第13話 逆噴射娘
ショートカットの髪に意志の強そうな少し切れ上がった大きな目、いつも一緒にいるひかりとはタイプが違うが快活で健康的な可愛らしさが楓には有った。
そんな楓は中学、高校とひかりと同じ陸上部で幅跳びをやっていたので、二人は長い付き合いと言えた。
ずっと一緒にいてひかりのことをよく知ってる楓だったが、最近ひかりの様子がおかしいのが気になっていた。
夏休みが終わってからなんか変なのよね。
苦手な古文の授業中、楓は斜め前に背を向けて座るひかりのことを考えていた。
まさか私を差し置いて男?
たしかにひかりはモテる。告白された回数なんか少なく見積もっても私の三倍? いや八倍ぐらいか。
実は私二回しか告白されてません。一人は漫研の山田、もう一人は美少女フィギュアオタクで名高い山本。
なんだか今流行ってるアニメのキャラに君みたいなのがいるんだよねーって近づいてきたけどそっこー断ったわ。
ふざけんなっての。まあ、私の話は置いといて。
ひかりのことなのよね。陸上馬鹿で天然純情乙女だから心配なの。
バスケ部でイケメンの梶原俊か? ひかりにしょっちゅうちょっかい出してるけど、ひかりはただの幼馴染と完全否定してたし。
好きな子ができたら真っ先にお互い言い合う協定をひかりとは結んでるし、あの子のことだから素直に言うとは思うんだけど……。
このところ、昼休みに入ったら風のようにいなくなるし、練習終わっても帰るの無茶苦茶早いし。
こないだも昼休み二組の教室覗いてたし。あの時ちょっとからかっただけだったんだけど、まさか、まさかね。
あの時ひかりの視線の先にいたあいつ。いや、ないない全然タイプ違うし。想像できないし。
それにしても……。
最近なんかいつも授業中見てるのよね、あの方向。
斜め後ろからひかりがはっきりどこを見ているのか分からないが、明らかに視線を向けているであろうその先には。
やめて、ひかり。嘘だと言って。あんな下品でがさつで頭悪いやつに少女漫画のヒロインのあんたが熱い視線を向けてるなんて。
あいつは少年漫画の悪役にしか出てこない、あんたとは絶対交わることのない人種なのよ。
そんな楓の思いはつゆ知らず。ひかりは視線の先の熟睡している勇磨に珍しくイライラしていた。
高木君のノートとってやるって言ってたくせになんで寝てるのよ。
勇磨は確かに誠司が手を使えない間のノートは俺が責任をもってとっとくから心配するなと言っていた。
このままじゃ新君と一緒に高木君も赤点だよ。
私がノートとってあげるって言っとけばよかったな。今のままだったら分からないところいっぱい出てくるんじゃないのかな。
テスト前、一緒に勉強して色々教えてあげたほうがいいのかな。
一緒に……学校が終わってから……二人で……あれ?
ひかりの頭の中に、なぜか自分の部屋で誠司と並んで勉強している画が浮かんできた。
パンパン。ひかりがほっぺたを掌で叩いてる。
その不可解な行動に、楓は戸惑い、険しい表情で首をひねる。
なに? 急にどうしたの。
楓はひかりの良く分からない行動にまた翻弄されるのであった。
昼休み、新勇磨は誠司を探していた。
いない。この一週間どこを探してもいない。
三日に一度は誠司と昼飯を食うと勝手に決めている勇磨は、昼休みになると必ず蒸発する誠司を探し求めてさまよっていた。
誠司のクラス担任の島田に、プール裏だと聞いてやってきたが誰もおらん。
そういえばこの一週間、島田に聞いた高木目撃情報はことごとくガセネタだった。
食堂で見た、講堂で見た、体育用具室で見た、校長室で見た。
もしかしてわざと俺を振り回してる? いや、あんなんでも教師だし人を疑うなって父ちゃんに言われてるし。
おそらく時任ひかりが一枚嚙んでるんだろうな。
勇磨は教室に戻ると女子のグループに尋ねたのだった。
「時任どこ行ったか知らないか」
そのグループで雑談していた楓は蒼白になった。
知らないという女子に「そうか」とだけ言い残して、勇磨が教室を出ていくと、続いて腹立たし気な顔をした楓が教室を飛び出して来た。
「ちょっと待ちなさいよ!」
後ろから楓に声を掛けられ、勇磨は振り返る。
「なに? 俺、忙しいんだけど」
「ひかりのことだけど、あんたたちどうゆう関係なの!」
「は?」
目つき鋭く言い放った楓に対し、勇磨は眉間にしわを寄せてうーんと唸った。
誠ちゃんと俺は親友で、時任と俺はクラスメートで、しょっちゅう時任に誠ちゃんを独占されて……と言っても誠ちゃんが楽しそうだからそれはそれでいいわけで……。
勇磨の頭の中はぐるぐる回る。
「うーん」
「どうなのよ!」
「わからん。難しい質問するな」
「はっきりしなさいよ。男でしょ!」
どうにも歯切れの悪い勇磨に楓は食い下がった。
確かに俺は誰よりも男らしい男だが、ここは男としてなんと言うべきか……。
「そうだな、今一番俺を振り回すやつかな」
「えっ! やっぱり、そうなの」
楓の顔からみるみる血の気が引いていく。
「あんたたち付き合ってるの?」
「は?」
勇磨はますます渋い顔で考えている。
「わからん。どうゆうこと?」
「あんたの気持ちは知らないけど、ひかりがあんたのこと好きなのかってことを訊いてんのよ!」
楓は目を吊り上げて言い放った。
「あいつが、おれを?」
勇磨は一瞬沈黙した。
「ぶーっ!」
こみ上げてくるものをこらえきれずに勇磨は吹き出した。
「ないない。お前馬鹿じゃないの」
「私は真剣よ。笑うな!」
苦し気に腹を抱える勇磨に、腹立たしさで顔を真っ赤にした楓はさらに詰め寄った。
「だってひかり二組の教室覗いてたもん。あんた昼休みいたじゃない」
勇磨はさらに吹き出した。
「もう、もうやめてくれ、腹が裂けそうだ、お前めちゃくちゃ面白い奴だな」
こうして誠司とひかりがほのぼのと美術室でお弁当を食べている間に、少年誌の悪役と天然逆噴射娘とのすさまじいやり取りがあったのだった。
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