第15話 逆噴射娘ふたたび

 昨日、誠司とひかりのちょっと緊張しつつも楽しかった電話の後、誠司は勇磨に、ひかりは楓に、ことのあらましを伝え終えていた。

 勇磨は痛烈な勘違いをしていた楓を、天然逆噴射娘と大笑いし、楓は楓で勘違いするようなややこしいことを言ったのはあいつの方だと終始ご立腹だった。

 誠司がひかりを庇って怪我をしたことから始まった色々とおかしなひかりの行動については、楓はすんなり納得してくれたらしい。

 しかし自分を馬鹿にした勇磨を許す気は無さそうだと、ひかりから聞かされた。

 朝の並木道で誠司とひかりは、友人と話したお互いの内容を伝え終えて、どうしたものかと模索していた。

 頭の痛いややこしい問題に、二人とも名案は浮かばないものの、何とかしなければと深いため息をついたのだった。



「と、いうわけで二人にはこうして来てもらったんだけど……」


 誠司とひかりはお昼休みの美術室に勇磨と楓を連れてきていた。

 二人が変に引きずらないように仲直りさせようと思い、行動に移したのだった。

 喧嘩の仲裁などやったことのない誠司は、自信なさげな顔で取り敢えずひかりと話し合って決めたプランを粛々と進めることにした。

 仲直りをするにあたり、勇磨と楓には弁当を持参してもらった。

 昔からよく言う、同じ釜の飯を食ったなんとかというのを、この険悪な二人に当てはめようとしたのだった。 

 机を四つくっつけて、誠司はひかりと、勇磨は楓と向かい合うように席に着いた。

 そして誠司は計画どおりに二人に声を掛けた。


「昨日の電話で二人とも誤解は解けたと思うし、仲直りということで」


 誠司はそう切り出しては見たものの、どうもそんな雰囲気ではなかった。

 ひかりは隣で勇磨と目を合わせようとしない楓の様子を伺ったが、完全にまだへそを曲げている様にしか見えなかった。

 誠司の隣に座る勇磨もそれと分かるほど相当面倒くさそうにしている。

 お互いに歩み寄るつもりなど微塵も感じられなかった。


「俺もともと仲良くねーし」


 勇磨の余計な一言で、早速楓は切れた。


「それはこっちの台詞せりふよ。あんたデリカシーてもんないの!」


 昨日の喧嘩の続きがいきなり始まったので、誠司とひかりは慌てだす。


「私はひかりがどうしてもっていうから来たの。私だって別にあんたと仲良くなりたいと思ってなんかいないんだからね!」


 掴みかかりそうな楓を、ひかりはまーまー抑えてとなだめる。

 誠司は楓の様子を伺いつつ勇磨の脇腹を思い切り小突いた。


「痛って、なんだよ誠ちゃん、おれ間違ったこと言ってねーし」

「楓ちゃんの気持ちも考えろ馬鹿」

「楓ちゃんって、お前なんで名前で呼んでんの」


 ひかりは気になったのか、やや目を細めて誠司をじっと見つめる。


「それはその、時任さんがいつもそう呼んでるからだよ。上の名前はちょっと知らなくって」

「橘楓です」


 楓は席を立って身を乗り出した。


「あの、ひかりに聞きました。ひかりのこと助けてくれたんですよね」


 楓はいきなり誠司の左手をとった。

 意外な楓の行動に誠司はうろたえる。

 ひかりは楓と誠司の手が重なったのを見て動揺を隠せない。


「本当にありがとうございました。ひかりに何かあったら私……」


 楓はさらに誠司の手を両手で握りギュッと力を込める。

 その重ねられた二人の手を、ひかりは唇を噛んで食い入るように見つめている。

 その場にいる誰も、そしてひかり自身も自分が拗ねているような顔をしていることに気付いていなかった。


「こんな怪我までして……私もちゃんと治るまでひかりと高木君のお手伝いします」

「いや、それは、大変ありがたいんですけど、ちょっと……」


 ひかりから聞かされてはいたが、誠司は楓の勢いに戸惑っていた。

 昨日の電話で、勇磨が楓のことを天然逆噴射娘と呼んでいたことも頷けた。

 盛り上がる楓に勇磨は半分呆れ顔だ。


「おまえ、滅茶苦茶ややこしい奴だな」


 ややイライラしたように勇磨が口を挟んだ。


「時任は許す。しかしお前は誠ちゃんに近づくんじゃねえ」


 そのひと言に、また楓はブチ切れた。鋭い目で勇磨の顔を憎々しげに睨みつける。


「あんた何様のつもりよ! ひかりが言ってたわよ。高木君のノートとってやるって言っといて授業中寝てたって」

「勇磨、おまえ……」

「すまん。睡魔が思いのほか手強かったんだ」


 今度は勇磨がひかりを睨みつける。無言でチクりやがってと訴えかけている様だった。


 やめて楓。それは内緒だったはずだよね。


 勇磨の痛い視線を感じつつ、ひかりは心の中で泣いていた。


「あんたのいい加減さはもうウラが取れてんのよ。これからは私がきっちり高木君のノートとっとくからあんたは消えなさい」

「うっ」


 流石にノートを取っていないことがバレて、言い返す言葉に詰まった勇磨だった。

 ひるんだ勇磨に楓は勝ったと確信したみたいだ。


「ま、あんたみたいなやつでも高木君とひかりの顔を立てて、この辺にしといてあげる。さあーこれからがんばろう。ね、ひかり、一緒にがんばろうね」

「い、いいのかな」


 ひかりが気になって勇磨の様子を伺う。

 勇磨は相変わらずひかりを睨んでいた。明らかに逆恨みしている様だ。


 良くないみたいね……。


 ひかりは肩身が狭かった。


「誠ちゃん。おれ、弁当の係しようかな……」


 なんだか照れながら勇磨はサラッと言ってのけた。


「いや、それだけはやめてくれ」


 何も代わりの役どころが思い浮かばず、結局勇磨は何かあれば頼むという役になった。


「そうか、何かあったら俺に頼っちゃうのか、しょうがねえなあ」


 機嫌を直した勇磨を見て三人は各々、安い奴だと思ったのだった。

 そしてそのまま四人でお弁当を食べた。

 勇磨と楓は相変わらずだったが、少しお互いを知ったことでなんとなく落ち着いたみたいだった。

 掴み合いの喧嘩にならずに済んだことで、誠司とひかりは一応は安堵したのだった。

 昼食を食べ終えて、誠司はサポートを申し出てくれた三人に感謝を伝えた。


「時任さんも橘さんも勇磨もみんな俺のためにごめんね。俺、早く治すよ」

「遠慮するなよ。友達だろ」


 そう言って勇磨は誠司の肩に腕を回した。


「ありがとう。それしか言えないけど。本当に感謝してます」

「いいのよ、高木君。ひかりと私がついてるからね」

「そうだよ。遠慮しないで私たちを頼ってね」


 ひかりはなんだかこの四人の仲が深まったような気がして少し嬉しかった。


「じゃあ新君も楓も高木君のサポートがんばろうね」


 ひかりは最後に上手くまとめたつもりだったのだが……。


「まーなんだかんだ言って私たちチームになったんだから、少年誌の悪役みたいなあんたともふつーに仲良くしたげるわ」


 楓の言葉にひかりは凍り付いた。


「少年誌の悪役……」


 勇磨は腕を組んでぼそりと言った。


「な、なによ、文句ある?」


 やめて楓、もう挑発しないで。


 なんだかまた振り出しに戻りそうな雰囲気に、ひかりは心の中でもうそれ以上やめてと祈った。


「んー」


 その時勇磨の頭の中では、楓のひと言をこう解釈していた。


 少年誌の悪役か……最近あんまりマンガ読んでなかったけど俺がめちゃくちゃ読んでたのはあれだな。

 北斗の拳!

 ケンシロウの最大の敵といえば……。

 ラオウか!


 勇磨は突然立ち上がった。


「我が生涯に一片の悔い無し!」

「な、なに? 生涯ってまだ高校生だし」


 何となくちょっと赤くなりながら、天高く拳を振り上げた勇磨に楓はたじろいだ。

 まったく少年誌を読んだことのない楓には勿論何のことだか分からない。

 いったいどうしたんだという三人の視線を一身に受けつつ、勇磨は照れくさそうに楓を見た。


「おまえなかなか見る目あるな」


 そう声を掛けられ楓は気持ち悪い奴だわとひかりに囁いた。


「おれもおまえのこと天然ぎゃ…くふんん、むふめと、なんだよやめろよ」


 誠司はとっさに勇磨の口を押えた。今ここで、天然逆噴射娘とか言ったらこの平和な雰囲気が修羅場に変わるのは目に見えていた。


「なによ、また悪口? ね、ひかり、なんていったのあれ?」

「て、天然、天然……」


 ひかりは何とかこの場を平和に切り抜けようと言葉を探す。


「天然……そう、天然脚線美娘って言ったわ」


 天然脚線美娘!


「もーあんたどこ見てんのよ!」


 楓は真っ赤になって勇磨を掌でバンバン叩いた。


「そりゃ私もひょっとしたらそうじゃないかなーて思ってたんだけど、そんなはっきり言われたら照れるじゃない」


 さらに楓の妄想は留まることなく広がっていく。


「クラスの男子みんな私をそんな目で見てたらどうしよー。純情高校生には刺激が強すぎたかしら」


 猛烈にテンションが上がった楓を誰もどうすることもできずに昼休みは終わった。

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