ようこそ、夢のふくろうカフェへ!
宮草はつか
第1話 ようこそ、夢のふくろうカフェへ!
闇のような深い青の壁に囲まれた、こぢんまりとしたカフェの店内。
カウンター席に一人の青年が座っていた。彼の肌は色素が薄く、肩下まで伸びた白髪を襟足で結んでいる。片肘をつきながら、ルビーをはめたような赤い瞳がうっとりとカウンター奥を見つめる。
「はい、れもん。どうぞ召し上がれ」
カウンター奥から細い指が伸びてきて、れもんと呼ばれた青年の前に、ことりっとソーサーにのせられた白いカップが置かれた。茶色い水面に小さく波が立つ。
れもんは手にカップを持ち、鼻を近づけて静かに息を吸い込んだ。
「僕、好きだな。らいむの淹れる紅茶」
感嘆のため息を零すように言って、紅茶を口に付ける。味と香りを楽しみながらゆっくりと飲み、カップをソーサーに戻して顔を上げた。
カウンターの奥には、エプロンをつけてなにやら作業をしている青年がいる。
「らいむは本当に、お茶を淹れるのが上手いよね。店長がドリンクを作るの、いつも見ているから?」
「それもありますけど、半分は想像ですよ。こうすれば、美味しくなるかなと思ってしているだけです」
らいむと呼ばれた青年は丁寧な口調でそう言って、垂れがちな黒い目を細める。小首を傾げると、褐色の短髪が揺れた。
「はい。こちらもどうぞ」
カップの隣に白皿が置かれる。のせられているのは、色鮮やかなフルーツタルトだ。
れもんはそれを見て、思わず吐息を漏らした。
「僕、好きだよ。らいむの作るもの、なんでも」
「れもんは本当に、ひとを褒めるのが上手ですね」
漏らした言葉に対して、らいむははにかみながら、褒め言葉で返してきた。
れもんは顔を上げてらいむと目を合わせる。互いの瞳が見つめ合って、数秒。互いにフッと吹き出して、口もとをほころばせて笑い合った。
その時、れもんの座っているカウンターからみて右手奥の扉が、小さく音を立てて開いた。
「あっ、はっさく。こんばんは」
「はつ、こんばんは。今日の調子はどうですか?」
れもんとらいむが、一緒に挨拶をする。
はっさくと呼ばれた長身の青年は、扉を後ろ手に閉め、ふたりを一瞥するとなにも言わずに歩き出した。短い灰色の髪がきれいに撫でつけられており、吊りがちな黄色い瞳が睨むように前を見ている。ただ、左の目は黒い眼帯が当てられていた。
「もしかして、らいむとふたりきりが良かった?」
「茶化すな」
れもんがはっさくの顔をうかがいながら小首を傾げ、いたずらっぽく尋ねる。
はっさくはすれ違いざま、れもんの頭を小突いた。カフェの一番奥にあるテーブル席へと行き、端のソファーに腰を下ろして足を組む。
「はい、はつ。どうぞ」
はっさくが席に座ったタイミングで、やってきたらいむが持ってきた物をテーブルに置く。ブラックコーヒーと、クリームのついたガトーショコラ。
はっさくが眉根を寄せてテーブルに置かれたものを見ると、視線をらいむへ移した。
「菓子はいらん」
そう言って、ガトーショコラののった皿を押し返す。
「そんなこと言わずに。はつのために作ったんですよ?」
「いらんと言っている」
らいむは困ったように笑みを浮かべて、戻された皿を手に取った。
すると、隣にれもんがこっそりとやってきて、耳打ちする。それを聞いたらいむは微笑み、こくりと頷いた。
訝しげな視線を送るはっさくの唇に、不意に柔らかな感触が当てられる。
「はい、あーん」
「っ!?」
はっさくの口の前には、いつのまにか、フォークにのせられた一欠片のガトーショコラがあった。唇にクリームが当たり、思わず口を開ける。フォークを持つらいむは、そのまま口の中にガトーショコラを押し込んだ。
「……甘い」
フォークが口から抜かれると、はっさくは恨めしそうに睨みながら一言。咀嚼しながらそっぽを向く。
らいむが満足げに微笑み、ガトーショコラののった皿を再びテーブルの上に置く。
ふたりの様子を、カウンター席に座り直したれもんが楽しそうに眺めていた。
「うぇええええ~~~んっ! 助けてぇ! みかんが、みかんがぁ~~!」
扉が勢いよく再び開いた。中から飛び出してきた少年は涙目になっていて、らいむのもとへ一直線に走っていき抱きついた。腰までつく長い藍色の髪を側頭部でツインテールにして結んでおり、らいむの胸に顔を埋めて首を振るたびに左右にそれが揺れる。
「すだち。どうしたんですか?」
らいむは片手をすだちと呼んだ少年の背中へまわし、もう片方の手で頭を撫でる。
すだちはらいむの腰へ両腕を回して抱き締めていて、玉の涙を目尻に浮かび上がらせながら、橙色の瞳を持ち上げた。
「みかんがいじめるんだ~! オレの髪を引っ張るんだよ~っ!」
助けを乞うように叫ぶすだちの頭に、コルク栓が飛んできて当たった。
「いじめてなんかないでしょ。すだちが眠そうな顔してたから、ちょっと目を覚ましてあげただけだよ」
扉のそばには、
「ほらまたみかんがいじめる~~~!」
「だからいじめてなんかないって言ってるだろ」
みかんと呼ばれた少年が、玩具の銃口をすだちに向ける。すだちはびくんっと肩を震わせ、声を上げて泣き出して、らいむの身体をさらに強く抱き締めた。
テーブル席では、はっさくがうるさそうに眉を歪めながらも、黙ってコーヒーをすすっている。カウンター席にいるれもんは、銃を構えるみかんと、泣き叫ぶすだちを交互に見て、最後にらいむと目を合わせた。らいむはすだちの頭を優しく撫でてあやしながら、困ったような苦笑いを浮かべて、肩をすくめた。
「みかん、店の中で銃は向けないって約束だよね? すだちも、もう泣かないで?」
れもんがふたりの間に立って言う。
みかんが「はーい」とつまらなそうに返事をして、銃を下ろした。すだちはいまだに泣きべそをかいていたが、カウンター席に座らされると、テーブルに置かれた食べ物を見つけて目を輝かせる。
「ケーキっ! ケーキがあるの!? 食べたい食べたい食べたい~っ!」
さきほどの泣き顔はどこへやら。喜色満面でカウンターを叩き出す。
カウンターの背後に設けられたキッズスペースに入ったみかんが「うるさい」と一言。再び玩具の銃を向け、すだちの後頭部にコルク栓を当てた。
後頭部を押さえて、泣き出す寸前のすだちの前に、すかさず透明なグラスと白い皿が置かれる。グラスの中には水色をしたクリームソーダが、皿の上には赤いイチゴののったショートケーキがあった。
「イチゴのケーキだぁ! らいむ、ありがと~っ!」
一瞬で涙が引いたすだちは、フォークを手に取るやすぐにケーキを
「ねぇ、みかんもこっちに来て食べよう?」
すだちの機嫌が良くなったのを確認して、れもんが隣の席を軽く叩いた。カウンターの上に、オレンジジュースとチーズケーキが置かれる。
キッズスペースで銃をいじっていたみかんが、唇を尖らせながらも立ち上がった。
「しょーがないな」
なんて言いながら、れもんの隣に座り、手でケーキを持ってかぶりつく。
カランカランッ。
その時、ドアベルの澄んだ音が店内に響き渡った。れもんの斜め後ろにある木の扉が開かれる。
「今日のお客さん、来たみたいだね」
そう言って、れもんはイスに座りながら身体を扉へと向けた。
はっさくはなにも言わずにコーヒーをすすっている。みかんは興味なさげに扉に背を向けてケーキにかじりついたまま。すだちはツインテールを揺らしてイスから跳び上がり、らいむはカウンターの奥から優しい笑みを浮かべた。
「「「ようこそ、夢のふくろうカフェ『
すだちとらいむ、そしてれもんの声が、今日も夢の中で客を迎え入れるのだった。
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