第6話
三日目・朝――午前六時頃
「……て下さい。白黒……起きて……」
「う、う~ん? あと一時間寝させて~……」
「残念ですがそのような時間は存在しません。いいからとっとと外を見て下さい」
「え~……なに~……?」
寝ぼけ眼で起き上がり窓から外の様子を窺う、するとその向こうではフラフラとした足取りの人間がそこら一帯を埋め尽くしていた。
「…………うわっ、なにあれ!」
「そんなことワタシに聞かないで下さい。とにかく異常事態です、ワタシの独断ですが今回のゲームのテストは中止し、急いでこの島から脱出します」
「――分かった」
アサギの口から告げられたテストの中止――なにがどうなっているのか分からないが、運営側が想定していない事態が起こっているのは寝起きである白黒の頭でも理解できた。
「では、必要な物だけ持ったらすぐに出ます」
「必要な物――って言われても、特になんもないけど?」
ほぼ身一つでテスターとして来た白黒には、もとより必要な物など持ち込んでいないので特に何も持たずに外へと出ようとする。
「お待ちください白黒様。まさか丸腰であの中を突っ切るつもりですか?」
「――剣、いる?」
「万が一があって死にたいならどうぞご自由に。ワタシは死ぬ気など無いので武装していきますが」
見るとアサギの腰にはL字型の金属のような塊が二つぶら下がっており、それは昨日ミシェに誤って突き付けられた物と大きさこそアサギの持っている物の方がだいぶ大きいが、形状は似通っている物だった。
「あぁ、それ武器だったんだ。でも……それ、なに?」
だが、それが武器だとして白黒にはそれが見たことのない物で、用途がさっぱり分からない。
「これはハンドキャノンという物に分類される武器でして、大型の獣など軽くノックダウン出来るシロモノです」
「……それを人相手に使うのは過剰すぎない?」
どう使うかは教えてくれなかったが、身を守るには過剰すぎる威力だという事だけは理解できた。
「念の為です。そういう訳ですので白黒様もご準備を」
「はいはい分かったよ。持っていけばいいんでしょ」
そういう訳で白黒はこの二日間の相棒である直剣を携え、今出来る最大限の準備を終えた。
「それでは準備が整ったようですので脱出へと向かいましょうか」
白黒の用意が完了したのを確認するとアサギは扉に手をかけて外の様子を窺う。外にいる人間は行動の一貫性が見受けられず、ただ突っ切るだけならば難なく行けそうだと踏んでいた。
そしてアサギを先頭にして行動を開始する。
「そういえば脱出するって言ってたけど、どこに行くの?」
「島の四方にはいざという時の為に観鳥島へと移動する転移門が隠されています。ワタシ達はここから一番近い南の門へと向かいます」
「……そんなのあったんだ。じゃあわたし達以外の人もそこに向かっているんだね」
「いえ、この辺りは白黒様以外の参加者はいません。ですので戦闘があった場合もワタシ達だけでなんとかしなければなりません」
「戦闘って……もしかしてあそこにいる人と戦わなきゃいけないって事……」
現状、二人は木の陰や茂みに紛れて移動しながら見つからないように行動できているが、この先は見通しの良い草原が広がっており、目的とされる場所までは遮るものはなくそこまでの間には小屋の前で見た様な人達がうろうろとしていた。
「彼らに敵対の意思があればそうなるでしょうが、現状では行動が不明な為そうなるかもしれないとだけ言っておきましょう」
それだけ言ってアサギはそろりそろりとゆっくり進んで行き、とうとう隠れる場所がない所まで来てしまった。
「かくれんぼはここまでですね。白黒様、まずはワタシが中央突破を試みます。何事も無ければついて来て、相手に何か動きがあればワタシに構わずあの大岩まで走って下さい。その腕輪があれば自動で転移門が起動しますので」
説明を終えると白黒からくるであろう反論から逃げるように駆けだして行く。
すると、今まで人間らしい反応を取っていなかった人達がアサギの姿を確認しただけで一斉に迫り襲い掛かって来た。
「――アサギ!」
「ワタシの事はいいから……早く!」
相手の注目を一手に引き受けながらアサギは腰に下げた武器を手に、襲い掛かる人波を捌き続けている。
「――っ! ごめんアサギ……すぐに助けを連れてくるから」
ここで大した力の無い白黒がアサギを助けに行けば共倒れになる――と、感情を理性で押し込み白黒はやや大回りで比較的人の層が薄い所を駆け抜けていく。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……――っく、邪魔ぁ!」
比較的層が薄いとはいえ、それでも全ての目がアサギに行く訳でもなく一部は白黒の方へと向かって行き、道を遮るものを白黒は鞘に収まったままの剣を手に迫り来る相手を薙ぎ払いながら突き進んでいく。
「よし、着い――」
「どこへ行くつもりだ?」
目的地である転移門が隠れた大岩に到着し、いざそれを起動させようとした時、不意に視界に不穏な影が差し込む。
「――ッ⁉」
背筋が凍るようなイヤな気配を感じ、白黒は本能に突き動かされたかのように横に飛ぶと目の前にあった大岩が弾け飛び、その中に隠されていたであろう転移門と思しき機械の破片が辺りにぶちまけられた。
「そんな……門が、壊された……」
転移門があったと思しき場所に視線を向けると、鎧兜の人物が大太刀を手にしている所を目撃する。そしてその鎧兜がゆっくりと振り返りその兜の奥の瞳と視線が合う。
「あなたは……何者なの……?」
「我が名は
「邪魔者って……わたし達がなにをしたっていうのよ!」
「なにも……ただ貴殿らは作戦遂行の害をなす恐れがあるとのことで上から排除の命が下っている。抵抗しないのであれば貴殿だけは捕らえるだけで済ませるが……抵抗するならば――」
「するならどうだって言うの!」
呉城が言い終える前に白黒は鞘から剣を抜き放ち、そのまま剣を思い切り振り下ろす。
「二人まとめて死んでもらうだけだ」
白黒の攻撃を右腕一本だけで受け止め、体重が乗ったままの剣をただの一振りで払いのけた。
「そんなのお断りだよ! ……でも、気を抜いたらそうなりそう」
先程の大岩を砕いた時や今の白黒の攻撃を片腕だけではじき返したことから、途轍もない膂力を秘めているのは明白だ。対して白黒は身体的に他人よりも特別に優れている所が無く、体力や筋力に速力といったパラメータもゲーム上の数値を現実に肉体に付加していれば超人とも言えるが、実際の対人戦においてはどれだけ高い数値の羅列も意味をなさない事により、すでに両者には大きな差が存在している。
そんな絶対的な戦闘力の差を補うべく白黒は戦術を考える。といっても、出来る事はたかが知れているがどのような相手にも通用する戦い方なら白黒はその身をもって学んでいる。
「ぬぅんっ!」
呉城が距離を詰めてきた。あの大太刀は目測で140㎝程あり、しかもそれを片手で振り回している事から刃が触れる圏内どころか密着しての攻撃も、もう片方の手がフリーな事もあり攻めも守りも白黒には相当困難だ。だからこそ白黒の攻撃には必然と相手の隙を突かなくてはならない。故に白黒の取った行動は――
(さっきの岩を壊した時と同じような速さで振ってくれば――)
白黒の読みが当たったのか呉城は先に見せた時とと変わらぬ速さと姿勢で大太刀を構え、それを白黒は冷静に目で追いながら最小限の動きで避け、相手の左側頭部目掛けて渾身の力で剣を横薙ぎに振り回す。
「このぉっ!」
――ガィィィン!
金属同士が衝突する甲高い音が響き渡る。呉城は左からの攻撃に一切反応できず、その衝撃をまともに受けよろめいていた。
「ぬ……」
そもそもが兜の視界が狭いという理由と左手での攻撃後の隙を右手でカバーできるほどの可動域を持ち合わせていなかった鎧では、見た目以上には防御性能が無かった様だ。
「もう一発!」
頭を打たれたことによる脳震盪によりよろめくその頭へと、今度は右側頭部へと剣を振る。
「二度も通用すると思うな」
たとえ視界が揺れていたり狭かったとしても、素人のワンパターン思考な攻撃を通してくれるほど甘くはなく、あっさりと剣身を掴まれ行動を制限された白黒の腹へと膝蹴りが一発入った。
「――かはっ」
うめき声を上げながら白黒の身体がくの字に折れ曲がる。当然、戦場でそんな隙をさらした相手に手を緩めるようなマネはせず、呉城は左手の大太刀をそっと振り下ろす――
「――白黒様!」
アサギの声が響き渡る。今の白黒はあの大太刀を防ぐ手立てがなく、かといって剣を捨ててその場から距離を取れば今度は丸腰での戦闘を強要される。つまり白黒を助けることが出来るのはアサギしかいないが二人の間に割って入るだけの時間もない。ならばとアサギは少し危険な手段を取る。
「そこから動かないで下さい!」
白黒へ忠告を飛ばすとアサギは両手に持っていた銃の引き金を同時に引いた。そこから放たれた弾丸は一発は呉城の右手首を掠めるように当たり、もう一発は大太刀のどてっぱらに命中しその威力に耐えられなかった大太刀は中ほどでぽっきりと折れてしまった。
「――無駄な足掻きを」
アサギの援護によって白黒は致命傷を免れると同時に剣を取り返し、呉城との距離を大きく離した。
「助かったよアサギ。そっちは……片付いたみたいだね」
アサギの足元には人の山が積み重なっており、そのどれもが血の一滴も流さず戦闘不能にされていた。
「主人を守れなくてはメイドなど名乗れませんからね。――さて、これで二対一。そちらは武器も折れていますし今回は引いてもらえませんか」
折れた大太刀を見ながら呉城は動きを止める。だが、すぐにそれを投げ捨てて素手の構えに移行する。
「我が命は邪魔者の排除。武器が無くなろうともそれは変わりはしない」
呉城が鎧の大きな音をさせながら勢いよくアサギに接近してくる。馬鹿正直に真っ直ぐ迫るが、重機関車の如き勢いに一瞬迎撃か回避かの判断が遅れてしまった。そしてその判断の遅れがアサギを致命的な状況に追い込む。
「――回避が、間に合わない!」
目の前に迫り来る金属の塊ともいえる物体が突撃して来た。もうこの距離では回避は間に合わないと判断すると、衝撃を和らげるために両腕をクロスさせる。
「うっ……あぁっ!」
だがその巨大な質量を二本の腕で防ぐのも二本の足で踏み止まる事も出来ず、その華奢な体は空高く舞い上がりそのまま地面に叩きつけられた。
「アサギ!」
「まずは一人。順番は変わったが次は貴殿の番だ」
マズい――この状況は非常にマズい。そんな考えが浮かぶほどに白黒は窮地に追いやられていた。まずアサギが倒れた事により人的優位が無くなり、相手の武器も使用不可にまで追い込んだがその代わりに鎧をまとった肉体という違う意味で厄介な武器に切り替わり、そのうえ白黒の戦闘能力は知られてしまったために、もう白黒の攻撃は全て受け止められるだろう。
「……そう簡単にはやられてあげないよ」
まだ手があるかのように虚勢を張るが、白黒には呉城に対して有効打を与えられるような攻撃手段など無く、万が一勝ち筋があるとすれば相手の体力が切れるのを待つことだが、互いの実力差がありすぎてそうなる頃には白黒は土を味わっているだろうと。
「足掻かないほうがいい。そのほうが楽になる」
「それが嫌だって言ってるのよ」
呉城の言葉に反発を示すように剣を振る。攻撃は防がれるだろうがとにかく抵抗の意思を見せる。
「――やぁっ!」
そのために白黒はまず牽制として先程同じように頭部へと狙いを定める。非力な白黒が有効打を与えられるとすればここと首、もしくは腰の辺りに強烈な一撃でも当てられれば白黒に有利な流れが来るだろうが、一発逆転狙いの急所狙いは相手も承知であり、そのどれもが呉城の腕によって防がれてしまう。
「もうよせ。貴殿との戦いはいい加減飽いてきた。そこで寝ている者と同じところへと送ろう」
呉城の雰囲気が変わる。その身に纏う鎧からオーラの様なものが滲み始めたかと思えばそれは左の拳に集約されていき、全身を凍てつかせるかの迫力を醸し出す。
「――ここがターニングポイントだね」
あの暴力的なオーラに当たればもちろん、掠っただけでも勝負はつくだろう。それほどまでに危険な拳に対し、白黒は一切引かずむしろ攻撃を誘う様に飛び込んでいった。
(あんなのから絶対に逃げれないし躱せるとも思えない。だからこそ凌ぐ!)
「敗北を悟ったか……?」
どのような策を弄しようが当ててしまえばそれで済む事。呉城はそんな白黒に対しお望み通りと言わんばかりに左拳を上から下へ抉るように放った。
「ここだっ!」
やや上方から迫る拳に合わせて白黒は剣を振り拳に当てる――だけではなく、拳の軌道をほんの少しだけ上へと逸らした。
そうして必殺の一撃を免れるが白黒はまだ止まらない。剣を手放しながらその手は新たな得物へと手を伸ばす。
「これでっ――!」
白黒の視線の先にはアサギが持っていた銃が落ちており、それをすぐさま手に取ると呉城に急接近しその右肩へ銃口を突き付ける。
「――終わって!」
銃の使い方を知らない白黒はアサギやミシェの見様見真似で引き金を引く。すると轟音と共に弾丸は鎧を貫通し右腕を動作不能に追い込んだ。
「はぁ……はぁ……どう、なった?」
息も絶え絶えになった白黒の目の前には一切の声も上げない直立不動の呉城がおり、鎧は白黒の放った弾丸に堪えられなかったのか肩口から徐々に破片となって落下していく。
「なぜ……貴殿はまだ立っていられるのだ」
突然、呉城が振り返りながらそんな事を言ってきた。呉城が最後に放ったあの一撃は剣で受けた所で身体への影響は皆無にならない――そういう威力を持った攻撃だったのだが、白黒がまだ五体満足でいられるのが疑問だった。
「剣がわたしを守ってくれたの」
白黒が手放した剣に視線を向ける、それに釣られるように呉城もそちらに目を向けると剣身が砕け散った剣がそこにはあった。
本来ならばあの拳を剣でまともに受けていたら白黒の両腕は使い物にならなくなっていたが、拳を剣で逸らした時その衝撃が白黒に伝わる前に剣がその衝撃を肩代わりして砕けた事で、白黒の身体は無事だったという訳であった。
「この鎧を砕かれた以上我にはもう戦うすべはない。貴殿の勝ちだ好きにするが良い」
バラバラと崩れ落ちる鎧はもう護る所が殆どと言っていい程無くなっており、崩壊が兜の方にまで及んでいる。この状態であれば確かに好きにする事が可能だろう――命を奪う事でさえ。
「好きに……って言われても。そもそもわたしはこの島から出たいだけであって命のやり取りとかをしたいわけじゃないんだけど」
白黒はゲームのテスターとしてこの島に来て剣を振るっていただけなのだが、何処で選択肢を間違えたのか命のやり取りに巻き込まれる羽目となった。だがそれでも白黒は相手の命を奪うまでのことにはならないままでの決着が着いた。それで十分なのだからこれ以上干渉する必要もない。
「それじゃあその命――おれが貰ってやるよ」
「――え?」
突如、誰とも分からない声がするとその直後に肉を引き裂くような音が響く。その直後呉城の身体が揺れ、そのまま力く倒れた。
「あんた……誰?」
呉城がいた背後にはいつの間にか若い男性が立っており、その手には血がべったりと付いたナイフが握られていた。
「おれかい? おれは
「……出自まで聞いたつもりはないんだけどな~」
何者かを聞いたのは単にあんた呼びをしたくないからであっただけなのだが、面倒な予感のするワードがちらほらと飛び出しより一層の危険が迫って来るのを覚える。
「おっと……おれとしたことが喋りすぎたな。仕方ない可哀想だがここで死んでもらう!」
「理不尽っ⁉ でもそうむざむざとやられてはあげないわ!」
なぜ名前を聞いただけで命を狙われる羽目になるのか……己の不幸を呪いながら抵抗の意思を見せる。取り敢えず手にしていた銃を鬼振に向け牽制するが、その銃口の先には誰もいなかった。
「えっ! ちょ……どこに行ったの!」
「どこを見てるんだ? おれはここだよ」
その声の主は白黒の少し後ろにいたアサギの側でしゃがみ込んでおり、そのアサギの首筋にナイフを当てていた。
「――アサギっ!」
「おっと……動かない方がいいよ。ちょっとした振動でザクっといっちゃうかもしれないし」
「くっ――卑怯な」
戦うつもりなど白黒には無かったが、アサギに害を及ぼすのであれば戦う事も躊躇わなくさせる。だが、そんな決心をしてもアサギを人質に取られているようなこの状況、手を出そうにも出せない事が白黒の焦りを加速させていく。
(でも、どうしよう――コレを使えばもしかしたら何とか出来るかもしれないけど)
アサギから借りた銃を手に逡巡する。一回だけならチャンスはあるかもしれない、だがそれをアサギの命を天秤にかけて実行など出来るのだろうか――そんな事を考えていると鬼振の手の中にあるナイフがくるりと回転した。
「――動かないでとは言ったけど本当に動かないとはねぇ。つまんないからちょっとコイツを殺してみっかな!」
話の展開的に白黒は何らかの無理をして自分にどんな危害を加えるのだろうかと鬼振は期待していたのだがそんなことは微塵も起こらず、ただただ自分の欲求を満たす為だけに無邪気な声でそう宣言する。
「――っ! やめて!」
「やめないよー。そ~れっ!」
首筋に添えられていたナイフがふわりと上がり――そして勢いよく振り下ろされる。
「いやあぁーーーッ!」
チュインッ!
「なんだっ⁉」
ナイフが何かに弾かれ宙を舞う。それは見ているだけしか出来なかった白黒はもとより、ナイフを手にしていた鬼振ですらも一瞬なにが起こっているのか理解できていなかった。
だが、この一瞬は白黒にとって値千金とも言える貴重な時間であり、その僅かな時間でアサギを自分の下へと引き寄せ銃の引き金を特に狙いは定めずに引いた。
「おっと……危ないなぁ。当たったらどうするんだよ」
牽制目的で放たれた弾丸は鬼振の足元へと着弾し動きを止める。その間に白黒はアサギを背負いもう一人――鬼振に刺されて倒れていた呉城を脇に抱えてこの場から逃げるべく走り出した。
「こりゃビックリ……さっきまで殺し合いをしてた奴を助けるのか。面白い事するけどそいつの首は置いていってもらわないと困るんだよねぇっ!」
どんどんと離れていく白黒を見ながらそんな事をのたまう。だが、その言葉とは裏腹に鬼振は一歩たりとも動こうとはしない。
「おれから逃げようってんなら光と同じくらいの速さじゃないと……ねぇ」
逃げていく白黒の姿をその視界に収める。すると鬼振の姿は一瞬で掻き消えていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……どれくらい引き離したかな……」
ちらりと白黒は後ろを振り返る。するとそこには一歩も動いていない鬼振の姿があったが、その姿が一瞬で掻き消えた。なにが起こったか理解は出来なかったがとにかく逃げ切ろうと前を向いたところ、目の前にさっきまでいなかった鬼振の顔がそこにあった。
「――うわぁ!」
「はぁい、おひさしぶり。そんでもってサヨナラ~」
急に目の前に現れた人物に対し回避の出来ない白黒の進行方向に鬼振はそっとナイフの刃先を差し出す。避けきれない、そう思った時――
バァン!
――と、なにかが破裂した様な轟音が響き渡り、それと同時に目の前にいた鬼振の身体がガクッと膝から崩れる。
「――ぐぅ、な、なんだ!」
「チャンス!」
なぜか急に片膝立ちのような体勢になった鬼振の頭を踏み越えて白黒はそのまま真っ直ぐ駆け抜ける。
「おれを踏み台にするだと。許さねぇ……今すぐコロス!」
自分を踏み台にされたことにより、怒りが頂点に達し白黒を殺すべくすぐさま振り向く。
ダン! ダン! ダン!
――振り向くも、その直後に三度の破裂音が鳴り右腕・左腕・左足から血が引き出し、力が入らなくなってその場にうつ伏せになって倒れた。
「今ですわ、サクニャ!」
「りょ~かいっ!」
お嬢様然とした言葉を背に突如、木の上から人影が飛び出し、そのまま鬼振の腰目掛けてニードロップをした。
「グアッ!」
「もひとつオマケ!」
ニードロップの体勢から即座に後転して鬼振の足首を掴むとそのまま大きく横に回転し始めた。
「行くよ、ミッこ!」
「えぇ。こちらは準備完了しておりますわ」
サクニャが鬼振を振り回しながら相棒へと声をかける。すると即座にミシェから返事が返ってくる。そしてすぐさまサクニャは鬼振を上空へと投げ飛ばす。
「……良いですわよ、サクニャ」
狙撃銃を構えながら呟く。そして対象が重力に捕まるその瞬間――引き金を引いた。
「――ガッ!」
弾丸は鬼振の腰辺りに命中しそのまま地面へと叩きつけられた。
「大丈夫、シクろん!」
人を二人抱えて走ってきた白黒を支えながらサクニャが尋ねる。見たところ怪我はしていないようだが、抱えてきた二人の方は所々に怪我の様なものが見受けられた。
「わたしは大丈夫です。でも……」
「後にして二人とも! 今はここを切り抜ける方が先ですわ」
茂みの中からミシェが現れたと思いきや、すぐさま木々の中へと飛び込んでいく。そしてそのすぐ後に破裂音が鳴り響き、ここに留まるのは危険だという事を実感する。
「急ごう。今ミッコが道を作ってるからはぐれないようにね。それとシクろんが抱えてる二人、ウチが引き受けるよ」
「えっ! ちょっ――」
有無を言わさず白黒が抱えていた二人をその身に引き受け、サクニャはミシェの後に続き、白黒もその後を追って行った。
ミシェ先導の下で時には隠れ時には敵を迎撃して数十分。ミシェの足が急に止まった。
「ひとまずはここで休息しましょうか」
「えっ……と……休むのはいいですけど、ココだと身を隠す場所が少なくないですか?」
辺りを見回しながら思った事を言う。目の前にはそれなりに大きな木があり周りにはぽつぽつと木は生えてはいるが、正直言って木の上以外には身を隠せそうな所は無いしよしんば休憩できたとしても怪我人の手当てとかまでは望めそうにない。
「さすがにそこは抜かりありませんわ。……ん、しょっと!」
大きな木の前までミシェが歩きそこでしゃがみ込む。かと思えばなにやら力むような声が聞こえ、それと同時に「ギィ……」という何かが開くような音がしていた。
「この下にはわたくし達のこの島での拠点がありますの。そこでなら怪我の手当ても出来ますし外部との連絡も取れますわ。では白黒さんお先にどうぞ」
見ると木の根元に扉が付いており、開かれた扉の向こうには地下へと続く階段があった。
「あ、はい。では……」
ひんやりとした空気が肌を撫でる。白黒はその空気の発生源たる地下へと進み、その後ろにサクニャ・ミシェと順に続いた後にパタンと扉の閉まる音がした。
「……あいかわらずこの暗いのにはなれないにゃ~」
「足元に灯りがあるだけマシでしょう。ほら、わたくしがそばについてますから」
足元以外は真っ暗な所をゆっくり慎重に降りていく。サクニャの前を行く白黒はそんな暗さなど気にせずにスタスタと降りて行き、その先にある扉も自分の家かの様に開けて中へと入る。
「あっシクろん。電気は入ってすぐ右にあるから早く点けてね、ハリーハリー」
恐ろしいまでに早く電気を点けるように要求される。そんなに暗い所が嫌なのだろうかと考えながらもサクニャの要求通り電灯のスイッチを探し、手に固い感触がするとカチリとスイッチを入れる。
「おぉ点いた点いた。ありがたや~文明の利器~」
「…………」
なんだか後ろの方でものすごく灯りをありがたがっているサクニャの行動に困惑しつつ、取り敢えず邪魔にならないようなところで二人が入ってくるのを待っていた。
「よいしょ……っと。ひとまず二人はここに寝かせておくとして……ねぇミッこ! 救急箱ってどこにあったっけ?」
アサギと呉城をソファーの上に寝かせるとミシェに救急箱の在り処を尋ねる。
「そこのクローゼットの上に置いてあったはずですが……」
「んと……ああ、あったあった! えーっとまずはこっちの人の手当てを――って、そういえばダレこの人?」
女性の手当てをするため着ていた服(全身をぴっちりと覆うボディスーツ)の背中にあるファスナーに手を掛けた所で、目の前のこの人物が初対面な事に気が付いた。
「――今気づきましたの? ですが、わたくしもそこの方の事は気にはなりますわね」
救急箱から手当の為の道具を取り出しながらミシェもそこの女性が気がかりだったようで、白黒に対して二人がかりで質問する。
「う、う~ん……どうしよう、どういえば分かりやすいかな……」
呉城について説明すること事態は簡単ではある――あるのだが、ついさっきまでお互いに戦っていたどころか向こうは割と本気で白黒を殺しに来ていた気があり、どうしたら上手く説明できるのだろうかと考え込む。
「どうかしましたか? いきなり黙ってしまって」
「ぅえっ⁉ い、いや~別になんでもないですよ⁉」
「何を悩んでいるんですか? 素直にゲロってしまえばいいじゃないですか、さっきまで殺し合いをした仲だと」
「ア、アサギっ⁉ 気がついたの! 怪我してるんだから起き上がらない方が――」
今の今まで気を失っていたアサギが目を覚ましたかと思ったのも束の間、一言目から場が凍り付くよう発言をし、白黒はどうにか話題を逸らそうと必死になった。
「怪我ならもう治ってます。ほら、さっさとそこの二人に……あぁ後社長たちにも連絡をしないといけませんね」
「治っ……えっ⁉ 速すぎない!」
アサギの傷の治りの速さに驚く白黒と、アサギの爆弾発言に耳を疑い固まるミシェとサクニャ、そんな三人を尻目に現状を報告し合うためアサギは三角錐の形をした携帯端末を取り出し花南に連絡を取り始める。
『みんな! 無事か!』
通話が繋がった瞬間、大音量と共にドアップでアロエの顔が映し出された。
「お気持ちは分かりますが……少しボリュームを下げていただいてもよろしいですか、アロエ様」
『あ、あぁ悪い。ともかく四人とも無事でよか……うん? なんか一人多くないか?』
「彼女の事は追々説明します。それよりもまず島の外の状況が知りたいのですが」
呉城の手当てや複雑になりそうな事情もあってかひとまず彼女の説明は後回しにし、現在この島で起こっている事や白黒が脱出しそびれた事をアロエにまずは説明した。
『世界救済教団を名乗る奴らが現れて、そいつに脱出路を断たれた……ねぇ』
「はいそうです」
『…………』
「アロエ様? どうかなさいましたか?」
『いや……丁度いま花南から避難してきたテスター達についての情報を貰ってな。今、島に残っているのがお前違だけしかいないってのともう一つ、脱出用の転移門が四箇所とも破壊されてたみたいで新しい物の設置に夜までかかるらしい』
「えっ⁉ 師匠もこっちに来れないって事⁉」
『まぁそうだな。もっとも、転移門があったとしてもあたしは元々その島に受け入れられないんだけどな』
「――それは初耳ですわね。ですが、先生もそうですが花南さんもルーネアストさんも一度もこの島には来ていませんでしたから不思議ではありませんが」
(……あれ、花南さんとルーネアストさんは島に来ていたよね?)
ミシェの発言に白黒の頭の上に疑問符が付く。そんな様子を察してかサクニャが小声で耳打ちする。
「あの時いた二人はね、立体映像っていうので実際にはいなかったんよ」
「あぁ、そうなんですか」
話を聞く限りでは今回のゲームに使われている技術の応用なのだというのが分かった
『悪いね、直接助けに行けなくて。だけど、それを可能に出来る奴が一人いるようだからそいつに会いに行くんだ』
「そうですか、では今すぐに行ってください」
白黒達を早くこの島から脱出させたいのか、アロエのこれからの行動を聞き終えると通話を打ち切ろうとする。
『わーっ! 待て待て! 一人増えたソイツの事をまだ聞いてないぞ』
「そういえばアサギさん――彼女の事を後で説明するとさっき言っていましたわよね」
「おっとこれはウッカリ。ワタシとしたことがつい忘れていました。彼女の名前は呉城鈩。昨日ワタシやミシェ様が見た鎧兜その人です」
「えっ⁉」
「ウッソ!」
『……おいアサギ』
ミシェとサクニャは敵対していた人物の仲間だという事に驚き、アロエは静かにアサギの事を呼びつける。
「はい。なんでしょうか?」
『そんな大切な事は先に言え! さっさとその怪我人を叩き起こすんだよ、どんな手を使ってもいいから』
「はっ! かしこまりました」
「あの~……本当にあの人って皆の知り合いなんですか? なんというかセリフが物凄く悪役っぽいんですけど」
前半部分は至極もっともな事を言っていたが、後半部分は悪の総帥もかくやというよう容赦のなさに、白黒は今更ながらにこの人達と一緒にいる事が正しいのか不安が湧きおこってきた。
「――あの人はわたくし達が最初に出会ったその時からああでしたわ」
どこか遠い眼をして白黒の質問に答えたが、恐ろしい事にミシェは一切否定するような事を言わなかった。だが悪役かどうかはミシェとサクニャの態度から恐らくないであろう。
「では、これでいきましょうか」
どこからともなく
「あのアサギさん……? すごく嫌な予感するのですが、それで何をなさる気なのでしょうか」
真っ赤に熱せられた鏝を見ながらこれからアサギが行いそうなことが頭をよぎる。そしてその嫌な予感が実行される。
ジュッ――
「ぅっ! あああぁぁっ!」
真っ赤になった鏝を呉城の傷口に押し当てると、うめき声の後に絶叫を上げる。それは聞いているだけでも痛々しく、おもわずその行為から目を逸らしてしまう。
「ちょ、ちょっとアサギ⁉ 何やってるのよ! そんなことしたら死んじゃうって!」
「ご心配なく。少々辛いでしょうが傷口を焼いて塞いでいるだけですので」
あまりに荒々しい治療行為? に思わず白黒が抗議をしたが、アサギは全く取り合わず肉の焼ける臭いを周囲に漂わせる。そして傷を取り敢えず塞ぎ終えたところで呉城が目を覚ます。
「ぅ……うぅん、ここは……どこ?」
『よぅし……目ぇ覚ましたな。んじゃあ聞かせてもらおうか、お前達のアタマとその目的をな!』
呉城が目を覚ましたところでアロエが威圧感たっぷりに尋問を開始する。その様子を見て白黒は本気でこの人が悪役でないのか疑っていた。
「ひゃっ! あ、あの……あの……あなた達誰ですか⁉」
『…………はぁ?』
「あれっ?」
「とぼけている……様には見えませんね。どういう事でしょうか?」
初対面であるアロエやミシェ・サクニャはともかく、白黒とアサギはついさっきまで戦っていた相手だ。にもかかわらずあなた達は誰だとまるで二人の事すら初対面の様に振舞っている事に白黒とアサギは疑問に感じている。そしてそんな様子の呉城を五人はじっと見つめていた。
「う、うぅぅ……あの、ゎたしを見ないで下さい……」
五人の視線にさらされていた呉城は、その自分に突き刺さる視線に堪えられずそれから逃れるように後ろを向きソファーに顔を埋めた。
「えっ何この反応――すっごく可愛いにゃあ~!」
『なぁ、アサギ。コイツは本当にティセアと関りのある奴なのか? オマエが嘘をつくとは思ってはいないが、正直言って信じられんぞ』
「奇遇ですね。ワタシもそう思っていました。白黒様、彼女は本当に呉城鈩なのですか?」
呉城の反応が予想と違ったためにシリアスだった空気から一変、思い思いの反応をしその中でも当事者の一人であったアサギが白黒に対して本人かどうかまで聞いてくるとなると、より一層混乱が広まっているのが窺える。
「わたしだって聞きたいよ! まぁわたし側からでも別人みたいに見えるけど」
「そこんとこどうなんです? アナタは本当に呉城鈩なんですか?」
ガッツリと開いている呉城の背中にアサギが指で軽く撫でながら優しく拷問をする。
「あっ……あぁん! そ、そうです……けど、なんでそれを……? それに、あなた達は……ゎたしになんの用なんですか」
「エロい声をありがとうございます。先ほどアロエ様が仰ったようにアナタとティセアとの関わり、そしてアナタの所属している組織の事をゲロっていただきたい。アナタが洗いざらい話すまでこの攻めは続きますのでお早めに」
攻めどころを背中から首筋へと変え呉城の自白を強要させる。白黒は完全にアサギとアロエは悪役側なんだろうな――とでも言いたげな目をしていたが。
「ティ、ティセアさん? あの、どちらっ……様ですかっ? それ……にぃっ! 組織って何の……ことっ!」
「おお……随分と口が堅いようですね。では、次はもう少し趣向を変えて――」
『ちょい待ちアサギ。どうにも本当になにも知らない感じがする。――そう言えば前にコイツ鎧兜を着けてたとかそんな報告をしていたよな』
アサギの手つきがよりいやらしくなる前にアロエがストップをかける。そして何か気がついた事でもあるのか以前の呉城の状態を聞いてきた。
「そうですね。前は堅物な武人……とでも言いましょうか、とにかく他人の命令に従っている様に見えましたね」
『なるほどねえ。別人のような性格に他人の命令に忠実、後は身体能力がかなり高かったりしなかったか?』
「確かに凄かったですね。あの時アサギ……吹き飛ばされたもんね」
「白黒様。シー、ですよ。大事な話をしているんですから」
まるで子供でもたしなめるかのように口元に指をあてて白黒を黙らせようとしている。
「その前にこのような華奢な体の女性にあの重そうな鎧兜を着て動けるのか――という部分で議論したらどうですの」
「そうですよ白黒様。もう少し建設的な発言をいたしませんと」
「あ、あの結局……ゎたしはどうなるんですか?」
『はいはい、オマエ等静かにしろって。あたしは引率の先生じゃないんだからさ。それよりも、鈩が着ていたのは恐らく狂人の鎧と兜だな』
好き勝手に喋りだした一同をいったん静かにさせたアロエは呉城が今こうなっている原因について一つの見解を披露した。
「なんですの、その……ゲームとかだとあからさまに近寄りがたい名前の物は」
『しょうがないじゃん、そういう括りにされてるんだから。それよりもその鎧兜について、鎧の方は着けた者の身体能力を大幅に上げるがその代わりに体の自由が利かず、兜の方は鎧の力を増幅させる代わりに思考能力が著しく低下し他人の命令に従順になる――ってのを聞いたんだが、ちょいちょい違うのがねぇ』
「う~ん……聞いてる感じだと確かにいろんな違いがあるけど、そこまで気にする事かな? わたしとしては鈩さんが知らない事を聞き出すよりも、今後の事を話し合った方がいい気もするんだけど」
白黒が言うようにどこかに違いがあろうとも今議論をするような内容ではなく、それを論じるよりも呉城の処遇を含め今後どうするかの方が重要だと感じていた。
『そうだな、鈩からは何も情報は得られなかった――ってところだな』
「そうですね。ではアロエ様、さっさとこの島に入れる手段を聞き出して下さいませ。ミシェ様やサクニャ様、それとついでにそこのエロ娘もそろそろ時間の限界が近づいているでしょうし」
『――もう少し持つと思ったけどもうそこまで浸食が進んでいたか。なら、今後のことを考えると――』
「ええ、例の場所へとお連れ致します。そこでなら誰にも邪魔されませんので」
『分かった。なら転移門の場所はそこにするように花南に伝えてくる。――じゃあそろそろ行って来る』
「どうかお気をつけ下さい、アロエ様」
画面越しの相手にアサギがお辞儀をした後、通信が切れる。そして善は急げとアサギは立ち上がった。
「では行きましょうか。ぼやぼやしているといつここが発見されるとも分かりませんので」
「ちょっと待ってアサギ。いくらなんでも早くない? 最低限の準備くらいはしてからでもいいんじゃない?」
「む――」
「それにわたしも鈩さんも武器が無いのにどうやって身を守るのよ」
今の白黒には武器が無く、外に出て敵に捕捉されればただの足手纏いになり、呉城も今後の処遇はおいておくにしても現状ではこちらも足手纏いでしかない。尤も呉城は武器どうこうよりも大きい問題が残っているのだが。
「それは……困りましたね。さすがにワタシもお二人に貸せる武器は持ち合わせてはおりませんね」
「それでしたらこちらをお使いになって下さい」
武器に困っているのを見てミシェが剣を二本差し出す。
「これって……わたしが壊した剣と同じやつ?」
「えぇ、そうですわ。今回のゲームテスター用に配られた物と同型です。使い勝手等は変らないかと」
ミシェから剣を一振り受け取り、握り心地からその重さや振り心地を確かめる。確かにミシェが言うようにこれは短い間だが共にあった相棒と同じ感触をしている。
「うん! いい感じ。ありがとうミシェさん」
「喜んでいただけて何よりです。問題は……」
剣はまだもう一振りある。ミシェはそれを呉城へと手渡そうとするが彼女はそれを受け取ろうとはしない。
「そんなおっかない物なんて受け取れないです!」
今までおどおどとしていた呉城が武器を前にすると途端に大声で拒否をし、顔を見られることをあれだけ嫌がっていたのにも関わらず、ミシェの眼をしっかりと見て自分の意見を伝える。
「おっかないと言われましても……別に刃はついていませんし、自分の身を守るためならなにか一つくらいは武器を持っていませんと」
「でもそれはどういう形であれ人を傷つけるための道具です! わ…………ゎたしは……そういうのはキライ……です」
自分の意思をはっきりと伝えた後、呉城はまた自分の世界に閉じこもるかのように視線から逃げ、ソファーに顔を埋めてしまった。
「どうやら戦う意思は全く無いようですね。この様子であればワタシ達に牙を剥くことはなさそうですが戦力としても数えられませんね。さて――どうしましょうか」
これほどまでに武器を持つことを嫌い、他人とまともに顔を突き合わせようともしないなら記憶のない振りをして突然背後から襲ってくることはほぼほぼないだろう。だがそうなると今度は自衛手段を待たない人間をどうするかという問題が生まれる。この島周辺のとある事情から呉城を置いていく訳にはいかず、どう連れて行ったらよいものかとアサギは考えるがどうにも両人が納得できるような方法が思いつかない。
「別に戦闘要員として数える必要性はないのでは? 武器を持てないのなら周囲の敵影の探索を任せたりするとか」
「周囲の探索ですか。そうですね、確かにその手がありました」
「はいはーいみんな! 腹ごしらえの時間だよ~!」
取り敢えずの解決となったところに明るい声が響き渡る。
「――なんか静かだと思いましたが、サクニャ様は席を外されていたのですね。納得」
呉城に対し反応を取ったあと一度も声を聞いてなかったが、どうやら奥の方で軽食を作っていたようでその両手にはハンバーガーが盛り付けられた皿が乗っていた。
「そろそろお腹が減る頃だと思ったからね。はいコレおしぼり」
サクニャがおしぼりを皆に配り、それが全員に行き渡ると誰よりも早く作った本人の手が伸び、最初の一口を味わう。
「いや~流石だねウチの腕は。どんな時でも美味しいにゃあ~……」
「自画自賛ですか。まぁ味は良いですからね」
「ですがこれだけの腕を持っているならば自分で評価をするぐらいは良いのでは?」
「わたし……久しぶりにこんなの食べるなぁ」
思い思いの感想を皆が述べる中、四人の輪から顔を背けるようにしている呉城だけ未だに手を付けていなかった。
その様子を見て白黒は不意に周りに年の近い人間がいなかった事を想い出し、そしてその境遇に重なるとこを見たのか呉城に声をかける。
「あれっ? どうしたの鈩さん、なんか全く手を付けてないみたいだけど。もしかしてお腹が空いてなかった? それとも嫌いなものでも入ってた?」
「あ、あの……えと、そういう訳ではなくて……その……」
「なにか嫌いな物でもあったの? ピクルスみたいに人を選ぶ者とかも入ってないし」
「いえ……そういう事ではなくて。ナイフもフォークもなくてどう食べたら良いのか」
「「「「な……に……」」」」
四人の声がハモる、一体彼女は何を言っているのかと。
「この中では一番のお嬢様であるミッこよりも更にお嬢様度が高い⁉」
「わたくしをお嬢様と呼ばないで下さい! それよりも貴女、食べ方も何もわたくし達を見ていれば……いえ、やっぱりいいですわ」
ついさっき皿の上のハンバーガーを見た呉城に対し、見ていれば分かる――などと言った所でこちら側を見ていたはずはないので言葉を飲み込む。
「う~ん、これは困ったにゃ~。どうしたら……あっそうだ!」
料理人として自分の作った料理に手を全くつけてもらえないのは中々に困る。だが、サクニャは別に食べられないものがあるわけでは無い事は知れたので、それを解消できるようなアイデアを思いつき実行する。
「あっ、ちょっとサクニャどこに行くんですの!」
「これこれっ! これがあればなんとかなるんじゃない?」
サクニャが取り出したのはプロレスラーが被る様な覆面で、それを呉城に見せるとその覆面は剥ぎ取られ、すぐさま装着した。
「速っ⁉ ……ていうか、う~ん……なんかダサい?」
「……?」
呉城の頭からつま先まで見渡して見ると、頭の方にはサクニャが渡した派手な柄の覆面、その下は真っ黒なボディスーツと見た目は完全に不審者スタイルであり、とてもではないがこのような格好では外へと出歩けそうにないとサクニャは思った。当の本人は顔が隠れていればそれで満足なのかサクニャの視線を受けているにもかかわらず視線を逸らす事はなく、逆にサクニャの事を見ながらなぜ見つめているのか分からないとでも言うかのように首を傾げている。
「……顔さえ隠れてれば恰好は気にしないんだね」
そのやり取りを傍で見ていた白黒はほっこりと戸惑いの感情が混じりながらもハンバーガーに齧り付く。すると今度は白黒の方を向いてその行動をじっと見つめている。
「えっ……と……そんなに見つめられると食べにくいかな……?」
白黒の行動を観察していると、今まで手を付けていなかったハンバーガーにに手を伸ばし白黒の真似をするようにそのまま齧り付いた。
「何というか……子供が育っていく過程でも見ているようですわね」
(はむはむ――)
「いやーこれはいつまでも見ていられるにゃあ」
ミシェもサクニャも呉城の行動にすっかりと骨抜きになったようで、小動物の様にハンバーガーに齧り付く様を見てほっこりとしていた。
「なにをまったりしているんですか。ほら食べ終えたのならさっさと行きますよ」
休憩はこれで終わりだと言わんばかりにアサギが発破をかける。皆がそれに従い各々が外へと出る準備を始めだした。――主に呉城に対してのだが。
「いくら何でもこの格好で外へ出すのは可哀想ですわね。主に覆面部分が」
「――っ⁉ と、取っちゃうんですか……コレを……」
ミシェの目が覆面に向かった瞬間、呉城の両手が誰にも覆面を取らせまいとガッチリと押さえつけた。
「あ、いえ。そういう訳ではなく顔を隠すくらいならもっとマシな物があるのではないか……そういうニュアンスだったのですが」
「そんなに見てくれが重要ですか? 別に顔を隠したいなら凝った物でなくともそこら辺にある紙袋に穴を開けたやつでも渡しておけばよろしいではないですか」
「いや、流石にそれはもっとヒドイ……っていうか、ちょっと私情が混じってる気が……」
「…………さぁ、なんの事でしょう。白黒様の気のせいでは?」
口ではとぼけた言い方をしていたが、おそらく隠す気がさらさらない。原因も直前に鎧兜姿の時の呉城にやられた腹いせだろうが、なんとなく――それよりも前になんかあったのだろうと感じた所で白黒はそれ以上原因について考える事を止めた。
「ん~……でも、違うのにする必要ってある? 本人は気に入ってるみたいだけど」
「だからと言ってこんな派手な物を着けていたら目立ちますわ。何か他の物とかありませんの?」
「なくはないけど……ちょ~っとおススメはしないかにゃ?」
「あるなら早く出して下さい。時間が少ないと言っているでしょう」
「はいはい……」
渋々といった感じでサクニャは壁際に置いてある巨大なナップサックの中を漁り始める。するとすぐに目当ての物が見つかったのかその手には舞踏会で身に着けるような仮面と、目の部分に不思議なレンズのついたゴーグルがあった。
「ウチが持ってるのは他にはこの二つだけだよ」
「これ……どこかで見た気が…………ああっ! これ、二つともわたくしが以前使っていたものではないですか! なんで貴女が持っていますの!」
「えっ……? だってコレ、前にミッコが使うことが無くなったからって置いていったものだよ? もう使わないならウチが持っててもいいでしょ」
「そ、それは……まぁ今はいいでしょう。それよりも渡すのならこっちのゴーグルにしておきなさい」
「そう? じゃあ、はい」
ミシェに勧められるがままゴーグルを呉城に手渡す。それを呉城が受け取ると皆に背を向けてから覆面を脱ぎ、その代わりにゴーグルを装着してまた皆のいる方へ向き直る。
「あ、あの……どうでしょうか?」
「いい! いいよ! すっごく似合う!」
「まぁこっちの方が先程よりいくらかマシですわね」
「一体いつからファッションショーになったんですか……」
「いいじゃないのこれくらい。そういえばこのゴーグルって何か変わった機能でもあるんですか?」
「別にそこまで変わった機能はありませんわ。普通に暗視機能と望遠機能が付いているだけですもの」
そのゴーグルにはボタンとダイヤルがついており、まさにそれがゴーグルの機能だというのは見ればすぐに分かった。
「わっ……凄いです。向こうがハッキリ見えます」
「……こんな狭い部屋で使ったって意味がないでしょうに」
使い方が分かると早速それを実行し、無駄に望遠機能を使って部屋の中を眺めまわしながらその性能に感動していた。
「そういえばアサギ。さっき言ってた例の場所ってどこのこと?」
「そういえばそんな事言ってたね」
「ああ、それでしたらこの先にある採石場跡の奥地の事ですね」
「えっ……? あのちょっと待った」
アサギが言う目的地――その場所を聞いた時サクニャが戸惑った声を上げていた。
「あのちょっとよろしいですかアサギさん」
「なんでしょうか?」
ミシェもまたその目的地の場所に嫌な予感がしてアサギに質問する。答えの方は聞くまでもないだろうが。
「その採石場跡とは敵陣の中枢なのでは?」
「えぇそうですが……もしかして言っていませんでしたか、ワタシがティセア・呉城両名と出会ったのはその採石場跡だと」
「聞いていませんわよそんな事。まぁ話の流れからそんな気はしておりましたが」
やはりというかなんというか目的地の採石場跡とは昨日サクニャがボコられ、結果的にミシェの仕事をアサギにふいにされた苦い記憶の残る場所であった。
「確かにあそこは敵の中枢にあたる場所にはなるでしょうが、問題はほぼないでしょう」
「えっ、なんで! 問題大アリっしょ、敵はまだウロウロしてるし」
「確かに敵はまだいますがそのほとんどは雑兵。そのうえそれらを指揮していたであろう呉城鈩はこちら側にいますし、今この島で展開されている兵の数を見るに指揮官クラスはもういないと思われますので」
「よくもまぁ島の全域を確認したわけでもないのに敵の数を断定しますのね」
ミシェは白黒達と合流するまでに何度か接敵したが、そのいずれもが20~30人規模の集団でこの島にいるゲームのテスターを襲撃していた。そしてそれらがこの島に4箇所ある脱出口に集まった場合、自分が接敵した時の状況を考えて一か所につき最大で60人程、それが全体にまでなると最大でおよそ240人程度にはなる。
「ワタシが先程出会った時の相手の兵数は57人。それらが島の4箇所を襲撃していると考えると自ずと全体の数は予想できますし、一集団の数と展開方法を考えても中隊規模、そしてそれらを指揮する人はもう少しいても良いですが、あれだけ自我の薄い集団ならば指揮する人間はそんなにいらないでしょう」
それらの数を実質的な指揮官であろう呉城鈩一人に指揮をさせるのは現実的ではないが、あの集団は一般的な思考能力を持ち合わせていないようなので、単純行動をさせるだけなら一人でも十分だと考えたのだろう。
「――確かにアサギさんの言う事は理にかなっていますが、指揮官クラスが少ないという理由には弱いですわね」
アサギの考察は見事なものだ。自分が遭遇した敵を基準に全体のおおよその数を予測し、そこから全体を指揮する人員を敵軍の動きを見て、何人いれば最低限成り立つかを導き出す――それは相手が常識の範囲外程度に収まるのであればいい読みをしていると言える。だが、その程度の読みではあの集団を相手取るにはまだ足りない。
「そうでしょうか? それともミシェ様にはなにか敵についての懸案事項でもあるという事ですか?」
「…………むぅ」
確かにミシェにはアサギにはまだ言っていない不安要素がある。それは、相手が世界救済教団という組織で、その中にはかつてミシェとサクニャが参加させられた戦争に死者を操るものがいたのだ。そしてその者が操っていた死者というのが今回出くわした雑兵と動きが似ていたために、この島のどこかに潜伏しているのではないかという懸念があった。
そしてさらに最悪なのはその者は特定の身体を持たず見知らぬ死者の身体を自らの身として自在に操るため、事前の発見が不可能な事だ。
だがミシェにはそんな能力を持つ人物が存在し、もしかしたらこの島に潜んでいるかもしれない事についてどう説明するか悩んでいた。
「そんなに唸ってどうかしましたか?」
「いえ……ただ、どう説明したらよいものかと考えていただけですわ」
こんな荒唐無稽な人物の説明など果たして受け入れてもらえるかは分からないが、取り敢えず自分が分かりうるこの島に潜んでいるかもしれない人物についてミシェは説明した。
「死んだ人間を意のままに操る――ですか。なるほど、それは厄介な相手ですね。その者がミシェ様の言う通り島に居ればですけど」
「いやいやいや……死んだ人間を操るとか何を言ってるんですか。ゲームとか漫画とかじゃないんですよ」
アサギは多少訝しんでいるようだが概ねミシェの説明には納得しているみたいだが、反対に白黒はそんな現実離れした能力などある訳がないと、変な物を見るかのような目でミシェを見ている。だがそのような表情をされてもミシェは至って真剣な表情をしており、それは次第に白黒の表情を曇らせていきこの話が冗談でも妄想でもない事が分かった、否――分かってしまった。
「まぁ普通はそのような感想を抱きますわね。わたくしも初めて動く死者の集団に遭遇した時は何の冗談かと目も耳も疑いましたからね」
その声には実感が伴っており、紛れもなく超常の存在に出くわしていたことが窺える。
「問題はその相手の事がそういう能力を使う事しか分からない点ですね。顔も名前も姿形に性別すら不明では用心のしようもありませんが、少なくとも遭遇した時に慌てる事はなさそうですね」
かなり不確定ではあるが、そのような人物が敵側に一人いるかもしれないという情報を得た事で、先手を取られても対処は出来るだろうとアサギは考えていた。
だが、そんな超常の話をまるで他愛のない日常の会話の様に聞いていたアサギに対し、白黒は一人恐れていた。
「ねぇ……なんでアサギはこんなおかしな話を聞いてそんなに冷静でいられるの? それにわたし達ってあの変なのから逃げるんだよね。なんか話を聞いてるとその……戦う相談をしている様にも聞こえるんだけど……」
「それは否定できませんわね。ですが戦闘はしないように探索をしながら進みますし、万が一戦闘にでもなったらわたくし達が盾になってでも貴女を護りますから」
「えっ、あの……わたしそういう風な意味で訊いた訳じゃないんですが」
まさかの発言に白黒はたじろぐ。それにもしも戦闘が起こった時はミシェ達が盾になるとか言われて更に混乱が加速する。
「まぁ戦闘うんぬんは置いておくとしても、心構えくらいはしておいた方が良いという事ですね。ひとまずは何か起こるまでは気楽にいる方がよろしいかと」
「――そこまで楽観的なのはどうかとも思いますが、確かに気を重くする必要は無いですわね」
「つまりはそういう事ですよ白黒様。少々厳しいかもしれませんが今までやっていたゲームの延長線上とでも考えれば少しは気が楽になるかと」
「あっ、それなら何とか……って、イヤ無理でしょ。そもそももう命のやり取りみたいな事をしてるんだから」
敵の探索からその後に戦闘を行うか避けるかというのは確かに昨日までプレイしていたゲームと今の状況は似通っているかもしれない。だが、そこには自分の命が掛かっているかどうかという決定的な違いがあり、似通っている所があると指摘されても『はい、そうですか』とは素直に頷けない。
「ええい、ごちゃごちゃと。どうせ外には出なくてはならないのですからとっとと行きますよ」
「えっ? あっ……ちょ!」
今が大変な状況だというのは互いに理解はしているが、それでも動く気配のない白黒に業を煮やし無理やり白黒を肩に担いで地上へと出て行った。
「……いつ見ても使用人と呼ぶには破天荒な方ですわね」
「でもどっちも楽しそうだからいいんじゃないかな?」
「それ、白黒さんが聞いたら怒りますわよ、絶対に……」
アサギの行動とサクニャの言動に辟易しつつサクニャもアサギの後を追って外に出る。
「あっ、待ってよミッこ。ウチを置いてかないでぇ~!」
「ゎたしも……一人はイヤです……」
そしてミシェに置いていかれまいとサクニャと呉城もその後に続いて外へと向かうのであった。
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