冬─猩々木(ポインセチア「※本来の呼び名はしょうじょうぼく、ポインセチアの和名です」)

 


 金や銀、はたまた青色、静と動が入り交じったイルミネーションの飾りと行き交う人並を羨ましそうに眺める植物がいた。ポツンポツンと、商店街の道端に等間隔に置かれた真紅のほうはすれ違う人や空を見上げる。

 そいつの名はポインセチア。

 由来とは別で言い伝えがすごい。キリストが流した血をつぼみが受け、赤くなったとかならなかったとか。


(いつ見ても奇抜に赤い……キリストの血、か)


 僕は右手に熱く湯気立つ珈琲を持ち、左手は足元にある紅いほうの葉をさわさわと指で触れた。

  

「日本なのにクリスマス」


 珈琲を味わい、今さらながらの行事に僕は溜息も付いたが誰に見せるでもない笑顔を携えていた。口角を上げた理由は可愛い声でにこやかに、難問を吹っ掛ける彼女あいつを思い起こしたからだ。


(困ったな、キリストに因んだプレゼントと言われても……)


 うろうろ、あちこちと、クリスマス商品を扱う店を徘徊する僕がいた。


(キリストにまつわると云えばワインかパン、または十字架、天使。聖杯は─ワイングラスかな?)


 僕はポインセチアの鉢をそっと、手に取った。

 こいつには和名もある。

 赤い姿は酔っぱらう猩々しょうじょう(※猿に似た伝説の生き物、能の演目にも出て来ます)の姿に似ていたから猩々木って付いたらしい。

 僕は日本こっちの由来の方が好きだな。


の物は……酒でも良いかな?)


「いや、やめておこう。あいつも同じことを考えてそうだから。うん、やめたやめた」

 

 いつもは普通に過ごすクリスマス休日にいきなり、この行事に相応しい物を交換したいと言いだした彼女。

 発端は僕が持ち帰った本にある。


「あんな絵本、借りるんじゃなかった」


 僕は図書館で一冊の絵本を借りた。本の内容はお金の無い男女が自分の身に付けている物を売り、プレゼントを交換しあう……。


 『賢者の贈り物』


(互いの思いを認識し合う、いい話ではあるが)


 僕は結局、花屋に足を運んだ。


 酒を諦めた時点で目に焼きついたポインセチアにしようと、思ったから。まぁ本音を零すと……、


「まだ届いてないが……メリ、プレ用意してあったんだけどなぁ」


 本来のクリスマスは明後日の平日。いつものようにクリスマスに因んだ料理を囲み終わると考えていた。だからプレゼントは明日か明後日にと思っていたんだ。


(それなのにいきなりの注文、昼日中に部屋からも追い出された)


 今日は互いに連休で明日はイブ。ごちそうやワインは翌日の仕事に響くから今日が最適だけど、なにも準備(?)の為とはいえ部屋から追い出すことは……。

 お題の品も。一緒に買った方が用意するのも手間が省けて良いと、思うんだけどな。

 頭の中の余裕はどこえやら。吹き抜ける冷たい風と一緒に消え去り、あいつの不平不満で心が少々荒んでいた。

 その途端……一抹の不安が僕を過ぎる。


(まさか!? あいつの両親来たりして?)


 僕は一昨年の出来事を思い浮かべ、壁に飾られたリースを前に固まった。


 僕と彼女のあいだにある、

 ──真紅の葉、ポインセチア。


 苦い祈りと思い出

 親切な祈り

 冷静な願いに熱い思い祈り


(親って時に思慮深く、勘が良い)


 あれは一昨年のこと。恒例の定時報告に訪問した彼女の家、彼女の両親と顔を合わせる僕。

 彼女の親に会うとやはり、緊張はするけども意識しなければいいことなんだ。


(と言い聞かせていた)


 すんなりと報告を終えた僕は彼女を残し、先に帰った。

 当時の彼女とは……、少し距離を置いた関係だった。

 ただ閨は僕のわがままで強引に過ごさせ、あとは食と息をそこでしているだけという侘しい環境の中で二人、暮らしていた。


(あの時、お互い何を考えていたのか解らなかった)


 壁に飾られた、ポインセチアのリースを眺めた。


(彼女は親に、淡白に過ぎ行く僕との生活の営みを)

 ……話ていたのかも知れない。

 彼女は頻繁に母親と会っていたし、あの時の暮らしは先を見据えると別れた方が良いのではと思われても致し方ないだろう。


 最初の一年って飽きないんだよね。二年目はまぁ普通で、でも三年もとなると慣れが生じ互いが静かになるんだよね。

 ……慣れとは怖く、恐ろしいものだ。


(反省しないといけない。僕はもう彼女を『離したくない』んだ)

 

 そして─。あの出来事が起きた。

 ……唐突に僕たちの所にやって来た相手彼女の父親、クリスマス土産に北京ダックを差し出された。気を利かしてのことだと思うが普通はチキンか、七面鳥ターキーだろう。なのに─アヒルの丸焼き。

 相次いで彼女の母親がケーキ持参で来訪。おかげで彼女の手作りケーキと市販のケーキ、デカく丸い塊が冷蔵庫を分捕っていた。


 卓上テーブルは彼女の手作り料理が既にあるにも拘わらず、後からやって来たアヒルが中央の場所を横どった。

 花添えるどころか、テーブルは凄絶な盛り上がりを見せた。

 さすがにケーキはと、でも無下には出来ず僕がほぼ一人で完食した。


(あの後、胃薬飲んだんだよ……)


 そうして「家族四人?」で過ごすクリスマスの思い出が仕上がった。


(娘と仲良く─、という親の気配りだったのだろう)


 同棲していて、気を揉まない親がいる?


(否だな、僕が親なら気が揉んで仕方ない)


 同棲の良し悪しはこういうとこだ。実家が県またぎで離れていれば助かるが、二人とも駅や車ですぐ寄れる場所にある。

 僕は男だからまだ良いけど彼女は別だ。やはり妊娠とか諸々、気になると思う。


(娘には「倖せを」と祈るだろう……)


 店内をうろつく僕は真っ赤な薔薇を見て溜ついた。


(きちんとしてるかと言われれば、してないしなぁ)


 ポインセチアの生花リースは思ったより種類が多く、どれか悩んでしまう。

 一通り棚や生花を眺めていると別場所に、可愛い硝子瓶ボトルに閉じ込められたポインセチアや薔薇のハーバリウムが並んでいた。

 ボトルにオイル詰めされた花は生き生きと、瑞々しい姿を留めていた。


(……綺麗な裸体あいつも瓶詰めに?)


 少々サイコな考えに犯されたがそんな人非道的なことを思う前に「大事にしろよ!」と、自分自身の意思に殴られた。


(うん、思考が可怪おかしくなる前に帰ろう)


 リーフも綺麗だが、これもこれで。僕は瓶を窓の方に向け、明かりに翳して見せた。光を透かす瓶は輝いていた。


「やはり、コレだな」


(似たようなハーブ瓶もあるけどあれは食用、これは飾り)


 花木に、直に触れることもない、枯れる事もない。瓶だから埃にまみれても掃除が楽だ、場所もとらない。


(あれ以上の鉢世話も疲れるだろう)


 花好きには利点だらけだ。

 何個か手に取り眺め、その中から姫ポインセチアが入った丸い小瓶を見つけた。

 カスミソウ、と金糸が赤白緑のセチアを引き立たせる為のアクセントになっていた。

 手の込んだ趣向に何故か、変な発想が瞬時に閃いた。


「信号?」


 くだらない言葉が過ったが、偶然似た三色に可笑しくなり、両端に引っぱられる口角を手で隠した。


「すみません」


 店員を呼び、選んだ品を買うと透明フィルム包装してくれていた。包装ラッピングの仕上げは赤紐の小さな花リボン結び。


(手の込んだというか、器用な指だな)


 別どころに感心が持たされたプレゼントはますます、可愛く映えた。


(これはコートのポケットにしまっておこう、落とさぬよう。潰さぬよう)

 

 僕はコートの深い内ポケットに細心の注意を払い、ぽそんと入れた。

 帰路につく前にスーパーに寄り、欲しい物を調達する。


(部屋から追い出されたのはたぶん何かの気配りだ)

 と、思うことにした。


 気が付くと陽は陰り、風は先ほどより冷たく、夜の気配を僕に運んでいる。

 

「ただいま~」


 自分の想像が当たっていたらどうしようと僕は気がかりの種を胸に忍ばせ「いませんように」と願いながら、玄関の扉をゆっくりと開いた。

 


◇◆◇◆◇花言葉◆◇◆ ◇◆ ◇

  ポインセチア(猩々木しょうじょうぼく

 全体の花言葉「祝福する、幸運を祈る、聖なる願い、聖夜、清純」など。

 五色により異なりますがここでは、三色を。

白:慕われる人、あなたを祝福する

赤:私の心は燃えている

緑:エンバーミングの色にちなんで永遠の命、愛

◇◆◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆ ◇◆


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