はっさくが店長にお持ち帰りされる話
ふくろうカフェ『dream owl』が閉店した夕暮れ。
「はい。以前と変わらず健康ですよ。目のほうもこのまま経過観察ですね」
「ありがとうございます、先生」
診察台の上におとなしく乗るカラフトフクロウを、一人の女性があちこち触りながら言った。
隣に座るサングラスを掛けてスキンヘッドをしたカフェの店長が、ぺこりと頭を下げる。
「薬は出しておきますから、目やにがひどい時に付けてあげてください。もしなにか変わったことがあれば、またいつでも来てくださいね」
「はい。今日もよく頑張ったわね、はっさく」
診察が終わり、店長ははっさくの頭を軽く撫でる。それから先生と呼んだ女性に頭を下げ、傍らに置いてあったケージを膝の上に置く。診察台にいるはっさくを自分の腕に乗せて、ケージの入り口へ持って行くと、はっさくは素直に中へと入っていった。
『dream owl』のフクロウたちは定期的に健康チェックのためにこの動物病院に通っている。特にはっさくは目を怪我していることもあり、他のフクロウに比べて通う頻度は多い。
会計を済ませ、動物病院を出ると、すでに外は暗くなっていた。この動物病院は、比較的遅くまで開いているため、カフェを閉めた後でも診察に来られる。
「もう遅くなっちゃったし、カフェに戻っても、みんな寝ているかしら?」
はっさくの入ったケージを持ちながら、店長は車まで行く。助手席のドアを開き、ケージを置いて、倒れないようベルトで固定する。
ケージに入ったはっさくは、黙って店長を見つめている。店長はそんなはっさくに顔を近づけ、サングラス越しからウインクをしてみせた。
「今日は、うちでお泊まりしましょうか、はっさくちゃん」
こうして、店長ははっさくとともに自宅へと車を走らせた。
* * *
「ただいまー」
アパートの一室。店長は、明かりをつけて中へと入っていく。
キッチンを通り過ぎて、リビングへ行く。物は少なめな整頓された部屋があり、隅にはケージがふたつ、すでに置かれていた。
「かぼすちゃん、へべすちゃん、ただいま」
荷物を置いて、店長はふたつのケージの前へ行く。そしてはっさくの入ったケージを見えるように前へ置いた。
「はっさくちゃんは初めてよね。友達からしばらく預かっている子よ。メンフクロウのかぼすちゃんとへべすちゃん」
片方には、全体的に白っぽい羽をしたメンフクロウが、もう片方には黒っぽい羽をした同じ種類のメンフクロウがいた。
店長ははっさくのケージをふたつのケージの隣に置き、それぞれの扉を開ける。カフェでは足にリードが付けられているが、ここではなにも付けられておらず、自由に動き回ることができる。
はっさくが止まり木を降りて、ケージから外へ出る。するとすでに外へ出ていたかぼすとへべすに囲まれた。二羽とも敵意はないらしく、首を揺らしながら好奇な眼差しを向けている。はっさくも嫌がる素振りはなく、じっとして、二羽に見つめられていた。
「仲良くするのよ。それじゃあアタシは、ご飯を作ってくるからね」
店長は三羽の落ち着いた様子を見て微笑み、それぞれの頭を撫でてから立ち上がった。台所へ行き、棚の中から大きなケースを取り出す。透明なプラスチックのケースには藁が敷かれており、その中で小さな生き物が動き回っていた。
「今日のご飯は、生き餌にしましょう!」
満面の笑みを浮かべ、ケージの中から一匹のマウスを取り出す店長。
かぼすとへべすの相手をしていたはっさくが、ちらっと店長へ、黄色い瞳を向けた。
* * *
食事が終わった後、一人と三羽はリビングで思い思いにくつろいでいた。
かぼすとへべすはベッドの上でじゃれ合っている。店長はカーペットに座って、テーブルの前でパソコンを広げている。はっさくは店長の膝の上に乗り、カタカタとタイピングの音を立てるパソコン画面を見つめていた。
「はっさくちゃんたちのおかげで、お店の売り上げは好調よ。みんな、よく頑張ってくれているわね」
画面にはなにかの数字やグラフが表示されているが、はっさくが見てもわからない。店長はキーボードから手を離し、はっさくの頭を撫でながら話を続けた。
「やっぱり、一番人気はれもんちゃんね。SNSで見て、この子を目当てに来るお客さんも多いわ。次は安定のらいむちゃん。老若男女に人気ね。すだちちゃんは仕草が可愛いから写真映えするって写真を撮っていく人が多いわね。みかんちゃんは小さいから若い子に人気かしら。もうちょっと性格が落ち着いてくれればいいんだけど……」
そう言って、視線をパソコンから離し、はっさくへと目を向ける。
「はっさくちゃんは、常連のお客さんからの人気が高いわね。カフェを理解してくれて、応援してくれている人たちは、みんなはっさくちゃんをご指名するわよ」
店長は微笑み、パソコンを閉じる。はっさくは振り返って、店長のほうを向いた。店長ははっさくの閉じられた目のそばを優しく指で撫でる。
「最初は、怪我をしている子を見世物にするなんてかわいそうだって、言われたりしたけど……。それでもやっぱり、カフェにあなたを連れて行って正解だったって、今は思ってるわ」
はっさくはなにも言わず、店長の顔を見つめ続ける。
店長はふっと微笑み、はっさくのくちばしを指で軽く撫でた。
「はっさくちゃんは、今、幸せかしら?」
その言葉を理解しているのか、店長にはわからない。
それでもはっさくは、くちばしを開いて、撫でてくる店長の指を軽く噛んだ。
「……っ!?」
サングラス越しから、店長の目が丸く見開く。
「今、はっさくちゃんに甘噛みされた……」
いかつい顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「はっさくちゃーん! なんて可愛い子なのーっ!」
堪えきれないというように身体を震わせて、両手を広げてそのままはっさくを抱き締めた。あごを頭の上に乗せてスリスリ。
すると、騒ぎを聞きつけたかぼすとへべすが飛んできて、店長の両肩にとまった。ふくろうまみれとなった店長は、さらにテンションがあがり、もふもふな羽に埋もれながら、にやけ顔になる。
「もうーヤダー! なんて可愛い子たちなのーっ! やっぱりアタシ、離婚してまでフクロウとの生活を選んで良かったわー! 娘には内緒だけどね」
三羽のフクロウと熱烈なスキンシップを取りながら、店長は天井へ向かって叫ぶ。今は止める者もいない。一人と三羽の夜は、続くのであった。
* * *
――次の日の夜。夢のふくろうカフェ『dream owl』にて。
自室から出てカフェの扉を開けたはっさくのすぐ前には、れもんとすだちが立っていた。傍らのキッズスペースにいるみかんも、いつもは無愛想に玩具の銃をいじっているが、今はこちらへ目を向けている。まるで昨夜、かぼすとへべすに囲まれた時のような好奇な眼差しが、はっさくに向けられている。
カウンターの奥にいるらいむが、笑みを浮かべて最初に口を開いた。
「おかえりなさい、はつ」
「店長の家、どうだった?」
「お土産ある~? 面白いことあった~? なにか聞かせて~?」
れもんとすだちが、興味津々というように詰め寄りがちに問いかける。
はっさくは彼らから視線をそらして、数秒考える。そしてぽつりと言葉を口にした。
「生き餌は旨かった」
それを聞いた瞬間、四人の動きが止まる。
れもんは目を見開いて「ほぅ」と言葉を漏らし、すだちは目を潤ませるくらいにキラキラと羨望の眼差しを向ける。みかんは嫉妬するように唇を尖らせて、らいむはそんな三人を見てまた微笑みを浮かべる。
「生き餌ってどんな味がするんだろう。食べてみたいね、すだち?」
「うん! 食べたい食べたい食べたい~! はっさく、持ってきてよ~」
「はっさくだけズルくない? 店長の家に行っては、生き餌もらってるでしょ」
「カフェでは冷凍マウスや冷凍ヒヨコばかりですからね。私も生き餌が食べてみたいです」
はしゃぎだす彼らの横を通り過ぎて、はっさくは定位置のテーブル席へと座る。らいむがすぐにコーヒーを持ってきて、前に置いた。
生き餌のことで盛り上がっているれもんたちを横目に、はっさくは置かれたコーヒーを一口すすり、ふっと、静かに息を吐いたのだった。
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