森の中で

 

 放課後。私は悠果ちゃんに連れられるままに校門を出て歩いて行った。いつもは右に曲がる道を、今日は左に曲がる。通学路に背を向け、未知の世界へ踏み出す。


 高校生になって電車通学を始め、見知らぬ街に出るようになると、「学校のそば」と言っても馴染みがないことが多い。通学路と反対方向なんてなおさらだ。


 ―――悠果ちゃんはこの辺に住んでるんだ。

 徒歩で通っています、という言葉を思い出し、私はなんとなく通学風景を想像しようとする、だが悠果ちゃんは急に向きを変えた。一瞬の空想が終わり、意識が現実に戻る。


 一気に、森の中に入った。さっきまで、交通量の多い通りにいたのに、少し角を曲がるだけで、木漏れ日が優しい森が広がっている。それにかなり衝撃を受ける。


 超現代都市的な私の通学路とは対照的に、悠果ちゃんの通学路はこじんまりとした森だ。鳥のさえずりと、木々のざわめきが体に染み入ってくる。すごく気持ちいい、と思った。


「すごいね、学校の周りにこんな森あったんだ。」

「はい。よく鳥の観察に来ます。」


 感動のため息が漏れる。この種のため息をついたのは、何年ぶりだろう。もしかしたら、人生で初めてかもしれない。悠果ちゃんはさらに進んでいく。地面は緩やかな丘陵のようになっていて、短い草を踏み分けながら私は後を追う。


 地面の傾きを感じながら歩いていくと、私の脳が自然と等高線を描いていく。線がどんどんできて、繋がっていく。鳥の声が心地よくて、私の意識はあっという間にどんどん深いところに落ちていった。


 線が無数になって、私の頭の中を黒く覆い隠す。それを掻き分けて集めて、結んだり、繋げたりする。黒い線が整理されて、頭の奥が晴れ渡っていく。頭の中で地形図ができあがる。それを一瞬で立体図に変える。


 私の意識が、想像して作り出したこの土地の立体図を、上から眺める。見覚えのある地形だ。卵の形をした考えが、ぽとっ、と産み落とされる。


「ここ、自然堤防で、近くには川があるかも」


 聞こえる声大きさの声で呟いてしまった。悠果ちゃんが振り向いた気がした。私は構わず駆けだしていた。急斜面を好奇心のままにのぼっていく。私の足は、斜面をもろともせず、進む。息が苦しいはずなのに、なぜか苦しくない。そのうちに、斜面の終わりが見えて、そこには想像通り川が流れていた。


「悠果ちゃん!やっぱり川だった!ここ自然堤防だよ!!」


 まるで子供のように私は叫んだ。こんな幼稚園児みたいな真似、許されるのはせいぜい小学校低学年までだろう。


 でも、なんだろう。カラオケで誰かがマイナーな曲を歌ったから、私も歌いたかった曲を歌っていい、と錯覚させられるあの感覚。はしゃいでも、多くの人にとって興味ないことを言っても、許されるような穏やかさと優しさと包容力。それを悠果ちゃんは持ち合わせていた。


 悠果ちゃんだから、本当の自分をさらせた気がする。

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