冬─ハーブ
「なんか植物園みたいに、大きな花屋だね」
彼は蒸せる熱気に当てられ、話していた。薄っらと掻く汗に、仄かに上気する彼の姿が妙に色っぽい。思わず私も見蕩れたが、傍にいる女性店員はあまりのことに鉢を落とした。
「熱い……外にいるわ」
それはそうだろう。此処は花屋でもハウスの中、熱もさることながら湿気も凄い。そんな所に美青年(?)が汗を垂らしめ、歩いてる。
絵になる構図だけど、私は少し苛立った。
(先輩の言う通り、この人は本当に!)
苛立った理由がこれだけなのかは解らないけど……。
彼の後を追うと今度は、冷房室に保管されている薔薇を眺めていた。此処でも女の目線を独占していた。
先輩のひと言の所為で気にならなかった彼の容姿が更に、気になりだしている。
知らなかった。行く先々でこんなに視線を浴びていたのか。
「ねぇ、少しお茶しよう」
彼は表を指差し、角にある喫茶店に眼を向けた。
体の温もり
癒される温もり
気持ちを落ち着かす爽やかな温もり
私と彼のあいだに
──安らぐひと時。
会話がなくても一緒に居られたのはお互いの距離が上手く保てていたのかもと、ふと思った。
「お目当て見つかった?」
「えっどうしよう」
顔を上げると彼の顔が近い。見慣れているとはいえ、周囲の眼の所為で彼を意識している私にこれはキツい。
「アレ? 熱かな顔赤い」
彼が心配して私の額に手を当て、熱を測っている。彼を眺める私はもちろんのことだが何故かそこいらの席の女性に、店内を行き交うカップルにまでもこちらが注視されていた。
(熱ではありません。ちょっと気づいて欲しいかな)
彼が頼んでくれていた紅茶を私は気を落ち着かす為に、飲んだ。暫くするとお菓子に豪華なサンドイッチプレートがテーブルに、運ばれて来た。
「悩んでいるみたいだから食べて選ぼうよ」
そう。ここに来た理由は食用鉢を増やすため。ハーブを常備しようと思い、此処を訊ねに来た。
このお店は庭園造営をしつつ花屋も営んでいる。多種多様な植樹や手頃な植物までも揃っており、喫茶店までもある。
「最近何かと此処に来るよね。どうして?」
「えっとね、ハーブが多いのもあるけど実は……」
「よっ! 兄貴」
良いタイミングで声を掛けられた。
「兄貴」と
「おまえ……花屋でバイトって此処だったのか」
「ニヘッ、知ってたら?」
「来ない……」
眉をひそめ、彼は紅茶を嗜む。
彼がカップを置くとかわいい声が話し掛けてくる。
「おっ、その紅茶。兄貴、レモングラス好きだね。高校の時も吸ってっッモッ─、ふゴッ」
「アホ。言い方な! 社会的問題だろう」
彼は妹さんの口を急いで手で覆う。妹さんの塞がれた口はモガモガしていた。
私は何故か吹き出した。彼の手が離れ、ぷはっと息を吸う妹さんが可愛いと思えた。
「もう!! 時効でしょう?」
「そういう問題ではない! 仕事に戻れ!」
「へぇーい、相変わらずの美男美女で。お姉さんと別れないでよ?」
私は妹さんの一言に咽び、彼を凝視した。
「私、兄貴以上にお姉さんが好き」
「早く、戻れ!」
眼を輝かせ私を見る妹さんがいたけど咽せ過ぎ、返事が出来なかった。妹の後ろ姿を見送る彼の表情は呆けていた。
「知らなかった。キミがあそこまでアイツと仲良いとは」
私と妹さんの仲に感心し、ゆっくりカップを持つ彼がいた。
「……この間の土瓶蒸し、から」
「ゴホッ」
カップを置き、口を拭う彼は赤面していた。
「僕ら遊ばれてるな」
「うん─、でも私は楽しいよ。フフ、美男美女ってあなたはだけど私は違うのに」
「いや、キミは美人だよ。気が付いてくれる?」
「そっ、それじゃあぁ、あなたも気づけば?」
「なんだそれ?」
静かに微笑む彼は紅茶カップを手に取り、溜つき外を眺めた。
(ほらっ、絵になる)
私は用意されたバンズサンドにガブリと、歯を立てた。
「あれ、これはカレーソースと鳥肉。アクセントにレモングラス?」
「うん。どんなかなと思って。あと定番なバジルのナポリタン、ハーブの腸詰めにローズマリーのスープ」
料理の紹介をする彼を傍らに、口には爽やかに広がるハーブにそれ同様の彼が眼前にいる。
(フフ、何だろう。楽しい)
彼は言わなくてもいつも手際が良い。悩む私を見越すといち早く、答えを導こうとしてくれる。最近になって、彼は私のことをよく知っていることが理解出来た。
本当に彼は先輩曰くの「優良物件」だ。
「少しずつ、あっ合間に水飲んだ方が良いよ。味比べてみてどう? まだなんか試食する?」
「う……ん、それよりレモングラスを吸うって何?」
「ああ~~」
メニュー表を手にしていた彼はそれで顔を隠すとチラッと、眼を覗かせた。ボードの端にある彼の瞳がつぶらに訴える。
「この前、不眠を話したでしょ。その治療の一環、アロマテラピー的な?」
「レモングラスを?」
「医者には主にラベンダーとカミツレ、レモンバームにローズマリーを薦められた。紅茶なりと色々」
「安眠効果ね」
私は頷きながら水を飲み、次にウィンナーを「カシュポリッ」と咀嚼する。
「だけど、
彼との会話の間、私の口角は緩んだままだった。
「葉巻を? それともお香?」
「お香な感じ? 高校生で葉巻は問題だよ」
彼は頬杖ついて外を一瞥し、また会話に戻る。私は(ああ、これは)と思うも彼の声を訊き、横に添えてあるフランスパンを口へと運んだ。
「他も試したよ? でも、ひと肌が一番落ち着いて寝られた」
「だからって、お父様はないわぁ」
「言わないで、汚点だ。でも、妹や母を抱くより良いでしょう?」
「そうね、それこそ犯罪かなぁ~」
手を止めず料理を食す私に彼は無邪気に微笑し、頬に触れてきた。
「こんなとこにパン屑付けて、美味しい?」
「ふふ、美味しい。でもレモングラスは安眠より、風邪薬だよね?」
「うん腹痛とか内服薬的な。でも香りがスッとするから落ち着くんだ。煙草の代わりには持って来いだよ、胸も頭もスウッとなる。個人差だけど」
彼は胸ポケットから煙草の筒を出し、私に見せた。
「家で吸ってみれば?」
「いつの間に……」
「そこで売ってた。あと芳香剤とか、浴用剤、オイルとか、ポプリもあった」
やはり行動が早い。彼には感心させられてばかり。
会話が一区切りし、黙々と食が進んでいる私達の
「お客様、こちらご試食ですがどうぞ」
妹さんがお店のサービス品だと微笑み、ついでにエプロンの裾をひらひらさせていた。
しなを作り、兄に目合わす可愛い妹だなぁと私は感嘆していた。しかし彼は呆れ顔で冷たく遇っていた。
「馬子にも衣装」
「似合うっていいなよ、兄貴」
「あ~似合う。似合う」
「うわぁ、やな感じ、お姉さんどう?」
「うん。かわいい」
エプロンの裾を放すことなく、妹さんは私にウィンクをして去って行く。
(かわいいなぁ。ああいう妹ほしかったんだよね。フフフ)
「あいつ、余程キミが気に入ったんだね。きみも?」
「うん。会うのこの間が久しぶりだけど」
「急にどうしたの?」
「私とあなた。実家では別れたことになってたらしいね」
「あっごめん、それは僕が原因だ。まめに会わせておくんだったし、話もするんだった」
謝る彼に、私も覆い被さるように謝った。二人がテーブルに置くカップを
「私にも原因が、ほんと!」
再度謝ろうとした私の口は彼の口で塞がれた。こともあろうに公衆の面前で。驚く私だったがいつものことだと開き直るも、恥ずかしい。
(そうだ、彼から離れようと考えた原因はこういう一面も……)
「僕は隠さないよ、素直過ぎて呆れてるよね」
「九割?」
「それ、ほとんどじゃない?」
「だって、付き合い始めはそういう素直なところって新鮮だけどやはり場合、時によるよね?」
「でも、キミは付き合ってくれる」
「だって……顔は良いし、大胆なとこ覗くと性格良いし、私に干渉しないし」
「同居場所はキミの会社に近いし、僕は料理もするしね」
「フフフ」
満面に喜ぶ私に彼は視線をこちらに向けたまま、俯いた。
「互いの欠点探しはまた、今度にしよう」
ここ最近、彼と話す話題が増えた。前は話してもくれなかった昔を彼は話すようになった。
私は─、楽しいのかな?
紅茶を飲み干した彼はカップを静かに、テーブルに置いた。
「決めた?」
「うん。ローズマリーとバジルとレモン……」
「バームは気をつけないと。外ではなく完全室内なら薦める」
「え、どうして?」
「やたら増えるから」
「じゃあ、グラスにしようかな」
今思うと彼は私の好きな時、居てほしい時そばに居てくれる。一時は荷物係に利用させて貰っていたけどここ最近は違う。でも彼は何も言わず、相変わらず荷物は持ってくれるし案内も色々してくれる。
本当に優しい彼。私には勿体ない気がした。
ハーブの苗は持ち帰った後、彼が丁寧に植え付けてくれた。キッチンのシンク端で可愛く芽を輝かせ、しゃんと背を伸ばし並んでいる。
◇◆◇ ◆◇花言葉◆◇ ◆◇ ◆
レモングラス
(爽快、爽やかな性格、凛々しさ)
ハーブの効用はそれぞれです。今回の花言葉は作者がお気になレモングラスを紹介しました。この商品、葉巻だけではなくステッィクもあります。(葉巻は20歳からです)本文中紹介のハーブは安眠に持って来いです。紅茶や浴用に用いると本当に身体が温まり落ち着きます。是非この季節に試してください。
◇◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇◆ ◇◆
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