳細な位置によって、男の行動は手に取るようにわかった。
なら、俺は動くまでもない。
「地形操作」
解放機能に記されているのは【地形操作(小)】だ。
さて、どこまでできるのか……。
俺は男が行ったほうの道の線に触れて、少し移動させた。隣の道……今までいた道と入れ替えたのだ。
通路の両脇には古い建物が立っているというのに、音もなく道が入れ替わった。
するとどうなるか。
男は移動したはずが、また同じところに戻ってくる。
「な! また壁か!?」
壁の向こうから、声がした。
なお、俺は一歩も動いていない。
彼が勝手に戻ってきただけだ。
「くそ! ならもう一度……!」
また、走り去った音がする。
「懲りない奴だなぁ……。何度やっても同じなのに」
盗賊風の男は、全力で走っているのだろう。
対して、俺は指先を少し動かしているだけ。それだけで、完璧に翻弄している。
「くそ! またか!」
三回目も。
「どうなってやがる!」
四回目も。
「ちくしょう!!」
五回目も。
俺は欠伸をしながら、次第に気力を失っていく男の声を聞いていた。
わかったことは、万能地図は本当に万能だということだ。
今やったのは道を入れ替えたり向きを変えたりするだけで、建物には影響を与えていない。そんなことしたら大騒ぎだし、道にしたって、ほかに誰もいないことを確認してやっている。
だが、ダンジョンでオークを倒した時のように道を塞いだ勢いで潰すこともできる。今なら、建物で押しつぶすことも、やろうと思えばできるだろう。……もちろんやらないが。
(小)とついているが、少なくともここら一帯は問題なく操作できそうだった。
だが、同時に操作できる量はそれほど多くない。感覚的に、道を入れ替えている間はほかのことはできなそうだ。
それだけで十分だけど。
「さて、そろそろいいかな」
俺は最初に作った壁のこちら側に階段を作り、壁の上に上った。
そして、向こう側で疲れて倒れている男に声をかける。
「よう、散歩は楽しかったか?」
「てめえ……なにしやがった……」
「ここらは庭なんじゃなかったのか……? ずいぶんと迷っていたみたいだが」
なにをした、という質問には答えず、とりあえず煽っておく。
悪人にはなにをしても心が痛まないな! ……追放されたことの八つ当たりをしている感は否めないけど。
万能感に酔って、ちょっと調子に乗ってしまった。
そろそろやめよう。こいつをいたぶっても、俺自身はなにも成長できない。
「さて、じゃあ提案だ」
「な、なんだよ」
「このままこの街を一生迷い続けるのと、この街に二度と入らないと誓うの、どっちがいい?」
「……街を出るほうで」
とっくに心が折れていたのか、すぐに選んでくれた。
まあ、いくら歩いても元の場所に戻ってきてしまうなんて、恐怖でしかないよな……。
「地形操作……じゃあな、戻ってくるなよ」
「おい、なにを――」
男の声が遠くなっていく。
なんてことはない。
男ごと、道を街の外に移動させたのだ。
外に吐き出したのを確認したあと、道だけ戻す。
忘れないように、弄りまくった道と壁も元通りにしておく。
「やべ、思ったよりえげつないぞ、このスキル」
自分でもドン引きである。
これ、本気で暴れたら街滅びるんじゃ……?
魔物以外には使わないようにしよう……。
「帰るか……と言いたいところだけど」
万能地図の一点を見つめる。
「すっごい気になる表示を見つけてしまった……」
さっき男を翻弄している時、暇つぶしに地図を眺めていたら発見したのだ。
ここから少し離れた位置……街の外れにある、門のようなマークを。
「これ、ダンジョンの入口を示すやつだよな……? 俺が知ってるほかのダンジョンの場所は、全部このマークだし。でもここにあるのは知らない」
こんな近くにあるのに、知らないわけないのに……そもそも、街の中にダンジョンなんて、危険すぎてもしあったら大騒ぎになってるはずだ。
つまり……。
「未発見ダンジョン」
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