第6話 ギルド
「……ん? 今なんか聞こえたような」
入口はダンジョンによってさまざまだが、俺が入っていたダンジョンは普通の洞窟のようになっている。
中から声が……?
「まあいいか」
すぐに興味を失って、視線を外した。
ダンジョンなんだから、冒険者や魔物の声がしたっておかしくない。
「ともあれ……余裕で脱出できたな!」
オークを倒した俺は、そのまま階段を上がり続け、ついにダンジョンから脱出したのだった。
肩にはミスリルの重みがどっしりとかかっている。いったいいくらになるんだろう……。
「最短ルートも魔物の位置もわかるんだから、そりゃ余裕だよな……。ダンジョンから出るのってもっと難しいはずなんだけど」
ガンガン進むだけがダンジョンの 攻略ではない。
むしろ、それ以外の部分……休憩や補給、帰還にこそ気を配るべきだ。
魔物の出方によっては帰還に想定以上の時間がかかることもある。帰りの分の食糧や、体力を温存しなければ生きてダンジョンを出られない。
その点、万能地図があれば最短ルートで、かつ魔物に一度も会わずに帰還することができる。
おかげで、半日もかからずに十二層から地上に出ることができた。
「くっ……途中にあった隠し部屋っぽい記載が気になる……ッ」
泣く泣くスルーした隠し部屋を思い出して歯噛みする。
ぜったいあとで行ってやる……。
それまで誰にも見つかりませんように。
貧乏性なので、知ってて取れなかったというのはひどくもったいなく感じてしまう。
「……そういえばあいつらはなにしてるんだろ」
ふと、元仲間たちを思い出す。
グランとエレン、エルドだ。
あまりいい思い出はないが、それでも五年近くパーティを組んでいたのだ。多少の愛着もある。
あいつらにはなかったみたいだが……。
最初は地図に緑のマークがあったが、全部表示していると地図が埋もれるので【サーチ】は近くの魔物だけに絞っていたのだ。そのため、途中からの動向はわからない。
「……ま、もう関係ないよな。さっさとギルドに行こう」
冒険者ギルド。
世界各地にあるダンジョンに挑む者を冒険者と呼び、取りまとめているのがギルドだ。
情報収集や素材の買取、物品の販売、違反した冒険者の取締りなど、その業務は多岐にわたる。
大陸五大国の条約で、ダンジョンに入るにはギルドへの登録が必須となっているため、冒険者にとっては欠かせない施設だ。
「あっ、シクレさん! おかえりなさいっ」
ギルドに入りカウンターへ行くと、受付嬢の女性が顔を上げた。
「リリーさん」
俺が拠点にしている街のギルドで受付嬢をしている、リリーさんだ。
小柄でいつもニコニコしているので、まるで小動物のようだ。冒険者たちからも人気がある。
栗色の癖っ毛とぱっちりとした瞳が特徴的で、可愛らしい。
「今日はお一人ですか?」
「あー……ちょっとパーティを抜けることになりまして」
「ええっ!? シクレさんが?」
リリーさんが手をカウンターについて、身を乗り出した。
そんなに驚くことだろうか?
まさか俺のことを心配して……。
「それじゃあ、これからは地図を作れないってことですか? シクレさんの地図、とっても評判いいのに……」
全然違った。
俺の地図が心配だったのね……。
「強かだなぁ」
「?」
俺はダンジョンの地図ができるたび、ギルドに売っていた。
冒険者は情報を秘匿したがる者も多いし、そもそも正確な地図を作れる者も少ないので重宝された。売値もそれなりに良かったはずだ。
もちろん、パーティの成果なので売上はグランに渡していた。地図を売ることも報告していた。……たぶん、忘れてるだろうけど。
魔物素材などを買取に出すのも俺に任されていて一緒に金を渡していたので、なにがいくらで売れるかなど彼らは知らない。
実のところ、半分以上は地図の売上だったんだけどな……。
「シクレさんといえば地図の人ですからね! ギルドでも有名ですよ」
「買い被りすぎですよ……」
「そんなことないです! シクレさんの地図で救われた人も多いんですから。特に、新人冒険者が迷った挙句に餓死……なんて事故は、シクレさんのおかげで確実に減ったんですよ!」
リリーさんはさらに顔を近づけて熱弁する。
ものすごい圧だ。
「わ、わかりましたから。ほら、周りの視線が……」
「あっ……す、すみません!」
リリーさんはかぁーっと顔を赤らめて、慌てたように離れる。
うっかり可愛いと思ってしまった……。まずい、受付嬢に惚れた冒険者の末路は、だいたい破滅だと決まっているのだ。
「と、とにかく! シクレさんが追放なんて大事件です……っ」
「大袈裟な……。普通に足手纏いがクビになっただけです。よくあることじゃないですか?」
「そんなことないですよ! たいへん、ギルドマスターに相談しないと……。新しいパーティを斡旋して……」
リリーさんは顎に手を当てて思案する。
なんか勝手に話が進んでいく……。
「そんなことより、俺は買取をお願いしにきたんです。追放の報告はついでといいますか」
「あ、はいっ、買取ですね!」
声をかけると、リリーさんはいつもの様子に戻って、元気よく答えた。
通常業務だから、慣れたものだろう。
俺は頷いて、背嚢を肩から外し、カウンターに置いた。
どしん、と重たい衝撃が走る。
「……? 地図じゃないんですか?」
俺はいつも地図を売りにくるから、今回も同じだと思ったらしい。
「いや、今回は……ミスリルです」
背嚢を開いて、その中身を見せた。
「な、なななな……」
「な?」
「なんですかこれえええっ!」
リリーさんの叫び声が、ギルド中に響き渡った。
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