第2話 昼間のふくろうカフェ

「ようこそ、ふくろうカフェ『dreamドリーム owlオウル』へ!」


 バタンッ!


 野太い声が店内に響いた一瞬後、扉が勢いよく閉められた。揺れるドアベルが、空しく店内に鳴り続ける。

 扉の手前ギリギリに立っている男性が、頭を抱えて身をよじった。


「……って、なんで閉めちゃうのよ~!?」

「お父さ……店長が、強面こわもてなうえに至近距離に詰め寄るからですよ。カウンターの奥に引っ込んでてください」

「なによ強面って~! これでも毎日お肌のお手入れしてるのよ~!」

「はいはいわかりましたから、下がって下がって」


 女性店員に引っ張られ、店長と呼ばれた男性はカウンターの奥へ連れて行かれる。

 すると再び、店の扉が、ゆっくりと開かれた。恐る恐る店内を覗き込むのは、高校生くらいの若い二人組の少女だった。


「いらっしゃいませ。二名様ですか?」


 店員が扉へ近づき、笑顔で二人に接する。

 ショートボブの髪型をした一人が、不安そうにコクリと頷いた。


「は、はい……」

「さっきは驚かせてごめんなさいね。あの人は、店長なの。悪い人ではないから、安心してね」


 店員は気さくに話し掛けながら、二人組を店へ入るよう促した。

 二人は顔を見合わせて、意を決したように中へ入る。


「わぁっ……」


 店に入った直後、辺りを見回した少女たちは思わず声をあげる。

 こぢんまりとした店内は、深い青色の壁に囲まれ、天井にはところどころ仄かなライトが星のように設置されていた。外は昼間だが、この店は夜のようだ。右手側には小さなキッズスペースがあり、前にはカウンター席、左手側にはテーブル席がある。そしてその奥に、止まり木が設置されていて、五羽のフクロウが係留けいりゅうされていた。

 店に他の客はいない。二人組はフクロウを見つけると、再び「わぁっ」と声を上げて、そばへ近づいていった。


「かわいいー。あの、写真撮ってもいいですか?」


 長髪を後頭部で結んだ少女が、鞄からスマホを取り出して店員に訊く。


「いいわよ。驚いちゃうから、フラッシュはたかないでね」


 少女は頷き、スマホで写真を撮り始める。

 止まり木は手前と奥で二つ設置されており、手前に三羽、奥に二羽。五羽は人にもカメラにも慣れている様子で、おとなしく止まり木にとまっている。

 ショートボブの少女は、言葉を失ったかのように五羽のフクロウに魅入っていた。


「どれもきれい……。どんな種類がいるんですか?」

「待ってましたぁーっ!」


 質問が投げかけられるや否や、カウンターの奥から飛び出してきたのは店長だった。がたいのいい体格で、頭はスキンヘッド、顔にはサングラスを掛けている。

 二人組が思わず「ひっ」と声を上げ、顔を引きつらせる。

 頭を抱える店員を尻目に、店長は嬉々とした声で語り出した。


「ここにいるほとんどは、『dreamドリーム owlオウル companyカンパニー』で人工繁殖された子たちなの。野生のフクロウとは違って、人慣れしていて、爪も短くてそのまま手にもとめられて、飼いやすいのが特徴よ。それじゃあ、一羽一羽の紹介をしていくわね」


 店長は素早く奥の止まり木の後ろへ回り、一羽のフクロウの頭に手を触れた。


「まずはうちの古参、ウラルフクロウのらいむちゃん。日本にいるフクロウと同じ種類なの。開店当時からうちにいる子で、みんなのリーダー的存在よ」


 店長は説明をしながら、らいむの頭を撫でてあげる。

 大きさは五十センチほど。褐色と白色のまだら模様をした羽毛に包まれており、ハートの形をした顔盤がんばんの中央には黒い目がある。

 頭を撫でられたらいむは、気持ちよさそうに目を細めた。


「次は、カラフトフクロウのはっさくちゃん。発達した顔盤が特徴よ。左の目を怪我しているけど、この子はもともと捨てフクロウで、アタシが拾ったのよ。今はこのカフェの一員として、頑張ってくれているわ」


 らいむの隣にいるはっさくの頭を、店長は頬を染めながら優しく撫でる。

 はっさくはらいむよりも大きく六十センチほど。体は灰色と白色の斑模様をしている。顔には大きな顔盤があり、黄色い虹彩こうさいを持つ目が前を見つめていた。けれども左目は常に閉じられている。


「どうよこのがっしりとした体つき、密に生えた羽毛、鋭く見つめる眼差し! ちょっと怖いって言われることもあるけど、アタシの推しはこの子よーっ!」


 店長ははっさくの頭を撫で続け、しまいには腕を広げて、後ろから体を抱き締める。頭の上にあごを乗せてスリスリ。はっさくは身じろぎせずに、黙って店長に抱かれていた。

 半目で冷ややかな視線を送る女性店員が、咳払いをひとつ。それでハッと我に返った店長は、今度は手前の止まり木へ移動して説明を始める。


「次は、すだちちゃんとみかんちゃん。この子たちは最近入ってきた新人さんなの。すだちちゃんは、ミナミアフリカオオコノハズク。普通の子は黒っぽい色をしているんだけど、この子は藍色がかった羽が特徴なの。みかんちゃんは、コキンメフクロウ。この子も、普通の子よりは色味が薄くてクリーム色をしているわ。英語ではLittleリトル owlオウルって呼ばれている小さなフクロウよ」


 すだちは二十五センチほどの大きさ。橙色の虹彩をした目で、藍色と白の斑模様の羽を持っている。頭には、耳のような羽角うかくが生えている。

 みかんはすだちよりも小さく、二十センチほど。クリーム色の羽で、名前のとおり、目は金色の虹彩を持つ小型のフクロウだ。

 すだちは頭を軽く撫でられて、誇らしそうに背伸びをする。続けてみかんの頭に手が置かれると、みかんは威嚇するように翼を広げてくちばしを開けた。


「みかんちゃんは、ちょっと気が強いところがあるのよね。でも、人を噛んだりはしないから、安心してね」


 店長が手を引っ込めて、苦笑いしながら付け加えた。

 続けて、止まり木の真ん中にとまるフクロウに手が伸ばされる。


「最後に、この子はれもんちゃん。モリフクロウって種類なんだけど、色素のないアルビノ個体なの」


 れもんは頭を撫でられると、懐いているように店長の手にすり寄った。

 大きさは四十センチほど。本来のモリフクロウは茶色と白や灰色と白の斑模様をしているが、れもんは全身が真っ白な羽毛に覆われている。くちばしまで白く、目の色は赤い。


「この子、SNSにも載ってたの見たことある。すっごくきれいなフクロウだよね」


 写真を撮っていた少女が、スマホをれもんに向けながら言う。


「あら、ありがとう。この子はうちのエースなの。ご指名も一番多いのよ」

「ご、ご指名?」


 ショートボブの少女が、恐る恐るといった様子で訊く。

 店長がサングラスの奥から目をキランと輝かせ、少女たちの前に詰め寄る。そこへすかさず、女性店員が割って入り、店長の肩を押して距離を離した。


「はいはい、店長はもういいでしょ。あとの説明は私がするから、カウンターの奥に引っ込んでてください」

「えぇ~っ! もっと話したいことたくさんあるのに~!」


 店員に押されながら、店長はカウンターの奥へ連れて行かれる。少しの間、言い争いが聞こえたが、すぐに店員のほうだけが戻ってきた。


「お待たせしました。当店では、好きなフクロウをご指名して、席で一緒にドリンクを楽しむことができるの。二人は、どのフクロウが良かった?」


 訊かれて、少女たちは顔を見合わせる。それから互いに頷き合い、「せーのっ」という掛け声とともに、五羽のうちの一羽に向かって指をさす。

 ふたつの人差し指が向けられたのは、れもん。れもんは真っ白な羽を震わせて、小さくお辞儀の仕草をした。

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