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目を覚ました時、私は、自分が予想以上の寝坊をしてしまったことに気付いた。

 平日は休まずにパートタイムの仕事に出ている、敬子さんの姿は既に家にはなかった。

……普段なら、もっと早く起きて、敬子さんと朝食の支度を手伝うのに。

 いや、そもそも、もっといつもなら私は早く起きて、忘れかけた自分の本に手を伸ばすのに。

 私は自分の「変化」が信じられなかった。

 何を自分は、こんなに恐いもの知らずになってしまったのだろう。普段の私なら、もっと小さなことに怯えて、声を詰まらせていた筈だった。

「私」。

 私の中で、何が、こんなに自分を変化させている?

 混乱の中で、私はテーブルの上に、伏せたお椀とお茶碗、それに僅かのおかずとメモを見つけた。

――ご飯は炊飯器の中で保温してあります。」お味噌汁とおかずは温め直して食べて下さい。

 奇妙な違和感を私は感じた。

 昨日、帰って来た敬子さんの、目に見えぬ「悪意」。それに突き動かされて、私は、「この家を出る」ための「自分」の準備を決意したのだ。

……なのに、この落差は何なのだろう。

 小さな、秋桜の絵の描かれた一筆箋。

 それに、几帳面な字で書かれた敬子さんの字には、確かに気遣いが見て取れた。

 昨日のあの「悪意」は、一体何だったのか。

 何が、昨日の敬子さんと、今日の敬子さんの間に横たわっているのだろうか。

……急がなければ、と、私は思った。

 真実を早く探し出さなければ、「答え」は、永遠に失われてしまう気がした。

――敬子さん。

 私は、心の中で彼女に呼びかける。

 あなたの中の、どんな真実が、あなたを動かしているのですか。

 私は自分の鞄を取り出した。

 その中に手を差し入れ、昨日、そこに入れたばかりのものを出して、見詰める。

 そこには、私の名前の書かれた、会社の名刺があった。

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