第5話 少女の夢

 暗闇を飛んでいき、たどり着いたのは、黄緑色をした木の扉だった。

 小鳥は扉をすり抜けて中へと入っていき、見えなくなってしまう。

 れもんたちは扉の前でとまった。


「入るよ」


 れもんが手を伸ばして扉を開け、中へ入る。


「わぁ~~~っ! 動物がいっぱい!」


 すだちがツインテールを揺らしながら、目を輝かせて叫んだ。

 そこは動物園のような場所だった。たくさんの柵があり、その中に動物がいる。ゾウやライオン、キリンやペンギン。動物はどれもぬいぐるみで、思い思いに柵の中を歩き回っていた。


「木ノ葉さんは、動物が好きなんだね」


 辺りを見回しながられもんが言って、歩き出す。皆もその後についていく。


「ねぇ、夢鼠、この中にいるかな~?」


 すだちが隣を歩くらいむのエプロンを引っ張って尋ねた。

 らいむは黒い垂れ目を細め、すだちの頭を軽く撫でて答える。


「ここはまだ浅いですから。夢鼠はもっと深い夢の中に潜んでいるはずですよ」

「そっか! あとね、さっき、今回の夢鼠はウサギに姿を変えられるって言ってたけど、なんでわかるの~?」


 そう訊いたすだちの頭に、不意にコルク栓が飛んできて当たった。


「それ、前に教えてもらったでしょ。もう忘れたの? バカじゃないの?」


 後ろを歩くみかんが、呆れた顔をして、玩具の銃口を向けている。

 すだちはまた涙目になって、らいむに抱きついた。


「うわぁ~~~! バカじゃないもん! みかんのいじわるっ!」

「なんか言った?」

「だから撃たないでよ~~~っ!」


 再びコルク栓が頭に当たり、悲鳴が上がる。

 らいむが困ったように苦笑しながら、すだちの頭を撫でてあげる。

 泣き声が響く後ろを見て、前を歩くれもんが振り返って口を開いた。


「夢鼠は人の無意識に入り込んで、夢を食べている。だから、眠っている時の夢に出てきやすいんだ。木ノ葉さんは、ウサギに追いかけられる夢を何度も見ているって言っていた。だからたぶん今回の相手は、ウサギに姿を変えられる夢鼠だと思うよ」


 すだちが一生懸命に話を聞いている。

 らいむが付け加えるようにして、れもんの話を継いだ。


「夢鼠は、姿を変えられるうえに巨大化できるものもいますからね。今回は、気の抜けない相手になりそうですよ」

「強敵なんだね! オレ、がんばるよ~っ!」


 すだちが話を聞き終えて、胸の前で手を握りしめる。

 後ろでみかんがつまらなそうに話を聞きながら、最後に呆れたため息を零した。


「さて、次の扉が見えてきましたよ」


 らいむの声で、れもんたちは前へ向き直る。

 動物園の隅に、またひとつの黄緑色をした扉が現れた。そばまで行き、れもんは戸惑いなく扉を開ける。

 中へ入ると、そこは雨の降る街だった。再びれもんが先頭に立って、五人は歩き出す。雨は降っているが、身体に触れても濡れることはなかった。


「はつ、大丈夫ですか?」


 らいむが振り返り、一番後ろを歩くはっさくに向かって気遣うように声を掛ける。


「問題ない。早く進め」


 はっさくは無表情で短く言葉を返す。

 二人の会話を聞いていたすだちが首を傾げて、れもんのそばに近寄った。


「はっさく、どうかしたの~?」


 れもんは身を屈め、口に手を添えて、すだちの耳もとでささやく。


「はっさくは、捨てられた日が雨だったらしいんだ。だから、雨が苦手みたい」

「へぇー、良いこと聞いちゃった」


 いつの間にか、すだちの隣にはみかんがいて、話を盗み聞きしていた。口を弓なりに曲げてほくそ笑む。


「仕事中だ。無駄な会話はするな」


 後ろから、はっさくが三人を片目で睨みながらたしなめる。

 すだちがビクンッと肩を震わせて、またらいむに抱きついた。みかんはなにも言わずに笑みだけ浮かべたまま、すだちたちの後ろへ下がる。れもんは再び、先頭に立って前へ進みだした。

 その時、五人の耳に、どこからか話し声が聞こえてきた。


『あのさ、木ノ葉ちゃん……』

『どうしたの、――くん?』


 歩道の一角に目を向けると、そこには傘を持つ二つの人影があった。ひとつはオレンジ色の傘を差し、もうひとつは青色の傘を差している。人影は影がそのまま立っているような姿をしていて、人物の姿まではわからない。


『おれたち、別れないか?』

『えっ?』


 ただ、二人の話し声だけは、雨音の中でもよく聞こえた。

 れもんが二つの人影を見ながら、言葉を零す。


「そういえば、木ノ葉さんには元カレがいるって言ってたよ」


 二つの人影を通り過ぎて、先へ進んでいく。するとすぐに新しい扉が現れた。

 扉を開けると、今度は雨が降っている大きな公園に出た。


「ねぇ~、あれってさっきの人?」


 すだちがそう言って指をさす先には、オレンジ色の傘を差す人影があった。人影はひとつだけで、道の端で足を止めながら、なにかを見つめている。

 れもんたちは人影が見ているほうへと目を移した。そこには、別の人影があった。青色の傘と赤色の傘、二つの傘が、楽しそうに揺れている。ふたつの人影が手を繋ぎながら、歩いていく。


「へぇー、そういうこと」


 みかんが三つの人影を見比べて、納得したように笑みを浮かべた。

 すだちは首を傾げて、みかんに向かって振り返る。


「どういうこと? みかん、教えてよ~?」

痴情ちじょうのもつれってやつだよ」

「ちじょうのもつれ? なにそれ美味しいの~?」


 その時、オレンジ色の傘を持つ人影が、ふたつの人影から目をそらし、耐えられないというように走り出した。先には扉があって、その中へすり抜けて入っていく。


「いるな」


 はっさくが人影が入っていった扉に向かって、目をすがめた。

 すだちが再び首を傾げて、らいむのエプロンを引っ張った。


「いるって、夢鼠!?」

「はつは耳が良いですから、夢鼠が夢を食べる音が聞こえるんです」

「音? 聞こえないよ~?」


 手を添えて耳を澄ませるが、すだちに聞こえるのは雨音だけだった。

 五人は扉の前まで行く。れもんは今までと違い、真剣な表情になって、ゆっくりと扉に手を掛けた。


「行くよ」


 言って、扉を開ける。

 中へ入ると、そこは白い空間だった。辺りには宝石を散りばめたかのように、輝く結晶が宙に浮いている。どれも小石ほどの大きさだ。

 ただ、空間の真ん中に、人を包み込むほどの大きさがある黄緑色の結晶が浮かんでいた。その中には、一人の少女が閉じ込められている。


 カリカリ、カリカリカリ……。


 そして、結晶の上には一匹の小さな鼠がいて、その結晶を食べていた。

 黒い鼠は五人の侵入者に気付き、顔を上げる。次の瞬間、鼠は風船のようにどんどんと膨らんでいき、二階建ての家ほどの大きさとなる。長い耳が生え、足が伸び、前歯が赤く染まる。

 巨大な黒いウサギの姿となった夢鼠が跳び上がり、五人の前に降り立って、咆吼ほうこうをあげた。


「みなさん、行きますよ!」


 らいむの声とともに、皆が腕を上げ、身構える。シャツの袖から見えた腕には、ブレスレットが付けられていた。ブレスレットには、それぞれ色の違う結晶がはめ込まれている。

 れもんは白、らいむは赤、はっさくは黒、すだちは青、そしてみかんは黄色。それぞれの結晶を胸に当て、彼らは叫ぶ。


「「「夢よ導け! Dreamドリーム shiftシフト!!」」」

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