dream owlのクリスマス

 十二月二十四日のふくろうカフェ『dream owl』は、今日も盛況だった。


「ようこそ、ふくろうカフェ『dream owl』へ! ……あら、この前も来てくれたわよね?」


 サンタクロースの赤い帽子をかぶった店長が、訪れた客に向かって笑顔を向ける。

 ショートボブの髪型をした高校生の少女も、恥ずかしそうに笑みを返した。


「は、はい。ここ、好きなのでまた来ちゃいました。……わぁっ!」


 少女は店内を見て、思わず声をあげる。壁にはサンタやトナカイの飾り付けが施されており、店の真ん中にはクリスマスツリーが飾られている。フクロウを驚かせないためか、イルミネーションのように光るライトはついていないが、ツリーのてっぺんにある星はほのかに黄色の明かりを灯していた。


「とってもきれいですね。来て良かったです」

「まぁ、ありがとう。今日は一人なの?」

「いえ。友だちが、あとで来るんですけど……」


 そう言って、後ろを振り返ると同時に、ドアベルの澄んだ音が鳴った。入ってきたのは、彼女と同じくらいの年頃の青年だ。


「あらまぁ、彼氏さん?」


 店長が両手を軽く合わせて微笑みながら尋ねると、少女は慌てて両手を振った。


「ち、違いますよ!? 塾でたまたま知り合って志望校が同じだから勉強とか一緒にしてる友だちですっ」

「木ノ葉ちゃん、どうかした?」

「な、なんでもないよっ」


 突然、饒舌に話し出した木ノ葉に対して、青年は不思議そうに首を傾げる。木ノ葉は青年と向き合い、手を振りながら取り繕う。その頬は赤く染まっていた。

 顔を隠すように、木ノ葉は店内へと振り返り、奥にある止まり木を見た。


「あ、あの、れもんちゃん、空いてますか?」

「えぇ、いるわよ。二人でゆっくりしていってね」


 店長がウインクをして二人のもとから離れていく。奥かられもんを連れてきて、二人が座ったテーブル席のそばにある止まり木に係留する。

 しばらくしてサンタの帽子をかぶった女性店員が、注文したドリンクを持ってやってきた。


「お……おまてぇしませたぁ……」


 発音のおかしな言葉を発しつつ、カフェラテとコーヒーを置く。顔は引きつっていて、無理やり笑顔を貼り付けたようになっていた。

 れもんと触れ合っていた木ノ葉は、びっくりしたように店員を二度見した。


「あ、あの、どうかしましたか?」


 その言葉で、店員はハッと我に返ったように身体を震わせ、首を振った。


「い、いえ! なんでもない! なんでも! そうだ、これ良かったら使ってみて?」


 そう言って、テーブルにA4サイズの紙を置いた。

 木ノ葉が手にとって見ると、厚紙にサンタの絵が描かれている。しかし、顔の部分だけは丸く切り抜かれていた。


「この顔の部分からフクロウの顔を出して、写真を撮るの。そうすれば、フクロウのサンタコスプレができるのよ」

「顔出しパネルみたいですね。れもんちゃん、こっち向いて?」


 さっそく木ノ葉は紙をれもんに向ける。れもんは木ノ葉の声に首を曲げ、近づいてきた紙に身を寄せて、空いている穴から顔を出した。

 木ノ葉が片手でスマホを取り出して、写真を撮ろうとする。すると、向かいに座る青年がそっと手を伸ばしてきて、木ノ葉の代わりに紙を持った。

 不意に手が触れ合い、二人は「あっ」と声を漏らして、視線を合わせる。


「ご……ごゆくりぃどぅぞー……」


 店員は再び発音のおかしな声を発して、壊れた機械のようなぎこちない動作で二人のそばから離れていった。

 それから、木ノ葉と青年はれもんとともに楽しげなひとときを過ごした。この日、店に訪れる客の半数以上は、男女のカップルだった。皆、フクロウたちとともに楽しげな時間を過ごし、店を出て行く。


「じゃあね、れもんちゃん。また来るね」


 最後にれもんの頭を優しく撫でて、木ノ葉は席を立つ。向かいに座る青年も立ち上がるが、なにか考えるように視線を泳がせた後、木ノ葉をまっすぐに見た。


「あのさ、木ノ葉ちゃん。まだ、時間ある?」

「うん。あるけど、どうしたの?」

「あの……、駅前のイルミネーション見に行かないか?」

「う、うん。いいけど」

「そこで、言いたいこと、あるんだ」


 青年はそう言うと、伝票を持ってレジへと向かった。


「あ……ありあとうごぜぇましたー……」


 会計を済ませ、店を出ていく二人。その手は、手袋越しではあるけれども、軽く握られていた。



   *   *   *



 夢のふくろうカフェ『dream owl』は、昼間と同じ穏やかな時間が流れていた。

 昼間と同じように、壁には飾り付けが施され、店内の真ん中にはクリスマスツリーが飾られている。てっぺんにつけられた星が淡い光を放っていた。


「はい、みなさん。できましたよ」


 サンタの帽子をかぶったらいむが、カウンターの奥から皿を両手に持ってテーブルへと伸ばす。上には、丸く小さなシュークリームが円錐状に積み上げられた菓子がのせられていた。

 れもんの前に菓子が置かれ、隣に座るすだちは興味津々に身を乗り出す。


「すご~い! らいむ、これなに~?」

「クロカンブッシュというフランス菓子です」


 れもんはさっそく、一番てっぺんにあるシュークリームを手に取って口にする。いつのまにか、キッズスペースから出てきたみかんも隣に座り、中腹のシュークリームを取って口に放り込んだ。


「うん。皮はサクサクしてて、なかのクリームも甘くて、美味しいね」

「なんかカリカリするけど、接着剤かわりに飴を塗ってるんだ」

「あぁ~っ! 二人ともズルいよ~! オレも食べる~っ!」


 すだちが頬を膨らませて叫び、手を伸ばす。

 わいわいはしゃぎながらクロカンブッシュを食べる三人を、カウンターの奥かららいむは目を細めながら見つめる。それから、小さな皿を持って、カウンターの奥から出ていった。うえには小さなクロカンブッシュがのっている。


「はい、はつ」


 テーブル席でコーヒーをすすっているはっさくの前に、皿を置く。そして、自身ははっさくの隣へ行き、ソファーの端にさっと座った。

 はっさくは眉根を寄せて目の前の菓子を睨む。肩が触れ合うほど近くに座るらいむが、手を伸ばし、一番上にあるシュークリームを手に取った。


「今日は特別な日なので、私も頂きますね」


 そう言って、シュークリームを半分ほどかじる。それから、残った半分をはっさくの口もとへ持っていった。


「はい、あーん」


 はっさくは眉をひそめてらいむを見つめていたが、唇にシュークリームの皮が当たると、観念したように口を開けた。すかさずらいむはシュークリームを軽く押し込む。唇に指が触れて、らいむは満足げに微笑みながら手を離した。


 カランカランッ。


 その時、カフェの扉が澄んだ音とともに開いた。騒いでいたれもんたちは手を止めて振り返り、らいむとはっさくも顔を上げる。


「「「ようこそ、夢のふくろうカフェ『dream owl』へ!!」」」


 れもんとすだちとらいむの声が店内に響く。

 次の瞬間、ヌルリと、扉の先からなにかが揺れながら入ってきた。


「ひぃ……っ!?」


 すだちが相手を見た瞬間、思わず声をあげて身体を震わせる。

 入ってきたのは、二十代ほどの若い女性だった。長い髪はなぜかボサボサで、目の下には隈ができ、背後にはどす黒いオーラが漂っている。白いカッターシャツを着て、腰に小さな紺色のエプロンを巻いている姿は、ふくろうカフェの制服と同じだった。


小美美こみみさん……?」


 れもんが見知った店員の名前を口にする。


「どうして……どうして、わたしだけ……彼氏ができないの……」


 小美美はぶつぶつと呟きながら顔を上げる。カウンターに置かれたクロカンブッシュが視界に入ると、まるで猛獣のような雄叫びをあげて菓子へと飛びついた。

 れもんは素早く席から立って、小美美をかわす。彼女は飢えた獣のようにクロカンブッシュの山に噛みついた。


「うぅ~、小美美さん、怖いよ~」


 すだちはらいむに飛びついて震えた声を零す。


「この人、ここに来るのこれで何回目?」


 菓子にかぶりついている小美美の姿を、引き気味に見ながらみかんが言う。


「四回目だな」

「お店にカップルが多く来る時期になると、決まってやってきますね」


 はっさくがコーヒーをすすりながら答え、らいむはすだちの頭を撫でてあやしながら苦笑いを浮かべる。


「カップル……カップルが、許せない……、どうしてわたしだけ……独りなのよ……」


 小美美はクロカンブッシュをむさぼりながら、うわごとのように言葉を呟いている。そのたびに、背中から発せられる黒いオーラが強くなっている気がして……。


「夢というより呪いのレベル。これ、夢鼠に全部食べてもらったほうが逆にいいんじゃない?」


 みかんが呟いた言葉は、口にクリームをつけながらクロカンブッシュを食べ終えた小美美の叫び声にかき消された。


「リア充、滅びろーーーっ!!」


 れもんは闇に堕ちた小美美を見ながら、肩をすくめて引きつった笑みを浮かべる。

 夢のふくろうカフェの聖夜は、続くのであった。

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