第4話 夢のdream owl
「あ、あの……ここって……? 羽が……? あっ、ウサギも……っ」
扉の前に立ったままの木ノ葉は、口をパクパク開けながら、自分でもわかっていない言葉を漏らす。
「れもん、お願いしますよ?」
「うん」
カウンターの奥にいる青年が、席に座る白髪の青年に声を掛ける。白髪の青年は、軽く頷いて立ち上がり、半ばパニックになりながら身体を震わせている木ノ葉のもとへと歩み寄った。
「あのっ、わたし……っ」
「大丈夫。落ち着いて、木ノ葉さん」
「えっ、なんで、わたしの名前?」
「それは、あなたと僕が、一度会ったことがあるから」
青年は落ち着いた口調で話しつつ、木ノ葉の肩にそっと手を触れて、テーブル席に座るよう導く。木ノ葉は足を進めようとしたが、はっと後ろの扉へ振り返った。
「そうだ、ウサギが……ウサギが追いかけてくるんです!」
青年に詰め寄り、必死な様子で声をあげる。けれども次の瞬間には、自分がよくわからない発言をしているんじゃないかと気付き、焦りながら言葉を探し出した。
そんな彼女に対して、青年は優しげな笑みを浮かべた。
「大丈夫。ここは僕たちの夢の中だから。他人の夢は入ってこないよ」
「えっ、でも、わたしは……?」
「あなたはお客さんだから。ここに座って?」
木ノ葉は肩を軽く押され、テーブル席のソファに座らされる。ウサギがやってこないという話を信じてほっとしつつ、未だに状況がつかめなくて辺りをキョロキョロと見回した。
店内は日中に訪れたふくろうカフェとほぼ同じ内装で、フクロウたちを
「ねぇねぇ~、お姉さん?」
不意にそばから声が聞こえ、木ノ葉は下を向いた。一人の少年がテーブルに手をのせながらしゃがみ、木ノ葉に向かって上目遣いの視線を送っていた。
「頭、なでなでして~?」
目を輝かせながら、木ノ葉に向かって頭を差し出す。長い藍色の髪がツインテールにして結ばれていて、背中にある藍色の翼が犬の尻尾のように楽しげに揺れる。
その時、彼の側頭部にコルク栓が飛んできて当たった。
「なにしてんの、すだち? 気持ち悪いんだけど」
カウンター席に座っている少年が、冷ややかな半目ですだちを睨む。片手でオレンジジュースの入ったグラスを持ちながら、もう片方の手で玩具の銃を持っていた。小柄な彼の背中からは、クリーム色の翼が生えている。
すだちは頭を押さえて立ち上がり、泣きながら走り出す。カウンターの奥からお盆を持ちながらちょうど出てきた青年に飛びついた。
「痛いよ~~~っ! 助けて、らいむ! みかんがまたいじめる~~~っ!」
抱きつかれたらいむは、持っているお盆をさっと持ち上げ、のせたものを落とさないようバランスをとる。
「すだち、こんなところで抱きついたら、お客様に届けられないじゃないですか」
らいむはそう言って苦笑いを浮かべながら、片手ですだちの頭を優しく撫でてあやしてあげる。彼の背中からは褐色と白の
木ノ葉は賑やかな彼らからふと視線を外し、横を向く。一番奥のテーブル席には左目に眼帯をした青年が座っていて、黙ってコーヒーをすすっていた。彼の背からも、灰色と白の斑模様をした翼が生えている。
「落ち着いた?」
不意に声が聞こえ、木ノ葉は前を向く。テーブルを挟んだ向かいの椅子に座る青年が、こちらを見つめながら首を傾げた。彼の背中からは、真っ白な翼が生えている。
木ノ葉はこくりと頷きつつ、頭を整理しようと口を開いた。
「あの、ここって、ふくろうカフェ?」
「そう。ここは夢のふくろうカフェ『
「あなたたちは?」
「僕たちは、ここで働くフクロウ」
「フクロウ!? で、でも、人じゃあ……」
「夢の中だから。今は人の姿なんだよ」
木ノ葉は意味がわからず、まばたきを繰り返す。けれども夢だと言われたら、言い返す言葉も出てこない。
それに、目の前の彼にはどこか見覚えがあった。白髪に、赤い目、色素の薄い肌。首を傾げる仕草は、日中に触れ合ったフクロウの仕草と重なる。
「もしかして、あなたは……れもんちゃん?」
「そう。覚えてくれていて、ありがとう。木ノ葉さん」
れもんは頷き、嬉しそうに頬を染めた。
それから赤い目で木ノ葉を見つめながら、話を切り出した。
「あなたがここに来たってことは、
「ゆめねずみ?」
突然出てきた言葉に、木ノ葉は眉をひそめて首を傾げる。
れもんは真顔になって、話を続けた。
「夢鼠は、人の夢を喰らうもの」
「夢を喰らう?」
「うん。ここでいう夢っていうのは、眠っている時に見る夢じゃなくて、『なにかがしたい』って願う夢のことだよ」
「でもわたし、将来の夢とか、まだ決まってなくて……」
「夢は、そんなに大きなものだけじゃないよ。例えば、『今日はケーキが食べたい』とか、そういった小さな願望や、欲望、あとは叶えられなかった未練とかも、夢の一部なんだ」
話をしている間、らいむがやってきて、木ノ葉の前にカップとお皿を置いた。カップには香りの良いハーブティーが淹れられていて、お皿の上にはチョコレート色のシフォンケーキがのせられている。
木ノ葉はれもんの顔を見つめつつ、自分の胸に手を当てた。自分の中に夢鼠がいると思うと、不安な気持ちがせり上がってきた。
「夢鼠に取り憑かれて、夢を食べられたらどうなるの?」
恐る恐る、尋ねた。
れもんは真剣な表情を崩して、口もとを緩める。
「別に、たいしたことは起きないよ」
「へっ!?」
病気かなにかになると思っていたが、思わぬ返事に素っ頓狂な声を上げてしまう。
れもんは肩をすくめて、話を続けた。
「人は、何度でも夢を抱くことができる生き物だから。ひとつの夢が食べられたとしても、また新しい夢が出てくる。そのうち夢鼠は満腹になって、どこかへ行ってしまう。だから放っておいても、ほとんどは大丈夫」
れもんの説明に、木ノ葉は軽く息を吐いた。視線が下へ行き、お茶とケーキが目に入る。お茶を手にとって一口飲むと、ハーブの爽やかな香りと味が口に広がった。
「でも、たまに夢を食べられすぎて、無気力になってしまう人もいるんだ」
れもんから出てきた言葉に、木ノ葉はびくんっと肩を震わせた。ほとんど大丈夫だとは言われても、やはり心配になってしまう。
木ノ葉の気持ちを察してか、れもんは笑みを浮かべながら優しく声を掛ける。
「安心して。今から僕たちがあなたの夢の中に行って、夢鼠を狩ってくるから」
「狩るって、退治してくれるってこと?」
「うん。それが、僕たちの仕事だからね」
そう言って、れもんは周りを見回した。らいむはカウンターの奥から話を聞いている。すだちはらいむの腰に抱きついたまま。みかんはカウンター席で飲み干したグラスの底をストローで突いていた。まだ名前を聞いていない眼帯の青年は、テーブル席で足を組んで座りながら静かに目を閉じている。
「仕事……? あっ、でもわたし、今はお金持ってなくて……」
「いらないよ。フクロウが鼠を狩るのは、当たり前のことだからね」
れもんは優しく笑いながら言って、立ち上がった。
「今から、あなたの夢の中へ行く準備をするね。立ち上がって?」
言われるままに、木ノ葉は立ち上がった。れもんが近づいてきて、そっと両肩に手を置く。間近でルビーをはめたような赤い瞳に見つめられ、木ノ葉の胸は思わず高鳴った。
「リラックスして? 目を閉じて?」
息をゆっくりと吐き、目を閉じる。視界が真っ暗になる。
これからどうするの? 尋ねようかと迷った瞬間、唇に柔らかいものが触れる。
思わず目を開けようとした木ノ葉だったが、不意に襲ってきた眠気とともに、意識が遠のいていった。
「お疲れ様です」
れもんは木ノ葉と口づけをかわし、そっと顔を引く。らいむが隣にやってきて、テーブルにある食器を片付け始める。
木ノ葉の身体は光に包まれ、小さくなっていき、最後には小鳥の姿となった。
れもんは小鳥を人差し指にとめて、口を開く。
「木ノ葉さんの夢には、ウサギが出てくるって言ってた。ということは、今回の夢鼠はウサギに姿を変えられるってことだよね?」
らいむに目を向けると、彼は垂れがちな目を細めて、あごに指を添えて考える素振りを見せた。
「だとすれば、今回は全員で行ったほうが良さそうですね。すだちやみかんはまだ戦い慣れていませんし、実践訓練にもなるでしょう」
それを聞いて、ずっとらいむの腰に抱きついていたすだちが、目を輝かせて跳ね上がった。
「みんなで行くの!? やった~~~っ!」
「別に全員で行かなくても。ボク一人で狩れちゃうのに」
みかんが小言を言いつつ、席から離れる。
「過信するな。命取りになるぞ」
「わかってるよ。はっさくのお説教は聞き飽きた」
奥のテーブル席にいたはっさくも腰を上げ、みかんに向かって片目をすがめる。
みかんは小さく舌打ちを零し、そっぽを向いた。
「それでは行きましょうか。夢鼠狩りへ」
食器を片付けたらいむが、入り口の前へ行き、木の扉を開ける。
扉の先は暗がりが広がっていて、いくつもの扉が宙に浮かんでいた。
れもんが先頭に立ち、小鳥のとまっている指を前に伸ばした。
「僕たちを、あなたの夢に連れて行って」
小鳥は指から飛び立ち、暗がりを一直線に進んでいく。
れもんたちもそれぞれの翼を広げて飛び立ち、小鳥の後を追いかけていった。
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