隠す「理由」
何かの記憶が湧き上がってくる。
これは、おそらく中学の、不審者対応訓練の時のことだろう。私は、学校のガバガバな対応マニュアルに苛立ちながら、開いたノートに改善案を書き殴っていた。すると、友達が二人近づいてきた。
「学校の不審者対策に問題あると思うんだけど。特に机でバリケードを作るやつ。構造上の改善案ないかな?学校に提案しようと思ってるんだけど」
「莉奈ちゃん偉すぎ!私だったらそんなこと考えないよ」
「てかあの不審者役の人ナイフ振り回しててウケたわ」
色を帯びないまま、友人二人は言う。その「無色」を見て気づいた。
―――そっか。みんなは難しい机のバリケードの構造なんかに興味ないんだ。
みんなと私の興味の対象は、決定的に違っていて、交わらない。それが、その瞬間分かった。
「それな?叫んでたし」
友人の一人が言う。私も本当の感情に背いて、頑張って言葉を発した。
「確かに叫んで刃物振り回してたのはちょっと面白かったかも~」
「莉奈ちゃん私もそれ思ったわ、『殺してやる~』とかさすがに幼稚すぎた」
絶望といささかの会話の楽しさを同時に味わいながら、二人を見ると、じわじわと二人が暖色系の色を帯びてきたことに気づいてしまった。
―――見たくない。知りたくない。
でもわかってしまう。色が分解されていく。朱鷺色、桃色だ。「興奮」と「喜び」。気づくなり、私の周りを藍色という名の絶望が取り囲んだ。
―――みんなと、私の興味は違う。
無理して会話に合わせたら、友達二人は楽しそうにしていた。それを見た私の心は複雑だった。自分の興味や、好きなことを隠したら、友達と話が通じて笑ってもらえた。会話が盛り上がった。表面的には、不覚にも楽しかった。
それなら、隠そう。自分の「好き」を。
そう決意し、とりあえず頬を引きつらせ、笑みを作った。心が鈍器に殴られたようになって、大きくへこむ。それにも頑張って耐えた。なのに、深い意識のどこかにいる、もう一人の私が悪意をもって呟いてくる。
「ちゃんと笑えてないよ、お前」
その瞬間、はっとする。息ができなくなる。
「それって、うわべだけだよね。本当の自分を隠すことに何の意味があるの」
身体が硬直して動かない。「違う」って言い返したかったのに、それができなかった。
もう一人の私は、私の心に大きな傷を残して消えていった。でも、私は何もできなかった。ただひたすら、無理して人に合わせて、自分の本当の気持ちを隠して、やり過ごす日々を続けてきた。
目立たない。隠す。隠す。隠す。
本当の自分を抑えてまで、隠すことに価値があると信じたかった。
でも、それが違うって気づかされたから。
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