冬─後日談、たばこ
(あいつは僕を昂ぶらせるのが上手いな)
ふと彼女のことを思い、口に咥えた白い葉巻に目を寄せた。
「おお、珍しい。お前がそこまで煙草を短くするの」
僕は今、会社の喫煙所で一服していた。
そこへ先輩が現れ、手の平ほどの黒い箱を胸ポッケトから出し指でトンと弾き鳴らせた。
白い棒が顔を覗かす。ひと言ぼやくと僕の吸っている草の火を奪いに掛かる。重なる葉先がじんわり燻り、そしてちりっと赤く滲んだ。
先輩の眼と僕の眼は鼻先かすめ、ものすごく近い。
僕と瞳を交えたその色は、彼女と同じ栗色をしていた。思わず見蕩れる僕がいた。
「何。俺の顔変?」
「ああ、考えてたから」
「何を?」
「彼女」
「おぉそうか、ふぅうん」
「先輩、彼女と同じ眼の色だけど、あいつの方が綺麗」
貶されたのか褒められたのか、躊躇う人は素っ頓狂な表情をしていた。
「おおぉい、ひどい言われの上に堂々と
「失礼だな、好きなんです。放って置いてくれます?」
文句を言われた僕は思わず、先輩の煙草の火を指でひねり潰した。
「おまっ、吸ったばかりなのに」
「独り身の先輩が馬鹿にするから」
「確かに独りだ。だがお前のように彼女ができたとしてだ、そこまで惚れれるかと言われると無理だ」
「でしょうね。皆が言うけどそれは惚れてみないとわからないですよ?」
口角を上げ、威張る僕がいた。
「まあ、確かに付き合ってみないとだな」
「でしょう?」
僕が吸い殻を灰皿に放ると同時に先輩は白い棒を唇に挟み、顎を軽く揺らしていた。
「あー、はいはい」
僕はポケットからライターを出し、火をぽっと吸われる葉巻の先に付けた。
「おぅ、好い子だ」
「ここ、キャバと違いますよ?」
僕はガムを噛み始めた。
「何、口臭?」
「一応、煙草嫌いな人いますから」
「用意周到。消臭剤も?」
「持ってますよ?」
僕はショルダーポーチの中を先輩に見せた。
「なあお前んとこ彼女も喫煙?」
「最近は吸ってないみたいですけど」
僕と彼女のあいだに──
まだ知らない時間がある。
(お互い、何でも知っているわけではないけども……知りたい)
休憩所から去ろうとすると、腕を握られ頼み事をされた。
合コンに混ざれと命令─と、までもいかないが。
「お前、顔良いからそれだけで女が釣れる」
この口振りからもう既に人は集めていると察した。あと先輩の言い方に少し苛立った。
「釣れる」って女を物扱い……あ、駄目だ、僕も人のこと言えた義理ではない。
(今は仲良いが……)
彼女の意思を問わず、無理やり閨に誘う男が今更何を?
(ここは先輩を立てましょうか)
待ち合わせた居酒屋には
「おうっ、ここだ」
(見れば解る)
手を振る先輩に僕は手を上げ、床下の籠に荷物を置いた。
「他会社の受付譲なんだけどさ。いやぁお前凄いわ。渋ってたのにお前のおかげで至急数、合わせてくれてさ」
「……俺、彼女いるんでこういうことは控えてください」
「おお、控え?」
「注意しても俺をダシに遣うんでしょう」
「解ってるぅって「俺」?」
「ああ気にしないでくださいで、今日僕は何時ぐらいに退けていいんですか?」
僕を誘った目上の人はにんまり、そして適当にと。
眼が合う先輩は僕をこういうことによく遣う。
(困った人だな。まぁ、会社では世話になってるから顔は立てるがまったく)
他の先輩と違い、少々遊びが過ぎるので困るところもあるが害も迷惑も今のところない。一緒に連んではいるがその内離れるだろうと浅い関係しか築いていないこの人には、彼女の紹介もしてない。
「顔がいいって俺、普通ですよ?」
「そっ、お前は美男なのにそこに鼻掛けないから誘うんだよ」
「あのね?」
「彼女いてもこういうのに付き合ってくれる」
「奢り約束ですからね、タダ酒は嬉しいです」
隣の奴からビールをついで貰った。そいつは会社では机二つ跨いで坐る、見慣れた優男だった。
(あれ? こいつ……この間自慢してたよな)
「えっ、お前
そいつは目を丸くさせた。
「悪いか。僕意外と軽いよ」
「そうなんだ。彼女一筋だから無理だと思ってた」
「参加だけね」
「へぇえ」
「君こそ彼女はどうしたの? この間写真」
「別れた。先月」
「はぁあ?」
「はは、そんな顔をするなよ。だから寂しくて」
「そうか……」
「当初女の子は二人で人数合わなかったけど」
「……」
(肌の温もりを失うと孤独がつらく思えるのだろうか……ってこれも他人事ではないな)
僕は自問自答もとい、反省もした。
そいつと話す僕は気付くと、二つのピッチャーを一人で空にしていた。
「で、先輩がお前をさ」
「ああ、それは別にいい」
「そうって、あっ注ごうかぁれ早っ。お前酒好き?」
「ふっ、次はこの「久」が付く
僕は朗らかに笑んだ。
「お待たせしました」
酒が来たとばかり顔を上げると、そこにいたのは女子の集団。見た瞬間僕は、飲んでいた
「大丈夫ですか?」
「大丈夫……」
では、なかったんだな……これが。
席に着く女性達の最後に、腰掛けた人物。
「初めまして、
「ええと─、初めまして
良く解らない返答を受けた僕は思わず、ポケットの携帯電話を膝上に出した。顔を少し下げ、画面に素速く指をなぞる。
「あっ、ごめんなさい。携帯が」
目の前に坐る僕
気まずそうな雰囲気を出す人に僕は軽く、会釈を交わす。
そう、眼前で苦虫をかみつぶしたように笑みる女性は僕の彼女だ。
互いに目を合わせ、微笑みあった。
暫くするとここにいる者達の会話も増え、各々気になり出す相手と会話がはずむ。
最初は注視され、ちやほやされていた僕はいつの間にか輪の外に放り出されていた。
そうなるよう、仕向けたんだけどね。眼が合った先輩には親指を立てたこぶしを出され、ウインクと共にぐっとされた。
(上機嫌だな~~)
「僕ちょっと煙草」
「私も……」
ふらつく彼女の肩を支え、「では、一緒に」とさり気なく。
その時「美男が美女を持ち帰る」と冷やかされたが「良いなら」と、満面に笑みを返した。
場は少し白けるもすぐ元に。
談笑が戻る。見るからに数人は出来上がっていた。表の喫煙所に着き僕は、持っていたガムを口に入れた。
「あれ? 煙草は」
「吸わないよ、まさかキミがいるとは」
「……まさか私も、あなたの合コンってここだと思わなかった」
「そうでしょうよ。キミこそ会社の飲み会って噓ついて合コン……」
僕と彼女のあいだに─、緊張が高まる。
交わす瞳
黙る口
無言でせめぎあう眉間の皺
僕は大きく深呼吸した後ガムを灰皿に吐き捨て、彼女を死角場所へと招いた。
「怒ってる?」
「いや、ただ
「……」
僕は口紡ぐ彼女に詰め寄った。口付けが終え、抵抗しない彼女の様子を伺うと瞳は潤んでいた。
「いい奴いた?」
「もうバカ! 私は数合わせ、あなたのように最初から数には入ってません」
「……普段もあるんだ、こういうの」
「あるけど飲まない、最後は彼氏いるからで通し途中で帰ってます!!」
「ふぅん、それでいつから受付嬢に」
「も、茶化さないの! 誰かさんの言いつけ、飲まないはほぼ護ってますから」
(おやっ、嬉しいことを)
僕は彼女の首筋目立つ所にわざと吸い付き、紅く痕を残した。襟元も開けさせ、鎖骨部分にも唇を押し当ててからまた、口付けた。
先ほどより深く、入念に。
「ちょっと」
「これで二人抜けやすいよ?」
いくらつきにくい口紅とはいえ口端に、微かに色が残るのを僕は知っている。
席に戻り「じゃあ」と、僕は彼女の背中に手を当て去ろうとした。少しブーイングされたが幹事さんに「気をつけて」と、手を振られた。
僕はそんな彼の手を引き、外に連れ出した。勿論、彼女も忘れず一緒に。
「先輩、紹介します彼女です。ですから以後一切合コンに付き合えません」
「は?」
「写真はご自由ですが、今日で最後。すみません」
「え? まさか……本当の彼、女──さん」
「まさかです。たまたま入ってました」
先輩は面食らっていた。
それはそうだろう。いきなりも何も、急に彼女を紹介されたんだから。
今後、先輩の会に参加することはないだろう。
帰り道、彼女はくすくすけらけらと笑っている。今日は笑い上戸らしい。
互いが同じ合コンに居合わせたのに怒ることない彼女に僕は安堵を覚えたが、翌朝─。
目覚め一発になぜか、説教を食らう。
彼女も会社の付き合いで苦労してるんだと思った反面、叱られたことに苛っと。仕事があるにも拘わらず、姦ってしまった。
遅出勤の彼女は会社で昨日の仲間に、冷やかされたらしい。
(夜、報告を受けた)
今日の僕は昼出勤。サクラだったので冷やかされてはいないが先輩に、食堂ランチを強請られた。
食べている先輩を目の当たりにして彼女も今頃は同僚に弄られてるかもと──。思いも寄らないところで互いの時間を垣間見た僕は、目の前にいない彼女を此処ぞとばかりに何故か嘲笑っていた。
その後、二人してつまらない? 助っ人はやめる事にした。
◆◇◆ ◇◆少し小咄◇◆◇ ◆◇
煙草は本来夏に花を付けます。観賞用もあるので是非。ナス科の可愛いピンクっぽい花を付けます。
今回は敢えて冬の話に。
(※煙草は20歳からです)
◇◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆ ◆
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