冬─ポインセチア
「もうお父さん、いい加減拗ねるのやめて?」
「だっておまえ、母さんが久々に
「それはお父さんが悪いんでしょ?」
「だって」
「だっても何もありません。帰ってください」
いきなり訪れた父に、腹立つ私がいた。
(もう今ご飯拵えてるのに、しかもケーキは前に台無しにしたからお返しに豪華に飾り付けてる最中、なのに!)
外の人間に空気を読めとは無難な話、でもね連絡一つ寄こしても良いのでは?
ソファで丸くなる父を私は睨んだ。察した父はビクつきながらも小さく閉じた腕をプルプル伸ばし、テーブル上にある湯呑みを取っていた。
白髪混じりで少し丸みのある父は
いい年した父がいつもは優しい母が鬼のように怒ったと、その姿に嘆いているのだ。
(でも心を鬼にしないと
「もう、
「うう、今日泊めて?」
「許可は彼にとってください」
「お土産、持って来たよ?」
「ハァアン?」
鋭い目つきで父を伺う私がいた。
「うーん、父さんあの子には威厳ある父を見せたい」
「そんな父はいませんし、そもそも喧嘩の原因はお父さんだからね?」
私の言葉に反省しているかは解らない。だって父はお茶を啜り、外を眺めていたから。
溜息と鼻息を交互に憤る私は彼の帰宅を、気にしだした。
(驚くよね? あの人)
父の手土産の三品の内の二品を、煮込んでいたシチューにぽんっと放り込んだ。グツグツ煮込まれ、ポコポコ、音を立て気泡立つシチューに頬を緩ます私がいた。
まさかまた父がアレを持って来るなんて、思わない私は油の中で踊る鶏肉を見ていた。
(もうそろそろ帰ってきそう)
はぁと父に訊こえぬよう私は溜息をついた。一応玄関には気を付けてるけど、調理の音が邪魔して戸口の音は聞こえない。
(居るなんて知ったらどうする?)
(居るなんてことは……ないよね?)
僕は恐る恐る、玄関のたたきを注視する。
靴はない……。でも何だろう良い油の匂いに混じり、覚えある甘辛いのが鼻をかすめてるみたいだ。
リビングの扉を開け、隅々に眼を配り周囲を確認した。それはもう部屋の壁角、窓、彼女がいるキッチンにテーブル下、至るまで。
「!」
ダイニングテーブルの上に並ぶ食事、ワイン数本が整列されていた。
「ビンゴ!」
期待を裏切らない予想通りの
キッチンでは鍋の様子を窺いゆっくり玉杓子で中を掻き、こちらを窺い微笑む彼女がいた。
「あっ、お帰り。鍋の音で気が付かなくて」
「シチュー?」
「うん、ブロッコリーと花キャベツ貰ったから」
「お父さんに」
「えっ、どうしてそう思うの?」
僕はカーテンをビシッと、指差した。
「あのデカさで隠れてるつもり?」
「……テへッ」
誤魔化し笑いする彼女を余所に、僕はカーテンを普通に引いた。
そこには身を屈め、靴と湯呑みを手に持ち三角座りを決め込む彼女の父がいた。気まずそうに僕に微笑んでいる。
「やぁ~お邪やま?」
「お義父さん、語尾……」
「……テへ」
似たもの親子が……、僕の前にいた。
「二度あることは三度ある」これも予想範疇だ。でも本音言うと、
(居て欲しくなかった)
僕はお義父さんから手にある靴を貰い、ソファで寛ぐよう促した。おずおずと僕を伺う義父が思ったより可愛く見えた。
「紅茶? 珈琲それともミルクですか」
「ああと、珈琲牛乳」
ああ、本当に想定内……。
「お父さん、ないわよそんなの」
「はい、あるよ。それと栗羊羹」
「えっ?」
驚く彼女に僕はこそっと、耳打ちする。
「実は
「ああ、だからここ最近、冷蔵庫にコレが」
朗らかな彼女は、買い出し袋から珈琲牛乳を出していた。
(念の為に買って置いて良かった)
義父は何故か珈琲牛乳と栗羊羹が好きなのだ。
彼女は飲み物をグラスに注ぎつつ、義父の経緯を僕に話した。
「お父さん、お母さんと喧嘩ですって」
「へぇ~。でも拗ね、よりかなりへこんでるよね」
「うん、今日のお昼。クリスマスランチしてたら隣のカップルが薔薇の花束をね」
次に彼女は羊羹を一口大に切り始めた。
「……お義父さん、お義母さんが羨んだら「薔薇など食えるか」と仄めかした?」
「よく解ったわね」
そりゃあね。レストランでそのような催し最中に口を挟み、場を白消さす人は僕の識るところ一人、彼女の父しかいない。
それに彼女の母は大の花好きロマン好き、いまだオードリー・ヘップバーンを敬愛するお人。それに控えその父はジョージ・ルーカス。
同じロマンでも系統が違う、そしてその娘は……。
こうも種類の違う家族を目の当たりにする僕はもう、笑うしかなかった。
(ほんと花より団子親子だな)
「まさか冷蔵庫に
「いるわよ」
冷蔵棚にドンと居座る茶色い物体を僕は睨み、鼻息を散らす。
(量、考えて?)
丸焼きのアヒルを冷蔵から取り出し、薄切り仕出した。
「ごめん。キャベツ、人参、千切って僕アヒル盛るから」
僕は大皿を用意し、オードブルを拵えた。シチューをスープジャーに移しそして。
「コレ、上げてもいいかな?」
「まぁ、可愛い……」
赤いりぼんでラッピングされた品を前に、無言で佇む彼女がいる。
それはなるだろう、どう見ても今日の『お題』だ。見て察した彼女は、口一文字に真剣な表情を浮かべていた。
考えに考えたのだろう、彼女が言葉を発するのに数分かかった。
「これでお母さんの機嫌が直るなら良いかな。だって父に居座られても困るもんね」
栗羊羹と珈琲牛乳の組み合わせを楽しむ義父に、料理が入った紙袋とラッピングされた小物を見せた。
「これは?」
「今日の晩ご飯と仲直り、してください」
「……良いのかい? こんなに可愛い。これはあいつに渡すのでは?」
義父はちらっとキッチンに立つ彼女を見てから、申し訳なさそうに僕を仰視した。
「良いんです、それよりまずお義母さんの機嫌の方が?」
「お恥ずかしい」
頭を掻き、大の大人が子どものように照れていた。
「まぁ、たまには喧嘩も─、ね?」
微笑む僕に彼は羊羹をモグモグさせ、満面に笑んでいた。その面影は彼女に似ていた。
(親子だな。甘い物好きの所も似ている)
暫く、義父とたわいない会話を交わし、気分が落ち着いたのか義父は腰を軽く上げた。
「お世話様。あと、娘がなぜ別れないんだろうと謎だったが……」
「……謎のままにしておいて下さい」
帰り際に、彼女は余った栗羊羹と黄色い
「もうお父さん。お母さんにくれぐれもね」
怪訝な娘に義父はまた頭を掻いた。申し訳なさそうに玄関の扉を閉め、去って行く。
見送った僕はどっと疲れ、その場で寝転んだ。
「ああ、想定内といえ緊張するわ」
「ごめんね。まさか来るなんて」
「ご丁寧に北京ダック……まぁ酒に合うから嬉しいけど」
腕で顔を隠し仰向く僕に、彼女は近づき額にキスした。
「ありがとう」
「いや、そんな」
僕は立ち上がり、彼女の手を引きリビングに戻る。
「ふふ、可愛い小瓶だったね」
「そう? よかった。でもキミに渡したかった」
「本当ごめんね? お母さんああいうの持ってないから喜ぶよ」
「そう。キミは?」
「うん、私も渡しちゃった」
黄色いポインセチアは珍しい。
黄色は「幸運を祈る」と云われている。お互いが同じ気持ちを向いていると、感じとって良いのかな?
「交換する品がないね」
「ふふ、絵本だと手元に残るのにね」
微笑む彼女が眩しく、僕は堪らずキスしようとしたその時インターホンがなった。
「お父さん、かな」
「いや、ここで戻ってきたらあの人尊厳無くすでしょ? たぶん」
「ん?」
微妙な表情の彼女に、僕は自信満々に彼女の父を仄めかす。
「僕の前では『威厳保つ父』で、在りたいんでしょう?」
「知ってたの?」
「知ってた、でも珈琲牛乳、栗羊羹の時点で威厳も尊厳も─だよね?」
僕の言葉にそうだと頷き、ケラケラ笑う彼女に僕は白い歯を見せた。話している僕達を玄関の呼び鈴が急かす。
僕は慌て玄関に向かった。配達員から荷を受け取り、僕は喜んだ。彼女の元まで鼻歌を歌う僕がいた。
「何が着いたの?」
「うん、実はね」
明日来るはずの荷が今届いた。僕にとって配達員がサンタに見えたことは、彼女に黙っておこう。
「キミが欲しがっていた物?」
僕は箱から取り出し、彼女に両手を出すように云った。彼女は首を傾げ、不思議そうにしていたが手に添え置かれた品に、眼を輝かせた。
「コレ、え、え、なんで。何故、知ってるの?」
「ね? 何でだろう」
それは『天使の卵』シリーズのネックレス。つるんとした銀や金の卵に羽が生えたデザインのかわいい代物。他にも卵をイメージしたカワイイ系やシック系のデザインまである女の子や女性に人気あるジュエリー。
(キミの先輩からリサーチ済み)
まさかこのタイミングで来るとは思わず、喜びとともに安堵する僕がいた。だって小瓶を見たあの時の彼女の瞳は─。
(ほしかったんだよね?)
瞳を潤まし、首に添えた
「ありがとう。大事にする」
「うん」
目元を緩め、破顔さす彼女の首に僕はプレゼントを付けて上げた。
彼女は鏡を前にしてネックレスを付けた自分に、はしゃいでいた。
その姿は絵本の中の女性を僕に、思い描かせた。
綺麗な髪を売った女性もこのように喜んだのだろうかと考え、同時に櫛を渡した男性もこのように同じことを思ったのだろうか……気付くと僕は彼女を無言で抱きしめていた。
◇◆◇◆◇花言葉◆◇◆ ◇◆ ◇
ポインセチアの全体などは前回紹介したので残り二色を。
ピンク:思いやり/純潔
黄:幸運を祈る
◇◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
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