冬─ハーブ 後日談、ペパーミントティ


「ねぇねぇ、あそこの席にいるカップル、お兄さん?」

「そう私の兄、美男美女であっ」


 訊ねられた私はバイト仲間に遠目から兄を、紹介をしていた。

 その最中に事件は起きた。そこにいたたちは眼を丸くさせていた。慣れている私はあちゃーとなった。叩たいた額はいい音をさせた。


「おおう、遣りおったよバカ兄貴」

「わっ! 大胆……だね、お兄さん」

「あれがなければ良い兄なのですがねぇ~、はぁああ」


 深く溜息をついた。

 私には慣れた光景だった。兄は人目憚らず彼女とイチャつく。高校の時はそうでもなかったはずだけど年を追うごとに、大胆になる行動。

 でも私はそんな兄が大好きだ。何事にも臆さず、素直過ぎるバカ兄だが私はそんな兄を少し羨ましいと思う。

 

(正直なのは良いことだよ、うんうん)


 年離れた馬鹿な妹の感心など、この不届きな兄には届かず。

 正直すぎても馬鹿を見ることはある。正直なのは果たして良いことなのか?

 どうなのか?


(……なんだろう?)


 僕は今更ながらに考える。いや考えさせられている。

 ソファにうつ伏せ、溜息をつく僕は彼女にうっとうしいと言われ、背中を掃除機で吸われた。


「僕はゴミじゃない」

「いいえ、昼日中そんなとこで寝転び溜息ばかりの人は屑で塵で邪魔よ?」


 今日は休日、朝から掃除をする彼女を眺め飽きた僕はソファでごろごろしていた。


(いつまで掃除してるんだろう……僕をかまってほしい)


 いつもなら本を抱え、茶店に出掛ける僕だが朝見たテレビ特番に映った店の所為で動く気力を奪われた。


 とある痴態が頭を悩ませた。

 ……原因は僕にあるでも、後悔してるわけではない。ただいつから恥じらいが……、なくなったのか。


(よく考えると妹の前でまたやってしまった?)


 特番に紹介されていた店は妹のバイト先の花屋だった。「あぁ~」と先日の出来事を今更、嘆いたのだ。

 暫くすると先ほどまで耳を騒がせていた音が止んだ。


「はい、どうぞ」


 優しい声と一緒に、ティカップが卓上に置かれた。その方向に顔を向けると耐熱硝子で出来た透明の器に茶水があり、湯気を柔らかく上げていた。

 可愛い緑葉の芽がほっこりと。温かい飲み物は白い蒸気をゆるり上げ、そこで蒸らされた小さな葉は上でゆらゆら揺れている。

 甘い紅茶の匂いに微かに混ざるペパーミントの香り。


(落ち着く……僕はいつから恥じらいを、いや彼女が僕の理性を削ぎ落とすんだ)


 僕の落ち着きの無さを傍にいる女性の所為にして、思考から逃れることを考えた。


「もう、シャッキとしなさい。らしくない」

「らしくない?」

「あっ、うんなんというか、その……あなたがぼぅと呆けているのがね? ベッドではよく見るけどどうかしたの?」

「ベッド? それはキミに満足してるからだよ」


 でもダメだった。素直に気持ちを返していた。

 ……抑えられてるならあんな宣言もしないし、こいつを縛りもしない。


「らしくないか? 紅茶、ありがとう」


 胡坐を掻き、カップを手に取ると玄関の呼び鈴がなった。誰だと思い訝しげるもいち早く、彼女が動き応答していた。僕は玄関の開く音を訊きつつ、頭をすっきり冴えさすこの味わいを嗜んでいた。


(ああ、落ち着く)


 和んでいる僕に、可愛らしい小鳥のさえずりに似た小生意気な声が届く。


「よっ、兄貴!」

「ぶっフッ!」


 忘れかけていた思考痴態が僕の頭を霞め、今は会いたくない者が目の前に現れた。


(ファンタジーで言う所のモンスターが来たよ)


「なんだよ、せっかく遊びに来たのに」

「……どうせ小遣いをせびりに来たんだろう?」

「ビンゴ! ねぇ、ちょうだい~」


 わが妹ながら……、正直だ。


 早速小言を注ぐ妹を前に僕は温かいハーブにごくり、喉を通した。

 腰を据えるなり妹は瞳をキラキラさせ、両手を差し出してきた。

 なので僕は睨んだ。


「バイト代は一昨日に出ただろう?」

「なんで知ってるの?」 

「母さんから。そして言われてるんだ。甘やかすなと」

「お母さ─ん……って、怯むわけナイナイ! ほらっ」


 九つ下の妹は大学生成り立ての上、おまけにまだ若い。この年代は何かと遊んだり、学んだりと好奇心旺盛な年頃だ。

 僕もその年を通り過ぎたけど小遣いは親にせびらず、自分で何とかしたんだけどなぁ。


(まぁ僕の場合、上がいないから甘える人間がいなかっただけ。かな?)


 眉間に皺を作り、まじまじと眼の前でにやけるこいつの顔を伺う反面、彼女は眉尻が下がり微笑ましく眺めていた。


「いいなぁ。妹、私もほしいわぁ」

「私はもう貴女をお姉さんだと思ってるけどなぁ」

「嬉しい! 今度は何買うどこ行こうか?」

「ええとね」


 彼女は本気っぽい意見だが妹からは空々しい猿芝居を感じる─、それはほんとうに本音か?


 妹に茶化しながら訊ねると頭をきつく、弩突かれた。

 「いてて」と悶える僕は少し考え、二人の遣り取りに「待った」をかけた。仲睦まじきは良いことだけど、どうも会話の流れで腑に落ちない部分がある。会話を遮られ、怒る妹は無視し彼女に訊ねた。


「まさか服とか、買って上げた?」

「えっ、うん」


 「あれ、ダメだった」と悄気る者の頭を撫で、僕は少し苦笑いをした。


「兄貴、不粋~」

「お前は黙れ……、困った奴だな」


 彼女の後ろに張り付き、僕から逃げる悪ガキの額を指できつめに弾いた。


「でこぴん、痛い~~」

「ぶりってもダメだ。お前そういうことはきちんと報告しろな」

 

 べぇと舌出し戯ける妹に僕は更に、でこに強めにもう一つ食らわせた。爪と皮膚がかすり、張りのある音が指先から伝わる。


「いひゃい!」

「かわい子ぶるな、このバカ」


 兄妹が巻き起こすコントに眼を虚ドらす者がいる。目を見張ると一拍おき、明るく艶っぽく微笑んでいた。


(今日一番のかわいい笑顔が見られた)


 可愛く信頼が於ける者にカードを渡し、二人で買い物に行かせた。レシートは必ず僕に見せるように、念を押して。

 もちろん妹は喜び、僕が誇る美人さんの背を押し外へ繰り出した。


(知らぬ間に妹が世話になっている)


 まぁこんな異性より同性の方が気が合うし、話も楽だろう。母は女でも何かが違うし、友達もいるだろうけど……と何故か心配事が込み上がる。

 彼女の存在が今も大きく助かっている僕は、反省しなければいけないかな。

 頭に彼女を描いた後、妹の明るい仕草を思い安堵した。

 ほんとうに僕は『彼女依存症』だ。


(妹が彼女に懐くのは僕も嬉しい)


 妹もこれから大きくなるにつれ、相談役は多い方がいいだろう。彼女なら服装や化粧など、身の回りのことを教えてくれるだろうし。


(よく考えるとボーイッシュな服装ばかりだな、あいつ……)


 手にあった本のページが進まず、妹のことばかりを考えていた。そうしてずり落ちる本の感触があったけど僕は……、

 ──……。


「こらっ、起きろ」


 「んっ」と微かに瞼を開きかけるといきなり口は塞がれ、すっきりすぅひりっとする《蜜水》が喉に通された。びっくりして咽せかけたが唇に重なる感触に押さえつけられ、息注ぐことを赦されない。

 上に被さる柔らかい物体を押し退ける為、力を込め掴み上げた。「あっ」と囁く小言に合わせ唇が離れると、爽やかなミントの息が喉を通る。

 僕は、うたた寝をしていた。


「ぷぁ、なっ、何?」

「気持ち良さげに寝てたからいつもの仕返し?」


 帰って来た彼女は僕に紅茶を口移しで飲ませていた。それと同時にキスで起こされたは良いが、一つ間違うと死んでしまう。

 そのことを伝えると彼女は妖艶に微笑し「あなたを独り占め」と、嬉しいことをほざいてくれた。


「良いけどその後キミは独り?」

「それはわからないわ」

「悲しいね?」

「ふふふ、そう?」


 彼女はにこやかに応え、僕を軽く遇う。

 最近の彼女の行動が時に驚き恐い所もあるが、僕には良い刺激になっている。


「ほんと。キミは僕のハーブだね?」

「うわっ、キモい。よくそらで云えるわね?」

「キミの所為だけど?」


 笑う彼女を膝に乗せたが拒否らない身体の温もりに、僕は甘えた。

 そのままの姿勢で話し掛けら長く白い、数字を刻んだ紙束を見せられた。見せられた数は予想より少なく、胸を撫で下ろした。

 一息つく僕に、妹との買い物風景を伝える彼女がいる。


「キミは何を買ったの?」

「私? 私はね─……」


 以前より縮まる彼女との距離が僕には嬉しい。

 彼女といる時間の大切さをますます実感する僕は、白く湯気立つハーブティーを手にし綻んだ。

 腕の中にある彼女の頬に、キスをした。


「ありがとう」


 正直な僕の誠意気持ちに応え、軽やかに笑む彼女が眩しかった。

 


◇◆◇ ◆◇花言葉◆◇◆ ◇◆ ◇

 ペパーミント

 「心の暖かさ、美徳、真心、永遠の爽快」

◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇ ◇


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