第7話
三日目・正午過ぎ
「うっ! 眩し!」
暗い地下から日の当たる地上に出るとその光量の差に白黒は思わず目を細める。
「では白黒様、降ろしますので足元にお気を付けください」
肩に担がれたままでいた白黒がゆっくりと降ろされる。そして早速辺りを見渡して敵影がないかを確認する。
「うーん……見た所、近くに人影はいないみたいですね」
「そのようですわね。ですがここは木々に囲まれているから互いに姿は確認しづらいですからまだ気は抜けませんわよ」
少し遅れて外に出て来たミシェは、白黒が着けているのと同じデザインの指輪を何度かタップした。すると何もない所から狙撃銃が現れ、その銃の具合を確かめる。
そして確認が済むと狙撃銃のスコープを覗きながら白黒が見ていた場所より更に遠くの場所を見て、それでいながら警戒心を一切緩めずに少しづつ向きを変えて索敵し始めた。
「ざっと周辺を見てきたけど、取り敢えず周りで動いているのはいないっぽい。ろりたんの方はどぉ~?」
「…………えっ⁉ も、もしかして……ゎたしの事……ですか?」
みょうちきりんな名前の様なものを呼んでいたが、サクニャが呉城の方を見ていたためにそれが自分の事を指して言っているのだと気付いた。
「そうだよ? 他に誰がいるって言うのさ。そ・れ・よ・り・もっ! そっちは問題なさそうだった?」
「えと……あの……は、はいっ! 問題ない……です」
ひとまず自分達が出て来た方とは反対方向をゴーグル越しに覗くが敵影らしきものは見えなかったので、サクニャには問題なしと答えた。
「――サクニャ、もうそろそろ初対面の方を渾名で呼ぶのはやめたらどう? 彼女、戸惑っているじゃないの」
「あの……ゎたしは気にしていませんよ。そ、その誰かに渾名で呼ばれた事とかないので、何だか新鮮で。それに、友達が出来たみたいで……あっ、ごめんなさい勝手な事言って」
「いやいや、なんで謝っちゃうのさ。いいじゃん友達で。ウチの事はサクニャでもサーたんでも好きに呼んでよ」
「あっ……はいっ! サクニャ……さん」
「随分と余裕こいてますねサクニャ様。今我々がどのような状況下に置かれているか理解しておいででしょうか?」
周りに敵がいない状況とはいえ、ほのぼのとした緊張感のない二人の会話にアサギがチクリと刺す。
「分かってるよん。でも、気を張り詰め過ぎるのも良くないっしょ」
「それは確かにそうですが……」
「あら? 少しくらいなら大目に見てもよろしいのではなくて? サクニャもわたくしも何かあればすぐに動けますし、未だに敵影は確認されておりませんもの」
ミシェの視線の先には木々が広がっているだけで未だに敵影らしきものは確認できておらず、それは後方を警戒している呉城やミシェでは感知しにくい樹上の探索を行っているサクニャも同様。故にこのまま進んでいれば目的地手前までは恐らくは接敵することは無いとの判断でサクニャを擁護する発言をしていた。
「確かにそうですが……まぁいいでしょう。静かに行動していようが見つかる時は見つかりますしそれに――そのように目立つ格好をしているミシェ様が言うのであれば問題ないでしょうね」
「えっ……あっ!」
言われて自分の格好を見る。未だに鮮やかな紫色のミニドレスを纏っており、この木々に囲まれた所では薄暗い所であれば多少目立ちにくいかもしれないが、そうでもない所では人目に付きすぎるため偉そうなことを言った手前、少し恥ずかしい思いをしていた。
「流石先程自ら盾になると言っただけの事はありますね。ワタシは白黒様の盾にはなれませんから感服する限りです」
「……使用人としては中々にぶっ飛んだ発言ですわね」
「ワタシはあくまで白黒様の敵を排除する槍です。敵を寄らせる前に潰すのが仕事ですので盾にはなれないというだけです」
「物騒な会話してるにゃあ~二人とも。もっとウチラみたいにほのぼの~としてればいいのに。ねっ、ろりたん」
「あの……えと……そ、そう……ですね」
アサギとミシェがバチバチする中でサクニャと呉城はそんな二人の喧騒を他所に他愛のない話を始めだし、話題の中心にいたはずの白黒は我関せずと言った感じで話し声が耳に入らないようにただひたすらに敵が接近してこないかを監視していた。
(あれ――? もしかして今この場で真面目に監視とかしてるのってわたしだけ?)
――と、そんなことを考えながらただ割り振られた役割を果たしつつ行動していると、やがて前方の景色が開けてきた。
「おや、もう目的地の前まで来ましたか」
「あっ、ほんとだね。それにしても採石場の跡地だっけここ。……直線距離なら近いのに螺旋状だとねぇ」
初めてここを訪れたミシェと似た様な感想を白黒が漏らす。だが、ミシェとは違い白黒はこの段差を降りてショートカットするという発想は頭にない様だ。
「まぁ確かに見た目以上に面倒ではありますわね。ぴょんぴょん飛び降りれほどの身体能力があれば楽ちんなのですが」
ちらりとサクニャの方を向く。するとサクニャはそんなミシェの要望に応えるかのように手を振ってみせた。
「そんな面倒な事をしなくても楽に降りられますよ。付いて来てください」
今いるところから少し離れた茂みの所へ移動する。だが、そこは草だらけの何の変哲のない場所にしか見えずなぜこんな所に連れて来たのか疑問符が頭に浮かぶ。
「ここにはいったい何が?」
「まぁ見ていて下さい。すぐに分かりますから」
そう言うとアサギはおもむろにしゃがみ込んで土の中に手を入れそして思い切り土を捲りあげた。そして土を捲った跡にあったのは――
「これは……梯子ですわね」
ミシェが目にしたのは何の変哲もないただの梯子で、そこからは冷たい風が吹き込んできた。
「ここはかつてこの採石場にいた作業員が近道をするために掘られた縦穴です。そして段階的に作られているので少し降りるごとに地に足がつく親切設計となっております」
「ふむ……これなら確かに楽に降りる事は出来ますわね」
「はい、そうでございます。ですが一つ注意事項がございます。ここは灯りの類が一切ないので気を付けて降りないと滑り落ちる危険性がありますのでそこだけはご注意を」
アサギが梯子の具合を確かめつつ先行しようとしていると、不意に明後日の方を向いて少しずつ後ずさっているサクニャの姿を確認した。
「……? サクニャ様、そちらに何かございましたか?」
「あっ……ううん、なんでもないよ。えぇっと……ウチここで皆が降りるまでここで敵とか来ないか見張ってるよ。という事でほらほらっ! ウチの事は気にしないで先行ってて」
「そうですか? ではお言葉に甘えて敵影の監視はお任せいたします」
「お任せあれ~」
なんとなくサクニャの様子が妙だが、確かに梯子を下りている最中で敵が押し寄せてきたら身動きが取れないのでこの提案は有用であろう。
「ではサクニャ、下でまた会いましょう」
そう言ってミシェもほんの僅かな間だけではあるが一時の別れの言葉を送って梯子を降りていく。そしてその後に白黒と呉城が続いて降りて行ったことを確認し、しばらくしてからサクニャは岸壁の所まで移動していった。
「さっ・てっ・と。ミッこ達も行ったし敵も……うん、いなさそうだね」
辺りの様子を確認し周りに一切敵影が無い事を確認するとサクニャはそのまま崖から飛び出し、5メートル程の段差などなんのそのといった感じで軽快に降りて行った。
そしてサクニャが一番下まで降り立った頃には先に梯子で降りていたメンバーが勢ぞろいしていた。
「うわっ! ビックリした。ていうかサクニャさん……上からそのまま飛び降りてきてましたけど身体とか大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫だよ。師匠に追いかけられてるうちにあれくらいはなんてことは無くなったの」
「なにを無駄口叩いているんですか。一応ここは敵地でもあるんですから集中して下さい」
「あっ、うん。ごめんアサギ」
アサギの言葉でここがどういう場所だったかを思い出し、改めて気を引き締めた。
「では皆様。この先、道が少し複雑になっておりますのでワタシを見失わないようにしていて下さい」
「えっ⁉」
「まだ先がある事はアサギさんが言ってらしたでしょ。それに大丈夫ですわ、見たところ灯りはあるようですしなにより――わたくしがついていますから」
「うんっ!」
暗い道を前にサクニャの声と身体が震えだす。だがそんなサクニャの身体をミシェが後ろから優しく抱きしめると、震えていたサクニャは次第に落ち着きを取り戻していった。
「「「じー……」」」
「――なっ、なんなんですの」
二人が抱き合っている様子を三人が見つめる。その視線に気づくとミシェはパッと離れると慌てながら平静を装う。
「いえ別に。ただ……もうお二人の百合空間でお腹いっぱいだと思っただけです」
「なっ……なななななっ!」
「ワタシ達は少し先を耳を塞ぎながら行ってますので、どうか気にせずに続きを堪能していて下さい。では参りましょうか」
「なにか勘違いをしていませんか~っ!」
その後、ミシェはアサギが抱いていた誤解? を解くべく、急いでその背中へと追いつきなんとかアサギの勘違いだったと説き伏せたのであった。
「――ねぇねぇアサギチャン。けっこう歩いたと思うんだけどまだ着かないのかにゃ~?」
採石場の横穴に入ってまだ5分くらいしか経っていないが、サクニャが一体いつ着くのかと聞いてきた。
「ご安心くださいサクニャ様。あともう少しですよ」
アサギがそう言った直後、今まで薄暗かった通路の先から光が差し込んで来ているのが見えた。そしてその光が見えた途端サクニャは猛然とその光に向かって走り出していた。
「おおっ! あっかる~いっ!」
「ウッソ……ここ地下だよね。なんでこんなに明るいの……?」
サクニャが一番乗りで到着した後、それに続いて他の4人が到着したそこは、地下だというのに天井からは陽の光が差し込み、その真下にはその光を浴びて地底湖がキラキラと輝いていた。
「なるほど……なかなか良い場所ですわね。上からは湖があるとはいえ高さがありすぎて侵入しづらく、それ以外の出入り口もわたくし達が通って来た一ヶ所のみ。これならば夜まで籠城する事も可能ですわね!」
ここにたどり着くまでに多少不幸な出来事がありはしたが、それでも夜まで待つにはちょうどいい所だと評価した。
「……? 何を言っているんですかミシェ様。ワタシは先程あともう少しだと言ったはずですが?」
「えっ? だからここがそうなのではないのですか? どう見てもここからさらに別の場所へは行けそうにはありませんし」
辺りを見回してもあの通路以外に道は見当たらず、誰がどう見ても此処が最終地点だと思うだろう。だがアサギはある一点へと指を向ける。
「この先をちょっと進めば到着です」
「この先って……湖の中じゃないですの⁉」
そう、アサギが指し示したのは湖の中であり彼女はそこが最終地点だと言っているのである。
「なになにっ? なんかあったのミッこ」
ミシェが素っ頓狂な声を上げて驚いているのを聞いてサクニャがすっ飛んで来る。そしてミシェが聞いたのと同じ内容のを聞いてやはりミシェと同様に驚いていた。
「うえぇっ⁉ まだ着いてなかったの! もうここでいいじゃんさ、それに……」
一度休憩したとはいえここに来るまでに島に居たテスター達を脱出させるために戦闘を行っていたり、白黒達と合流した後も精神的に疲れるような場面があったためにこれ以上はあまり動きたくはなかったが、それ以上にサクニャはミシェの事を気に掛けていた。
そしてサクニャの視線を受けたミシェも、なぜかいたたまれない表情をしている。
「なにか問題でもございましたか?」
「問題っていうか……なんというか……ねぇ?」
明らかになにか問題の様なものがあるように見えるが、サクニャはチラチラとミシェの方を見るだけでそれ以上のアクションは起こさなかった。
「…………あの、少々申し上げにくいのですがわたくしはその……水が苦手でして」
「水が苦手? …………あぁなるほど、ミシェ様はカナヅチでしたか。それならそうと早く言っていただければ良いものを」
「だって……恥ずかしいじゃありませんの。19にもなっても泳げないだなんて」
自分で言って恥ずかしくなったようで、顔を赤らめながら少しうつむきがちに顔を逸らした。
「いえ、別に恥ずかしい事ではないですよ。誰しも得手不得手というものがあります。ですがそれを包み隠さず話せるというのは立派な事だと思います」
「アサギさん……」
アサギの言葉が胸に響く。今までのやり取りからそこの使用人は口と性格と性根と態度が悪いだけだと思っていたが、大事な局面ではそのような面は一切出ず、口から出ていた悪態とかは今に至って照れ隠しか何かなのだろう思い始めた。
「――ですがそんなことはワタシには知ったこっちゃないです」
「――へっ?」
いい話だった。だが、その余韻と感動をぶち壊すようにアサギが二の句を継ぐ。
「そんなわけですのでつべこべ言わずとっとと行きますよ」
素っ頓狂な声を上げて固まっているミシェと、同じく急な話の展開について行けないサクニャの襟をアサギが掴むと、次の瞬間には二人とも湖の中へとダイブさせらていた。
「なぁああああっ!」
「なんでウチまでぇっ~⁉」
そしてミシェとサクニャが着水する寸前、素早い動きでアサギは白黒と呉城へと狙いを定めると二人が異変に気付く前にミシェとサクニャ同様に湖へと叩き込む。
「うわぁっ!」
「きゃっ⁉」
4人全員が着水したのを確認するとアサギは誰かが行動を起こす前に湖に飛び込み、4人全員の襟首を掴んで湖の中へと急潜行していった。
そんな状況の中で当然だが誰も抵抗など出来ず、されるがままに湖底へと引きずり込まれ、そしてとある岩肌の前で止まったかと思うと片手で4人いっぺんに纏めて片手で動きを拘束されつつ、アサギが何らかの操作をしたと思えば何の変哲もない岩壁から急に扉が開き、全員がその中へと放り投げ出されるという急展開を味わわされていた。
「い、いったい何をなさるのですか! わたくし先程泳げないと申したばかりでしょう。なのにいきなり水の中に放り込まれたかと思いきや無理やり潜らされて……溺れ死ぬかと思いましたわ!」
カナヅチが水の中に放り込まれて、しかも自分の意思に反してどんどんと深い所に連れ込まれたとあってはミシェが怒るのは当たり前だろう。
「ああ、そういえば説明していませんでしたね。ここの水は少々特殊でして、水の中でも呼吸が出来るんですよ」
――と、人一人が死にかけた事に対してあっけらかんとした態度で返す。実際、ミシェは気が動転していたので気がついていなかったが息が続かなくて溺れることは無く、また他の3人はと言えば普通に水の中で呼吸が出来ていた事に戸惑い、ミシェの様に文句をいう事さえも頭から抜け落ちていた。
「そ、そんなことは問題ではありませんわ。わたくし……怖かったんですのよ」
泳げない者が水の底へと何の準備も無しに引きずり込まれる。その事を想い返した時、ミシェの目尻には涙が浮かび本当に怖い思いをしていたことが窺えた。
「それは――申し訳ありませんでした。ただ、事情を話したところですんなり付いて来てもらえるか分かりませんでしたので。重ね重ね申し訳ありませんでした」
「まぁそういう事なら許しますけど……今後はキチンと話してくださいまし」
取り敢えず二人の間に不和が発生することは無かったがミシェの剣幕を傍で見ていた3人は、不思議な水だとかここに来た理由だとかの些細な事より、いま目の前に広がるこの光景の方が気がかりであった。
「うわ~……なにここすっごい明るい! 文明の利器さまさまだよ~」
「いや、あの……文明の利器と言うにはあまりにも進み過ぎてるんじゃないですかね……」
「ここは……どういう所なんでしょう? あっ、えっと……あの、なんでもないです」
サクニャが天井から降り注ぐ人工的な灯りと壁と床にある溝に走る光にありがたみを感じている所に白黒がツッコミを入れる。そして呉城はまずこの光景を目にした者なら最初に言うであろう疑問を口にするが、誰も彼もがその事に触れない為に指摘をした事が間違いだったのかと感じ、その疑問を引っ込めてしまった。
「ここは単なる通路です。喜ぶなり驚くなりはこの先を見てからにしてもらいたいですね」
そしてアサギは行き止まりとなっている通路の前まで行く、すると主人を出迎えるかのように壁に切れ目が入り、その先にある新たな道への扉を開いた。
「ようこそ皆様。こちらはこの島における最深部にして目的地――『サーバールーム』でございます」
開いた扉の横に立ち、右手で客人を招き入れるようにしながらお辞儀をする。それに導かれるようにして白黒がその部屋の中へと足を踏み入れ、続いてサクニャ・呉城・ミシェと並んで入って行き、全員が部屋に入った事を確認するとアサギが部屋に入って扉が閉まった。
「うわぁ~……スッゴイこの部屋、どこもかしこもピカピカだよ」
一番乗りで部屋に入った白黒があちこちと部屋の中を見渡し中央にあるたくさんのボタンがついた台と、正面にある明かりのついた巨大なモニターに目を光らせていた。
「なるほどサーバールームですか。見たところそこのモニターは外の状況を映しているようですし、夜まで籠城するには苦労してここに来るまでの事はありますわね」
正面に見えるモニターには8ヶ所の場面が同時に映し出されており、それをしばらく眺めていると画面が切り替わりまた別の場所が8ヶ所表示されていた。
「……? 確かにここのモニターで外の状況を見る事は出来ますがおかしいですね……昨日ここを離れる時たしかにモニターはオフになっていたのですが……」
アサギが正面のモニターを見て怪訝な表情をする。ここに入れるのはアサギの様な管理者を除けばティセアの様な特殊な方法で入るしかない。そして何かに気付いたアサギが不意に部屋の隅に目を向ける。すると――
「おっと! 見つかっちゃたわね」
その視線の先――部屋の天井付近で浮いている謎の女性と目が合う。するとソレは少し笑いながらゆっくりと地上へと降り立つ。
「これはこれは皆さまお揃いで。でも残念――もう長居は出来ないの。じゃあねっ!」
その謎の存在は一方的に喋ると壁をすり抜けてどこかへと消えて行ってしまった。そして残された者達はただただその状況に呆気に取られていた。
「壁をすり抜けた⁉ もしかして……あの人がティセアって人?」
「いえ、違いますわ。アレが何者かは分かりませんがただ一つ分かるのはここにある何かを盗み出した――という事ですわね」
「えっ? えっ! 何かを盗んだ……って、なにか盗まれるようなものがあるのここに?」
「ワタシの方からも何も見えませんでしたが……本当に何かを盗まれたんですか?」
「あぁ……そちらからでは角度的に見えませんわね。わたくしはうっすらとしか見えなかったのですが……サクニャ」
「ウチの方はバッチリ見えたよん! なんか青っぽい水晶を持ってたね~。アレが何かは分かんないけど」
「青い……水晶? まさかっ!」
サクニャが見たという物に心当たりでもあるのか、アサギは部屋の中央にある台座を調べ始めた。そして調べ始めてすぐに台座の一部が開いている事に気付きその中を見たアサギの顔が血の気が引いたかのように青くなる。
「ど、どうしたのアサギ……凄い顔してるけど」
「これは非常によろしくない事態ですね。このままですと島と共にワタシ達の存在が世界に呑まれ消えてしまいます」
「ちょっと待って下さい! 消えるって……一体どういう事ですの!」
「すみませんが説明する時間はありませんので。ワタシはこれにて」
それだけを言い終えたアサギは、急いで来た道を引き返し先程壁の向こうへと消えていった女性を追って行ってしまった。
「なにがなんだか分かりませんが後を追う以外に選択肢はなさそうですわね」
「息つく暇も無いってまさにこの事だにゃ~。あっ、そうだ二人はここでお留守番してた方が良いかも」
「いえ、わたし達もついて行きます。何と言われてもついて行きますから!」
サクニャが白黒と呉城に対しここで待っているよう言ったが、白黒はそれに頑として従わず逆に無理にでもついて行こうとする。
「えっ! えっ! ナンデ⁉ どういう事⁉」
「――あの壁をすり抜けるのがいるからですわね。さすがにそんなのがいると分かれば分断という手はナイですわね」
「そっかぁ、それじゃしょうがないにゃ~」
「そういう事です。だからほら、急がないと」
そして白黒が真っ先にアサギの後を追いかけて行き、更にその後をミシェ達が慌てて追いかけていくのであった。
「あっ! アサギ見っけ! もうっ、一人で先に行かないでよ」
「白黒様……それに他の皆様も。結局全員ついて来てしまってはあそこへお連れした意味がなくなるじゃありませんか。はぁ……」
今後の事を考えてわざわざあの辺鄙な所へと連れて来たのだが、なぜかついて来てしまったために盛大な溜め息が思わず漏れ出てしまっていた。
「なぜに溜め息⁉ しかも……囲まれてるじゃん」
アサギを見つけて歓喜したのも束の間――横穴から出てすぐにアサギが大量の敵に囲まれつつある状況を目にした。
「こんな事しただけで本当に来るとはねぇ……あんなんでもリーダー名乗ってる訳だわ」
「はぁっ……はぁっ……! 一人で先行しすぎですわよ白黒さん」
「ミッこが中々水の中に飛び込もうとしないから遅れたんじゃあ……」
「そ、それはまた別の問題ですわ! そんな事よりも――」
「うん。これはまた壮観だね。こんなにいっぱい人が集まるなんて誰目当てかは知らないけど人気者は辛いよ」
外に出てからぐるりと見まわしてみても生気の無さそうな人達に圧倒される。そしてその人達の中央に陣取っているのは先程青い水晶を持ち出した女性なのだが、その視線は最も前にいるアサギや白黒ではなくなぜかミシェとサクニャに向けられていた。
「ふふっ……それにしてもこんな所であの二人に会うとは、面白い事もあるもんだ」
「……ねぇミッこ。あいつ、さっきからこっちを見てるけどなんでかな? 心当たりとかある?」
「さて……わたくしの記憶にはありませんわね。ですがなんとなく既視感があるような気も……?」
ミシェがその謎の女性を見つめていると不意にその女性がふわりと近づいてきた。
「うわっ⁉ こっちに来たよ!」
「久しぶりねお二人さん。――とは言っても私が誰かは分からないだろうけど」
その女性とミシェ達の距離がぐっと縮まり、三人は額を合わせるほどに接近していた。
「いえ、そんなことは無いですわ。今の一言で貴方が何者か分かりましたもの。一年振りと言えばいいかしら――
ミシェは目の前にいる女性に向かって『蘇芳章仁』と呼んだ。その者は、かつての戦争で一晩だけだったがミシェやサクニャそれにこの場にはいない鳴風梨鈴の三人を匿っていた男性であった。そしてその者が今、目の前に再び現れた。
「蘇芳章仁……? あぁ、そういえばその時はそんな名前だったわね。でもどうせなら
「そう。では改めまして神崎さん、再会できて嬉しいですわ。早速ですが梨鈴の居場所を吐いてもらいますわ」
ふよふよと浮いている神前の額目掛けててミシェはグレネードランチャーを突きつける。だが神前は突き付けられた銃に怯む素振りとかもなくただただ笑みを浮かべている。
「随分と好戦的になったものだね、そんなものを突きつけちゃって」
「えぇ、お陰様でね。それで? 梨鈴がどこにいるか吐いてくれるかしら?」
「あら。私がなんと言うかは聡明な貴女にはもう分かっているのでは?」
銃を突きつけられても余裕の笑みは崩さず、さらに挑発するかのように妖しく問いかける。
「そうですわね。では――力づくで聞き出すまでですわ!」
穏便に聞き出せるなんてこれっぽちも思っていなかったミシェは、神前の含みのある言葉への返答として銃の引き金を引いた。
「はんっ、無駄よ無駄! そんなんで私に傷一つ付けられないよ」
壁を抜けたときと同じようにミシェの放った弾丸は神前の身体を通り抜ける。
だが、弾がすり抜けるなど端から織り込み済みであったミシェは引き金を引いたと同時に次の行動を起こす。
「だから何をしたところで――」
神前が振り返ると弾は放物線を描き、一番下の石段で神前の指示でも待っているのか立ち尽くしている人の群れへと着弾した。そしてその弾は着弾と同時に煙幕を放ち神前の目の前でその勢力を広めていく。
「もう一発!」
グレネードランチャーの弾倉から空薬莢を抜き取り新たに弾を込め、そのまま第二弾を煙幕目掛けて打ち込んだ。
放たれた弾は煙幕に突っ込んだ後炸裂しそれが煙幕に着火して粉塵爆発を起こした。
「なっ⁉ 爆発した⁉ ――見た目と違って随分と過激な事するじゃない」
爆発によって煙幕内にいた敵は吹き飛び、襲ってこられる前に敵戦力のおよそ8分の1を削り取ったのだった。
「貴女に攻撃が通じないのは壁を抜ける光景を見た時から予想がついていました。ですのでまずは貴女の攻撃の手足をもぎ取らせてもらいますわ」
「そんでもってここでウチさんじょー! 雑魚は残さず刈り取~る!」
ミシェの攻撃の後にサクニャが続いて躍り出てミシェが討ち漏らした敵に対して追撃していく。
「今のウチはまさに暴走列車。ミッこの邪魔をするなら打ち砕く!」
岩壁を縦横無尽に駆け回り敵をちぎっては投げちぎっては投げと、まさに八面六臂の活躍をしている。
「実に調子がよさそうだな。そこな娘よ」
「ふぁっ⁉」
突如背後から男の声が聞こえたと思ったら、気付けばサクニャは崖下へと真っ逆さまに落ちていた。
「くっ――! このっ!」
真っ逆さまに落ちていくサクニャだが、岩壁を蹴って宙返りしながら態勢を整え着地する。
「に、忍者ですの……あれ? ――っと、驚いている場合ではありませんわ。援護しますわサクニャ!」
突如現れた右目に眼帯を付けた黒装束の忍者に面食らうもすぐに切り替え、グレネードランチャーに弾を再装填して忍者に銃口を向ける。
「そんなのさせるわけがないでしょう……いけ、屍ども!」
神前の号令で取り囲んでいた敵兵が動き出し、銃の射線上に割り込む様に大挙して迫って来た。
「くっ……この、邪魔ですわね」
ミシェがアレコレと射線をずらして忍者を狙おうとするがその悉くが阻まれる。
「ワタシをお忘れですか? ミシェ様」
アサギの声が後ろから聞こえたと同時、銃声が何発も鳴り響いてミシェを阻む者達がどんどんと倒れていく。
「助かりましたわアサギさん! これで――!」
目の前の障害が無くなったことで改めてミシェは引き金に指をかけ、狙いをつけて引く。
ズリュッ――!
「ひゃわっ⁉ な、なんですの⁉」
だが、その弾は明後日の方向へと飛び去り、戦況には何も影響のない所へと落下してしまう。そしてミシェは弾が外れてしまった原因を見ると、そこにはミシェの足首を引っ張る手が見えており、しかもその手の出所は地面の中、いや――もっと正確に言えばその手はミシェの影の中から飛び出しており、あまりの不気味さにその手を足で振り払おうとしたところその手はスッと影の中へと消えてしまった。
「済まない、遅れもうした」
謎の手が消えた後、気付けば神前の背後には黒装束の忍者が侍っており。サクニャもいつまにか壁に叩きつけられていた。
「ほんとーに遅かったわよ。なに? まさか道にでも迷ったの?」
「……その通りだ。この度の失態、藍我=ブラウディン腹を斬って詫びさせていただく所存!」
突如現れたかと思えば藍我と名乗ったその忍者は背中から真っ黒な直刀を抜き、そのままその黒刃を己の腹へと突き立てる。
「早まるなこのアホポンがぁっ!」
神前が近くにいた屍を操り、なんとか藍我の切腹を力づくで阻止した。
「えぇい、放すのだ! ここで責任を取らずしていつ取るというのだ!」
「そんなもんコイツ等を片付けてからいいでしょ⁉ ほら、さっさと仕事する!」
「むぅ……そうであるか。ではそこの女子ども、我の腹斬りの身代わりになっていただくで候」
「無茶苦茶すぎませんこと⁉」
藍我は背中から真っ白な直刀を抜き、二刀を持ってミシェに斬りかかって来た。
「さ・せ・る……かぁっ!」
「ぐっ!」
最短距離で迫り来る藍我の真横へとサクニャが飛び込み、そのまま揉みくちゃになりながら藍我を投げ飛ばした。
「まだウチとの決着はついてないよ! ミッこに手を出したいならまずはウチを乗り越えてからにするんだね!」
ズビシィッ! ――と藍我に拳を向けて挑発する。当の藍我は何事もなく着地しており、宣戦布告をしたサクニャに真っ直ぐな視線を向けた。
「なるほど。すなわちこれは恋の障害という訳であるな。よかろう、ならばこの藍我=ブラウディン見事乗り越えてみせよう!」
「――えっ? ウチ、恋の障害とかは言ってないんだけど~っ⁉」
サクニャの叫びも空しく、おかしな勘違いをした藍我が二刀を×字に構えて奔る。
「は、速っ!」
藍我の足が動いたと思った次の瞬間、サクニャの目の前には既に藍我の顔が迫っており、咄嗟に短剣を取り出して×字の中心に短剣を宛てがってなんとか防ぐ。
「遅い」
藍我の突進を防いだのも束の間、即座に構えを解いてサクニャを蹴り上げる。
「あっちは大分騒がしくなってきたようね。さっ、こっちも楽しまないと」
少し離れた所の喧騒を眺める神前。そして、効かないとは分かっていても銃を構えるミシェ。その両者がサクニャと藍我の戦闘に割り込むのを互いに牽制しあっている。
「わたくしに戦いを楽しむつもりなどありませんわ!」
ミシェが煙幕弾が装填されたグレネードランチャーを地面へと向ける。攻撃が効かないのならせめて屍共を指揮する神前の目を奪うという訳だ。
「無駄弾をいくら撃っても勿体ないだけよ。止めておきなさいな」
「無駄かどうかはやってみなければ分かりませんわ!」
「いいや、無駄な努力さ」
ミシェの足元から声がした。そして次の瞬間その影の中ら足が飛び出てミシェの手を蹴り上げ、その手に握られていた銃を落としてしまった。
「――っ! またですの! 神前かあそこの忍者が何かやっているかと思いましたが……誰です! 隠れていないで姿をお見せなさい!」
戦場にミシェの凛とした声が響き渡る。そしてすぐに二度ミシェを妨害した人物が明らかとなる。
「おれをお探しかい?」
ミシェの足下から少し離れたミシェの影の中から男の頭がニュッと飛び出る。
「次から次へと鬱陶しいですわね!」
頭だけが現れた存在に一瞬驚きはしたものの、次の瞬間にはミシェは何の躊躇いもなく拳銃を取り出し、その頭目掛けて発砲した。
「おっと危ない。さっきといい今回といい躊躇なく撃ってくるなんて……おっかねぇ女だな、オイ」
ミシェの銃から放たれた弾丸は男の頬の横を通り抜け地面へと着弾する。
「さっき――? 本当にどなたですの? わたくしには覚えが無いのですが」
どうやらミシェには本当に覚えがないようで頭にハテナマークが浮かび上がっている。それを見た男が影の中から這い出て見せつけるように自分の腰辺り、それに両腕と左足を曝け出した。
「ついさっきの事だってのにひっでぇなぁ。こんな傷をつけておいてよ」
その男が見せてきた個所には真一文字に付いた腰の傷や、他の三か所には薄っすらと銃創がつけられており、一見なんのことかとミシェは首を傾げたが、すぐにそれが先程自分が狙撃銃で付けた傷なのだと気がついた。
「そんな……ありえませんわ! 確かに手応えがあったし、あのとき弾は確実にすぐには動けない所に当たっていた。なのになぜ……かすり傷程度ですんでいますの」
「なぜ……? なぜってそりゃあ……おれの運が良かったのよ!」
「……はい? いま何と?」
目の前の男が言った事が理解できず、取り敢えずの確認としてその男に向かって引き金を引いた。だが、その銃は引き金を引いても弾丸は出てこず、カチッカチッ――と空しい音を響かせていた。
「うぉっ! ちょっ! ……初対面の相手に躊躇なく何回も引き金とか引けるか、普通」
「そんな……ありえない! 残りの五発全部が不発弾だなんて」
ミシェは弾倉に込められた弾が全て不発だという事が分かるとすぐに銃を投げ捨てる。そしてそのすぐ後に弾丸が暴発してリボルバー拳銃のシリンダー部が弾け飛んでいた。
「――っ! もう少し遅かったら指が無くなっていましたわね、今のは」
「おっしぃなぁ~。いくら自分の運が良くなったからって他人には作用しないってか」
「……さっきから気になってたのだけどお前誰? なんか私の仲間づらしてるし」
神前が鬼振の方を見てふとそう呟く。
「そういえばまだ報告が済んでなかったね。おれは鬼振咬呟、ついさっき先代の№5から地位を奪って十二使徒の一員になったのさ」
「先代の№5……? あぁ呉城の事か。そういえば連絡がなかったけどそういうわけ。けど、その話本当なの? 何処の誰とも分からないヤツにそうそうアイツがやられるとは思えないんだけど」
訝しげな眼で鬼振を見つめる。神前と呉城は同じ組織にいながら接点はほぼなかったものの実力の高さは知っており、このいかにもさえない男に負けたとはどうしても考えられなかったのだ。
「まぁ疑うよなあんなのが相手だと。だが……コレを見たら信じざるを得ないだろ!」
そう言って影の中に手を突っ込み何かをまさぐる動作をする。そしてその手が影から引き抜かれた時、手には何かが握られていて神前がその握られた物に目を向けると途端にその表情が一変する。
「それは……呉城の大太刀⁉ …………どうやら本物みたいね」
鬼振が持っていたのは白黒と呉城が戦っていた時、白黒によって折られた大太刀であり、神前はその大太刀の一点を注視しただけでそれが呉城の持っていた物だと気付き、地位の簒奪が行われたのが真実だったと分かった。
「そうだぜ!」
「そう。だったらここの奴らを片付けなさい」
「なんで指図されなきゃならないんだよ。使徒同士なら上下関係なんてないだろ」
「確かにそうだけどこの指令は作戦立案担当様である№1から直々に下されたものでね。こればっかりは私らは逆らうつもりが無いの」
「うぐぐ……だ、だけどそれはあんた等に下されたものでおれには関係ないだろ」
「ざ~んねん。今回の指令は№4・5・9に対してのもの、つまり先代から№5を奪った貴方には指令を受ける義務が生じるの。分かったら早くなさいな」
「――チッ! まぁいいや、どのみちこいつには恨みがあるからちょうどいいっちゃちょうどいいぜ!」
「このまま黙って見ていたら内輪揉めしてくれると思ったのですが、残念でしたわね」
事の成り行きを静観していたミシェが肩をすくめ、やれやれと首を振る。状況を見たところ協調性がなさそうだからと期待して静観していたのだが、思ったよりも鬼振の聞きわけが良かったので分裂には失敗した。けれど、その代わりに敵の情報を少し得た事がミシェにとってプラスとなったので結果としては手を出さない事が正解となったようだ。
「世の中そうそう思い通りに行くかよ!」
鬼振が地面に向かってストンプをする。すると足先が消えてなくなり、その直後ミシェの足裏から足先だけが飛び出てバランスを崩させる。
「ほんとに一体何なんですのあの男!」
バランスを崩されながらもミシェはショットガンを呼び出し、鬼振に向かって発砲する。
「ポンポンポンポン新しい銃を出しやがって、どっかに倉庫でも隠し持ってやがるのかあのアマ!」
だが鬼振もショットガンが見えるや否やその射線から逃れるように横っ飛びをし、一旦距離を取った。
そして神前はミシェもサクニャも目の前の敵に釘付けになっているその間に本来の目的を果たすべく動き出す。
「邪魔者はあの二人が引き受けてくれた事だし、本来のお仕事にようやく戻れるわ」
「ア、アサギ! あの変なおばさんがこっちに来るよ!」
「あちらから干渉できないなら無理に関わる必要は無いかと。むしろあのおばさんの手足となるこの雑魚を引き続き片付けている方が効果的だと思います」
一切手を止めずに淡々と屍の兵を銃で葬り去っていく中で、神前がこようともアサギは冷静に相手を見極め現状に即した提案をする。
「でも、大切なものが取られたまんまじゃん!」
「確かにそうですがアレが無いからといってすぐにどうこうなる訳ではありません」
「――分かったよ。それじゃあ現状維持って事だね」
「はい」
(――とは言ったものの、アレが抜かれたとなるとこの島はあと一時間もすれば世界に呑まれ消えてしまう。さて、どうやって取り戻しましょうか)
「おい、あんた等……聞こえてたよ。私のどこかがおばさんだってのよ!」
「おや、聞こえてましたか」
ふよふよと近づいて来る神前に白黒が慌てて反応するも、アサギに宥められ落ち着きを取り戻したのだが、そのやり取りが神前の耳にまで届いてしまいその内容に額に青筋が浮かんでいる。
「えぇ、聞こえたわよ。でもね私は享年20歳なの! だからこれ以上老けようがないの!」
「えっ⁉ 享年って……えっ、死んじゃってるって事……だよね? なんで生きてるの」
「白黒様、彼女は生きていません。何故そこにいるのかと問われても彼女のような存在はこの島では発生し得ないからお答え上げられません」
「なに、幽霊を知らないの? ふーん……まぁそういう世界も有り得るか」
「そういう事もあります。それと、か、か、かんざ……あぁ名前をど忘れしてしまいました。かんざ……いえ、そこのおばさん、妨害すらまともにできないのでしたら隅っこで大人しくしていただけないでしょうか?」
「――はぁ? いまなんて言った?」
どう考えても名前を憶えているだろうという流れをぶった切ってあえて神前をおばさん呼ばわりした事で、怒りがもう抑えられない所まで来てしまう。
「ワタシは敵に容赦はしませんがそれが無能だった場合には手を出しません。ワタシの慈悲深さを理解していただけたら隅っこでガタガタと震えていていただけますか、お・ば・さ・ん」
「また言った⁉ もう許せない。おばさんとか無能だとか好き勝手言いやがって……徹底的にぶちのめす!」
アサギの毒舌が神前の精神を侵し尽くし、彼女のプライドが筆舌に尽くしがたいほど傷付けられて神前の両の拳が目の前の女へ殴りかかろうと今か今かと待ち構えているかのように震えだす。
「おや? てっきりアナタは見ているだけの根性無しかと思いました。いいでしょう、軽く遊んであげるとしますか」
今まで雑魚を屠ってきた銃をしまい背筋をピンと伸ばしながら手をクイクイさせて挑発する。
「味方かどうか疑うくらい清々しい煽りっぷりだね、これ」
ごく短い期間ながらアサギからお腹いっぱいになるくらいの毒を浴びせられてきた白黒にとって、この畳みかけるような毒舌を浴び続けては流石に神前に対して同情すら覚える。
そして神前のあの様子を見て自分はよくもまぁ手が出なかったものだと関心すらしてくる。その証拠に神前はもう腕を振り下ろせば当たる距離まで近づいており、アサギから受けた口撃の鬱憤を晴らすべく殴りかかる。
「――くっ! ヤメよヤメこんな無駄な事」
――と思われたが、なぜかアサギにその拳が触れる寸前で勢いを落とし、結局はアサギに対して鬱憤を晴らすことは無かった。
「おや? まさか振り上げた拳を収めるとは思いませんでしたね」
「何とでも言えばいいさ。あんた等の相手はコイツに任せることにするわ、来なさい災害獣!」
あっさりと拳を引き下げたが神前は攻撃を止めるという事はせず、その代わりとして指を鳴らして災害獣という既存の獣とは明らかに異なるものが空間を引き裂いて現れた。
「はぇ~……なんかおっきいのが出て来たね」
「――ん? 反応が薄くない?」
空間を引き裂いて現れた災害獣。その体躯は10メートルを優に超え、6つ足に口しかない頭と異形たっぷりな上に所々が腐食しているのだが、白黒はそんな異形の獣を前にしてもただ大きいという感想しか抱かなかった事に逆に神前の方が驚いていた。
「いやだって……それぐらいのならもう見飽きてるというかなんというか……」
白黒はゲームテスター初日に出くわした怪物の事を想い出す。あの時のに比べるとこの災害獣というのは大分大きいがそれだけしか無く、おかしなところで大量に湧いてきた多種多様な虫や、呉城鈩の方が敵としてよっぽど厄介だったと感じていた。
「ふん。まぁなんだっていいわ、叩き潰してやれ!」
神前の号令によって災害獣がその6つ足を動かし始め唸り声を上げる。
「白黒様、一旦この横穴の中から脱出しますよ」
「分かってるよ。鈩さんも、ほら」
10メートルクラスの巨体が横穴に突っ込んでこられては崩落する可能性が高く、そんな事態が起こってしまえばサーバールームへの道が閉ざされてしまいその結果、最悪な事態へと発展する可能性があった。だからこそ白黒とアサギを狙っているだろうあの獣をそこから遠ざけるべく離れようとしたのだが――
「あぁ、待って下さい。彼女にはサーバールームに行ってもらいます」
――なぜかアサギは呉城だけをサーバールームに行かせるよう指示した。
「――ここにいたら危ないって事だから?」
「それもありますが少し確かめてもらいたい事もございまして。そういう訳ですのでこれを持って早く行ってください」
そう言ってアサギが手渡したのは小さなトランシーバーだった。
「は、はい……では行ってきます。あの、お二人とも……気をつけてください」
「心配はいりません。サーバールームに着きしだい連絡をください。そうしたら指示をいたしますので」
「一体いつまで話しているんだい!」
災害獣が大口を開けて横穴の入り口ごと噛み砕かんと突撃してくる。
「相談はもう終わりました。行きますよ白黒様」
「うんっ!」
ガシッ――!
「……うん?」
これから怪物の討伐だ――そう意気込む白黒であったが一歩目を踏み出した瞬間、なぜか後ろに引っ張られる感覚がする。何事かと思って振り向くとアサギの右手が白黒の襟をガッチリと掴んでいたのである。
「あ、あの~アサギ……さん? なーんでわたしの襟を握りしめてるのかな~?」
「ふんっ!」
その問いに一切答えることなく白黒の身体を災害獣の上顎辺りに向かってぶん投げる。
「せっ、せめて言い訳ぐらいしろ~っ!」
「はぁっ⁉ なんなのよソレ! ええぃ、そのまま飲み込んで生け捕りにしろ!」
白黒を投げ飛ばすという予想外の行動に当の本人はおろか神前もまた戸惑いを隠せないでいた。そして、白黒は空中で身動きが取れないまま災害獣の口の中へと放り込まれてしまった。
「白黒様。そのまま中からぶった斬って下さい!」
「どこまで無茶苦茶なの……よっ!」
口の中には入ってしまったものの、まだ飲み込まれてはいなかったため、白黒は真上に剣を振るい災害獣の上顎を切り裂いて口の中ら飛び出した。
「そんな程度じゃコイツは止まらないよ! 邪魔者を踏み潰してやりな!」
神前が災害獣へ指示を飛ばす。確かに巨大な顎こそ失われたがその巨体はまだ健在。その6つ足を踏み鳴らすだけで下にいるアサギやミシェには効果的だ。
「邪魔者はそちらですよ」
アサギが手にした銃から弾が飛び出す。だがそれは大きな破裂音と空気を切り裂く音は一切せず、ただ『ポン』という音を伴って山なりにその弾は災害獣へと着弾した。
「なっ……⁉ その銃は……」
「あぁこれですか? さっきミシェ様が落としたのを拾っただけです。中身は……すぐに分かりますよ」
アサギが空になったグレネードランチャーを放り投げ、その直後災害獣が突如発火し始める。
「くっ……熱っ……一体何をした!」
「ただの焼夷弾ですよ。まぁ燃え尽きるまで消えませんが」
アサギが撃ち込んだ弾は焼夷弾ではあるのだがテルミット反応によって燃焼しているので災害獣が燃え尽きるまで消えないのである。
だが、アサギは神前の反応の方に違和感を感じていた。
(今……熱いと言いましたか? もしや、物理的な攻撃だけすり抜けるのでは?)
「ちょっとアサギ! わたしも巻き込んでるんだけど!」
「そいつが燃え尽きる前に降りてきて下さい!」
「こんな所から下りられるかぁっ!」
下からアサギが降りろと言うのだが、いま白黒がいるのは地上から10メートルはある生き物の背の上、そんな高い所から無事に下りる術を持たない白黒では土台無理な話である。
「残念ね貴女、ここから下りれないなんて。じゃあね、私は蒸し焼きは勘弁だから」
アサギによって焼かれそうになった白黒を尻目に飛び降りようとする。
「あっ、ちょっと!」
目の前で飛び降りようとする神前に向かって思わず手が伸びる。白黒の手はそのまま空を切りそして――
ガシッ!
「――えっ?」
神前の腕を掴んでそのまま下へ落ちる神前に引っ張られて共に落下していく。
「あ痛っ!」
「いやぁ~危なかったなぁ」
神前を下敷きにして白黒は大したケガもなく地上へと戻って来た。
「敵を下敷きにして落ちてくるとは……中々やりますね白黒様」
「ちょっと、なに人の上に落ちて来てるのよ! 痛いじゃない!」
「ん……?」
「えっ……? そういえばあんたなんで私に触ってるのよ」
今ここで神前は白黒に触られたことを理解する。そして何故か分からないが自分に触ることの出来る白黒が恐ろしくなり、じりじりと下がり始めた。
「ふむ、ではそこのおばさんは白黒様に任せたほうがよいみたいですね。ワタシはそこのでかいのを片付けますので」
「分かった。そっちはよろしくね」
「クソっ冗談じゃない! 幽霊を触れる奴なんかを相手に出来るわけないでしょ!」
神前は白黒に背を向けて一目散にこの場から離れようとする。
「――逃がさないよ!」
だが、神前の行動に気付いた白黒はすぐさまその背中を追いかけて神前の手首を掴んだ。
「は、放せっ!」
「そんなのするわけがないで……しょっ!」
手首を掴んだ状態のまま白黒は神前の身体を振り回し、地面へとその身体を投げつける。
「ふぐっ!」
「もひとつオマケ!」
地面に投げ飛ばされうつ伏せになっている神前の背中へ白黒の肘が入る。綺麗に入ったその一撃により、神前がパタリと動かなくなった。
「……あれ、もしかしてもう終わり?」
倒れた神前をゴロンと仰向けに転がすと完全にのびてしまっており、完全に戦闘不能になってしまった事が窺える。
「よし、これでアサギを助けに行ける!」
神前を倒しアサギの手助けに行こうとした瞬間、地を揺るがす振動と轟音が響き渡り、何事かと振り返ると災害獣がその巨体を地に横たえらせていた。
「おや白黒様、もう片付けてしまわれたんですか」
「あぁ、うん。もう倒したけどアサギ……どうやって倒したの、コレ」
想いのほか神前が弱くあっさりと倒せたが、災害獣はその巨体故にそう簡単に倒せるとは思えず、どうやって倒したのか不思議だった。
「ただ単にこれを足に何発も撃ち込んだだけです。まぁ多少は頑丈でしたがそれ以外取り柄はありませんでしたので」
アサギが両手に握られた銃を見せながら軽く言ってのける。
「そうなんだ、それじゃあ厄介なのはそこそこ片付いたって事かな?」
「そうなりますね。とは言えまだまだ雑魚は残っていますからミシェ様のためにもう少し掃除しておきませんと」
辺りをぐるりと見回し敵の位置情報などを把握する。屍達に指令を送っていた神前はもう倒したのだがまだまだ屍達は行動を続けており、どうやら大本を倒したからといって動きが止まるというような事はないようだ。
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