柳林太郎視点の第1部回想
オレのクラスで起こった異変
ある月曜の3限、佐々木君の友達である田中君が、教室に入ってきた現文の石田先生に小声で話しかけた。オレの席からは、聞き取りにくい。
だが、良い話じゃないのは分かる。石田先生の表情が険しいからだ。
石田先生は「担任の桜井先生は、職員室にいるはずだ。桜井先生に今の話をしてきなさい」と言った。それを聴いた田中君は、急いで教室を出た。
担任の桜井先生に話さないといけないことなのか? そういえば、佐々木君の着替えが机の上に置きっぱなしだけど、それと関係あるんだろうか?
3限の途中で戻ってきた田中君は、休み時間になってすぐ吉田君に声をかけた。
職員室で話したことを吉田君に伝えるのかな?
悪いと思いつつ、オレは2人の会話に耳を立てた。
「桜井先生はなんて言ってたんだ?」
田中君から声をかけたのに、吉田君から訊くとは…。
「ひょっこり戻ってくるかもしれないし、気にし過ぎは良くないってさ、昼頃になっても戻らなかったら、警察を呼ぶらしい」
警察? ひょっこり戻ってくる? 朝はいたのに今いないのは、佐々木君だけだ。
もしかして、佐々木君になにかあったのか?
体育の授業以降、佐々木君を見かけてないオレに出来ることは何もないな。
昼、警察が本当にこの教室に来たのは驚いた。
警察が来たら周りの生徒が騒ぐはずだが、パトカーを遠くに停めてバレないようにして、さらに私服を着て警察と悟られないようにしたそうだ。
もちろん、口外禁止もされた。
これらの対策のおかげで、オレ達のクラス以外の生徒は警察を認識していない。
警察が捜査するなら、すぐに佐々木君は見つかるだろう。一安心だ。
だが、2週間経過しても佐々木君は見つからない。
それどころか、いなくなった原因を『思春期特有の家出衝動の一種』という馬鹿馬鹿しい理由と決めつけたようだ。
桜井先生が悔しそうに言うんだ。間違いない。
警察の人達、真面目に捜査したんだろうか? する気があるんだろうか?
佐々木君の席は、クラスから取り除かれることになった。
誰が判断したかわからないけど、桜井先生が運んでいった。
戻ってくる可能性が1%でもあるなら、そのままにすべきだと思うが、掃除する時の机の移動が面倒なのもわかる。
残っていた着替えや鞄などの所持品は、佐々木君のご両親が引き取ったそうだ。
証拠品として警察が預かると思ったが、警察はやる気がないんだな。
佐々木君の席がなくなった後、桜井先生が席替えを突然実行した。
1席空いたスペースをバランス良く再配置するためだろう。
くじ引きの結果、オレの隣になったのは久保田さんだ。
「隣よろしく。久保田さん」
オレは軽く挨拶しておいた。
「こちらこそよろしくね。柳君」
挨拶を返してくれた。話したことない人だから、ちょっと不安だった。
「早苗ちゃんはどこかな…?」
久保田さんは自席から誰かを探している。
「早苗ちゃん…?」
男子すら名前は覚えきっていないから、女子はサッパリだ。
「安藤さんのことだよ。う~ん…」
背が高い男子が近くにいるからな。死角になるところがある。
「あそこだよ。夏木君の隣」
オレは指をさして教えてあげた。
「あ…いた。教えてくれてありがとね。柳君」
彼女は笑顔でお礼を言った。素敵な笑顔だ。
夏木君か…。今でもほとんど話したことがない男子はいるけど、彼ほど少ない男子はいない。機会があれば、もっと話してみたいけどな。
以前、英語の渡辺先生が、ぼーっとしている夏木君に意地悪な問題を当てたことがある。その問題は、この高校レベルに合わない難問だ。
しばらく様子を見ていたが、夏木君は困っているように見えたので
オレが「先生。彼には難しい問題なので、オレが代わりに答えますよ」と言って代わった。
オレは塾でそういうタイプの問題は経験済みだ。
クラスメートは夏木君を小馬鹿にするように笑っていたが、あの問題はコツを知らないと厳しい。おそらく解けるのは、クラス内で数人じゃないか?
笑った人達は問題の難易度ではなく、答えられなかった人を見下したいだけだ。
くだらない。下じゃなくて、上を見てほしいものだ。
気になったのは、夏木君がオレを観た時の顔だ。おそらく「恥をかかせやがって」と言いたいのだろう。オレは解けなかった彼を何とも思っていない。
笑ったクラスメートは、すぐに忘れるはずだ。
夏木君も少し時間はかかっても、気にしなくなると思う。
そんなある日、学校と塾の宿題を終えてから夕食を食べているオレに、母さんが話しかけてきた。
「林ちゃん。知ってる? 林ちゃんの学校の先生1人と生徒2人が行方不明になったらしいの」
「そうなんだ? 知らなかったよ」
オレは
何度も止めてほしいと言っているが、まったく聞いてくれないので、諦めることにした。
生徒2人というのは、佐々木君を含んでいるのか? いないのか?
どちらにしても、教師までいなくなれば、警察は本腰を入れるだろう。
寝る前に行方不明のことを調べるつもりだったけど、睡魔に勝てなかった。
翌日、登校すると校門の近くにマスコミがいて、校長と教頭が応対している。
マスコミがいるという事は、全国ニュースになったんだろう。
ローカルニュースで注目されるのは難しいよな。
今後は情報源も意識しよう。
ホームルームの時間になった。何か空席多くないか?
隣の席の久保田さんがいないのは寂しいな。
「ホームルームを始めるぞ」
担任の桜井先生が入ってきた。空席の多さに驚いている様子だ。
休んでいる人達、学校に連絡してないのか?
「先生…。私、この学校に来たくない」
ある女子クラスメートがそう言うと…。
「俺も!!」
「私も!!」
次々に賛同するクラスメート。
「お前達、落ち着いてくれないか」
桜井先生は、何とかみんなをなだめようとする。
何で急に、登校拒否したがるクラスメートが増えるんだ?
生徒だけでなく、教師もいなくなっているけど、ここまで怯えることか?
昨日母さんが聴いたのは一部で、行方不明者つまり神隠しは増え続けている?
続報を知らないので、可能性はある。
「今日、学校に来てない人、全員神隠しにあったのか?」
見渡しながら独り言を言ってしまった。
「嘘だろ…。何でこのクラスだけ、こうなるんだよ? 悪魔に呪われているのか?」
田中君が言う。オレの独り言、大きかったかな。恥ずかしい。
収拾がつかなくなった桜井先生は「職員室に行ってくる。すぐ戻る」と言って出て行った。先生1人でどうこうできることじゃないよな。
まだ10分ぐらいしか経過してないのに田中君が「全然戻ってこないじゃん。先生も神隠しにあったんだ…」と言い出した。
パニックになっているのが一目瞭然だ。頼むから落ち着いてくれ。
「もうこんな学校に1秒たりともいたくない。帰るわ」
そう言って田中君は帰っていった。
田中君につられて、登校拒否をしたクラスメートの一部も帰宅した。
オレはどうしようかな? こんな状況だ。今日は絶対に授業をしない。
それだったら、家で自習したほうが良い気がする。
それに、神隠しが怖いというのも多少ある。
…決めた。帰ろう。オレは鞄に教科書などを詰め込む。
帰ろうとした時、夏木君も立ち上がった。
オレに合わせたように見えたのは気のせいか?
オレは母さんに事情を説明して早く帰ることを連絡した。
すると「帰る前に牛乳買ってきて」と返信された。
まずコンビニでお気に入りのお菓子を。本屋で好きな漫画の新刊を。
そして、スーパーで母さんの好きな銘柄の牛乳を購入する。
その後は、電車に乗ってさっさと帰宅する。早い時間だし、フラフラしてると周りの視線が気になる。私服だったら問題ないけどな。
オレが身の安全のために登校拒否を選んだことに対して、母さんは「林ちゃんに何かあったら、お母さんは…」と納得してくれた。
父さんは「勉強は毎日欠かさずやるように」と念を押してきた。わかっているよ。
この数日、担任の桜井先生はオレにこまめに電話してくれる。
生徒のメンタルケアも教師の仕事なのか? 教師も大変だな。
先生は神隠しが2度と起きないように監視を強化することを約束したり、登校することを勧めてきた。
「前向きに検討します」と答えておいた。嘘ではないから問題ないだろう。
オレは残っているクラスメートのことを訊いた。すると、プリント学習をやっているらしい。それって、自習と何が違うんだ?
できれば自習を続けるつもりだったが、神隠しが理由でも登校しないと卒業要件を満たせない、と桜井先生に言われてしまった。
それはマズイ。母さんもまだしも、父さんが許すわけがない。
現在、別案を上と協議中らしい。内容が気になるところだ。
数日後、桜井先生から電話がかかってきた。
どうやら、選んだ兄弟校に登校してプリント学習をやれば、特別に卒業要件を満たせるように工面するようだ。
兄弟校か…。記憶が定かではないが、少なくとも今より通学時間が延びるな。
それはつまり、交通費が増えることを意味する。
両親の負担をなるべく減らしたいオレにとって、兄弟校の通学は選択肢に入らない。
オレは以前と同じように登校することを先生に伝える。
先生はとても喜んでくれた。兄弟校希望の人が多いのか?
「明日から登校してほしい」と言って、電話を切る先生。
両親に伝えたところ、母さんは「林ちゃんが決めたことを尊重するよ」と言い、父さんは「そうか」の一言のみ。反対はされなかったか。
次の日、以前と同じ時間に起きて登校するオレ。
だらけた生活をすると父さんに怒られるので、いつも規則的に生活している。
それを友達に話すと「大変だな~」と言われるけど、慣れると大したことないぞ。
自席に着くオレ。以前と同じように全員揃うのは厳しいかな。
でも、隣の席の久保田さんはいてほしい。彼女の笑顔は未だに覚えている。
少しずつだが、自席に着き始めるクラスメート達。最終結果が楽しみだ。
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