第5話
二日目・夕方――Side-Miche & Sacnya&……
「……う、うぅん。あれ、わたくしは一体なにを」
陽が傾きだした午後四時ごろ、ミシェは夕焼けの光に顔を照らされて目を覚ました。そしてなぜ自分が眠っていたのか思い返すと、眠ってしまう直前の事を想い出す。
「――そうでしたわ、わたくしはあの女の人に……それにサクニャの方も」
微かにだがミシェはあの女性がサクニャの元に行くような事を言っていた様な記憶が残っており、すぐさまサクニャの元へと駆け付けようと立ち上がる。
「待っていてください……サクニャ」
『…………ォ~…………コォ……』
そしていざサクニャの元へ! と、動こうとしたミシェの耳に不気味な声が聞こえてきた。それはまるで獲物を探し求める獣のような唸り声にも似ていた。
「敵――かしら。それとも――」
あの女性の仲間かもしくはゲーム内に配置された怪物の類か……それが何なのか判断がつかないのでミシェは一番近くにあった木の陰に隠れ、それと万が一に備え拳銃を一挺取り出し、いつでも引き金を引けるように相手の出方を窺う。
(木が影になっていて見づらいですわね。ですが相手との距離は20メートルほど。足音などの間隔からしてわたくしと同じくらいの背丈の二足歩行生物なのは間違いなさそうですわね)
姿の見づらい相手をミシェは音だけで彼我の距離と背丈を予想する。そしてこちらへと進んで来る音を慎重に聴きつつ、自分の動くタイミングを計る。
(もう少し……あと3歩……2……1……)
弾が届く距離かつ反撃されてもすぐに行動できる距離に相手が差し掛かった瞬間、ミシェは木の陰から勢いよく飛び出して拳銃を相手へと突き付ける。
「手を上げて止まりなさいっ!」
銃を突き付けられた相手は一切の抵抗をすることなく、ミシェの言う通りにサッと手を上げる。
「は、はいぃっ! ……って、あれ? 誰かと思ったらミシェさんじゃないですか⁉」
「あ、あら……白黒さんでしたか。すみませんわたくしったら勘違いをして」
どうやら謎の声を発していた主は白黒だったようで、敵でもなんでもないと分かるとミシェはすぐに銃を下ろし、白黒もそれにあわせて手を下ろす。
「だ、大丈夫です。びっくりしただけで怪我をしたわけではないので。それよりなにかあったんですか? スゴイ焦ってるように見えましたけど……」
「えぇ、実は――」
そこでミシェは自分の身に起こった事、そしてサクニャが危険な状態かもしれない事を移動しながら簡潔に説明した。
「そんなヤバそうな人に遭ったんですか⁉ それじゃあサクニャさんは――」
「分かりませんわ。ですが、とにかく急がないといけませんの」
サクニャが無事でいて欲しいと願いながらミシェは走る。あれだけ得体の知れないのが相手では、いくら危機察知に長けたサクニャでも逃げ続けるのは厳しいだろうと。
だが、サクニャと別れてから現在までかなりの時間が経過している。故に彼女が今も無事であると願うのは希望的観測でしかないのだが、それでもミシェはサクニャが無事であることを願う事しか出来ないままただ走る。
そして、ミシェはその想い人を視界に捉えた。その凄惨な戦闘痕と共に。
「なに……これ……? いったい何があったらこんな風になるの……」
白黒はそのあまりの光景に絶句するが当然だろう、何しろ辺りの木々は根元から折れていたり何かがぶつかって凹んだ跡が。地面のあちこちにも小さなクレーターや亀裂、それに加え巨大な生き物が爪で引っ掻いたかのような五本線の傷跡などがあり、より一層この現場にいるサクニャの身を心配してしまう。
「サクニャ! お願い……起きてサクニャ!」
サクニャは折れた木の根元で眠るように座り込んでおり、着ている服もあちこちが擦り切れていたり破れていたりで、間違いなくサクニャはここで戦闘を行っていた事が読み取れる。
そして何度目かの呼び掛けをした時、ほんの少しサクニャの身体が呼び掛けに答えるかのように震えた。
「サクニャ……サクニャぁっ~~~!」
ほんの僅かに動いたサクニャの身体、それを見てまだサクニャが生きていることを確信するとミシェは思い切りサクニャをその胸で抱き締めた。
「ん……むぅ……んぁ……」
サクニャから反応が返ってくる。それを確認するとミシェの腕にはますます力がこもり、その腕の力に比例するようにサクニャの腕が蠢き始める。
「あ、あのぅ……ミシェさん? もうその辺で止めた方が……ってこれ聞こえてないね」
「むご……ふが…………」
蠢いていたサクニャの腕が突如として機敏な動きをし始め、その手がお互いの密着している一点……いや、二点へと吸い込まれそして――
むにゅにゅうっ!
「ひゃうん⁉ な、なにをするんですのサクニャ⁉」
その二つの手はミシェの胸にある二つの巨大な球体を揉み上げ、その刺激にサクニャを抱き締めていた腕の力は途端に抜けていった。
「――ぷはぁっ! …………ふぅ……」
ミシェの腕の中から抜け出したミシェはまずは大きく息を整え、そしてミシェに向かってまずは一言――
「死ぬわっ! せっかく命を拾っとったのにこの無駄にデカい乳の所為で天に召されるところやったわ!」
開口一番、親友に窒息死させられそうになったことに対してサクニャは、ミシェの頭に軽いチョップを入れるとともに恨み言をぶつけていた。なんだかとある一部分に恨み言をぶつけている様にも見えるが。
「あいたぁ…………。でもサクニャ、無事でよかった」
サクニャの身体にどこにも怪我や異常が無いのが分かるとミシェはまたその身体を抱きしめようとする。
「させるかー!」
が、その腕は空を切りミシェからの責め苦を回避したサクニャはミシェの背後へと回り込み、逆に抱きつき返して反撃する。
「ウチにっ! そんなのはっ! 二度通用しないよっ!」
ミシェの背後に回り込んだサクニャはすかさず自分を苦しめた二つの球体へ手を伸ばし、今までのうっ憤を晴らすがごとく滅茶苦茶に揉みしだく。
「あっ、ちょっとやめて下さいませっ! そこは……あぁん!」
「アー……ナカガヨサソウデスネェー」
(わたし一体……何を見せられてるんだろ……)
目の前で繰り広げられている二人の痴態に白黒は思わず遠い眼をしてしまう。
「こんな所でなにを乳繰り合ってるんですかこの痴女二人は」
「あれっ? どうしたのアサギ、こんな所で」
この二人を止めた方が良いのかそれとも他人のフリをした方が良いのか――という考えが頭をよぎった時、そこにいきなりアサギが顔を出してきた。
「つい先ほど副社長の方からそこにいる痴女達の安否確認をして来いと言われまして。面倒くさかったのですがしょうがなくこうして出向いたわけです」
「はぁ……それはまたお疲れ様としか言いようがないね」
この二人の対処に困っていた白黒にとってアサギの出現というのは渡りに船といったところで、このままいけば厄介ごとに触れることなく対処できそうだと考えていた。
「応援ありがとうございます白黒様。では、あそこの痴女二人を黙らせてきます」
白黒へ恭しくお辞儀をした後アサギは未だよく分からない攻防を続けている二人の下へ近づく。一方の二人はアサギがそこにいる事にもまだ気づいておらず、アサギの影が見えとところでようやくその存在に気付いたところだった。
「あ……これは、その……アサギさん? え~と……ご機嫌いかがかしら?」
「最悪ですね。百合ん百合んな状況を見せつけられるワタシの立場と気持ちを考えれば分かるかと思いますが」
「……そうですわね、こんな御見苦しい光景を見せてすみませんでした」
「……ごめんちゃい。ウチも調子に乗り過ぎました」
アサギが物凄く不機嫌に答えるとそれで冷静になったのかミシェは申し訳なさそうに謝り、サクニャも自分のしたことに反省し一応だが謝っていた。
「そういえばアサギさんはどうしてここにいるのでしょうか? 何か重要な事でもありまして?」
「アナタ方が乳繰り合ってる間に副社長からアナタ方二人の定時連絡が無いと言われましてね。それでワタシが嫌々ながらも探しに来たという訳です」
「定時連絡……ですか。忘れていた訳ではありませんが連絡しようにもこの有様では……」
アサギのいう事の大半は聞き流しながらミシェが板状の携帯端末を取り出す。だがそれは画面の部分に穴が開いており、周りもドロドロに溶けていて一目見ただけでそれが使用不可能だと分かる。
「ウチのは……っと」
それを見てサクニャもミシェと同型の携帯端末をポケットから取り出そうとするが、その手に握られていたのはプラスチックと基盤の残骸という無残な姿をした物であった。
「こりゃもう駄目だにゃあ。……あんだけボコられて無事の方がおかしいけど」
「うわー……ケータイボロッボロ。これじゃあ連絡なんて取れっこないね」
「確かにこれでは連絡の取りようはないですね。仕方ありません、取り敢えず連絡の為に一度ワタシのプレハブ小屋に来てください」
ミシェとサクニャが連絡を入れてこなかった理由ははっきりした。なのでアサギはその連絡のために二人に来てもらう様に提言した。もちろんアサギのではなく白黒のプレハブ小屋に。
「…………いつからあの小屋はアサギの物になったんだろ」
アサギの事だから本気で言っていたとは微塵も思っていないが、ついついツッコんでしまう白黒であった。
そして、現在――場所はアサギのプレハブ小屋(自称)の中。白黒・アサギ・ミシェ・サクニャは小さな卓の前で膝を突き合わせながら座っていた。
「――では、情報の共有といきましょうか」
アサギが三角錐の形をした物体を取り出し卓の中央に置く。そして2・3操作をするとその天辺から光が飛び出し、四人それぞれの目の前に立体映像のスクリーンが現れた。
「こちらアサギ、応答を願います。聞こえたら返事を……特にポンコツ副社長」
『悪いけど社長も副社長も出られないよ。……っつーことであたしが代わりに来た』
アサギの呼びかけに答えたのは
「……誰? というか、なんか重要そうな話みたいだしわたし席外すね」
自分にはついて行けなさそうな話をする気配がした為、白黒は時間を潰すために外へと出ようとする。だが、アサギは白黒が立ち上がる前に一つ提案を出した。
「分かりました白黒様。ではその間にお風呂は如何でしょうか? 丁度いい湯加減になっております」
「う~ん……それじゃあ入らせてもらおうかな。今日は色々と汚れちゃったし」
「そうですか。では着替えの方は今朝と同じところに用意してありますのでごゆっくりどうぞ」
そうして白黒は手をアサギに向かってひらひらと返して返事をすると、そのまま脱衣所へと向かって行った。
『――? 別にあの娘がいてもいいんじゃないか?』
「白黒様とワタシはあまり一緒にいない方が良いらしいので」
『ああ……まぁ、そう判断したなら別にそれを否定するって訳じゃないんだ。――それじゃ少し遅れたけどアナタたちの報告を聞かせてもらおうか』
「ではわたくしから。早速ですがターゲットと接触しました」
『おいおい随分と早いな。それでどんな奴だった?』
アロエが侵入者の捜索依頼を出してから現在まで経過した時間は約半日。いくら小さい島だからといって外見的特徴すら分からない相手をそこまで早く見つけた事にアロエは驚いていた。
「銀色の長髪に老人の様な言葉遣いの女性で見た目は二十歳前後、身長は170㎝程度で体型はスレンダー型でしたわね」
『んー……? どっかで聞いたことのある特徴がちらほらとあるな』
「あっ! その人ウチも会った! というか死ぬほどボコられた」
「ワタシも思い当たる人物と会話しましたね。今日」
『なんだなんだ、ミシェだけじゃないのか会ったのは。それじゃそこの二人にも聞くがどんな奴だった?』
「ワタシは例の場所で彼女に会いましたが、分かったのはどこかの組織で上位に属する人物で、なにかを探しにここに来たという事ぐらいです」
「わたくしよりも持ち帰ってきた情報が多いですわね……」
アロエから侵入者捜索の任を受けてないのにも関わらず、自分よりも詳細な情報を持ってきたアサギにミシェは少し悔しがっていた。
『そうか。それじゃ次はサクニャ、なんかボコられたとか言っていたが』
「そう、そうなんよ! 殴られるわ投げられるわ変な杖で衝かれるわで散々だったにゃ」
「それでよくもまぁ怪我が無かったものですわね。服はこんなにもボロボロなのに」
「いや~不思議な事があるもんだね~」
明らかに異常な事態が起こっていた形跡はあるのだが、本人はそれをただの不思議な出来事というだけで済ませ、それ以上は気にする様子はなかった。
『……サクニャ。さっき変な杖で衝かれたとか言っていたけど、それってどんな形だった?』
サクニャの能天気な言動には一切耳を傾けず、その前に言っていた杖の形状について質問をする。なにか恐ろしいモノでも聞くかのような非常に険しい表情で。
「えっと――上から下まで真っ白で先っちょに白い鳥が付いていたかな?」
サクニャから杖の特徴を聞いてからアロエの表情がドンドン曇ってくる。その杖の危険性は触れたらヤバいという事はあの時に聞いていたが、アロエの表情を見る限りただヤバいだけのシロモノではないのかもしれない。
『そうか。それでもう一つ聞くがその杖の名前――『白鴉』とかいう名前じゃなかったか』
「そうだけど……それってやっぱり有名な物なのかにゃ?」
『――有名っちゃぁ有名だな。杖の方じゃなくて持ち主の方だけどね』
「先生はわたくし達が会ったあの人と知り合いなのですか?」
『一方的に知っているだけね。まぁそれはあっちも似たようなもんかもしれないけど、そうか――それはまたとんでもない奴と会ったもんだ。本当によく生きてたものだねサクニャ、あんな災害みたい奴に』
「――ウチ、どんだけ危ない綱渡りをやったんだろ」
アロエの口からよく生きていたなと言われるようなのを相手にしていた事に、今更ながら無事でいた事を心底喜んでいた。
「では、その人の名前は――」
『当然知っているさ。名前はティセア、白鴉の今代の持ち主で歳は……十九歳だったかな。十年程前には並び立つ者がいないとされたほどの才能を持った魔術師だったんだが、そのすぐ後に消息不明になっていたんだ』
「あの人が……魔術師……。コレに穴を開けたのが魔術だとするなら納得ですわね」
ミシェは穴の開いた携帯端末を手に取り呟く。言われてみてからそうだったのかと気付いたところで、魔術に疎いミシェでは大したコメントは出せないのだが。
『さて、と。意外な奴が何らかの組織の大物だったことが判ったが……それ以外にも報告する事はあるかい』
「あっ! もう一人、上から下まで鎧兜の人がそのティセアという方と話しているのを見ましたわ」
「その方ならワタシも会いましたね。名前は呉城……というらしいですが本当かどうかの確認は取れていないです」
「……むぅ」
またもやアサギも同じような情報を出してきて、それがまたもやミシェよりも質の良い情報だと知ると、ミシェは頬を膨らませながらむくれてしまっていた。
『呉城……は知らない名前だね。……ん、分かったこれはあたしの方で調べてみるわ。それで、他には何かある?』
アロエが他にないかどうかを聞くが三人は顔を見合わせるだけで、これ以上はない様だ。
『それじゃあ今日はこれで解散。三人ともお疲れ様』
そう言ってアロエは通話を切り、辺りはシンと静まり返る。
「むむぅ……なぜ貴女がわたくし達より情報を多く持ち帰っているんですの!」
「なぜ……と申されましても、たまたま――としか言いようがないですね。そしてより正確に申し上げるならアナタ方二人より――ではなく、ミシェ様よりも多く……が正しいかと」
「む、む、む、むぅ……なんなんですの! なんなんですのこの方! さっきから地味にイラっ……とするんですが!」
自分達の役目だったものなのを、たまたまという言葉などでたまったものではなく、いろいろな不満が積もったあげくミシェの中でなにかが弾けた。
「あ~サッパリした……って、なにこれ……何があったらこうなるの?」
風呂から上がった白黒が目にしたのはアサギの肩をポコポコと子供のように叩くミシェの姿だった。
「まぁかくかくしかじかあったんよ。ただ一つ言えるのはああなったミッこはちょっと面倒で……すんごくかわいいの!」
「はぁ……そうなんですか」
ミシェが可愛らしくポコポコと叩いている様を微笑ましく見ているサクニャと、同様に一切の抵抗をせずミシェの気のすむまで生温かく事の成り行きを見守るアサギ、そしてこの状況を上手く呑み込めない白黒という収拾のつかない状態が五分ほど続いた。
「……御見苦しいところを見せてしまいました」
あの後、可愛く暴走するミシェ(サクニャ談)を白黒は何とか引き剥がし、なおもアサギへ向かおうとするミシェをサクニャがなだめていると、徐々に落ち着きを取り戻していきそれに比例して顔を赤くしなが段々と動きが鈍っていき、最終的には真っ赤になった顔を最速で手で隠し現在に至る。
「いやいやそんな事ないってぇ~もう可愛いかったよ~」
「そうですね。途中からサクニャさんみたいににゃんにゃん言いながらワタシを振り回しにかかった時はニヤニヤが止まりませんでしたね」
その時の事を想い出しながらサクニャとアサギはミシェの方へ顔を向ける。するとミシェはその二人のほっこりとした笑顔に耐えられずそっぽを向く。
「はぁ……二人ともミシェさんで遊びすぎ。借りてきた猫よりも大人しくなってるでしょ」
「「ごめんちゃい」」
「本当に反省してるのかなぁ~……そういえばミシェさんはこれから何か予定はありますか?」
「え、えぇと……特にはございませんが、それがどうしまして?」
「おゆはんでも一緒にどうかなって? もちろん迷惑でなければ……ですけど」
「そうですわね……今のところやらなくてはいけない事もないですし、お言葉に甘えましょうか」
「やたっ! それじゃあアサギ、ミシェさんにも食事の用意をしてあげて」
「えぇーなぜワタシがそのような事を」
信じられないとでも言うかのようにアサギが文句を垂れる。
「ミシェさんに迷惑かけたでしょ。それでも文句を言える立場なのかな~」
「……仕方ないですね。では二人分を追加で作りましょうか」
そう言ってアサギはスタスタと台所へと向かい、そのまま手際よく調理を始める。
「あっ! じゃあウチもやる~! 見ててよね~シクろん、今からウチが頬っぺた落ちるようなの作っちゃるから」
アサギに続くようにして台所に立ち、流れるように準備する。そしてその二人は軽く打ち合わせを始める。
「では、わたくし達は出来上がるのを待ちましょうか」
「あっ、はい。でもサクニャさんはお客さんだからこんな事させるのはちょっと気が引けるのが……」
「気にする事はありませんわ。サクニャもわたくしをイジッたのですからこれぐらいはして当然ですわ」
「あ、あはは……」
若干怒ったようにも見えるが表情自体は柔和なものであり、逆にサクニャをイジり返しているようにも見える。
「まぁ気長に待ちといたしましょうか。でも、ただ待っているのも……」
二人が調理をしているならそこまで時間はかからないとは思ったが、それまでの間手持ち無沙汰という事で少し視線を巡らせると、たまたま茶葉が視界に入ったのでお茶を飲みながら無駄話でもして時間を潰すのも良いかと思い立ち上がる。
「あっ、お茶だったらわたしが淹れますよ。ミシェさんは座ってていいですから」
「そういう訳にはまいりませんわ。お茶と淑女は切っても切れない関係というのがわたくしの持論です。故に優雅にいただくだけではなく自他共に満足できる淹れ方も習熟しておりますの」
「だからわたしが淹れたのを美味しくいただいて貰えれば、それだけでいいんですけど……」
「ではこういうのどうでしょう。白黒さんはわたくしとサクニャの分のお茶を淹れる。わたくしは貴女とアサギさんの分を淹れる。これでお互いに不満はないかと思いますが」
「う、う~ん……まぁいいか。ではわたし達の分はミシェさんにお願いします」
「お任せなさいな。ではお湯の方は……このポットをお借りしても?」
「はい大丈夫ですよ。茶葉の方はこちらに四種類ほどありますのでお好きなのをどうぞ」
「そうですわね……ではこれにいたしましょうか」
「う~ん悩むな……これなんてどうだろ」
ミシェが選んだのは、ほのかに柑橘系の香りがする茶葉を選び、白黒は果実のような香りの茶葉を選び、それと一緒に牛乳を取り出した。
既にポットには適温のお湯が沸かしてあったため、ミシェも白黒もさっそく作業に取り掛かりどちらも手慣れた手つきでお茶を淹れ、数分ほどで出来上がった。
「これで完了ですわ。では白黒さん、どうぞお召し上がりくださいまし」
ミシェが白黒の目の前にカップとソーサーを置く。それを白黒は静かに持ち上げた後まずは香りを味わう。
「では、いただきます。…………おいしい。それだけじゃなく香りもよく出てますね」
「ありがとうございます。それではわたくしも白黒さんの淹れたお茶をいただきますわね」
白黒からお茶の感想を貰うと、今度はミシェが白黒の淹れたお茶を手に取る。
白黒が淹れたお茶はどうやらミルクティーのようで、少し白さのある色味がミシェには新鮮に映った。
(ミルクティー……サクニャはたまに飲んでいましたが、わたくしは飲むのは初めてですわね)
ふと他人が淹れた紅茶を目の前にした時、一瞬だけ過去の事を想い出す。財閥の娘として過ごしたあの忌まわしい記憶を――
「あの、ミシェさん? どうかしましたか。もしかしてミルクティーは苦手でしたか?」
「――あ、あぁ、いえ、そういう訳ではありませんの。ただ、ミルクティーは今まで口にしたことが無かったものでして」
カップの中を見ながら手が止まっていた事に白黒は不安そうな声で訊いて来る。それをミシェは何でもないようにと振舞いそして――人生で初めてのミルクティーに口を付ける。
――バンッ!
「――ッ⁉」
勢いよく扉が開け放たれる音がし、ミシェは身体をビクッとさせた。今のミシェには二つの扉が見える。一つはこのプレハブ小屋と外界を行き来するための扉。だがこちらは何の変化も見受けられない。
もう一つの扉は三人でアロエへの定時連絡を行っていた時、白黒が入っていた脱衣所の扉なのだが、そこからほんの少し日に焼けた様な腕が突き出しているのが見えた。
(アレは……サクニャの手――ですわね。まぁ台所に立つにしては身体に汚れが多かったからそれを落としていたのでしょうね。――ですけど、手に持っているアレはなんでしょうか?)
「ねーねーメイドのアサギチャン。替えの下着を用意してもらったのは嬉しいんだけど……胸の辺りがちょいキツイっぽい」
そのままニュッと脱衣所から出て来たサクニャは、その身に一切の布を纏わないままでアサギに訴えかけていた。
「――ブフォッ⁉ な、なな、なんですのその格好は! タオルでもなんでもいいからとにかく早く隠しなさい!」
予想外の姿で出て来たサクニャに思わずミシェは口に含んでいたミルクティーを吹き出す。別にサクニャの裸体は見慣れたものではあるのでその点に関しては特段驚かないが、問題はそのタイミングだ。普段であればサクニャがそのような格好で出て来たところで普段なら軽く嗜めて終わりだが、ここにはミシェと二人きりではなくそれ以外の他人の目があるのだ。当然ながらミシェはサクニャを注意するが、当人はさほども気にしていなかった。
「ん~? 別に問題無いんじゃない? 女の子しかいないんだし。それよりも……シクろんの方を気にした方が良いんじゃないかにゃ~……?」
「えっ⁉ ……あー、えーと……どうも失礼しました」
視線をサクニャの方から白黒の方へと移動させる、するとそこには顔面にミルクティーを掛けられた白黒が何とも言えない顔でミシェの顔を見ていた。
「いえ……顔が濡れただけだから大丈夫ですよ」
「ほい、シクろん。ひとまずこれで顔拭いて顔を洗ってきたら?」
白黒の下へサクニャが急いで駆け寄り、取り敢えず手に持っていたものを渡して顔を拭くようにと促す。
「あ、はい、ありがとうございま…………って、これ下着でしょ⁉」
サクニャから受け取った布を広げそれで顔を拭こうとした所、それは先程サクニャが自分には合わないと言っていた下着であり、慌ててそれをサクニャへと叩き返した。
「――ん? う~~~ん……新品だから問題無いんじゃいかにゃ?」
「問題大ありだよ⁉ タオル、タオル! ……ぅあ~目に入ってきたぁ~っ!」
「タオルならミシェ様の後ろにある箪笥の一番上の段の引き出しに入ってます。下着はその一つ下の段にございます」
背後の騒がしさに目を向けることは無かったが状況は把握していた為、アサギは各人が必要な物の在り処を伝えるだけ伝えて再び自分の作業に戻る。
「え~とタオル、タオル……と、ありましたわ。白黒さんコレどうぞ」
「ありがとうございます。……わたしもちょっとシャワーを浴びてきますね」
ミシェからタオルを受け取り顔を拭くと、少しベタ付く身体を洗うため浴室へと急ぎ向かって行った。
「次はサクニャの下着ですわね。え~と……どれもこれもサクニャには少し小さい物ばかりですわね」
箪笥の中をアレでもないコレでもないと漁りながらぼやくも、サクニャに合うサイズがなかなか見つからない。
「見つからないなら無理に探さなくていいよ、あっこに戻ればウチの替えはあるんだし。それにここにあるのは全部シクろん用のでしょ」
「……仕方ありませんわね。でも服だけはサイズが小さかろうと着てくださいね」
「分かってるってば。さすがのウチも素っ裸でうろついたり料理なんてしないって」
さっきまで素っ裸でうろついていたのは何処の誰だ――とツッコもうかとも思ったが、これ以上追求することもなかろうとミシェは口を噤む。
そしてそのままサクニャは用意されていた着替えを着るために脱衣所へと入る。着替えが終わると何事もなかったかのようにアサギの隣に立って夕飯の支度を開始した。
その後は特におかしなイベントが起こることもなく四人で夕飯を食べ、解散する運びとなった。
そして午後七時頃――白黒はミシェとサクニャを見送るために小屋の外にいた。
「本日はお招きありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそサクニャさんのご飯おいしかったです」
「ありがとねシクろん。そうだ! 明日の朝もウチが作りに行っちゃおうかな~」
「あのですわねサクニャ。わたくし達は運営側の人間なのを忘れたんですの? 今回は特別措置として場所を借りたお礼をした――という事で説明できますが、個人的な理由で特定の人に肩入れは――」
「分かってるるよ、それくらい。そいじゃあシクろんバイバ~イ」
「おやすみなさい白黒さん」
「はい。ミシェさんもサクニャさんもおやすみなさい」
別れの挨拶を済ませミシェとサクニャは自分達の拠点へと歩いて行った。そして白黒はそれを見送ると自分も小屋の中へと戻る。
「いやー今日はほんっと疲れた」
「お疲れ様でした白黒様。この後はどうなさいますか」
「ん~……だいぶ早いけど今日はもう寝ようかな」
「そうですか。ベッドメイクはもう済んでおりますので今すぐにでも就寝できます」
「そう。じゃあおやすみアサギ~」
そのまま白黒はフラフラとした足取りでベッドへ吸い込まれるようにして倒れ込み、すぐに安らかな寝息を立てて夢の世界へと旅立って行った。
「おやすみなさい白黒様。――それではワタシも少し休息を取るとしましょうか」
白黒が眠った事を確認すると、アサギは白黒が寝ているベッドの横へと腰を下ろし、そのまま床の上で座りながら目を閉じた。
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