11. VS青マント

 決して涙は零さない少女の前で、クリスは口を開く。

「いたぞ!!」

 タイミングが悪かった。

 二人のいる位置を、青マントたちが挟み込む。三人はすぐさま身構えた。アクールは気持ちを切り替えられるか? 気にしている暇は無さそうだ。人数は六人。いや、薄闇の向こうにもう少しいる。じり、じり。前から、後ろから、にじり寄る。

「ある程度任せられる?」

「赤マントの時の私の動き覚えてないわけ?」

 バッ! と青マントが飛び掛かってくる。クリスたちも分散した。

 相手は、魔力の無い通常の剣しか持っていない。

 空を切る音。クリスは顔を横に逸らした。そのまま短剣を突き出した腕を掴み背負い投げる。ドスン……一人の動きを封じたことに安堵する間もなく、後方から襲い掛かるもう一人に向けては蹴りを放った。

 多少よろめくものの、大打撃にはなっていない。感触で分かる。

(……奪うか)

 体術だけでは無理がある。

 まだ無傷の青マントが長剣を振りかざす。クリスは狭い道幅、壁の際まで駆けて……壁を蹴り上げ、青マントの頭上へ飛んだ。

「!?」

 そのまま重力に任せ、青マントの頭を踏み付けるが如く蹴り込む。ガタン!! と鈍い音がして、彼は頭から倒れこんだ。

「うっ……」

 呻いて動かなくなる。他二人が息を飲んだ。

 クリスは青マントの落とした長剣を拾いながら、男の呼吸と脈を確認した。死んではいない。軽い脳震盪で済んでいる。

 剣の切っ先を、二人に向けた。

「くっそ……舐めやがって!!」

 二つの青いマントが翻る。

 クリスも外套を翻した。こちらを薙ぐ刃。避けて、避けて。

 しかし相手も学ぶ。二人でクリスの避ける先を読んでいる。

 カキン!! クリスと一人の剣が交差する。隙を狙って、あと一人が飛び込んできた。

 一瞬奥歯を噛み締める。対抗してくる力を無理矢理横に流すことでねじ伏せて。それからひらりと身を躱した。

 切っ先が右腕を浅く引っ掻く。服が徐々に紅く滲んで、鋭い熱が傷に絡みついた。

 深い傷ではない。反撃に動く。

 剣を構えながら突進。敵も同様。迫る距離。間近まで。


 ガツンッ!


 しかしクリスは剣を交わすことなく、その寸前で剣を床に突き刺した。

 相手が目を瞠る一瞬の隙。見逃さず、クリスは再び、剣の持ち手を踏んで頭上へと飛び上がる。今度は真上でなく、二人を飛び越える形で。

 二人の青マントを飛び越え、瞬時にしゃがむ。そして後ろから、足を払うように回し蹴りを入れた。転倒させ、床に刺した剣をもう一度引き抜く。

 倒れた男に振るわんとしたその時、すぐに起き上がった一人がクリスの剣に応戦する。

 そしてその際。

 別の所から飛び込んできた影にクリスは小さく眉を顰めた。


 青マントが一人、こちらへ走ってきている。


 援護か。

(……どうするか)

 面倒くさいな、と刹那にチラついた気持ちに呼応して、ネックレスの水晶が輝きを帯びる。

 真っ新な心に躊躇いなどない。人相手では、少々やり過ぎになる可能性が否めないが。

(まぁ……良いか)

「ダメだよ」

 今度、呼応したのはネックレスではなくショウだった。

 横から割り入り、右へ左へ。二人を相手に双剣を突き刺す。突き刺す……と言っても、急所を外すどころか掠り傷しか作らない程度で。

「くッ……!」

 再度起き上がろうとした青マントを、今度は柄で殴りつけた。

 静かになっていく場に、ネックレスの輝きが落ち着きを取り戻していく。ショウがクリスを振り返った。

「対人間には使わない。殺しちゃうでしょ」

「……別に良いと思うけど」

「あのねぇ」

 二人で背を合わせる。

 ショウがちらりとこちらの右腕を伺う気配。問題ないと、視線で返した。

 次々に湧く青マントを二人で制していく。カンッ! キンッ。金属音。ドールとの呼吸は読まなくても分かる。

 そう。例えこちらの勢いを手玉に取り、味方同士で打ち合うよう仕組まれても。

「「っ!」」

 スレスレで交わす。それから身を翻し、青マントへ再び飛び掛かった。

「おい、よく見ればこいつもドールだぞ」

「捕らえろ!」

 人数がショウへ流れた。

 多勢を相手に、彼は踊るような剣さばきで応じる。残像が描く銀の線。それ自体が鎌であるかのように、青マントたちを切り裂いていく。

 クリスは今し方相手をしていた敵を押し切り、ショウの援護に回る。それに気付き、こちらを向く複数人。

 剣が交わる。

(……!)

 何度目かの衝突で、クリスは僅かに顔をしかめた。傷を負った右腕が痛み出す。負担を掛けぬよう左腕に重心を持っていく。

「はぁっ!」と声を吐き出し、思いっきり薙いだ。その拍子にぼたぼたっと紅が滴る。

「クリス!」

 咄嗟に体を左へ向ける。空いた右側へ、ショウが降り立った。

 相談は無い。左から来る敵をクリスが、右からの敵をショウが迎撃する。

 彼が大きく後ろへ身を引く姿勢。

 クリスはそれを認め即座に上へ飛んだ。


 次の瞬間、クリスのいた位置を貫通して短剣が飛ぶ。


「あぁぁぁっ!」

 クリスの相手をしていた敵の腕に刺さった。着地ついで、クリスはその敵を蹴り飛ばし再起不能にする。

「あと二人だ」

 冷静なショウの声。

 二人で深呼吸。剣を構えなおし、各々青マントに応じる。しかし、その時。


 物陰に隠れていた、もう一人の青マントが飛び出してきた。


(不意打ち!?)

 アクールの方で相手をしていた敵のおこぼれだろうか。急な角度で、対応が出来ない。

 クリスは頭を回転させ、青マントの方は一人増えたことに気を緩める。

 しかし。増えた青マントが剣を振るった先は……クリスでなく青マントだった。

「ぐぁっ、あぁぁぁぁ!?」

 肩に切れ込み。

 クリスは首を傾げる。増えた青マントをよくよく観察すると……それはアクールだった。

「二人がかりでいつまで時間掛けてるの? 弱すぎ」

「驚いた。青マントかと思った」

「全然驚いてない声で言われてもね。演技は得意なのよ」

 気付けば場は沈黙に包まれている。今の男で全員だったようだ。

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