①温泉回が書きたかっただけの話
深い青色の壁に囲まれた、夢のふくろうカフェ『dream owl』。
ドドドドド……。ウィーンウィーン。ジャァー。キュッポンッ。
カフェには似つかわしくない音が、店内に響き渡っていた。
テーブル席でコーヒーをすすっていたはっさくが、さすがに我慢の限界だと言うように眉をしかめてカップを乱雑にソーサーへ置く。
「うるさい」
片目を向ける先は、壁の向こう側。休憩室のさらに隣にあるトレーニングルームから音は聞こえてくるらしい。
カウンターの奥で洗い物をしていたらいむは、困ったように笑いながら顔をあげる。
「なにをしているんでしょうかね、れもんとすだち。夢鼠狩りから帰ってきて、すぐにトレーニングルームへ行ってしまいましたが、なにかあったんでしょうか?」
キッズスペースで玩具の銃をいじっていたみかんも、顔をあげて、呆れた表情を壁の先へ向けた。
「あの二人だから、どうせまた、くだらないことでも思いついたんでしょ」
その時、休憩室へ繋がる扉が勢いよく開かれ、れもんとすだちが、飛び出してきた。
「「できたぁぁぁああああああーーーっ!!」」
二人とも喜色満面で、テンション高めに叫ぶ。
大声にはっさくは眉を寄せ、みかんは顔をしかめ、らいむはいつも通りの微笑みを見せた。
「なにができたんですか?」
らいむの問いかけに、すだちが跳ねながらカウンターまで行って、身を乗り出す。
「それはね~……」
と、言いかけたところで、後ろからやってきたれもんに口をふさがれる。
れもんは周りの三人を見回して、いたずらっぽくウインクをしてみせた。
「見てのお楽しみ。みんな来て!」
* * *
トレーニングルームは体育館のような内装となっている、はずだが、今は白い湯気が立ち上る空間となっていた。石畳の床を歩いていくと、大小の石で囲われた広い湯船に乳白色のお湯が張られている。頭上には東屋のように木製の屋根がついており、周囲は竹垣で囲まれている。脇には紅葉したモミジが植えられていて、そのそばから絶え間なく湯が注がれていた。
そこはどう見ても、露天風呂の景色だった。
「今日ね~、狩りにいった夢鼠が、カピバラの姿をしてたんだよ~。それで、カピバラたちが温泉に入ってたんだよ~!」
すだちが露天風呂の前で跳ねながら、呆然と立つ三人に向かって言う。濡れた床で、不意に足を滑らせて転びそうになったところを、れもんに支えられた。
「だから、僕たちも温泉に入りたいなと思って、作ってみた!」
自信満々に言うれもんに対して、みかんが呆れたように頭を抱えた。
「れもんって、たまに突拍子もないことするよね……」
「でも、最近寒くなってきましたし、温泉で温まるのは良いと思いますよ」
らいむがフォローを入れるように、微笑みながら言う。
「よーしっ、それじゃあ、みんなで温泉入ろう!」
普段よりもテンション高めなれもんが、カフェの制服に手をかける。勢いよく手を振り上げると、身につけていた服が頭上へと脱ぎ捨てられた。
* * *
――お着替えタイム――
「みかん~? 脱がないの~?」
「ボク、他人の前で裸になるの嫌なんだけど、」
「みかんを脱がせろーっ!」
「ちょっ、れもん!? さっきからそのテンションなんなのさっ! やめてよ、この追い剥ぎっ!」
「さぁ、はっさくも服を脱ぎましょう?」
「俺はいい……」
「そう言わずに。ボタン、外しますね」
「…………」
* * *
そんなこんなで、腰にタオルを巻いた五人が再び温泉の前に並び立つ。
れもんとすだちがさっそく温泉に向かって駆けだしていく。けれども、張られた湯の中に飛び込む直前、いつのまにか隣に来ていたらいむに肩をつかまれた。
「床は滑りやすいですから、走ってはいけませんよ? それに、温泉に入るには、マナーがあるんです」
「マナー?」
れもんが足を止めて、らいむに向かって問いかける。同じく止まったすだちも、首を傾げた。
らいむは先生になったかのように、人差し指を立てて、二人に言った。
「まずはかけ湯をして、身体をきれいにしましょう」
温泉の脇にいつのまにか置かれていた桶を手に取り、れもんたちはらいむに言われたとおり湯を汲んで身体に掛ける。
「すだちは髪が濡れないように、タオルでまとめておきましょうね」
「うんっ! やって、やって~」
らいむはすだちのツインテールをほどいて、タオルで髪が出ないように頭を結ぶ。
「ねぇ、みかんの背中、流してあげようか?」
「いいよ。自分でやるから、」
「はい、ジャー!」
「冷たっ!? 水でしょ!? れもん、ふざけないでよっ!!」
騒ぎ合う彼らを横目に、はっさくだけは未だ動かずに、湯気の立ち上る温泉を片目で睨んでいた。
「はつも来て、一緒に入りましょう?」
すだちの髪を結び終えたらいむが、はっさくのもとへ歩み寄ってくる。
はっさくはふいっと視線をそらした。
「俺は、いい」
「やっぱり、濡れるの苦手ですか?」
らいむはすでに察しているらしく、笑顔ではっさくに問いかける。
はっさくはなにも言わないが、きまり悪そうにかすかに目をすがめた。
「大丈夫です」
その時、はっさくの手に、柔らかいものが触れる。らいむが両手ではっさくの片手をやんわりと包み、胸の前まで持っていった。
「私がついていますから、ね?」
そう言って、微笑みながら首を傾げる。視線をそらしていたはっさくが、ゆっくりとらいむへ目を合わせる。
なにか言おうと口を開きかけたその時、二人の横に桶を持った別の人物が現れた。
「はい、ジャー!」
湯の入った桶を、ためらうことなくはっさくに向かってぶちまけるれもん。
一瞬にして、はっさくは全身がお湯浸しとなり、ぽたぽたと髪から滴をたらす。
「あぁ~、れもん~」
「ちょっ、さすがにやりすぎでしょ?」
「あらら……」
背後ですだちが怯えたように震えながら呟き、みかんが引き気味に言って、そばにいるらいむは苦笑いを浮かべる。
そんな周りにお構いなく、れもんはいたずらっぽい笑みを浮かべながら、はっさくの顔を覗き込む。
「どう? これで濡れるの怖くなくなった?」
次の瞬間、プチンッと、どこかでなにかがキレるような音がした。
れもんの頭に手が掛かる。そのまま身体が一瞬にして温泉のそばまで持っていかれ、湯の前に顔を向かされ、そのまま押し込まれ――。
「はっさく、そんなに怒らなくてもゴボゴボゴボゴボーーー!?」
顔を突っ込まれた温泉の表面が、ポコポコと激しく泡を浮かび上がらせる。
「れ、れもんが溺れちゃうよ~」
「まぁ、悪ノリしすぎたから、自業自得でしょ」
「は、はつ? そのくらいにしてあげましょうね?」
サルベージされたれもんの顔は真っ赤に染まり、ふらふらと揺れてその場に倒れたのだった。
* * *
れもんが回復した後、ようやく温泉へと入ることができた。
「気持ちいいね」
「ぽかぽか~」
「身体が温まりますね」
「まぁ、いつもは水浴びだけだから、たまにはいいんじゃない」
温かな乳白色の湯が全身を包む。すだちは首まで湯に浸かりながら、身体が芯から温まってくる感覚を楽しむ。そしてそばで同じように温まる皆へと視線を移し、手を伸ばした。
「れもんの肌、白~い。らいむの肌、すべすべ~。みかんは~?」
「触らないで」
みかんは両手で水鉄砲を作り、すだちの顔面に向かって湯を当てる。
「うわぁ~ん、みかんがいじめる~」
すだちは半泣きになりながら、らいむの身体に抱きついた。そこで「あれ?」と動きを止め、不思議そうに辺りを見回す。
「そういえば、はっさくは~?」
「はつは、やっぱり濡れるのが苦手みたいでしたので、サウナのほうへ行きましたよ」
そう言って、らいむが振り返った先には、ログハウス調の小屋が建っていた。
「あんな小屋、造ったかな?」
「頑張りました」
いつのまにかできていた真新しい小屋を見ながら、れもんが首を傾げ、らいむが微笑みつつ答える。
みかんが小屋を横目で見つつ、呟く。
「カラフトフクロウって、暑さ苦手なんじゃないの?」
「はつのために、温度は低めに設定してあります」
温泉でそんな会話をする四人を尻目に、はっさくは一人、サウナの中に座っていた。全身から汗を流し、額から零れた滴が頬を伝ってあごの下から滴り落ちる。
「暑い」
そう言いつつ、目の前にある熱せられたサウナストーンに水を掛ける。音を立てて蒸発した水が、部屋の空気をさらに温める。いわゆるセルフのロウリュだ。
さらにはっさくは自身の翼をその場で羽ばたかせる。部屋の熱気が循環し、身体に熱波が押し寄せる。いわゆるセルフのアウフグース。
「暑い」
身体から噴き出す汗を拭いもせず、はっさくは同じ言葉を口にするが、その顔はまんざらでもないようだった。
〈続く!(続いちゃった!?)〉
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