10. アクール・タオパール

 方針が決定してからの、ドール・ベースの動きは速かった。

 その時基地にいたメンバーを総動員して、パクを連れ去った青マントたちの位置を捜索。やはり青マントたちはまだ遠くへ行っておらず、基地から五キロ程の場所で休息を取っていると分かった。

 青マント、というよりはパクの捜索が中心だった。何でもドールから出る生体反応は特殊らしく、それをレーダーで察知した方が手っ取り早いのだという。

(生体反応……今度、詳しく聞く必要があるな)

 ドールを役割から解放すること。その目的のためにはどんな情報も欠かせない。

 捜索を終えたらすぐ実働。クリスは「人手は多い方がいい」と言ったが、そうでもないとセージは言った。逆に目立つ可能性があると。

 というわけで、すぐそこに青マントの基地。隣にはショウと、道中終始むすっとしていたアクールのみ。それ以外に人はいない。つまり、中に入っていくのは三人だけということになる。

(……協力出来るのか?)

 内心で思う。が、協調性が無いことについて、人のことは言えまい。自分は自分の目的があって動いているのだから。

 きちんとパクを救出する気持ちもあるけれど。

「外に見張りがいるな」

「当たり前でしょそんなの」

 会話が一瞬で終わる。

 気にすることなく、クリスは岩陰から相手の基地を眺めた。大きなコンテナのような形をした車。見張りは二人。入口は中からスイッチで押すことで開閉するのか。車体に切れ目があるだけで、取っ手などは存在しない。

 何処から入るべきか。見張りはどうするか。

 アクールと相談しようとした時、隣のショウが「あ」と呟く。

 別の岩陰にいたはずの少女の姿が、既に無い。

「ぐはっ!」

「何だお前っ! てきしゅ……」

「呼ばせないわよ」

 トンッ! ドスッ!

 気が付けば彼女は、見張りを次々と倒している。麻袋のように転がった見張りを見て、二人も岩陰から出てきた。

「あーあー勝手に倒しちゃって……」

「何よ、あんたたちの指図なんか受けないし。一緒に行動するつもりないし!」

 再び言い合いが始まりそうな二人を横目に、クリスは倒れた男の元へ歩み寄った。横髪が揺れる。しゃがみ込み、ある物を取ると、そのまま地面へ。そうして、思いっきり足で踏みつけた。

 アクールは眉をしかめる。

「何よそれ」

「無線機。多分ずっと繋がっていた」

 もう、俺たちのことは中に気付かれたと思う。

 そう告げた瞬間に。


 ひゅん! と。三人の間に弓矢が刺さった。


「!」

 同時に飛び退く。しかしその行く先にも、次々と襲い掛かる弓矢。どこからの襲撃か分からない。相手が悪すぎる。

「もう、どこにいんのよ、出てきなさい!」

「こっち。ショウも」

 虚空に向かって叫ぶ少女を、クリスが引っ張っていった。殿しんがりにショウが付く。

 掴んだ手から感じる抵抗。構わずに、駆けたまま車体へ視線も巡らせた。「それ」を見つけてすぐ、躊躇いもなくその中へ飛び込んでいく。

 開いたままだった、たった一つの窓へ。

(中へ誘う罠の可能性もある……けど、とりあえずコンテナの中には入れた)

 コンテナの中は、外観で見るよりずっと広く感じる。照明等は無く、薄暗い通路が奥へ伸びていた。青マントがいないか確認しながら、慎重に前へ進んでいく。

 すると、ふと後ろで手を振り払われた。

「いつまで握ってんの!」

「あぁすまない。忘れてた」

 アクールは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、辺りを見回す。

「パクの位置、分かったりする?」

「何となくね」

 彼女が視線を向けた方向に、三人で歩き出した。

 ドールと持ち主の人間は、深く繋がっている。関係を結んできた年数に依るものなのか、別の何かが働いているのか。明らかにはなっていない。

 後方に靡く長い襟巻の後を進みながら、クリスはあるものを見つけた。壁のフックに掛けてある橙色の袋だ。

(……パラシュート?)

「ねぇ」

 深く考えるより先に、前方から声が掛かった。

 アクールは、こちらに顔を向けないままで、言う。

「何で一緒に来たわけ? 私に恩でも売ったつもり?」

「っ」

 噛みつこうとしたショウを、クリスが静かに手で遮る。それから冷ややかな温度に対して、温度の無い声で返した。

「理由はあそこで言った通りだけど。何でそうなるの?」

 恩を売って何になるのか、クリスにはよく分からない。少女はそんなクリスの態度に苛ついたらしい。冷やかさに、再び熱が灯った。

「ドール・ベースについて知れるって?」

「そう。ついでに、ドールの情報も知れたら」

「ほんっと理解出来ない! 苦しみを得るために必死になるとか」

 吐き捨て、俯く。

 俯いた先に、アクールは自分の膝を見た。……サポーターに覆われた膝を。目に見える、心の傷口を。

 それからようやく二人を振り返る。くしゃくしゃに丸めた、紙屑のように弱弱しい表情だった。それでも瞳だけは、未だに強い光を持ってクリスを見据えている。思いっきり、自らの膝を指差して。

 クリスは、その指先を目線で追った。

「私ね、これと、一日二回飲む薬が無いと膝が動かないの。立ち上がれもしないの。でもどうしてそうなったかは覚えてない。これってどういうことか分かる?」

「……」

「この動かない膝が!! 痛む脚が!! 私の『一番苦しかったこと』に関係してんのよ!!」

 暗く、静かな廊下に声が響き渡る。

「医者は言うわ。『毒の後遺症だ』って。せっかくドールに苦しみを持って貰えるのに、間接的に『何があったか』を察してしまうのよ!!」


 何があって、毒をその身に打たれることになったのか。その記憶は分からない。しかし「毒をその身に打たれる何か」があった。

 それが分かっているだけで。

 そんな記憶のささくれがあるだけで、こんなにも。


「苦しいのよ……!!」


 怒り以外の色が滲む。

 悲しみであって、苦しさだった。けれどこの「苦しみ」は、「人生最大の苦しみ」ではない。だからドールには持ってもらえない。アクールが持つしかない、末永い苦しみだ。

「何で全部忘れられないのよ、何で苦しまなきゃならないのよ! 薬が切れて、膝が痺れる度に、嫌でも苦しくなる。こんなのって無いわ……」

 忘れたくても忘れきれなかった。

 だからこそ、「苦しみを取り戻す」と言うクリスが理解出来ない。

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