第19話 四人の打ち上げ
楓の提案で一時間だけということで、誠司たち四人はカラオケボックスに来ていた。
交流戦で男子総合優勝した誠司と、女子総合優勝したひかりと楓が祝杯をあげようという趣旨だったので、ついてきた勇磨は何となく肩身が狭そうだった。
「あらら? 新君は男子総合何位だったっけー」
マイクをオンにして楓は勇磨をいじめていた。
「こら。楓、やめなさい」
ひかりに窘められ、楓はしぶしぶマイクを引いた。
「じゃあ最優秀選手、高木誠司君ひと言どうぞ!」
勇磨にもひかりにも、もてはやされてしぶしぶ誠司はマイクを握った。
「あの、別に最優秀でも何でもないんですが、とにかく勝てて良かったです」
「勝因は何だったんでしょうか?」
「えっと、その……応援ですかね……」
「そう言えば熱烈な応援をしてた女生徒が一人いましたね」
楓はなんだかちょっと興奮気味にひかりにマイクを向ける。
「熱心に応援していた時任ひかりさんです。さあひと言どうぞ」
「えっ? 私? うーん、何て言おうかな……」
「どのような気持ちで声援を送られていたか詳しく聞かせて下さいな」
「え? 何よそれ。それはその、頑張って欲しくって思わず叫んじゃったわけで……」
「思わず叫んだということは相当気持ちが入っていたということでいいんでしょうか?」
「もう、何なの? 私ばっかり。楓はどうなのよ」
「私が体育館に入ったときは高木君がシュートを打つ瞬間だったから応援できなかったの。ひかりは高木君が怪我したって聞いてミーティング中だったのに飛び出してったのよね」
暴露されてひかりは真っ赤になった。
「だって怪我したって言うから心配で……」
誠司はまだかなり右手の痛みを引きずってはいたが、ひかりの前で少し手を振って見せた。
「時任さんごめんね。このとおり大したことないから心配しないでね」
誠司が無理していることを知っている勇磨はただ黙っていた。
「うん。良かった」
楓は一段落してしまった話をつまらなさそうに聴いた後、また気を取り直してマイクを取った。
「では女子最優秀選手、時任ひかりさんのプレーをこっそり見ていた高木誠司君。一言どうぞ」
「橘さん、知ってたんだ……」
誠司は苦笑しながらマイクを取った。
ひかりも何を言うのかと誠司をじっと見つめる。
「その、誤解しないでね。覗き見してたとかそんなんじゃないんだ。その、すごくかっこよかったんでつい見てしまいました」
「へー、かっこよかったんだ。その辺りもう少し詳しく聞きたいなー」
「かえで!」
どんどんエスカレートしていく楓にひかりはくぎを刺す。
「それといい加減歌わない? そのために来たんでしょ」
「へへへ。そうだった」
楓はささっと慣れた手つきで選曲して席を立った。
「さあ行くわよ。今夜は寝かさないからね!」
「一時間って言ったよね」
最初から長時間羽目を外そうとする楓に、これは一時間では終わりそうにないなと三人とも思った。
そして結局もう一時間延長した。
楓と勇磨が盛り上がって二人で同じ曲を歌っている間に、誠司はお手洗いに行こうと席を立った。
お手洗いから出て戻ろうとした時、同じく出て来たひかりと鉢合わせになる。
「あっ」
ちょっと二人で笑い合う。
「何だかあの二人、意気投合してたね」
「高木君もそう思った? 私ちょっと二人にしてあげようかなって気を利かせたんだ」
「なんだ、そうだったんだ」
二人で部屋の外から窓越しに覗いてみると、次の曲をまた二人で歌い始めていた。
「なんだか盛り上がってるみたい」
「そうだね」
二人はくすくす笑いながらロビーの椅子に腰かけた。
「時任さんは上手だね? 良く来るの?」
「えっ? 私、歌は全然自信ないよ。楓に誘われてたまに来るけどそれだけ」
「そうなの? 俺すごい聴いちゃった。声が綺麗だからかな」
「そんなこと無いよ。高木君だって上手いよ」
「俺は全くダメ。こういう所に滅多に来ないし、流行ってる歌も知らないし恥ずかしんだ」
そう言っていつもの気弱な照れ笑いを浮かべる。
「私も一緒だよ」
ひかりは誠司にとって目の毒になりそうな、はにかんだ笑顔を見せた。
誠司は腫れている手の痛みを忘れてしまうほど、うっとりと見入ってしまう。
「何となく楓が誘っちゃったけど良かったのかな。高木君は美大に推薦なんだよね。それで試験もあったよね」
「うん。年末に。でも試験って言っても決められたテーマの絵を描くだけだから何とかなるかなって思ってるんだ」
「そうなんだ。じゃあ早く手を本調子に戻さないといけないね」
「あ、うん、そうだね……」
「私、高木君のサポートがんばるね。早く良くなって思う存分絵を描けるようになったらいいね」
「うん。ありがとう。俺もリハビリ頑張るから……」
ひかりの前で気丈に振舞う誠司だったが、恐らくこのままでは絵もろくに描けず美大に行く道も危ういであろうということは承知していた。
誠司はそんな胸中の不安以上に、今目の前の優しい気遣いをしてくれる少女を想い苦しくなるのだった。
「何だ誠ちゃん、こんなところにいたのか」
勇磨がちょっと疲れた顔でやって来て誠司の横に座った。
「ああ、何だか楽しそうだったじゃないか」
「え? ああ、しかしあいつのスタミナは尋常じゃない。今一人で熱唱してるよ」
「じゃあ、そろそろ戻ろうかな」
「そうね。楓も誰かに聴いて欲しいだろうし」
「俺はパス。ちょっと休憩させてくれ」
勇磨は椅子に深く座ってため息を一つついた。
「あと五分経ったら戻るよ。ホント疲れるんだよ、あいつといたら」
そう言いつつも、まんざらでもなさそうだった勇磨に二人はまた可笑しくなった。
「じゃあな。先行っとくな」
「ああ頼んだ」
誠司とひかりは勇磨を残して部屋に戻った。
そこにはお構いなしに熱唱し続ける楓の姿があった。
そしてまた一曲歌い終えた。
「ふー。疲れたー。あ、ひかりと高木君、どこ行ってたのよ」
「ちょっとお手洗いにね」
「まあいいわ。あー喉がガラガラになってきた。ちょっとトイレ行ってくるから適当に二人で歌ってなさいよ」
そして部屋を出て行き際、楓はニヤリと笑った。
「ごゆっくりー」
そういい残して、そそくさと部屋を出て行った。
残された二人は、顔を見合わせ照れながら苦笑する。
「時任さんどう? 一曲ずつ歌わない?」
「うん。せっかくだしね」
手元の画面を見ながら選曲に悩んでいたひかりに、誠司が急に声を掛けた。
「時任さん」
「え?」
「実は謝りたいんだ。時任さん応援してくれてたのに、俺見ていただけだった。ごめんね」
「そんなの気にしないでいいんだよ。私が思わず叫んじゃっただけだから」
「嬉しかったんだ。本当にありがとう」
誠司はひかりが応援してくれたことをずっと忘れないでおこうと思った。
きっとこれからもそのことを思い出せば、いろんなことを乗り越えて行ける。
たとえもうすぐ君を失ってしまうのだとしても……。
ひかりの選曲した曲のイントロが始まる。
マイクを手にして歌いだした恥ずかし気な歌声を独り占めしていることに、誠司は幸せを感じてしまうのだった。
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