10
「――」
眠る前。
私は、私の部屋で仰向けにベッドに横たわり、天井へと目を向けていた。
……今日一日の、数々の物事が思い出された。
私の自宅のアパートで、私を迎えてくれた高杉さん。
最初は貸し渋りながらも、最後には鍵を託してくれた大家さん。
見つかった、会社の名刺。
会社と「私」の間にぽっかりと空いた「穴」。
突き刺すような、帰宅後の敬子さんの態度……。
私は片手を宙に上げ、その握った手をゆっくりと開いてみる。
その手の中で、何かが掴めかかっているような、掴めずにいるような、ぎこちない気がした。
私は宙に上げたままの手を握ってはゆっくり開き、また開いては握ってみる。
今まで、ただ「恐い目をしていた」だけの敬子さん。
けれど、今日の帰宅後の敬子さんからは、目に見えないが、はっきりした「悪意」を感じた気がした。
……急に、思う。
私は、いつまで、このままでいるんだろう。
……いつまで、このままでいなければならないのだろう。
ぎすぎすしたものを内側に抱えたまま、ひとつ屋根の下で過ごして行くには、既に呼吸は苦しくなりすぎていた。
私と、敬子さん。
妹と、姉。
何が私と敬子さん、姉妹をここまで歪ませてしまっているのか。
それは、私が今、失くしている記憶に原因があるのではないのか?
――急に、それは、心の中に降って来た。
……知りたい。
……理由(わけ)を、私は、知りたい。
それはこれまで、「過去」に向けて、漠然とした「恐れ」のようなものを感じていた私の、突然の変化だった。
心の境界線は、まだどこかで、「私」が「それ」と出会うことを、恐れていた。
けれど同時に、私は、感じていた。
もう、引き返せぬ所に、自分は来てしまっているのだと。
ここからはもう、「前」に一歩を進むしか、道はないのだと。
……柔らかな、境界線のベールが、今日の「一日」を包む。
私はまた、「何か」を忘れるだろう。
けれど、思い出すべきことをもう、私は忘れはしない。
私は宙に彷徨わせていた手を胸に下ろして、そっと目を閉じる。
不思議な安心感が、「私」を包んだ。
私は、境界戦を越える。
そうして、昨日の私よりも少しだけ強くなった私に、「私」は新たな私を託すのだ。
意識を手放す前の「眠り」の瞬間は、眩しく、安らかだった。
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