12
都内の、オフィスビルが立ち並ぶ、ビル街の一角。
朝食を食べ終え、片付けをした私は、名刺にある会社の住所近くの、十字路までやって来ていた。
――真正面からその会社には行かない方がいいですよ。
昨日の、高杉さんの言葉が、私の中に甦る。
……けれど、真正面から行かないやり方、って、どうすれば。
私のことを、ちゃんと親身になってくれるような「味方」は、どうすれば「私」に気付いてくれるのだろう。
――あ。
唐突に私は、「それ」に思い至った。
「それじゃ、この会社の受付で、『真奈美がこのメモを知人に渡してくれと言っていた』と言って、メモを置いていけばいいんですね?」
男性が、私の言葉を繰り返す。
営業から帰って来たのか、出勤時間からはいささか、かけ離れた時間に会社にやって来た一人のサラリーマンの男性を捕まえて、私はそんなことを頼み込んでいた。
「はい。そう言って下されば、ちゃんと伝わる人に伝わりますので。ご迷惑かとは思いますが、お願いしてもよろしいですか?」
「はい。……まあ、どんな事情があるのかは私には解りませんが」
その男性は、同じオフィスビルの、別の階に勤めているのだろう。私を誰なのかは詮索をしなかったが、断るように、一言だけ私に言ってきた。
「ただし、私は、こういうことはこの一度きりですからね? 営業の商売柄、あなたの見た所、怪しい様子が見て取れないから、今回だけお引き受けするんです。二度目に同じようなことをお聞きするのは、さすがに私は遠慮させていただきますからね?」
「いえ、この一度きりで大丈夫ですから」
私は、スーツをパリっとし、顔つきからもその経験を感じさせるその男性に向かい、頭を下げる。
「唐突に呼び止めてしまって、申し訳ありませんでした。その上に、身勝手なお願いを聞いていただき、本当に感謝しております。……ありがとうございました」
「はい。……それじゃ、メモを渡した後は、私は何もしなくていいんですね?」
「ええ、そうです。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「気にしなくていいですよ」
男性は軽く私に手を上げると、オフィスビルの中に入っていった。
私は、その男性の後ろ姿を見送りながら、オフィスビルの前の、小さな公園のベンチに腰を下ろす。
――これで、メモが、会社の内部に伝達されれば。
私には確かな確信があった。
公園の桜の木は、大分その花びらを落としてしまっていた。
桜の木にわずかに残された花びらたちは、少しの風にすら反応して、ひらひらと舞い散る。
桜の季節は、ゆっくりと終わりに近付いていた。
この季節が終われば、桜は本格的に青葉の季節を迎える筈だった。
「大内、……真奈美先輩?」
不意に声を掛けられた。
あ、と返事しようとした口元が、相手に素早く押さえられる。
そして私は、その声を掛けて来た主に口元を押さえられながら、人目の付かない場所まで引きずられるように歩いて行った。
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