②浴衣回が書きたかっただけの話
「温泉を出た後は、これを着ましょう」
温泉からあがった皆は、らいむの言われるままに着替えさせられる。五人がそれぞれ、カフェの制服とは違う服に身を包んだ。
「らいむ、これってなに?」
「浴衣です」
れもんは白地に紺色の唐草文様が描かれた浴衣を着て、腰に紺色の帯を締めている。らいむは褐色の生地に麻の葉文様が描かれた浴衣を着て、淡い桃色の帯を締めている。はっさくは無地の黒い浴衣を着て、灰色の帯を締めている。すだちは花柄の模様が描かれた藍色の浴衣を着て、胸の下で水色の帯を締めている。そしてみかんは、肩にスリットの入った淡い黄色の甚平を着ていた。
「わぁ~、なんかオシャレだね! れもんも、カッコいい~!」
浴衣や甚平は背中に切れ込みも入っており、翼も出すことができる。
ツインテールに髪を結び直したすだちは、裾を持ちながら、自分の姿を見るようにくるりと一回転する。そして、れもんのそばに行って、なにかに気づいたように鼻をひくつかせた。
「れもん、なんかいい匂いがするね~」
「そう? 浴衣の匂いかな?」
「う~ん、なんか、すごくあったかい匂い~!」
れもんは首を傾げながら自身の腕を嗅いでみる。すると背後にらいむがやってきて、れもんとすだちの肩に手を置いた。
「それはきっと、温泉で温まった匂いですね」
ふわりと、柔らかくどこかほっとする匂いが鼻をくすぐる。すだちがパッと頬を染めて、らいむの腰に抱きついた。
「らいむもいい匂いがする~! そっか~、温泉の匂いなんだ~!」
そう言って、すだちはらいむの胸に顔を埋め、大きく息を吸い込んだ。
それを見たれもんも、いたずらっぽく笑みを浮かべて、らいむとすだちに抱きつく。
「本当だ。らいむからもすだちからも、温泉の匂いがするね」
触れ合う熱とくすぐる匂いを楽しむように、目を閉じてれもんが言う。
それから片目を開けて、そばで呆れたように眺めているみかんへ視線を送った。
「みかんも、こっちに来て?」
「いいよ、ボクは」
「いいから」
「ちょっとっ!?」
腕を伸ばしてみかんの手を取り、抱き寄せる。
れもんの腹に顔を埋めて、みかんは顔を赤らめた。
「はつは、サウナで整った匂いがしますね」
「らい……」
らいむもそばにいたはっさくの腰に手を回して、抱き寄せた。
首筋にらいむの鼻先が近づいてきて、はっさくは眉根を寄せながら首を曲げる。それでもそれ以上離れることはしなかった。
「れもん、そんなに押さないでよっ!」
「みかんが離れようとするからだよ? 逃がさないよ?」
「みかん~、オレのところにも来て~?」
「ちょっ、すだちまで引っ張らないでよっ!?」
ひとつに集まった五人が押し合いへし合いしながら、互いの温かな熱や匂いを感じ合う。
しばらくして、らいむが微笑みながら口を開いた。
「さてみなさん、そろそろカフェに戻りましょう。冷えた飲み物も用意してますよ」
それを聞いたすだちが、パッと腕をほどいて、その場で跳ね出す。
「オレ、喉渇いてたんだ~! 飲み物って、なになに~?」
「すだちにはミルクココア、れもんにはミルクティー、はつにはアイスカフェオレ、みかんにはフルーツミルクがあります」
それを聞いたすだちは目を輝かせながら、カフェのほうへ向かって駆けだしていく。れもんもその後へ続いて、スキップするように歩いていく。みかんは赤らんだ頬をだれにも見せないよう、そっぽを向きながら歩き出す。らいむははっさくと目を合わせて微笑み、三人の後へついていく。はっさくはなにも言わずに、最後に足を踏み出した。
* * *
浴衣姿のままカフェに戻った五人は、それぞれ定位置に座り、らいむの用意した飲み物を飲む。
ミルクティーを飲んで一息ついたれもんが、ふっと視線を横に向けた。
「ところで、これはなに?」
「卓球台です」
カウンターとテーブル席の間に置かれた卓球台が、カフェの店内を圧迫していた。
らいむがカウンターの奥から微笑みながら言葉を続ける。
「やっぱり温泉の後といえば、卓球かなと思いまして」
「さっきから思ってたけど、らいむのその温泉知識はどこから来てるのさ?」
フルーツミルクを飲み終えてキッズスペースにいたみかんが、半目になりながらツッコミを入れる。
らいむはただ、笑みを浮かべるだけだった。
「卓球やりた~い! れもん、一緒にやろ~?」
「いいよ。でも、どうやってやるの、らいむ?」
「まずは、このラケットを持ってですね――」
らいむからレクチャーを受けて、れもんとすだちはさっそく卓球を始めた。
台に跳ねる球の音と笑い声が、カフェの店内を包み込むのだった。
――十五分後。
「必殺球技!
れもんが持つラケットから放たれたピンポン球が、目にも留まらない速さで飛んでいく。高速回転する球は、まるで幻を見せるかのようにいくつにも分かれ、相手の目をくらませる。気がついた時には、台の角でバウンドして、あらぬ方向へ曲がっていく。球を取ろうとして踏み出したすだちのおでこに直撃し、すだちはラケットを落としてその場に倒れた。
「きゅ~……」
「よしっ! 勝ったーっ!」
おでこに丸く赤い跡をつけながら、すだちが目をバッテンにして床に伏せている。
反対側では、れもんが嬉しそうにガッツポーズをして、拳を突き上げた。
「次、みかんやろ?」
「ボクはいいよ……」
引き気味に、みかんが首を振る。「卓球ってこんなスポーツだっけ?」という呟きはだれの耳にも届かない。
「じゃあらいむ!」
「えぇ。お手柔らかにしてくださいね」
こうして、カフェの夜は続くのだった。
おまけ ――卓球スコア表――
1試合目:れもん対すだち――11対5でれもんの勝ち。
2試合目:れもん対らいむ――8対11でらいむの勝ち。
3試合目:らいむ対すだち――11対2でらいむの勝ち。
4試合目:らいむ対はっさく――34対32でらいむの勝ち。
れもん「らいむ、強いね?」
らいむ「いつもナイフを扱っていますからね」
みかん「そこ、関係ある?」
すだち「らいむとはっさくの試合、長かったね~」
はっさく「永遠に終わらんから、勝ちを譲っただけだ……」
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