楽しいブランチ─綿帽子(タンポポの綿毛)


 楽しいお昼時、私は先輩に誘われブランチを楽しんでいた。

 一つ年上だけど中学からの付き合いで会社も一緒。友達と過言しても良い間柄なのに癖で「先輩」、の言い回しが抜けない。


 でも友達、ふふふ。


 はしゃぐ私達の横を、風に煽られ地面から舞い上がるモノがある。

 可愛いく浮かれ飛ぶ白い、綿帽子。空っ風の中ふわり、無言で通り過ぎていく。


 彼と私のあいだも、だんまり通して行くのかな?


 そんなことを考え私は、気が許せる相手に小言をぼやいた。


「私、最近の彼がわかんない!」

「おっ、始まったぞ。惚気」

「惚気じゃないの、この間なんてとんでもないことを今さら暴露! ありえますかって言うの」

「えっ、それは貴方にも落ち度があるのでは?」


 痛いところを突かれ、私は紅いパスタを巻いていたフォークの手を止めた。


「それは……そうかもだけどぉ」

「あんなにかっこいいと言うのか綺麗と言うか、あの歳でまだまだイケる男を捕まえて何をほざくんだか、この子は」

「先輩はアイツの見た目に騙されてます!」

「へぇえ、あんな男なら騙されたいなぁ」


 涼しげな顔をして、さらっと言い切る先輩がいた。


「ほらほら、いっぱいお食べ、子ウサギちゃん。彼の為に精力つけなよ」


 先輩は食べていたステーキ肉の破片を私の口にねじ込んだ。ムググと私は口いっぱいに広がる美味しい肉汁と一緒に、その塊を喉に押し入れた。


「もう! 精力って」

「だって毎晩愛されてるでしょ?」

「毎晩ではないです」

「でもやることやってるでしょ。フフフ」


 先輩の言葉に、否定出来ない私がいた。私は黙ってホットドッグを口に頬張った。

 今日のお昼メニューは先輩がハラミステーキセット、私はナポリタンとホットドッグのスープ付き。

 双方、美味しく食事を楽しんでいた。


「フフフ、いいなぁ私も愛、囁かれたいなぁ。あんな彼に」

「もう、この既婚者が。良い人いるのに何をっ」

「結婚したからって日頃構ってくれる訳じゃないのよ旦那は。それに比べ貴方の彼、結婚後もたぶん変わらないんじゃない?」

「それはどうかな……」

「えっ?」

「だってここ最近ですよ? 会話増えたの」

「えっでも夜は前も今も変わらず一緒でしょ? フフ、今の会話の流れであなたがそれ咥えると……、ヤラしいなぁ」

「なっ、何言ってるっんもう!」


 私は今食べている物を急いで手からも口からも無くし、慌ててスープで流し込んだ。プハァと息ついでいると、戯ける先輩がいた。


「もう、変なこと言わないで」

「フフ、可愛いなぁ」

「もうっ」


 頬杖ついてジュースを飲む先輩の左薬指にはキラリ、光り輝く物があった。私にも似たように、右薬指に煌めく物が。


(アニバーサリーとラブの違いかぁ)


 互いが持つ銀のリングを見つめ、私は何故か溜息を深くついた。先輩は見透かすようにニヤつき、手をひらひらさせた。


「まぁ、今は新鮮さを感じるけど、先は分かんないよね〜」

「新鮮?」

「そっ今は、あなたはどうなの? 最近の彼は新鮮?」


 可愛いく首を傾げる先輩に私は即答出来ず、誤魔化す為にグラスを取りジュースを飲む。

 すると横ではまたふわっと、白い小さな真綿が飛んでいた。


「あっ、綿帽子。こうやって飛んでると可愛いね」

「うん、白く小さく。綿帽子はですね先パ……イ」

 

 頭に浮かんだ花言葉を何故か、息と一緒に飲み込んだ。


「どうかした?」

「ううん、何も先輩……」

「うん? どうした」


 タンポポの綿毛は風に遊ばれふわりゆらり、花言葉は『幸せ』を運ぶと云われるけれど……。先輩の指輪と綿毛を見ていると何故か無性に、腹立だしくなってきた。


「お酒飲みます。私、直帰します!」

「えっ、ダメだよ」

「だって、飲みたい」

「いやいや。今飲んだらあなたの面倒は誰が見るの?」

「大丈夫ですって、大人しく帰りますから。あの、すみませーん」


 私は近くにいる店員に声掛けた、先輩の言うことを聞かず。私の酒癖を知る先輩は困り顔をしていたが、気付いていたのかも知れない。

 ……私の心の中を。


「ああ、もう。私にも責任あるけど……」

「大丈夫、グラス一杯だけですって」

「彼とは上手くいってるの?」

「今のところは」

「でも様子から見るに結婚は、考えてないんだ」


 ジュースを飲む先輩は心配そうに私を伺い、とんでもないことをぼやいた。


「親の前で醜態曝したんだからもう結婚すれば良いのに」

「それな!」

 

 私はテーブルにダンッと手を勢いよく、置いた。私の力の煽りを受け、微かに飛び跳ねたパスタとステーキに新鮮なサラダたち。

 

「わわわ、危ない危ない!」


 先輩の右手にはピンクの液体グレープフルーツジュースグラスと左手には黄色い液体ハーニーレモンジュースグラスが持たれていた。


「もう、飛び散るよ? まったく」

「ごめんなさい」


 先日、彼の家で起きた失態を彼女せんぱいには相談していた。

 だって、彼の両親にどう取り繕えば良いのか解らず。先輩には「普通にしてれば」と、答えられたけどまだ恥ずかしい。


「あれ、もしや考えている? 結婚」

「考えてないです!」

「あれれ?」


 そう、考えてない多分。彼も同じだと思う。

 だって告白はされるけど結婚の「け」も出ない……、もし考えているならあの人のことだ。もう、口に出してるはず。


「前に言っていた心と躰だけの関係? そんな風に見えない」

「……」

「まぁ互いが良ければいいのか、性格も理解しあってるみたいだし」

「……!」


 先輩の言うとおり、体の相性も気持ちも、赦しあえているからこんなにも続いてるんだと思う。でも互いの気持ちが同じ方向を向いているとは、限らない。

 私は追加で頼んだグラスの中を空っぽにしていた。そのタイミングで新しいグラスとワインが席に置かれた。

 頼んでいることに今気付いた先輩が呆れ顔で私を、俯瞰した。


「ちょっと、いつ頼んだの?」

「へへへ、だって私もう仕事しませんから。班長リーダーにもきちんと連絡済みです」


 私は持っている携帯スマートフォンの画面を、鼻高々に先輩に披露した。


「もうあなたはまったく」

「へへへ」

「一応彼氏に連絡、入れておきな?」

「なんでアイツが出てくるの?」

「万が一だよ、あとひと言。あなたのことをあんなに思う人いないからね? 大事にしなよ?」

「ハァイ」


 先輩の言いたいことは解る。解りますが反面、知りたくない自分がいた。


 『結婚は人生の始発駅であり、終着駅でもある』


 云い囃された言葉を思い出した。

 空を仰ぐとぽっぽっと白く、和む柔らかい物が目にちらついた。


「まだあちこちに、タンポポの種」

「わぁ、ほんと綺麗ね。あっそうだこの前の挙式会場からある案内が来ててさ、一緒に行く?」

「先輩、また挙げるの?」

「違う違う、結婚二年目のわら婚式の引き出物の相談していて。でね、今考案しているディナーの招待もされていて、行く?」

「ディナーって、お金がかかんないフルコース?」

「そっゼロ円!」

「行きます!」


 楽しい話の最中もふわふわ、横を通り過ぎる綿帽子。


(先輩の頭はまだ白=ウェディングなんだろうなぁ)


 新婚ホヤホヤの先輩は楽しそうに、旦那との今を話す。目の前で笑顔を絶やすことのない先輩に私は眉尻を下げた。そして風に運ばれる、白い小さな物体を見送った。


(私と彼はどこに行き着く?)


 私と彼のあいだに吹く

 ──白い綿帽子は何処へ?

 

(今は彼との結婚は考えられない)


 この先、解らないけど先輩を見て考えさせられることは、屡々しばしばあるんだぁ……。


 何も考えずワインを空けた私は案の定の如く、酔い始めた。

 心配する先輩の声が掠れていく。

 

「えっ、ちょっとだいじ……ょ」


 先輩の声は私の耳に暫く上機嫌に響くがその機嫌もすぐ終わり、ごにょごにょと五月蝿いヤツだなぁと思い始めた矢先だった。


「すみません。また迷惑を」


 ふわりと体が浮いた。聞き慣れた声が耳に、肌に……、響くとトクンと胸が高鳴った。

 (あれ? 私以外と乙女)と、訳の分からない言葉が頭を過る。


「ごめんね、あなた仕事中でしょう?」

「今日は外巡回ですし、もう終わりですからフケます理由付けて。お電話ありがとうございます、連れて帰ります」


 私を抱きあげる腕が誰なのか目を閉じていても分かる。抱かれた温もりに私は安堵し、胸に顔をうずめた。


「ふふふ、らくちーん」

「おまえはまったく、気楽だな」

「ふふーん、だって」


 ガッシリ、フワフワした感触の心地良さに酔ったのは覚えているけど、その後は覚えていない。


 気が付くと部屋のベッドだった。醤油が煮だった香ばしい匂いが周囲に、充満していた。

 不思議に思い、矯めつ眇めつきょろきょろと辺りを覗う。

 今ある現状を思い起こし、私は壁に貼られた計画表カレンダーを見た。ソコには先輩から頂いたディナーのハガキがピンで留めてあり、日付に赤丸が打ってあった。

 

「あっ起きた。お蕎麦作ったんだ、どう?」


 ふぅと空気に漂う薫りの正体は蕎麦のお汁だった。

 彼は微笑み、部屋に食事を運んでくれた。箸を持ち、「いただきます」と二人顔を合わせ、一緒に笑い食べていた。


 後日談、ディナーはいつの間にか彼と出掛けることになっていた。



 

◇◆ ◇◆◇花言葉◇◆ ◇◆

 タンポポの綿毛。「幸せ、愛の信託、真心の愛、信託、別離」

 ちなみに花開く蒲公英タンポポは。「真心の愛」

 ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇


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