冬─メタセコイア(曙杉)
金曜の夜でも閑静な公園が今日は騒がしい。
子どもから大人まで、至る所に夜だというのに人がいる公園。昼だと錯覚を起こしそうなほどに賑わい、いつもは居ないキッチンカーまで並んでいた。
「いつもなら簡素な夜なのに」
「まあ、でもそういうシーズンだし、それに今年はイベントも絡むから人が多くなるよ」
私達が今いる公園はいつもの近所と違い、駅近くにある大きな市営公園。そこを二人、散歩している。
公園は入り口通路を挟んだ所に小学校、図書館、市営会館と、公共施設が建ち並びそのすぐ先には商店街。
小さな者から大きな者までが利用し、楽しめる憩いの場所。
でも夜は不気味なほど静かになる。
その原因はここ中央に、どっしり居座る一本の大きな幹にある。この街のシンボルにして皆に愛される、落葉針葉樹の『メタセコイア』
下から眺め有象無象に伸びる枝に首が追いつかず、どこまで見果てれば良いのか解らない大木。
(いつ見ても疲れるなぁ)
おかげで、昼でも気味悪い影を差し、夜は誰も近づかない。
しかし、冬シーズンだけは違う。この樹は冬のあいだだけ優しく暖かく、皆を見守る樹に生まれ変わる。
(すごい高さ、そして相変わらず綺麗なオブジェ。ふふ)
毎年冬になるとクリスマスオーナメントとして枝に、無数に、照明具が飾られる。
樹の先端にはクリスマスに欠かせない『ベツレヘムの星』を掲げ、その輝星から下に掛け流れる枝木にぐるぐると巻きつけられた耀りはまるで……。
満天の星が流れ落ちたかのようだ。
(この時季だけの綺羅星が好き)
大きなツリーに誰もが夢見ることだろう。巨木の足元にはトナカイ、雪だるまなど、皆が好きなクリスマス色が目映く散らばり広がっていた。
街もだが彼も私も、楽しみにしている冬の風物詩の一つ。
「久々にキミと訪れた気がする」
「去年も一緒に見たよ?」
「そういう意味じゃあなく……ね」
隣の彼は端麗な顔を少し引き攣らせ、哀しげに微笑を浮かせていた。私はその言葉の真意が解らず、首を傾げた。
「ほら、持ち上げるから」
彼の手がゆっくり私の脇を持ち上げ、身体は肩車された。いつも見上げる彼を頭から見下ろす私がいた。
ものすごい構図に私は胸がキュンと、なった。
「ほら、飾り付けないとこのまま歩くよ?」
「え、それはごめん恥ずかしい。ちょっと待って! 直ぐ飾るから?」
今年はこの樹に、金の球体を飾るイベントが加わった。
クリスマスと「平和祈願」、思い込められた催し物。街に住まう人の希望と言っても過言ではない程に上の明かりに見劣りせず、下の枝にもキラキラといっぱい光りが飾られていた。
(でもお一人様一つ百円、取られるのよね)
この収益は募金になるらしい。
私にとって募金はさほど大事ではなく、久々に彼を見下ろせた事の方が大事でうれしかった。
「うまく結べた?」
「ふふ、変な感じ」
「まぁ、滅多にやらないからこんなイベント。七夕とはまた違うし」
(そっちの変ではないんだけどね?)
ゆっくり下ろされる私の頬に、微かに柔らかい物が触れた。
「……! 本当さり気なく
「だってキミが好きなんだもん」
「それも四六時中言われると飽きちゃうよ?」
「そう? じゃあ犯して良い?」
「バカなの? 年と場を考えなさい」
「フフ、だって。キミが傍にいると
彼は照れもせずさらっと私に、告げた。
(……もう、この人の頭はどういう構造をしてるんだろう)
恋人結びで手を握り合う私たちの会話が下ネタめいたモノだと知ったら、周囲は驚くかな。それとも悲嘆するか憐れむか。
(あっでも先輩怒りそう。あの人、彼の外面しか知らないから幻滅しそう)
そんなことを考え、私は彼の隣を歩いていた。
「ご飯は? お腹空いてない?」
「うん、今はまだそれより。少し離れた所からこの樹を眺めたい」
「じゃあ、軽いのを食そう」
彼はそう言い、敷地内にあるホットサンドの
「ここで待ってて、直ぐ戻るから」
私をベンチに座らせ、彼は美味しい匂い漂う屋台の列に融け込んだ。
行列にいる彼を双眸に収め、こんなデートも良いなと思い微笑む。
優しい黄色と橙色の光りに包まれた公園を見蕩れる私に、聞き慣れない声が訊ねてきた。
どうやらナンパらしい。
若い男に絡まれ、まごつき睨む私の耳に「ある音」が届く。低く、相手を呪うかのようにねっとりとした声色。
その主は、部外者二人に囁く。
「僕の
私も、彼の声に首筋がヒヤリとしていた。どことなく彼の表情も冷たく、まるで私は氷の中に放り込まれた気分になった。
(雪降ってないのに寒い)
彼の視線はそれほどまでに冷たく。ハッとした彼が私と目を合わすと先ほどの表情は消え、温かく氷を解かす微笑みを称えていた。
「困った。人が多いからと置いていったのが間違いだったかな」
困り顔で笑む彼を私は少しだけ、躊躇った。
私が知らない面持ち。この人はあんな表情も出来、冷たい声を持つんだと知った。
「どうしたの? 冷めちゃうよ」
いつもと変わらない彼がいた。私の中の彼は楽しく、明るく、時に叱ってくれる誰にでも優しい彼だ。
そんな彼の、見ない一面を垣間見た。
(ああいう怒り方─、するんだ)
固まる私の唇に彼は出来たてドッグをグイグイ、押し付けていた。
「ほらっ」
「っ熱っう、もう!」
「いや、なんか表情が硬かったから」
「ゥンもうだからって熱い! それに」
怪訝な私に、
「んん何?」
と、不思議そうに覗く彼がいた。
「あんな顔と声もするんだとちょっと」
「ああ、一緒にいるときはいつも睨んで追い返してたから」
「えっ!」
「声は高くもないけどそこまで低くは……でも、今更気付いたの僕の声に」
戯ける彼に、苦笑いで誤魔化す私がいる。
(今更も何も、あんな冷酷な面も地獄を思わす
「だってあそこまで低い声なんて初めて聞くし」
「男払い除けるのに可愛い声、出す必要ある?」
(そうだけど─もし、出せるならその可愛い声。聴いてみたいな?)
にこやかに話す彼に私は戸惑い、ホットドッグを食べほしてから間を開け、ケラケラ笑った。
まだ私の知らない彼がいる。
「えっ、なにが可笑しいの?」
「ウン、あなたが可笑しいの」
何故私は彼と一緒にいるのか、少し解ってしまった。
私と彼のあいだにある
──メタセコイア。
楽しい時間
愉快なひと時
様々な驚き
一緒にいて、彼を知ったふうに思っていた。
でもまだ知らない部分がある。今さらながら彼について、復習してみた。
1、私を飽きさせない。
2、会話がなくても私を気遣い、ずっと横にいてくれる。
3、安らぎを与えてくれる?
とりあえず、三つ述べてみた。
(慣れとは怖いものだ今からでも。──遅く、ないだろうか)
「どうかした?」
「ううん、お腹が本格的に空き始めたの」
「食べて帰る?」
「ううん、家で食べよう」
私は朗らかに笑い、彼の手を握った。彼も強く握り返す。
頬を緩ませ互いが笑う。
……考える私は、彼が先ほど見せた儚げな表情の意味にやっと気が付いた。
(ああ、そうか去年も一緒に見たけど私、「心ここにあらず」だったような……)
彼に飽き始めていた私は去年、ココに同じように彼の隣にいた……。
……、彼は気づいていたんだ。私は少し申し訳なく思い、彼の身体に頬をすり寄せた。
「きちんと前見ないと、危ないよ」
「うん、見てる大丈夫」
馬鹿は私だと思った。今まで気がつかなった彼の一面、彼の癖、改めゆっくり探してみようと思う。
横を歩く彼を眺めつつ、街の灯りも見つめ反省する私がいた。
◇◆◇◆◇花言葉◆◇ ◆◇
メタセコイア(
◇◆ ◇ちょっと小咄◆◇ ◆◇
メタセコイアはスギ科またはヒノキ科で全長25から30メートルにもなる化石植物としても有名です。絶滅したと思われていたが中国で発見されました。最近では街並みなど定番に植わってますね。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆
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