第7話 受付嬢
「これ、ミスリルですよね!? あのダンジョンはまだ最下層までの攻略は進んでいないはず……。もしかして、二十層クラスをもう攻略したんですか? そんなの、Bランクの冒険者でも……」
「お、落ち着いてください……」
リリーさん、考えごとをすると周りが見えなくなるタイプ?
ダンジョンは主に階層数で区分されている。
実際の階数がキリの良い数字とは限らないが、十、二十、三十、四十……の区切りで呼ばれる。
階層が多いほど難しい。
単純に時間がかかるのと、深く潜れば潜るほど魔物が強くなるからだ。
長年の研究で、一層の広さを測れば概ね深さがわかるそうだ。
「たまたま見つけただけですよ。攻略は終わってません」
「たまたま、ですか……?」
「はい」
まあ【万能地図】で最下層までの道はわかっているから、攻略も時間の問題だと思うけど……。
万能地図のことは、まだ言えない。
ギルドだけならともかく、周りには大勢の冒険者がいる。
知られたら厄介なことになりそうだ。
「むむむ……」
納得の行かなそうな顔で、リリーさんが唸る。
「まあいいんですけど……怪しい出どころではないですよね?」
「もちろん」
「シクレさんは信用してますから、信じます。では、買い取らせていただきますね!」
受付に渡した素材等は、裏方の鑑定士に回される。
そこで金額が決定され、渡されるのだ。
ギルド以外にも直接だれかに売るという選択肢もあるが、面倒な上トラブルに発展するケースも少なくない。
ギルドなら若干マージンを取られるものの、安心して売買できる。
「今ミスリルは不足してますからね〜。いつもですけど」
「そうなんですね」
「たくさん持ってきていただいて助かります! でも、地図のほうが助かるのでぜひ次は地図で!」
「強かだなぁ……」
「情報は宝ですので」
商売上手……なのか?
ミスリルを取ってこれる冒険者は、Bランク以上なら少なくない。
だが正確な地図を作れる冒険者は少ない。
地図関連のスキル持ちは冒険者などやらないし、普通の冒険者が戦闘の片手間にメモするくらいがせいぜい。俺みたいな奴はレアケースだ。
歩き回らなくても地図を作れるようになったことだし……地図を売り続ければ生活には困らないだろう。
でも……俺は強くなりたいんだ。
「はい、こちら買取金額です。お確かめください」
「あ、はい。ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございました! またお願いします! 地図を!!」
最後まで地図を強調するリリーさんに背を向けて、ギルドを出た。
もしかして俺のこと地図に見えてる……?
しかし、予想通りミスリルはいい値段で売れたな。
追放されたばかりだから色々買うものがあったけど、これなら多少無駄遣いしても大丈夫そうだ。
「よし、明日からはもっと攻略するぞ」
【万能地図】のおかげで、今までにないペースでダンジョンを踏破できるだろう。
それこそ、今まで誰も成し遂げたことがないほどに……。
ダンジョンは無数にある。
その全ての道を、俺は知ることができる。
「……とりあえず、今日は休もう」
街のはずれにある集合住宅が、俺の下宿先だ。
治安が良いとはお世辞にも言えない分、家賃は安い。
「【万能地図】」
当然道は覚えているが、気まぐれで地図を開く。
街中ではどのように表示されるのか気になったからだ。
「おお……街の地図も当たり前のように網羅されてるな……。いや、隣町まで……」
さすがに国全土というわけにはいかないようだが、相当な範囲の詳細な地図が手元に浮かび上がった。
そして、考えなしに開いてから気が付いたが、この半透明の地図は俺にしか見えていないらしい。
「ほかの人から見えないのか……どうなってるんだ? そもそも物質じゃないみたいだし」
人や物にぶつかっても、普通に通り抜ける。
そもそも、俺も触れているわけではないし。
……考えても無駄か。
スキルなんて、わからないことだらけだし。
試しにサーチを使ってみると、いくつも緑色のマークが出現した。
やはり、これは人間を示しているようだ。
地図を眺めながら帰路を歩いていると、違和感に気がついた。
しばらく歩いて、確信する。
「ふーん?」
俺はニヤリと笑って、人通りの少ない裏路地に進路を変えた。
後ろから付いてくる黄色のマーク──俺を尾行してる奴を誘き寄せるために。
「そろそろかな……」
ひとけがなくなったところで、俺は足を止めた。
石造りの建物が並ぶ通りだが、入り口は表通りに向いているため、こちらに人はいない。
「にひひ、ちょっと止まれよ、兄ちゃん」
「すでに止まってるぞ」
「おおっと、そうだなぁ! 迷子かい?」
第一声から怪しさを隠す気もない……!
髭面に盗賊のようなボロ着、ぼさぼさの髪……冒険者では珍しくもない見た目だが、それにしたって汚い。
「俺が迷子ね……一番ありえない話だな」
「あ?」
「なんでもないよ。で、なんのようだ?」
この手の奴は、冒険者にたくさんいる。
上位の、華々しい活躍を上げ吟遊詩人に詠われるような冒険者はほんの一握り。
ほとんどの冒険者は、浮浪者とほぼ同義だ。安定した職を持たず、ダンジョンで命をかけて日銭を稼ぐ。……俺も他人事じゃないな。
「ずいぶんと景気がいいみたいだからなぁ? 俺にもちょっと分けてくれよ」
だからこそ、彼のように悪事に手を染めるものも少なくない。
俺がギルドでミスリルを売ったところを見ていたのだろうな……。
それに加え、俺が戦えないことも知っているのかもしれない。あるいは、見た目から判断したのか。
明らかに強そうな冒険者には、手を出さないだろうから。
「残念だったな」
「そうそう、残念だったな! せっかく稼いだのによう。でも俺たち同業だろ? 助け合わないといけないよなぁ?」
「いや……狙う相手を間違えて残念だったなぁ、と」
「あ?」
俺が戦闘職じゃないのは間違いないけど……正直、このくらいの手合いなら以前の俺でも対処できる。おそらくはE、高くてもDランクだろうし。
しかも、今の俺は進化スキルによって、戦う力を手に入れた……。
「裏路地なら、多少弄ってもバレないかな……」
「さっきからなにを言ってんだ? 早く金をよこせ!」
「ここに誘い出されたことにも気づけない奴に、渡す金はない」
そう、【万能地図】で尾行してくる存在に気づいた俺は、わざわざ襲いやすそうな場所に誘導してあげたのだ。
そしてここは、俺が戦いやすい場所でもある。
普段は緑色の丸で地図に表示される人間だけど、敵意を向けてくる者は黄色になるみたいだな。
「おいおい、やめとけって! ここら貧民街は俺の庭みたいなものだぜ? 逃げるのも戦うのもオススメできねえな! 大人しく金を渡せば見逃してやるよ。もちろん、全額な」
男は油断してニヤニヤ笑いながら喚いている。
「そうか。庭なら迷子になることもないよな」
「あ? 当たり前だろ」
「なら安心だ」
俺は【万能地図】に手を伸ばし、指先で触れる。
触った感覚はないが、たしかに地図が応えてくれる。
「【地形操作】」
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