15話)一世一代の大勝負! 私、やってみせる!! ……でも、怖いからみんな支えていてね

 サリーちゃん、よっぽどオークのことが気に入ったのね。

 まだ帰りたくないって。


「いやあ! あたし、ここにずっといるっ!」

「わがまま言うんじゃありません!」

「わがままじゃないもん!!」


 まだ、じゃなくて、ずっと?

 それはセシルさん、許さないだろうなあ。

 あれ?

 他の子たちも、オークのチーズとか、玉子料理とか、気に入っちゃったみたい。

 教会の食事は粗末だったからなあ。


「ここならみんなおなかいっぱい食べられるもん!」

「そうだけど、そうじゃなくて……」

「あたし、ここがいいっ! もふもふさんたちのお手伝いするの! みんなもそれがいいっていうもん!!」

「サリー……」


 セシルさんの説得が全く利かない。

 セシルさんが強くいえないのは、サリーちゃんのいうことが正しいのもわかっているから。

 セシルさんにとって教会はシスター・パトリシアから受け継いだ大事な場所だろうけど、人目を避けた暗い森の教会でひっそり子供たちだけと暮らす、明るい世界と断絶して、それはできるわけない。教会で暮らしていくためのかてが何もないんだもん。

 現に今だって、食べるものがなくなって、それが今回のオーク騒動を引き起こしたって、私だってわかる。ひもじい思いをしていた子供たちならなおさら……。


 それに、もっと大事なことがある。

 私は気付いた。

 このままじゃダメだ。

 教会の孤児たち、森のなかでひっそり生きるなんて、それはダメ。子供を狭い世界に閉じ込めちゃいけない。

 私が一番わかってる。

 孤独のつらさ。

 同時に生ぬるい居心地の良さ。

 閉じこもってしまったらどうなるか。

 狭い世界は確かに居心地いい。楽だ。怖い人たちと接触がないんだから。でも、決して楽しくはない。喜びが少ない。自分の世界だけなんだから。外の世界には怖いものもいっぱいあるけど、楽しいこともあふれてる。私はここでそれを知った。


 天使たちに教えられた!!

 そうね、ありがとう!!


 天使はやっぱり、広い、明るい世界でのびのび羽を広げて遊んでほしい。

 きっとそれが、子供たちをはぐくむんだ。優しい心を生むんだ。

 陰険な良子よしこみたいなのも、私みたいにも、なっちゃいけない。


 セシルさんだって。

 拗ねたように、意固地になって、自分だけの世界を作っちゃいけないんだ。子供たちも巻き込んで。

 パトリシアさんも決して、そんなことは望んでいないはず。

 オークも、こんなに人(?)がいいのに、誤解されたままなんてかわいそう。


 シスター・パトリシアも絶対、何か考えあったんだと思う。けど、多分、死期を悟っていたところもあって、オークと人間を近づけさせないくらいしかできなかったんだ。


 ……ん?

 ちょっと、待って。


 あれ? じゃあ、そこへ都合よく私が来たってこと?

 教会の子供たちとも、オークたちとも心を通わせることができる、私が?

 私、押し付けられた? 厄介ごとを。この陰キャな私に。


 仕事を引き継げとか?


 うぉいっ! 神さまのじいちゃん!!

 今こそ、答えろ!

 そうなのか!!


 ……。


 ホホホ……。

 ちょっと、言葉が過ぎましたわ。


 ねえ、教えてくださらない、神さま?

 私、どうすればいいの?


 ……。


 ……本当に、もう出てこないのかよっ!!


 いいよ、もう!

 やってやるよ!!

 やってみせればいいんでしょ!!

 こうなりゃ、もうやけだ! どうなっても知らないんだからっ!!


〈パッパッカ、パーン〉


 うるさい!


 

 --- --- --- ---



 村が見えてきた。


 村を囲む畑で働く人たちもまた、私たちに気付いた。


「おい! あれ!!」

「オ、オークだ! オークが攻めてきた!!」

「孤児院の子供が捕まっている?」

「あれ、まさか……。おいおい! 魔女の再来か?!」

「魔女が、新たな魔女が……。オークを従えて、この村を襲ってきたんだ!!」


 失礼な!


 でも、ああ……。

 子供は家のなかに隠されて、大人たちは武装してくる。

 用心棒的な人たちも出てきた?

 村の入り口に簡易なバリケードを作って、さあ来いとばかりに待ち構えている。


 怖いようぅ……。

 オークよりもよっぽど、人間のほうが。

 大人の人って、怖い。


「みなさん、聴いてください!」


 凛々りんりんとした、氷も張る冷えた湖面で鋭く鳴く鶴の一声。

 それは気合い十分、闘技場で威嚇するような、セシルさんの一喝だった。


 場が、水を打ったように静まり返る。


「ここにいる聖女、クローネさまは魔女じゃありません! ……シスターパトリシアだって。みなさん、信じてください! そして、話を聴いてください!!」


 セシルさんの訴えに、もちろん村のみんなは見知った顔だろうから、問答無用のムードは落ち着いた。でも、何事かと、何なんだと、ざわめきが起こる。


 ここで私?

 このピリピリしたムードのなかで?

 触ったら破裂するんじゃないかしらん?


 セシルさん、ハイどうぞって、その信頼が重いんだけど。


 でも、やるしかない!!


「皆さん、私の話を落ち着いて聴いてください」


 ああ、口が震えてる。

 うまくしゃべれている自信がない。

 こんなんじゃ、〈「聖女の言葉」〉も力を得ないよね。

 でも、それでも。

 ここは私の出番。

 みんなが舞台を整えてくれた、へたれな私の、一世一代の大勝負。


 あの後、オークまでも交えて、セシルさんと子供たちと話し合った。

 このままじゃいけないって、私の主張を。

 じゃあ、どうするのって?

 村との融和。

 そう、それしかない。

 セシルさんはよっぽど嫌な目にあっていたのか、尻込みしてなかなか「うん」といわなかった。子供たちだって怖がっていたけど、でもやらなきゃ。オークも誤解されたままだと、そのうち退治なんてされちゃうかも。それはダメだよね?

 サリーちゃんが一番に立ち上がった。

 ジョン君も賛成してくれた。

 だんだん、子供たちのほうが勇気を振り絞っていくのがわかる。

 そう、その決意を、大人がくじいちゃいけない。

 子供たちの未来をひらくためにも。


 オークは代表が一人だけ。

 でも、教会孤児院のみんなは、セシルさんも含めて全員で。


 そして、村の人を説得するのは、私の役目。


 私?!

 いや、そうか、私しかいないのか……。

 聖女さまだもんね。

 やってやるって、決意したもんね。


 はあ……。


 私は昔、小さいころ、お祭りの日に迷子になった。

 お父さん、お母さん、どこ? って、不安いっぱい。押しつぶされそう。

 そんな時に大人の人に囲まれて、どうした、どうしたって……。

 それが一番怖かった。暗い夜に、知らない大きな人たちに囲まれて。

 お化けが襲い掛かってくるみたいにみえて、しゃがみ込んだら震えて何もいえなくなっていた。そこをまた、心配は分かるんだけど……。

 人が苦手になった私の原点、その一。


 ええ、分かってますよ!

 その反動で子供がいい、子供が好き! ってなったんだって!!


 さとしの小さいころなんて、男の子と思えないくらい愛くるしかったもんなあ。

 お姉ちゃん、お姉ちゃんって、いっつもテコテコついてきて。

 思えばあいつが、私の性癖を決定的にゆがめたんじゃないの?

 今はもう、生意気だけど

 ……だったけど。


 妹ちゃんがまた幼気いたいけなんだ。

 まだ赤ん坊だから当然だけど。

 ちっちゃいおててに、ぷにぷにほっぺ。笑うとまさに天使の笑顔!

 ああ、子供って、男の子も女の子も至上の生き物よね!!


 って、現実逃避している場合じゃなかった。


「争いからは何も生みません! 融和こそ、平和を、そして新たなものも生み出すのです」


 いかつい男の人も、たくましい農家のおばさんも、みんな私を不審者扱いでにらんでくる。

 そりゃそうよね。こんなお題目、きれいごと、聴く耳持つわけない。村がモンスターとか魔女とかによって壊滅させられるかもしれないのに。うん、わかる。

 ……怖いよぅ。

 現実逃避もしたくなるよぅ。

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