恐怖の時間

 佐々木が失踪してから2週間経過した。失踪して間もない時は、佐々木の友人Aの田中と友人Bの吉田は、よく彼を話題にしていた。しかし、その内まったく話さなくなった。


警察は『思春期特有の家出衝動の一種』と決めつけ、数日で捜査を打ち切った。

詳しく確認していないが、実名報道はしていないはず。


警察が早々に手を引いてくれて助かる。これで復讐を再開できるな。



 佐々木の席は、クラスから一時的に取り除くことになった。着替えや鞄といった所持品は、佐々木のご両親が引き取ったらしい。担任の桜井先生がそう言っていた。


未だに残っている暗い雰囲気を何とかするため、桜井先生は席替えを実行した。

手軽に気分を一新するには有効だよな。


復讐相手以外なら誰が隣になっても良いや、と思っていたが

隣になったのは、安藤早苗あんどうさなえ。僕の復讐相手の1人じゃないか。


相変わらず、隣の席まで臭う香水をつけている。

ついイライラして安藤を睨んでしまう。


彼女はうつむきながら「佐々木君じゃなくて、臭い夏木がいなくなれば良かったのに」とつぶやいた。独り言のつもりだろうが、聴こえているぞ。


復讐の2人目は、安藤早苗に決定だ。


だが、相手は女子だ。佐々木のように、トイレで襲う訳にはいかない。

それに田中の件でわかったが、友人が違和感を抱いて行動を起こすと面倒だ。


無関係な人は巻き込みたくないので、方法に悩むな。



 そんなある日、安藤と同じく復讐相手の久保田が、放課後に体育館を掃除することを聴いた。何でも、生理を理由にプールをサボり続けたのがバレてしまい、その罰ということらしい。その罰をさせるために、体育館でやる部活は休みだ。


これはチャンスだな。放課後だから、人目はない。しかも、2人同時に復讐できる。普段はさっさと帰る僕が、放課後になっても学校に残り続けないといけないのが苦痛だが、仕方ないだろう。



 2人が体育館を掃除する日だ。僕は体育館の1階入り口付近から中を覗く。

安藤が1階の床のモップ掛け、久保田が2階の窓を拭いている。


どちらも互いを視界に入れていない。なら、急にいなくなっても気付かないよな。


僕は黒の球体を出し、安藤が入り口に背を向けたタイミングで、彼女に黒の球体を投げた。


一瞬で吸い込まれたので、問題なかったのだが…。


「早苗ちゃん!!!」


久保田が消えた安藤に向けて叫んだ。マズイ、転移させた瞬間を目撃された。

ついさっきまで、窓拭きしてたはずなのに。ツイてないな。


駆け足で移動し始める久保田。体育館から逃げるか? 安藤がいた倒れたモップあたりに行くか? …読めないな。


どちらにしても、2階から1階に移動するのは間違いない。

僕は再び黒の球体を出し、スタンバイしていたが…。


「確か…夏木だったよな? 何やってるんだ?」


突然、後方から声をかけられる。


女子体育担当の阿部先生だ。2人の様子を見に来たか?

さっきからタイミングが悪い。どうなっている?


このまま黙って帰るのは不自然だ。頭をフル回転して言い訳を考える。


「たまたまこの辺を通った時、体育館から声が聞こえたんですよ。

『今日の放課後は、誰も体育館を使わないのにな~』と疑問に思ったんですが、安藤さんと久保田さんが掃除しているの観て納得しました。僕は帰りますね」


「…ああ」


これで阿部先生は納得しただろうか? 問題はそこではない。

先生も安藤が消えた瞬間を目撃した可能性がある。


可能性が1%でもあるなら、消したほうが良いな。


僕は阿部先生とすれ違ってすぐ、黒の球体を先生の背中に押し付けた。

一瞬で消える先生。


この黒の球体は、投げなくても押し付けるだけでも良いのか。

基本は投げたほうが便利だが、知って損はしないな。


「夏木…。今、阿部先生が消えたように見えたんだけど…?」


クソ。阿部先生のことに意識が向いて、久保田がおろそかになった。


安藤と久保田と阿部先生の3人しか関わらない状況で、聞き慣れない男子の声が入り口付近から聞こえたら、気になって様子を見に行く可能性はあるよな。


「ねぇ…、佐々木君と早苗ちゃんを消したのって、もしかしてアンタなの?」


ここまで気付いてしまったか…。今この場で、絶対復讐する。


僕は久保田に近付きながら、黒の球体を出す。


「やめて…。来ないで」

後ずさる久保田。


久保田は途中で足がもつれて、しりもちをついた。

だが、立ち上がろうとしない。足の力が入らないのだろう。


僕は座り込んでいる久保田に、黒の球体を投げた。


「いやーーーーーーー!!!!!」


一瞬で消える久保田。まったく、デカい声で叫びやがって。

僕は周りを警戒しながら、体育館を出て帰宅した。



 その日の夕方、ニュース番組を見ながら母さんと2人で夕食を食べている時だ。

番組に速報テロップが流れる。


『○○高校の教師1名と生徒2名が行方不明』


名前は伏せるのか。 プライバシーの配慮かもしれない。


「あら、あんたの高校じゃないの。 物騒ね」

母さんは他人事だが、犯人は目の前にいる僕なんだよ。


「そうだね…」

適当に返事しておく。


佐々木1人が失踪した時は、すぐ捜査を打ち切ったくせに、教師が絡むと事件性を疑うのか。阿部先生を転移させたのは失敗だったか?


安藤と久保田については、両親の確認で発覚したんだろう。


速報テロップが出るとは、さすがに予想してなかった。

1日に3人も失踪したから、佐々木失踪も事件性アリに切り替えたかもな。


これで、僕の復讐は日本全国に知られるレベルになった。

後は柳林太郎やなぎりんたろうだけだが、すぐにやろうとは思っていない。


明日のホームルーム、絶対に荒れるぞ。



 次の日、僕は普通に登校した。すると校門の近くにマスコミがいた。

校長と教頭が応対している。眠そうな様子を観ると、徹夜か?


『神隠し高校』として、全国デビューしたからな。

注目を浴びるのは仕方ないだろう。


ホームルームの時間になった。空席が目立っている。ぱっと見だが、半分ぐらいは休んでいると思う。登校したら、いつ神隠しにあうかわからないよな。


気持ちはわかる。犯人の僕が言う事じゃないけど。


「ホームルームを始めるぞ」

担任の桜井先生が入ってきた。空席の多さに驚いている。


「先生…。私、この学校に来たくない」


ある女子クラスメートの宣言を皮切りに。


「俺も!!」


「私も!!」


次々と登校拒否を宣言するクラスメート。


「お前達、落ち着いてくれないか」

桜井先生は、なだめるのに必死だ。


他のクラスから見たら、今の光景は異質に見えるだろう。

だがこのクラスは、佐々木が失踪した影響により、神隠しに敏感になっている。


「今日、学校に来てない人、全員神隠しにあったのか?」

周りを見渡しながら言う柳。最後の復讐相手になる。こいつは登校しているか。


「嘘だろ…。何でこのクラスだけ、こうなるんだよ? 悪魔に呪われているのか?」

佐々木の友人Aだった田中が言う。


良い線いってるな。悪魔の力を行使してるから、間違ってはいないだろう。



 その後も落ち着くどころか、登校拒否宣言をするクラスメートが増える始末。

桜井先生は「職員室に行ってくる。すぐ戻る」と言って、出て行った。



「全然戻ってこないじゃん。先生も神隠しにあったんだ…」

田中の奴、パニックになり過ぎだ。僕が言うのもなんだが、落ち着け。


登校拒否の生徒が激増したら、対応を上と協議するだろう。

それをやったら、時間がかかるに決まっている。


「もうこんな学校に1秒たりともいたくない。帰るわ」

我慢の限界に達した田中は帰っていった。


田中の行動に連鎖し、登校拒否宣言をしたクラスメートが一部帰宅した。

柳は迷っているように見える。



 もしかして、柳に復讐できるのは今日だけか?

学校に来なくなったら、復讐できないからな。プライベートを知らないから、学校以外で会う事はない。


…僕の覚悟は決まったぞ。後は柳の行動次第だ。どうする? 柳?

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