第8話 お越しをお待ちしております。

 転がってきた赤い玉を、れもんは拾い上げる。

 後ろに振り返ると、床に降り立ったらいむが、抱いていたはっさくを優しく降ろしているところだった。その周りに、すだちとみかんも飛んでやってくる。


「はい、らいむ。夢玉ゆめたまだよ」

「ありがとうございます」


 れもんはらいむに夢玉と呼んだ赤い玉を投げ渡す。


「はっさくは大丈夫?」

「問題ない」


 夢鼠の攻撃を受けたはっさくに対して、れもんが心配げに声を掛ける。はっさくは無表情のまま短く言葉を返した。幸い、怪我もないようだ。


「え~、あんなに強かったのに、一個しか夢玉ないの~? どっかに落ちてないかな?」


 すだちがキョロキョロと下を見回しながら言う。隣でみかんが、呆れたように鼻で笑った。


「這いつくばって探したらいいでしょ? すだち一人で」

「そんなこと言わないでよ~っ! みかんのいじわるっ!」

「なんか言った?」

「本物の銃は向けないで~~~っ!?」


 銃口を向けられ、すだちは涙目になってらいむの腰に抱きついた。

 普段通りのやりとりに、れもんはほっと息を吐いて笑みを浮かべる。

 らいむも微笑みながらすだちの頭を撫で、皆へ向かって口を開いた。


「さて、帰りましょう」


 その言葉で、五人はもと来た道を歩き出す。

 しかし、れもんだけは途中で立ち止まり、後ろを振り返った。


「どうしました、れもん?」


 前を歩いていた四人も立ち止まる。らいむが首を傾げて、声を掛けた。

 れもんの見つめる先には、大きな黄緑色の結晶が浮いている。その中に、一人の少女が閉じ込められていた。


「うん……。ちょっと待ってて」


 れもんはそう言って、駆けだした。結晶へと近づき、閉じ込められた少女を見る。

 少女の顔は歪んでいて、今にも泣きだしてしまいそうだった。


「この夢はきっと、苦しい夢だから」


 そう呟き、そっと結晶に手を触れる。氷のような冷たさが手のひらに伝わってくる。それを感じながら、目を閉じている少女をじっと見つめた。


「もう、苦しまなくていいよ」


 言葉を伝えた瞬間、手の触れた部分から、結晶にヒビが走っていく。ヒビは全体を覆い、次の瞬間、音もなく砕けた。

 中から出てきた少女を、れもんは抱き留める。


「もっと……もっと……、一緒に、いたかったのに……」


 少女は、泣いていた。嗚咽に紛れて、途切れ途切れに言葉を吐き出す。


「もっと……、いろんな場所に、行きたかったのに……。もっと……、いろんな話、したかったのに……。もっと……、手を繋ぎたかったのに……」


 れもんは少女を静かに抱き締め、なにも言わずに耳を傾ける。


「どうして……、行っちゃったのかな……? どうして……、わたしじゃダメだったのかな……? どうして……?」


 もっと、愛せなかったのかな――?


 少女の言葉を聞き、れもんはそっと泣きじゃくる肩に手を置いた。やんわりと身体を押し、少女と目を合わせる。


「大丈夫だよ、木ノ葉さん」


 そう言って微笑み、頬を濡らす涙をそっと拭ってあげる。


「人は、何度でも夢を抱くことができるから。叶えられなかった夢も乗り越えれば、きっとまた、新しい夢が生まれる」


 少女はれもんを見つめながら、まばたきを繰り返す。話を理解しているかわからないが、れもんは優しく語り続けた。

 後ろではらいむたち四人が、二人のやりとりを見守っていた。


「すごいよね~、れもんって」

「えぇ。夢に囚われた人を解放できるのは、れもんだけです。不思議な力ですよね」


 らいむの腰に抱きついているすだちが、感嘆の声を漏らす。その頭を撫でながら、らいむも言葉を漏らした。


「でもさ、夢から人を解放したら、夢鼠が来なくなっちゃうでしょ? せっかくあんな大きな結晶だったのに。また夢鼠が来て、獲物にできたかもしれないでしょ?」

「人をカモにするな」


 みかんが唇を尖らせながら言うが、すぐさまはっさくがたしなめる。

 その時、前方かられもんの笑い声が聞こえた。なにを話していたかはわからないが、楽しそうに笑みを浮かべている。少女のほうもいつの間にか涙は引き、微笑みを浮かべていた。


「なにが正解かはわかりません。けれども、きっとれもんは、人を幸せにすることを選んでいるんでしょう」


 らいむがそう言って、楽しそうに会話をする二人へ目を細める。

 それからまたしばらくして、れもんは少女に手を振った。少女も笑いながら手を振り返す。


「苦しくなったら、いつでも来て。また、癒やしてあげるから」


 そう言って振り返り、待っている四人のもとへと駆けて戻っていく。


「お待たせ。帰ろう」


 れもんの顔は晴れやかで、皆を追い越して先頭に立って意気揚々と歩いていく。

 皆もその後ろへついていった。


「ねぇねぇ~、そういえば、夢玉って何個集まったの?」

「今回のを足して、三百六十二個ですよ」

「えぇ~、まだまだだね。千個集めたら、『dreamドリーム owlオウル companyカンパニー』がなんでもひとつ夢を叶えてくれるんだよね? らいむはどんな夢を叶えたい?」

「さぁ、どんな夢にしましょうかね?」


 らいむとすだちの会話を聞き、れもんがふと歩きながら後ろを振り返る。


「僕はもう決めてるよ」

「えっ? れもんはどんな夢があるの~?」

「それはね――」


 言葉を紡ぎ、れもんはまた前を向いて軽い足取りで歩き出す。

 後ろにいる四人は顔を見合わせた。らいむは垂れ目を細めて微笑み、すだちはツインテールを揺らして破顔し、みかんは呆れたように肩をすくめ、はっさくは片目を軽く閉じる。それぞれが歩を前へ出し、れもんの後へ続いていった。



   *   *   *



 昼間のふくろうカフェ『dreamドリーム owlオウル』は今日も満席だった。

 フクロウと思い思いに触れ合いながら、皆が楽しいひとときを過ごしている。そんな店の一角にあるテーブル席に、二人の少女が座っていた。


「でね、わたし、元カレと撮った写真とか、もらったプレゼントとか、ぜーんぶ捨てたの。そしたらなんだか、スッキリしちゃった」


 ショートボブの少女がそう言って、清々しく笑顔を浮かべる。

 テーブル席の横にある止まり木には、真っ白な羽をしたれもんが係留けいりゅうされていて、少女たちの会話に耳を傾けていた。


「そもそも、別れた元カレの物をいまだに持ってたっていうのが、あたしは驚きだったんだけど」

「実はね……、まだちょっと引きずってたところがあったの……。でも、今は大丈夫! あんな浮気男、もう知らないんだからっ!」


 そう言って、頬を膨らませながらそっぽを向く。

 向かいに座る友人が、そんな彼女をまじまじと見つめた。


「木ノ葉、変わったね?」

「そう?」

「うん。なんか、吹っ切れたみたい。もしかして、良いことでもあった?」


 訊かれて、木ノ葉は首を傾げる。視線を横に向けると、止まり木にとまっているれもんと目が合った。真似するように首を傾げるれもんの頭を、そっと撫でてあげる。


「そういえば、すっごく良い夢を見たの」

「夢? どんな夢?」

「それが……、忘れちゃった」


 友人が「なにそれー」と笑う。木ノ葉もつられて笑いながら、れもんから手を離した。二人はそれからも楽しそうにおしゃべりを続けた。

 れもんは止まり木にとまりながら、首を回して辺りを見た。らいむやはっさく、すだちやみかんが、客と共に和やかな時を過ごしている。それでもれもんの視線に気づくと、それぞれが軽く目を合わせた。

 れもんは前へ向き直り、そっと片方の目を細めてウインクをする。その仕草はだれの目にも留まることはなかった。


 ――夢のふくろうカフェ『dreamドリーム owlオウル』。次は、あなたのお越しをお待ちしております。




   〈終〉

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