第7話 夢鼠狩り

「上です!」


 らいむの声で、れもんははっと上空を見る。

 夢鼠が自分よりも高い位置まで跳ね上がっていた。くるりと体を一回転させ、片足を伸ばしてれもんに向かって蹴りを繰り出す。


「速い!?」


 れもんは翼を羽ばたかせて避けようとしたが、それよりも速く夢鼠の足が迫る。回避を諦め、とっさに刀を前へ出して攻撃を受け止めた。

 衝撃で身体が斜め下へと押し込まれる。翼を羽ばたかせながら体勢を保ち、地に足を着けるが、それでも勢いは止まらず後方へ引きずられる。


「くっ……!?」


 夢鼠の足を受け止めたまま、れもんは避けることも踏みとどまることもできずに押し込まれていく。


「れもん、今助けます!」


 背後かららいむの声が聞こえた。

 同時に夢鼠が跳び上がって、れもんから離れる。

 れもんの頭上を数本のナイフが過ぎ、一瞬前まで夢鼠がいた場所を通過した。


「ありがとう、らいむ。……助かった」


 後方からナイフを投げたらいむに対して、れもんが息を切らせながらお礼を言う。

 夢鼠は離れた場所に着地するが、すぐさま跳び上がる。

 みかんが二丁の銃を構え、遠距離から夢鼠を狙う。しかし、夢鼠は不規則に跳ね回り、弾丸をすべて避けていく。


「あー、もうっ! デカいくせに、全然当たらないんだけどっ!」


 みかんの苛立った声が上がった。

 れもんは息を整えると再び地を蹴り、夢鼠に向かって飛び立った。その横に、はっさくもやってくる。

 互いに目を合わせ、頷き合う。夢鼠が弾丸を避けて跳び上がった瞬間、二人は二手に分かれ、武器を構えて挟み撃ちにする。


「これなら、どうだ!」


 跳び上がった瞬間であれば、相手は動くことができず無防備になるはず。そう狙いを踏んだ攻撃だった。

 しかし、夢鼠は両側から来る二人を察知し、耳を大きく振る。足が空中を蹴り、さらに高くへ跳び上がった。


「避けられた!?」

「ちっ……」


 れもんの刀と、はっさくの鉤爪は、同時に虚空を斬る。二人は互いの横を通り過ぎ、夢鼠から距離を取った。

 夢鼠はみかんの撃つ弾丸をも空中で跳ねながらかわし、床に足を着ける。

 その時、片足に鎖が巻き付いた。


「捕まえた~っ! これで動けないよね!」


 すだちが背後から鎖鎌を引っ張り、夢鼠の片足を拘束する。

 夢鼠はチラッと後ろを振り返ったが、すだちを気にすることなく身を屈めた。


「へっ?」


 片足に鎖を巻き付けたまま巨体が跳躍する。鎖を引っ張っていたはずのすだちは逆に引っ張られ、宙へ飛ばされた。


「うわぁぁあああああ~~~っ! 助けてぇぇぇええええ~~~っ!」


 右へ左へ跳ね回る夢鼠に合わせて、すだちも右へ左へ振り回される。


「あのバカ! なにやってんの!」


 みかんが悪態を吐き、片方の銃を両手で持ち、目をすがめる。足から垂れる鎖に狙いを定め、銃を撃つ。弾丸は鎖に命中して砕け、引っ張られていたすだちはそのまま宙へ投げ出される。


「わぁぁぁああああああ~~~っ!?」


 みかんのそばまで飛んできて、床に転がって三回転。


「あ、ありがとう、みかん~……」

「バカ。真面目にやりなよ」


 目を回しながら倒れるすだちを、みかんが半目で冷ややかに見つめた。


「すだち、大丈夫ですか?」


 飛んでそばへやってきたらいむが、すだちを抱き起こす。続けて、れもんとはっさくも、皆のもとへ集まってきた。


「うわぁあ~~~んっ! 夢鼠、強すぎるよ~!」


 起こされたすだちが、涙目になってらいむの腰に飛びついた。


「弱音言ってる場合? あいつを倒さないとどうしようもないでしょ?」


 みかんは夢鼠に向かって弾丸を撃ちつつ、すだちを横目で睨んだ。夢鼠は跳ね回りながら攻撃を避けて、離れていく。銃撃を止めると、床に手足を置いて五人を見つめつつ動きを止めた。

 れもんは相手への警戒を緩めずに、口を開いた。


「パワーもスピードも、さっきの取り巻きとは桁違いだよ。どうする、らいむ?」

「そうですね、どうしましょう……」


 らいむは腰に抱きついたままのすだちを片手で撫でながら、もう片方の手をあごに添えて考える素振りを見せる。


「らい」


 その時、らいむの名を呼んだのははっさくだった。皆がそちらへ視線を向ける。


「この空間は、反響している」


 らいむとれもんがハッとなにかに気付き、辺りを見回した。宝石のような小さな結晶が散りばめられた白い空間が、まるで無限に続くかのように広がっている。

 みかんもはっさくからは目をそらしながら、同意するように頷いた。


「ボクも思ってたよ。撃った弾丸は、必ずどこかで跳ね返るんだ」


 らいむの腰に抱きつくすだちだけが、会話の意味がわからず、頭の上で疑問符を浮かべた。


「ねぇ~、どういうこと?」

「つまり、この空間には見えないけど、があるってことだよ」


 れもんが答えるが、それでもすだちは意味がわからずに、ぽかんと固まっている。

 そんなすだちの頭に軽く手を起きながら、らいむが笑みを浮かべて話し出した。


「大丈夫ですよ、すだち。なんとかなりそうです。それでは、みなさん――」


 らいむの作戦を聞き、皆が頷き合う。

 動きを止めていた夢鼠がピクリと耳を動かした。

 れもんたち五人が武器を構え、再び夢鼠と対峙する。


「行きますよ!」


 らいむの掛け声にそれぞれが返事し、動き出す。

 まずはみかんが二丁の銃を両手に構え、弾丸を放った。


「当たれ当たれ当たれーっ!」


 夢鼠は再び不規則に飛び回り、攻撃をすべて避けていく。それでもみかんは弾丸を撃ちまくる。放たれた弾丸は夢鼠を通り過ぎ、見えない壁に当たって次々と跳ね返っていく。


「見えた! ここでしょ!」


 みかんがなにかに気付き、片手の銃を一発撃つ。弾丸は夢鼠の横を通り過ぎ、壁に跳ね返る。


「みかん、ありがとうございます」


 続けて、らいむが空中から、指に挟んだナイフを次々に投げていく。

 地上からはみかんの銃弾が、空中からはらいむの投げナイフが襲いかかるが、夢鼠は俊敏に動き回り、すべてを避けていく。それでも二人の攻撃は夢鼠の行動を制限し、徐々にその巨体は後ろへと下がっていった。

 

「これなら、どうですか?」


 らいむが指に挟んだ三本のナイフを同時に投げる。ナイフが足もとに突き刺さり、夢鼠は後退しようとしたが、動きを止めた。

 背後にあったのは、見えない壁。

 いつの間にか、夢鼠は壁の隅に追い込まれていた。前方の奥には銃を構えたみかんが、右側にはナイフを持つらいむが、そして左側には鎖鎌を回すすだちがいる。


「らいむの作戦、成功だね。全員で囲めば、いくら素早くても逃げ場はないよ」


 さらに前方の手前に、刀を構えたれもんが飛んでやってくる。

 らいむの作戦。それはまず、みかんが夢鼠に攻撃していると見せかけて弾丸を壁に撃ちまくり、壁の隅を特定する。それからみかんとらいむの攻撃で夢鼠を誘導させ、隅に追い込んだタイミングで、皆が取り囲む。いくらスピードがあったとしても、逃げる場所がなければ身動きは取れない。

 夢鼠は辺りを見回し、身を屈めて真上に逃げようと跳び上がる。


「行かせん」


 しかし、頭上にははっさくがいた。鉤爪を構えながら、跳んでくる夢鼠を迎え撃つ。真横に腕を振るい、夢鼠から生えた前歯を裂き砕いた。

 夢鼠が悲鳴を上げつつ、そのまま下へ落ちる。床に打ち付けてもがく体に向かって、今度は鎖鎌が投げつけられた。鎖は夢鼠の両足に巻き付く。


「捕まえた~っ! 今度こそ、逃がさないよっ!」


 すだちが嬉しそうに声を上げながら、鎖を思い切り引っ張る。

 両足を縛られた夢鼠は、床に倒れ、身動きができなくなる。

 すかさずれもんが刀を構え、飛び出した。


「これで、終わりだ!」


 一瞬で夢鼠の顔の前まで飛んでいき、刀を振り上げる。

 夢鼠の赤い目に、赤い瞳のれもんが映る。

 その時。


「下がれ!」


 頭上から、声が聞こえた。

 れもんがハッと動きを止める。不意に身体が、後方へと押し飛ばされる。

 見えたのは、頭上にいたはっさくが目の前まで飛んできて、れもんの身体を押し飛ばす姿だった。一瞬後、夢鼠が振り回した大きな耳が、はっさくにぶつかる。


「はっさく!?」


 はっさくの身体が弾き飛ばされる。れもんがとっさに後ろへ振り返ると、飛ばされたはっさくのもとへすぐさまらいむが飛んでいき、その身体を抱き留めた。


「無茶しますね、はつ」

「……らい」


 らいむは両腕ではっさくを抱きかかえながら、優しく笑いかける。

 はっさくは視線をそらし、れもんのほうへ向いて、声を上げた。


「構うな。行け!」


 れもんが頷き、再び前を見る。

 その時、後ろから二発の銃声が聞こえ、れもんの真横を弾丸が通り過ぎる。二つの弾丸は夢鼠の両耳の付け根に直撃し、光の粒子を漏れ出させる。


「これでもう、悪あがきはできないでしょ?」


 みかんの言葉を背中で聞きつつ、れもんは再び刀を構える。


「夢に巣くうものは、夢の中で散れ」


 れもんが刀を大上段に振り上げ、翼を羽ばたかせる。刀は銀色にきらめきを帯び、徐々に大きく、太くなっていく。自分の背丈の倍ほどある刃を両手で持ちながら、夢鼠の頭上へと飛び上がり、雄叫びと共に刀を振り下ろした。


夢幻むげんきらめくゼロす!!」


 大太刀が、夢鼠の体を真っ二つに斬り裂いた。斬り口から光の粒子が溢れ出す。夢鼠は断末魔をあげ、光の粒子を四方に巻き散らしながら爆散した。

 れもんがもとの姿に戻った刀を片手に下げながら、床に足を着ける。肩の力を抜くと、ビー玉ほどの小さな赤い玉が転がってきて、足先にコツンッと触れた。

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