第14話 誤解を解くには
「楓、新君と喧嘩したって本当?」
部活を終えてすぐ、更衣室に向かおうとする楓にひかりが問いかけた。
クラスの女子の間で、二人が大げんかしていたと噂になっていたのを耳にしたのだった。
「あいつの話はやめて。思い出したら腹が立って腹が立って」
「原因は何なの?」
気に入らないことがあればすぐにぶつかっていく楓の性格を、長い付き合いのひかりはよく知っていた。
それにしても男子と、しかも普段から女子の間ではちょっと怖い人で通っている勇磨と大喧嘩したとなると、ただごとでは無い気がしていた。
心配そうに様子を伺うひかりに、楓は少し不貞腐れた感じで口を尖らせる。
「原因はひかりなの」
「私?」
「そうよ。あんまり言いたくないけど最近付き合い悪くない? 昼休みいっつも帰ってこないし部活終わったら速攻帰るし」
昼休みは美術室で昼食。部活を早く上がるのは誠司が学校を出るタイミングに合わせるためだった。
「ごめん、ちょっと色々あって」
「色々って何よ」
楓は言葉を濁してはぐらかそうとするひかりに、しつこく食らいついてきた。
なんとか楓の追及をかわそうと、ひかりは必死で考えを巡らせる。
「それより私のことでなんで新君が出てくるの?」
「お昼休みにあいつ、ひかりのこと探してたから訊いたのよ」
「というと?」
「どういう関係なんだって」
「んー? ちょっと話が見えないんだけど」
眉間にしわを寄せて考え込むひかりに、楓はさらに不機嫌になった。
「なによ、ひかりもあの少年誌の悪役とおんなじ反応じゃない!」
「少年誌の悪役は新君にぴったりだと思うけど、関係と言われても」
「そうでしょ。少年誌の悪役って感じ分かってくれたんだ」
どうでもいいところだが、共感してくれたお陰で楓の機嫌は少し治ったようだった。
「関係ないことないんでしょ」
しつこい楓の追及に、ひかりは仕方なしに考えてみた。
私は高木君とよく一緒にいて、新君は高木君によくなついてて、最近は新君よりも私といることのほうが多くて、高木君を探してうろうろしているっていうからなんだか悪いなーって実は思ってて……。
ひかりの頭の中はぐるぐる回った。
「あいつ、ひかりのこと一番俺を振り回す奴って言ってた」
「あ、やっぱりそう思ってるんだ」
「なによ、やっぱり関係あるじゃん!」
ひかりが何気に応えてしまったことを、また勘違いしているようだ。
「あいつ私のこと馬鹿とか言ってはぐらかしたけど、ひかりにはきっちり答えてもらうからね!」
楓は逃がさないわよとひかりに詰め寄った。
「好きなんでしょ。新のこと」
「ちょっと、ちょっと待って」
ひかりはよろけた。
頭の中に???????????が連続で浮かんだ。
「なに、ひかりどうしたの?」
「ぶーっ!」
ひかりは我慢できずに吹き出した。
「なに、なんでひかりもおんなじ反応なのよ」
「ちょ、ちょっと待って、私が、新君を? ないない。ダメ、楓、わたし腹筋がつっちゃう」
ひーひー言ってるひかりに楓は真っ赤になって、なによなによと抗議した。
「ちょ、ちょっと待って、落ち着かせて、馬鹿ねえ、楓」
「馬鹿とは何よ、なんであいつと全く同じ反応なのよ」
「ごめん。楓ったら昔っから思い込みすごかったもんね。そんなとこ可愛い」
ひかりの可愛いの一言に、楓の怒りスイッチはあらかた収まったようだった。
「ごまかさないで。私が可愛いのはほんとだけど」
「本当は楓には話しといたほうがいいんじゃないかってずっと思ってたの」
「教えてくれるの?」
「一日だけ時間をくれない?」
「どうして明日なの?」
「どうしても」
ひかりはこの天然逆噴射娘に本当のことを話しておこうと思った。
私のことで新君と喧嘩なんかしてほんと馬鹿なんだから。
でも余計な心配させちゃってごめんね。
少しは機嫌を直した親友に、ここ数日間のお詫びもかねて一緒に帰ることにしたひかりだった。
ひかりは夕食後、自室のベッドの上で電話の子機を握りしめていた。
「緊張するな……」
今日の楓と勇磨の一件を誠司に伝えて、明日楓の誤解を解きたいと伝えようと、ひかりは通話ボタンを押した。
誠司が風呂から上がると電話が鳴った。
誠司はいまどき珍しく携帯を持っていなかったので、鳴ったのは固定電話の子機だった。
丁度通りがかったので電話に出る。
「もしもし高木です」
「あの、時任です。誠司さんですか?」
予想外のひかりからの電話に、誠司は飛び上がり慌てふためいた。
「は、はい。高木誠司です」
「いま電話大丈夫ですか?」
「大丈夫。もう全然。あ、でも部屋移動するから待ってください」
誠司は居間でテレビを見ている父親に気付かれないように自室に避難した。
「あの、お待たせしました」
落ち着こうと息を整えて誠司が応える。
「突然ごめんなさい。話したいことがあって」
ドキッ!
そのひかりのひと言で、誠司の心臓が変な音を立てた。
ちょっとそっちの方を意識してしまい、ひかりの声に誠司はドキドキを抑えられない。
「あ、あの……話って……」
「今日、新君と私の友達の楓が喧嘩したの知ってる?」
「えっ?」
全く夢想していたのと違っていたので、少し緊張は収まった。同時に身の程を知らない想像をしてしまったことに一人で赤面してしまった。
「えっと、ううん。どうして喧嘩したの」
「あのね、実は楓が私のことで変に誤解しちゃって、それで新君と……」
「時任さんのことを誤解して勇磨と喧嘩をしたと……ちょっと今のところ掴めないけど多分勇磨が悪いな」
誠司は勇磨の普段の素行を思い描きそう判断した。
「ごめんなさい。今のじゃ分からないよね。分かり易く言うと楓は私が新君のことを好きなんじゃないかって思っちゃって」
「えっ! す、好きなの!?」
動揺を隠せない誠司であった。
「そんなわけないじゃない!」
電話の向こうでひかりは大声で否定した。
「あ、もちろん誤解です。新君には失礼だけど、それだけはないっていうか」
勇磨が聞いたらそこそこ傷つきそうな内容だったが、完全否定してくれて誠司はほっとしていた。
電話の向こうのひかりはまた落ち着きを取り戻したようだった。
「順を追って説明するとね」
ひかりは楓から聞いた今日のことを、できるだけ細かく丁寧に誠司に話した。
「大変だったんだね」
「うん。あの二人声大きいから」
誠司はひかりの友達の楓の名前はたびたび耳にしていたが、一体どんな子なのかピンと来ていなかった。
しかしあの勇磨に噛みついていくということは、相当野性的な人なんだろうなと想像できた。
「あのね、高木君。私、明日楓に高木君とのこと話していいかな? あの子私のことになるとすごいがんばっちゃって、いつもやりすぎるところがあるから誤解させたままなんて私できなくて……事件のこと、あまり皆から詮索されない様に、学校のみんなには高木君が私をかばって怪我をしたっていうのを秘密にしてるけど、楓にだけは隠したくないの」
「もちろんいいに決まってるよ」
誠司はひかりの胸中を思い、すぐにそう返事した。
「俺にとっての勇磨は、時任さんにとっての楓ちゃんなんだね」
「うん。そうなの」
ひかりはすんなり誠司が了解してくれてほっとしている様だった。
「ありがとう。これで誤解が解けると思う」
「俺のほうこそ電話してくれてありがとう。あとで勇磨にも電話しとくね」
「うん。私も。あの子新君のこと少年誌の悪役とか言って滅茶苦茶怒ってたから、早く誤解を解いてあげないと眠れないかも知れないし」
「ははは、楓ちゃんうまいこと言うね。たしかにあいつ少年誌の悪役だよ」
「うん、実は私もそう思った。新君には言わないでね」
ひかりとの初めての長電話。
電話を切った後もひかりの声を
早く明日にならないかな。
るるる。
電話が鳴った。
誠司は慌てて通話ボタンを押す。
「あ、あの高木です」
「誠ちゃん、おれ、勇磨」
デリカシーのかけらもない電話の向こうの声に、ひかりの余韻を消し去られた誠司であった。
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