第22話 恋文? 果たし状?
朝、楓がロッカーを開けると白い封筒がはらりと足元に落ちた。
こ、これは! とうとう私にも来たー!
ガッツポーズを無言でして、楓は早速ラブレターらしきものを開いて読む。
「昼休み体育館裏にこられたし……」
んー、微妙ね。こられたしって江戸時代?
なんかやばそうな臭いもするけど、ただの口下手な男子ってこともあるし。
まずはひかりに報告しよっと。
楓のステップは今朝も軽やかだった。
嬉々とした楓に手渡された手紙の、得体の知れない文言に目をとおし、ひかりは眉間に皺を寄せていた。
この手紙をラブレターと取るべきか、果たし状と取るべきか……。
思い悩むその表情を間近で眺めながら楓は少し萌えている。
「とにかくアブない奴かもしれないし、私も一緒に行く」
ひかりは即断した。
休み時間、ひかりは誠司の教室の前にいた。
「気付いてくれないかなー」
そう呟きながら奥の席にいる誠司に声をかけれなくて手招きをするひかりだが、勘違いしてか、もう三人の男子が照れながら出てきていた。
「なんか三組の美少女が手招きしてるんだけど、俺かな?」
誠司の前の席のクラスメートが何やらときめいているのが聞こえたので誠司もそちらを向くと……。
と、時任さん!
誠司は大慌てで教室を出た。
ひかりは誠司がようやく気付いて出てきてくれたので、男子を吸い寄せる手招きをやめた。
「やっと気付いてくれた」
ひかりはほっとしている。
「なに? どうしたの?」
なんだ高木かよと不満を口にし、勘違いしたときめき男子たちはがっかりしつつクラスに戻って行った。
ひかりは誠司の袖を掴んで階段の踊り場まで小走りに連れて行く。
ひかりの後を追うと夏蜜柑の香り。甘酸っぱい、いい匂いがした。
「あのね、今日お昼ご飯遅くなるかも」
ひかりは楓のロッカーに入っていた怪しげな手紙のことを話した。
「だからね、私ついて行ってあげないと楓が心配で」
胸の前で手を組むひかりはなんだか最近、ますます可愛さがアップしているように思える。じっと見ていると立ちくらみしそうだった。
「俺もついていくよ」
「高木君も?」
「もし変な奴だったら、というか変な奴濃厚だし」
「うん、楓も喜ぶよ。ありがとう。あ、でも新君も一緒に呼んでもらってもいいかな?」
「勇磨? なんで?」
ひかりの意図が分からず、誠司は不思議そうな顔をした。
「うん、もしかしたら楓が一番喜ぶのは新君かなって、そうだったらいいなって思ったの」
誠司はそういうことかと満面の笑顔をひかりに見せる。
「すごいね。時任さんは」
ちょって照れながらひかりも笑い返す。
楓にはちょっと悪いが、勇磨がそこにいることで何が起こるのかを二人は想像してしまったのだった。
「勇磨に必ず声かけとくね」
誠司と勇磨が付いて来てくれることになって安心したのか、少し不安気だったひかりの顔にいつもの笑顔が戻ったのだった。
そして昼休みに入ってすぐ、四人は誠司の教室の前で集まった。
「さて行くか」
意気揚々と勇磨が先陣を切る。
「なんであんたなのよ。私が主役でしょ」
楓は不満を口にして、勇磨を後ろから小突いた。
「分かったよ。お先にどうぞ」
「それでよろしい」
そんな二人の後ろを歩きながら、誠司とひかりはお互いの顔を見て、どちらからともなく吹き出しそうな感じになる。二人は可笑しさを噛み殺しつつ前を歩く二人についていった。
「みんなはここで待ってて」
やや緊張気味に楓が向かった先にはもう人影があった。
三人は物陰に隠れてそっと見守る。
「あれ? 二人いるみたい」
ひかりが首を伸ばして覗くと、そこには二つ人影があった。
気になるのか勇磨が身を乗り出す。
「ほんとだ。ちょっと見えにくいけど二人いるな」
誠司も身を乗り出して二人の姿を確認した。
「勇磨あれって」
「ああ、多分山田と山本だ。前に橘にフラれたって言ってた奴らだ」
「そうか。初耳だな」
ひかりに内緒って言われてたのに、いきなり誠司にバラしてしまった。
しまったとひかりを見ると苦笑いしている。
ごめん。かんべんな。
心の中で謝って、今は会話に集中しようとした。
「またあんた達なの? いい加減にしてよね。きっちりお断りしたはずよ」
「楓ちゃんには前にいい返事をもらえなかったけど、もう一度考え直してくれないかなあ?」
細長い山田が積極的にアプローチした。
すかさず、山田に負けじと鼻息荒く小太りの山本が楓に迫る。
「実はラブぽよのセカンドシーズン先週から始まって、楓ちゃんそっくりのアニキャラがすっごい萌え萌えでさ、そんでもう抑えきれなくて、是非もう一度考え直してよ」
前に出て来た山本を押しのけて、熱烈に山田は楓に迫る。
「山本より僕のほうが君への思いは強いんだ。なんてったってグッズに十万つぎこんだんだし」
「俺なんか限定抱き枕、君を思いながら前の日から並んで買ったんだ。ね、楓ちゃん、この際どちらかはっきりさせてよ」
その最後の言葉で楓は完全にキレた。
「ふざけんな!」
楓は目をつり上げて怒りもあらわに言い放った。
「どっちか選べだって、選ぶ以前の問題だっつーの。あんたらみたいな平面しか好きになれない奴にあたしの何が分かるのよ」
楓の顔がどんどん赤くなっていく。あまりの腹立たしさに感情を自分でコントロールできなくなっている様だ。
「大体あんたたち私の何を知ってるっていうのよ。あんたたちが熱を上げてるのって、そのアニメのキャラなんでしょ。何にも知らない癖に何よ。馬鹿にしないでよ。馬鹿にしないで。馬鹿に……」
憤慨しすぎて言葉が続かなくなってしまった楓の目から涙がこぼれた。
その時、楓の横をすっと勇磨が前に出た。
「あとは、任せろ」
そう声を掛け、勇磨は楓をかばう様に割って入った。
ひかりは楓に駆け寄り抱きしめる。
勇磨は大きく息を吸い込むと吼えるように吐き出した。
「お前らにこいつの何が分かるってんだ! このクソが!」
ものすごい声量と迫力に、山田と山本は直立不動で凍り付いた。
「さっきから聞いてりゃアニキャラに似てるから付き合えってどういうことだ。そもそもお前ら橘のこと何にも知らないんだろ。こいつはな、友情に厚くて、明るくて、活発で、真っ直ぐないい奴なんだよ」
言っているうちに余計に腹が立ってきたのだろう。勇磨は青筋を立てながらさらに激しく言い放った。
「十万つぎ込んだとか、抱き枕だとか、おまえらの価値観で付き合える女なんかはせいぜいそのうち粗大ごみになるようなもんなんだよ! そんなもんと橘を一緒にするんじゃねえ。さっさと消えろ!」
勇磨は一気にまくしたてた。
「し、失礼しました。行くぞ山田」
逃げるように走り去ろうとする二人に、勇磨はちょっと待てと声をかけた。
「ちゃんと謝ってからだよな普通」
「す、すみませんでした」
山田と山本は勇磨に向かって頭を下げた。
「ちがうだろ。橘に向かってちゃんと謝れ!」
「ご、ごめんなさい。すみませんでした」
「いいか、今後一切橘の前に現れんじゃねえ。もし次にこいつを泣かしやがったら俺はお前らを絶対に許さねえ!」
山田と山本が立ち去ったあと、勇磨は意気消沈しているはずの楓に「大丈夫か」と声をかけた。
「ん?」
楓はひかりの腕の中でもう泣いていないようだったが、様子がおかしかった。
「どうした? まだ気が収まらないのか?」
勇磨が楓の顔を覗き込もうとすると、楓はひかりの胸の中にサッと顔を隠した。
勇磨は怪訝な顔をして、一部始終を見ていたであろう誠司に尋ねた。
「俺、なんかまずいこと言ったか?」
「いや、まずくはないと思うけど……」
ひかりの胸に顔をうずめてモジモジしている楓を、誠司はじーっと観察した。
「おまえ、スイッチ入れたな」
「おれが? なんの?」
ひかりがキラキラした瞳で満足げに勇磨を見て微笑んでいる。
誠司にはそれが何を意味しているのかがはっきりと理解できており、分かっていないのは勇磨だけだった。
「なに? どゆこと?」
いまいちピンと来ていない勇磨は、この謎だらけの状況を何とかしようと誠司に縋った。
「俺、なんか変なこと言ったか? だいぶ頭にきて、なんか適当に罵ってやったけど」
理解の追いつかない勇磨を残し、ひかりは楓とくっついてその場を去ってゆく。
「高木君、新君。楓ちょっと心の整理がしたいんだって」
去り際にそう言ったひかりの口元には、フフフと謎の笑みが覗いていた。
「誠ちゃんなに? なにあれ?」
誠司はすがすがしい笑顔を浮かべ、あとでゆっくり教えてやるよと親友の肩を叩いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます