11話)モンスター?! いよいよ聖女さまの本領発揮ね! ……いやいや、無理でしょ!!

「オークが、オークの群れが!」


 裏口から足をもつれさせて駆け込んできたリュウくんの顔はおびえたように真っ青で、それだけでただ事でないのがわかる。


 事情の呑み込めない私は、猫が警戒するような厳しい目のセシルさんに救いを求める。


「オーク、とは?」

「この森の外れに住むモンスターです」

「モンスター?」

 え?! やっぱり異世界、そんなのいるの??

 私の驚く顔こそ、セシルさんは驚くのか、「この非常時に何をいっているのか」と、おとぼけもいい加減にしろとばかりに不審の色を顔に浮かべた。

 ……セシルさんに限って、そんなことは思わないんだろうけど。それはまあ、私の小心が見せた幻? それくらい、セシルさんも焦っているってこと?


「私は記憶がないのです。それは昨夜お話しした通り。私が何者かを知る手掛かりにも、この世界のことを教えていただけないでしょうか」

 

 ここはとりつくろわないのが吉。

 うん。バカな私でも、もう学んだ。

 正直になれば、私の〈「聖女の言葉」〉には力が宿る。

 セシルさんも、ハッとして、火照ほてるような赤い顔は自分が失礼だったと恥じたみたい。


「申し訳ありません!」


 って、そんなに90度まで腰を曲げて謝られたら、こっちが慌てるじゃないですか。


「顔を上げてください。今は非常時です。セシルさんが焦る気持ちもわかります」

「は、はい……。えーと、モンスターというのは、けものとも違う、人とも違う、ときに魔力さえ持ち、ときに人を襲うこともある、知能も持ち得るといわれるそんな存在です」

「そうですか……。人間を超えるような?」

「はい。人間にとっての脅威です」

 私のマンガ・ゲーム脳は(異世界なんだから、やっぱりそんな存在もいるよね)と、やけにあっさり理解した。それが、セシルさんには頼もしく映ったみたい。うっとりされているのは、ちょっと、だけど。内心はでもドッキドキだけど。


 ただ、セシルさんの顔にはまだ、何か……。


 私のおバカな頭じゃ処理しきれないけど、セシルさんがモンスターに持つ感情は、怖いとか、恐ろしいとか、それ以外にも何かあるように見える。


 けど、今それは関係ない!


 子供たちを、天使を守らなきゃ!

 聖女さまだもん。


「セシルさん。子供たちを……」

「はい。じゃあ、みんな、教会の真ん中、食堂の方へ。大丈夫。あそこなら隠れていられる。オークをやり過ごそう」

「ダメだよ!」

 リュウくんの、赤銅色の肌が震えている。残った5人の子供たちのなかでは一番、背が高いけれど、どこか臆病なリュウくん。大丈夫、怖くないよ。

 落ち着かせようとするけれど、

「オークの数が!!」

 え?

 えーーーーっ!


「こっちにもいるよ!」

「あっちからも来た!!」

 子供たちが次々、四方の窓を見てはおびえる声で報告してくれる。


 ああ、ここのオークは毛むくじゃらなのね。

 長毛のわんこみたいで案外かわいいじゃない。

 つぶらな瞳が。

 でも。

 2メートルを超す巨体。

 地面につくほどの長い腕は、丸太みたいで凶悪。

 大きな手のひらは大人の男の人だってわしづかみにできちゃうんじゃないの。つかまえられたら、一瞬でクシャって、トマト? やだ、スプラッタ、嫌い!

 頭が大きくてどこかアンバランスな体つきは、そうだ、オランウータンとか、チンパンジーとか、それをもっともっと大きくしたように見える。毛の長いゴリラ、そんなところかな?

 下あごから上に向かって突き出している牙を見ると猪みたいにも見えるけど。かまれたら痛そうっ。


 あれをどうしろと?!

 あっちの窓、こっちの窓。

 北にも南にも、東も西も。

 ひー、ふー、みー、よー……。

 って、数え切れなあぁい!


 唖然として何もいえなくなったけど、セシルさんはこの世界の住人、こんな事態も想定内? 深い森のなかで子供たちを守って暮らすのも長いだけに、ショックが過ぎれば落ち着いてきたみたい。

「実は、この森の向こう側にはオークの集団が暮らしているといわれています。村の人がこの森に近づかないのは、そのためでもあるんです」

 って、解説してくれてもねえっ!

 解説してくれっていったのは、私ですけどもっ!

「でも、何故、今ここに?」

 

 ですよねぇぇっ!


 もしかしたら、この教会の子供たちがいなくなっているのも関係しているのかもしれない。

 それを探るのも必要かもしれないけど、それは後回し。

 今は防御を固めなきゃ。

 まだオークたちは遠い。

 巨体だから動きが遅いのか、それとも警戒しているのか、教会を囲む木々の間から覗いているだけ。仲間を集めて一斉にって、そんなことを考えているのかもしれないけど。


「光よ。私たちをお守りください」


 手を胸の前で組み、祈る私。

 ああ、聖女さま!


 あ、子供たちも一緒に祈ってくれてる。


 いじらしいっ!


 でも、大丈夫だよ。


 これは何にも叶えてくれない神さまへのむなしい祈りじゃなくって、正真正銘、私の聖なる力。


 〈ホーリーウォール〉


 敵意、悪意のあるものを通さない虹色のカーテン!

 かすみのように薄く見えても、鉄壁!!

 私のレベルなら、どんなモンスターだって、絶対防いでみせる!!


 ……って、なんだかすり抜けてきちゃってるんですけどぉ?

 レースのカーテンくぐるみたいに、どんどん来ちゃってるんですけどぉっ!

 バカにされてるみたい!


 広範囲過ぎた?


 それともこの聖なる力は、この世界のモンスターには通じないの?


 ああ、ついに、ついにオークたちが教会に手の届くところまで迫ってきた!

 きゅって、子供たちがかわいらしい手で私にすがる、袖をつかむ。


 でへへ……。


 って、そんな場合じゃない!


 これから私たちどうなるの?!

 食べられるの?

 もてあそばれるのーーーーっ!!

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