【コラボ】『ようこそ、夢のふくろうカフェへ!』×『鋼鉄の片翼』後編

 オオタカが目を開けると、夜のように深い青色の天井があった。半身を起こすと、掛けられていたシーツが足の上に落ちる。どうやらベッドの上に寝かされていたらしい。


「あっ、オオタカ。よかったー、今回は早く起きたのね」


 声が聞こえて視線を向けると、トビがかたわらの椅子に座っていた。


「『どこだここ?』って顔してるわね? いいわよ教えてあげる……って言いたいところだけれども、正直、アタシにもよくわからないのよね」


 トビは両手を上に向けて、肩をすくめてみせる。

 オオタカはベッドから足を出し、立ち上がった。今いるのは薄暗く狭い部屋で、ベッドの他には棚が並び、なかに整頓された物が置かれている。物置のようだ。


「あなたが気を失ってから、可愛い子とキラキライケメン君の案内で、ここに連れてこられたのよ。今はみんな、隣の部屋にいるわ」


 トビも椅子から立ち上がり、オオタカとともに扉まで歩いていく。トビが扉に手を掛けて開けると、柔らかな光が差し込んだ。


「「「ようこそ、夢のふくろうカフェ『dreamドリーム owlオウル』へ!!」」」


 明るい声が、二体を出迎える。

 深い青色の壁に囲まれたカフェの店内で、五人の青年と少年が思い思いの場所にいた。


「調子はどう? もう大丈夫?」


 カウンター席に座るれもんが、オオタカを見ながら首を傾げて問いかける。今は出会った時の王子様のような服装ではなく、白いワイシャツに紺色のベストと腰に小さなエプロンを巻いている。カフェにいる店員のようだ。


 オオタカが返事をするより早く、前にいたトビが体を震わせて動いた。店内の真ん中に立ってさきほど大きな声で二体を出迎えたすだちのもとへ飛びつき、その身体を抱き締める。


「可愛いーっ! やっぱり、可愛いわ、この子ーっ!」

「わぁ~っ! お姉さん、だからくすぐったいよ~っ!」


 トビはすだちに頬ずりをして、背中へ手を伸ばして翼を撫でる。

 すだちはまんざらでもないように、笑いながら頬を赤らめた。


「特にこのモフモフの翼! いいわね~、アタシもこんな翼がほしいわー!」

「お姉さんの翼も、硬くてシュッとしてて、カッコいいよ~!」


 トビとすだちが互いの翼を触りながら楽しげに話す。

 店内の隅では、小柄な少年が玩具の銃をいじりながら、横目で二体を見つめていた。


「本当に、機械の翼なんだ……」

「みかんも触らせてもらえば?」

「いいよ、ボクは……」


 ぼそりと呟いた言葉に対して、カウンター席に座るれもんが言う。少年はふいっとそっぽを向くが、それでも興味ありげに視線はちらちらとトビとオオタカへ向けられていた。

 カウンターの奥には、エプロン姿の青年がいて、なにか作業をしている。オオタカと目を合うと、垂れ目を細めて軽く会釈をしてきた。

 テーブル席の端には、左目に眼帯を当てた青年が座って、コーヒーをすすっている。


「ここはどこだ?」


 周囲を観察したオオタカが、改めてれもんに訊いた。

 れもんは手にしていた紅茶のカップをソーサーに置き、立ち上がってオオタカと向き合う。


「ここは、夢のふくろうカフェ『dreamドリーム owlオウル』」

「夢?」

「そう。ここは夢の世界で、僕たちはこのカフェで働くフクロウなんだ」


 そばでトビが「フクロウ? だからこんなにモフモフなのねー!」と未だにすだちと熱烈なスキンシップを取っている。


「まずはみんなの紹介をするね。こっちがすだちで、キッズスペースにいるのがみかん。カウンターの奥にいるのがらいむで、あっちにいるのがはっさくだよ。そして僕はれもん」


 れもんは店内にいる四人に向かって手のひらを指し、最後に自分の胸に手を置いて紹介をした。

 トビがパッとすだちから手を離し、れもんの前に立って胸に手を当てる。


「アタシはトビ。鳥機人で、トレジャーハンターをしているの。こっちは助手のオオタカよ」

「助手ではない」


 肩に置かれたトビの手を、オオタカは払いのけて睨みつける。

 二体のやりとりにれもんは笑みを浮かべつつ、不思議そうに首を傾げた。


「鳥機人っていうのは、聞いたことがないね。らいむ、知ってる?」

「いえ。もしかしたら、別の世界から来た方々かもしれないですね」


 れもんがカウンター奥に振り返って訊くと、らいむが微笑みつつ答える。


「別の世界?」


 オオタカがらいむの言葉を言い返し、トビと顔を見合わせた。


「長くなりそうだし、立ち話もなんだからふたりとも座って?」


 れもんが気を利かせて、二体をテーブル席へ座るよう促した。

 トビはテーブルのソファ席に座り、オオタカは向かい側の椅子に座る。


 すだちはすっかりトビに懐いているようで、トビの隣にやってきてソファにちょこんと座った。トビはそんなすだちの頭を撫で、さらに抱き締める。


 目の前でじゃれ合う姿を半目で見ていたオオタカは、視線に気づいて横を向く。テーブル席の端にいるはっさくが、コーヒーを片手に黙ってこちらを見つめていた。片方だけの目は、警戒とまではいかないが、それでも気を抜いていない。オオタカとはっさくは数秒互いに目をすがめ、視線を外した。


「はい、どうぞ」


 テーブルの横に、お盆を持ったらいむがやってくる。二体の前に紅茶が置かれ、オオタカの前にはクレープ生地と生クリームが何層にも重なりあったミルクレープが、トビの前にはパイ生地にクリームを挟み、上にイチゴの乗ったミルフィーユが置かれる。

 トビが目の前に置かれたミルフィーユを見て、目を輝かせ手を合わせた。


「ありがとう! でも、ごめんなさい。アタシたちは機械だから、食べ物は食べられないのよ……」


 そう言って、申し訳なさそうに目尻を下げてらいむを見る。


「夢の中だから、食べても平気だよ」


 らいむの隣にれもんがやってきて、笑みを浮かべながらそう言った。


「オレたちも普段はフクロウだけど、夢の中ではらいむの作ったお菓子をたくさん食べてるんだ~。らいむの作るものは、とっても美味しいんだよ~」


 トビの隣に座るすだちも、目の前のミルフィーユに目を輝かせながら言う。


「そうなの? じゃあ、食べてみようかしら? アタシ、一度でいいから人の食べ物を食べてみたかったのよね」


 トビは彼らの言葉を信じ、手前に置かれたフォークを手に取る。サクッとパイ生地にフォークを入れて切り分け、イチゴとともにミルフィーユを口にする。

 その瞬間、口に広がる甘さとともに、トビは頬に両手を置いて悶えた。


「美味しい~! 甘いクリームと甘酸っぱいイチゴが口の中で手を取り合って踊っているみたいだわ。サクッとしたパイ生地の食感も最高よ!」

「ありがとうございます」


 興奮して体を揺らしながらトビが感想を伝える。

 お盆を持つらいむが嬉しそうに微笑みながら会釈をして、カウンター奥へと戻っていった。


「オオタカも食べてみたら?」


 トビがテーブルから前のめりになって、手を動かさないオオタカに言う。

 オオタカは数秒考えるように目の前のミルクレープを見ていたが、おもむろにフォークを手に取った。端を切り分け、口へと持って行く。


「どう? どう? 美味しいでしょ?」


 トビは詰め寄るように顔を覗き込みながら問いかける。

 オオタカはなにも言わず、口に入れたミルクレープを咀嚼して飲み込む。たっぷりと間を置いて、一言。


「食べ物の味は比べようがないからわからん」

「なによその冷たい感想ーっ!?」


 トビがテーブルの上でズッコけるように突っ伏し、激しいツッコミを入れた。


「仲が良いんだね、ふたりとも」


 かたわらにいたれもんが、ふたりの様子を微笑ましく見つめながら口を開く。


「良くはない」

「良くなんてないわよ!」


 オオタカとトビは同時に言葉を返した。

 れもんは二人の揃った声に笑みを浮かべ、隣のテーブルの椅子へ腰を下ろす。


「それで、さっきおれたちは別の世界から来たと言っていたが、どういうことだ?」


 オオタカは紅茶を口に付けた後、話題を本題へ切り替えた。

 れもんは椅子をずらして身体をオオタカたちに向け、真顔になって話を始める。


「夢は無意識の中で世界と繋がっているんだ。そして世界は幾重にも重なって存在していると言われている。だからごくまれに、夢の中で僕たちの世界に迷い込んでしまうひとたちがいるんだ。オオタカさんたちみたいにね」


 オオタカは黙ってれもんの話を聞いている。

 トビはすだちを膝の上に乗せていて、れもんの話を理解しているのかいないのか、深く首を傾げて眉間にしわを寄せていた。


「夢ね……。アタシたち、機械だから夢なんて見たことなかったんだけど、これが夢なのね……」


 そう呟き、意味もなく辺りをきょろきょろと見回す。


「おれたちはどうすればもとの世界に帰れるんだ?」


 オオタカがまた一口紅茶を飲み、れもんに訊いた。

 れもんは表情を崩して、笑みを浮かべながら答える。


「自分の夢に戻れたら、もとの世界にも帰れるよ」

「自分の夢に戻るって、どうすればいいのよ?」

「オオタカさんとトビさんの夢を探しにいけばいいんだけど、手っ取り早いのは、夢移しかな」

「夢移し?」


 れもんの話に、トビは首を傾げて訊き返す。

 れもんは椅子から立ち上がって、話を続けた。


「夢移しは、僕たちのカフェと他人の夢を繋ぐ架け橋を作る方法だよ。普段は、夢鼠狩りへ行くためにするんだけど。夢移しをすれば、自分の夢に迷わずたどり着くことができるんだ」


 れもんはオオタカへ向かって、軽く手を差し伸べる仕草をした。


「やってみたほうが早いかな? オオタカさん、立ち上がって、目を閉じて?」


 オオタカは椅子を引いて立ち上がり、れもんと向かい合って目を閉じる。

 れもんは静かにオオタカのそばへ行き、その両肩に軽く手を置いた。


「リラックスしててね」


 そうささやき、ゆっくりと顔をオオタカに近づける。かすかに開けた唇を、オオタカに寄せていく。


「これって……これってぇ……っ!?」


 れもんとオオタカの様子を見ていたトビが、耐えられないというように両目を手で覆い隠す。けれども指を開き、一人と一体の行く末をガン見していた。

 オオタカの鼻先にれもんの鼻が触れた、その瞬間。


「待て」


 オオタカがパッと目を開け、れもんの肩を押して突き放した。

 れもんは一歩後ろへ身を引き、きょとんと目を丸くする。


「自分の夢くらい、自分で探す」


 そう言うと、オオタカは踵を返して歩き出した。カフェの出入り口である木の扉まで行き、取っ手に手を掛けて、振り返る。


「世話になった」


 そう言って、扉を開ける。扉の先は暗がりが広がっており、先にいくつもの扉が宙に浮かんでいる。

 オオタカは戸惑うことなく、床を蹴って、暗がりの中へと飛び降りた。


「ちょっ、ちょっとオオタカ!? 飛べないのに、なに飛び降りてるのよっ!?」


 トビがすだちから離れて立ち上がり、慌てて扉のそばへ行く。それからハッと後ろへ振り返って、笑顔で手を振る。


「いろいろありがとうね。それじゃあ!」


 そう言って、オオタカを追って扉の先へと飛び立った。


「じゃあね~、お姉さ~ん!」


 すだちは両手を振りながら別れの挨拶をする。れもんも笑みを浮かべつつ、片手を振ってトビたちを見送った。

 ドアベルの澄んだ音が夢の中に響き、扉はゆっくりと閉まるのだった。



   *   *   *



「……はっ!?」


 トビが目を覚まし、体を起こす。固い地面の上に寝ていて、ここは森の中の少し開けた場所だった。視線の先には幌馬車がとまっていて、おそらく中で行商人が寝ているだろう。横に目を向けると、焚き火がパチパチと音を立てながら燃えている。

 行商人の幌馬車に乗せてもらい隣の街まで行く途中で、野宿しているのだと今の状況を思い出す。


「夢……だったのね……」


 トビは頭上の星空を見つめながら、ぽつりと言葉を零す。出会った人たちの顔や、触れ合った翼の温もりが今も鮮明に残っている。


「お前も夢を見たのか?」


 ふと横から声が聞こえ、トビは首を曲げる。焚き火の前で、オオタカが倒木に座っていた。膝に乗せている白い子猫が、小さく寝息を立てている。


「オオタカも見たの?」

「あぁ」


 頷くオオタカを見て、トビは彼も同じ夢を見ていたと確信した。

 背から翼を生やし、人の姿をしたフクロウたちとともに戦った夢。カフェでスイーツを食べ、五人のフクロウとともに楽しいひとときを過ごした夢。


「また、会いたいわね……。夢でもいいから……」


 トビはそう言葉を零し、頭上に光る星々を見る。

 オオタカはなにも言わず、トビと同じように深い青色の空を仰いだ。


「それにしても、アレは惜しかったわね。もうちょっとでいいところだったのに……!」


 不意に、ブツブツと呟くトビの声が聞こえた。口に手を添えて、ちらちらとオオタカを見ながらニヤニヤと口角を上げている。

 そんな姿を、オオタカが半目で冷ややかに見つめつつ、一言。


「お前は腐っているのか?」


 その言葉に、トビはブッとなにかを吹きだした。


「く、腐ってなんかないわよ! ていうか、なんであなたがそんな言葉知ってるのよ!」

「シズクが言っていた。そういう女子を腐っていると言うと」

「シズク姫がなんでそんなこと知ってるのよーっ!?」


 トビの盛大なツッコミが、森の中に響く。

 どこからか、フクロウの声が聞こえた気がした。

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