冬─元日草(福寿草の別名です)

 


 あなたとわたしのあいだにある

 ──命。


 わたしのなかにあるらしいけど、ちいささすぎてわからない。

 あなたはどうしたい?

 わたしはどうしたい?


 眼が覚めると、隣にいるはずの彼がいない。布団の温もりは私だけになっていた。


(……左義長だっけ?)


 彼は私は行事を大事にすると言って誉めるけど。


(あの人もだよね?)


 私は重い体をずるりと腕で持ち上げゆっくり起きた。

 はぁと小さく溜息をつき、私はある物を持ってトイレに隠った。


(今日で、何本目かな……)


 正直言うと怖い……。自分の下腹部で得体の知れない者が動き出したかと思うと──、恐怖だ。


 『妊娠検査薬』


 ある意味目安であって断定されているけど断定ではない。でも今日も、結果は同じだった。

 きちんと検査しなければ……。

 ぼんやり注視していると物音がして……、目の前には彼がいた。

 私は半眼で彼の姿を認識する。彼は無言で私を見つめ、終始笑顔のようだ。


 何だろう、ムカつく。


 今──、私の視界に盆栽、ホットミルク、そして妊娠したことを赤く指し印した長い棒がある。


(何なの、この取り合わせ)


 しかも盆栽には可愛い花蕾が色付いていた。指先ぐらいの黄色がちらちら、見え隠れしている。


「福寿草……」

「やっと口開いた」

「えっ」

「気付いてない? 僕が帰って来てから、ほら」


 彼は時計を指差した。長い針と小さい針は、十一を通り過ぎていた。

 ここに座り続けた時間は長かった。私はそれ程に呆けていて、そんな私を彼は黙って待っていたらしい。


「あっ……、うそ!」


 壁時計を眺め、われ返る私から彼は離れ、キッチンでカタカタと何か用意をし出した。


「キミんとこが文字連絡でも融通利くところで良かった」


 彼は白い歯を見せ私の前にあるカップに触れた。湯気が消え入りそうなカップと、ほこほこ元気に湯気立つカップを交換していた。


「……あなたは?」

「僕、休んだよ?」


 彼は冷えきったであろうマグカップを手に取り、澄まし顔で中身を飲み始めた。


「で、病院行かなきゃだけど」

「……、寝ていい?」

「じゃあそれにハチミツ足す?」

「……うん」


 彼がスプーンでゆっくり、金の蜜をとろーり垂らし、私が持つ温かい容器に流し入れた。優しく混ぜられた物を私は飲み干し身体がポカポカ、眠気に襲われる。

 閉じていく眼に彼がうっすらと映りなぜか─、モヤッとした。


(嬉しいと思うけどなんか……、わかんない)


 ゆったりと瞼が開く─。


 カーテンが揺れ、優しい光が部屋に広がっている。

 いつもと変わらない目覚めに、いつから傍にいたのだろうか。気がつくと彼の腕がしっかり私を抱きしめ、ゆるい息遣いが背中越しに伝わっていた。

 

(あたたかい─……)


 私を包む彼の腕の中でもそもそ、身体の向きを変え彼の顔を真正面に捉えた。

 眼前にある面持ちは綺麗に整い、閉じられた睫毛は上にピンと伸び、まるでお人形さんだ。


(男の人にお人形だなんてそんなこと……ん、待てよ? この人は言われても素直に照れるな、うん)


 彼の頬に手をそっと触れるとお返しではないだろうがいきなりお尻をきゅっと掴まれ、腕の力はますます加わった。


(ひゃ~~~、逃げられない。いつもこんなに強く?)


 ガチガチに抱かれホールド、腕も何もが彼に密着し身動きが取れなくなってしまう。むいむいとイモ虫のように動くと今度は、唇を奪われた。


(寝てるのよね? あれ、まさかベッドの中だと四六時中淫魔なの? この人)


 寝惚けて無意識の中でされるのと、はっきりと意識して起きているのとでは驚きが違う。どうやら彼は今、睡眠中の動き……でも。

 息が止まりそうな程の口づけ。

 彼にとっては寝ていても、普通の行動なのだろう。でも私は再び知る彼の動きに、びっくりしている。


(私、何処まで熟睡魔なの。今更ながらずいんだけど)


 口づけが終え、私が照れていることも知らず彼は動き出す。腕が私の頭上に伸びた。ゴソゴソと何かを探し、手に何かを握り、私と眼が合うと秀美な笑顔が飛んできた。


「─……おはようっではなくて……」


 彼は手の中にある携帯を斜視り、時間を確認した。


「まだ、こんにちは、か」

「……こんにちは」

「まだ小さいけどこっちにも、挨拶しておこうかな」


 スルスル布団に潜る彼は私の服の上からお腹に好き勝手、口づけをしていた。

 寝間着の上から伝わる感触は、心地良いよりむずがゆい。


「……やだ、くすぐったい。それにまだわかんない。よ?」

「うん、でも一応ね。それに僕の理性抑えるために」

「?」

「出来てるのにもしもエッチなことしてあら大変、はヤだよ?」

「ふふ、変なの」


 言われたことに何故か呆れ、笑いが込み上がる。すると左の耳朶に物質的な違和感を感じた。


「コレ、返しておくね」


 耳に付けられた物の形を手で触り、確認した。それは以前無くしたと思っていたイヤリングにそっくりいや、そのものだった。


「あれ、コレなくし……あっ」

「思い出したというか忘れてた?」


 彼の大きな手の平でコロンと遊ばれる。もう片方の銀に煌めく可愛い三日月イヤリング


「って、人のことは言えないか。僕も今日思い出した」

「朝弱いから全然行けてないね、ごめん」

「今度は三人で行こう」

「……うん」


 彼の口から、普通にが流れてきた。


 翌日、彼と一緒に病院で検査を受け、先生から話をされた。私より真剣に、先生に食いつく彼がいた。


(一人じゃなくて……よかった)


 確かに。

 きちんと私の中に、小さい者が居た。


 ……こうして彼が、横に付き添ってくれているのが嬉しい。まるで自分が身籠もったように彼が色々、質問までしてくれている。

 なのに……まだ私は、しっくりこない。


(なにが私を曇らせているんだろう)


 帰宅した後も眠気に襲われた。

 寝て起きた後、私は寝間着にカーディガンを羽織り、リビングを彷徨うろついた。そんな私の眼端にふと、光る物があった。


 テーブルにある、あの福寿草だ。


 小さな松の横にちょこんと添えられた根草に、変化が生まれていた。

 部屋が明るいのと暖房で温かい所というのもあるのだろう。黄色く茶色いく、閉じていた円みが目映い黄金色を覗かせていた。

 その姿はかわいく、代え難い晄に思えた。

 私と彼のあいだに芽生えつつある、春の訪れ。

 まるで祝福されているみたいに。

 訊こえてるか分からないけど私はお腹に手を合わせ、囁く。


 わたしとあなたのあいだでかわす、はじめてのことば……。


 こんにちは、まってるからね。


 

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