春─桜、咲くら


 ……サクラ

 僕と彼女を結びつけた桜。


 僕と彼女のあいだには

 ──小さな花弁、ひらひらひら。


「肌寒くない?」

「大丈夫よ」


 僕は咲き誇る花の下、シートを敷き四方を石で押さえた。その上に座る彼女はお重箱を広げている。

 一段目にはおにぎり、二段目は三種類のサンドイッチ、三段目にはおかずが三種類と。

 からりと揚げられた鳥肉に|紅く焼かれたウインナー。そして長細く、薄白い半透明な皮に包まれた綺麗な彩りを飾る野菜の春巻き。それらの上に薄い桜型のかわいい人参が愛嬌よく飾られていた。


「美味しそう。抓んでいい?」

「いいわよ」


 広げられた箱を僕は美味しそうに眺め指を出すと……。横から男の子と女の子の可愛いく小さな指が忍び寄り、それとともに野次もある。


「ダメだよ。カラアゲはボクの」

「タコさんはわたし」

「じゃぁ僕。オニオンサンド」

「ダメ! それもボク」

「わたしもそれ!」


 僕が取ろうとする物全てにつんつんつんつん、差し出される小さな手に僕は綻びながら文句を言う。


「え~、僕は何を貰えるの?」

「「はい!」」


 何かを握る小さなこぶし、四つが僕に差し出された。ぱっと開かれた小さな手の平に、白く小ぶりな花がある。

 シロツメクサだ。

 茎は強く握られたことにより生気をなくし、てれんとしおれていた。


(あらら、どんだけ強く握りしめたのかな?)


「これは食べられないよ」

「はい! おいしいよ、たぶん」

「ね! おいしいよ。あとこれもおいしいよ、はい!」


 女の子からは更に、ぎこちなく編まれた花冠が頭に授与された。


「えっ、え~ありがとう?」


(両方とも食べ物では……)


 僕は困ったとぼやき、彼女に助けを求めた。

 満面に笑む彼女の横では足を投げだし坐り、我が物顔でほっぺを赤く膨らませ寄り目でジュースの紙パックに刺すストローにむぎゅーと奮闘する幼女がある。


(おお、頑張ってるね?)


 僕の傍らにも足をぴんと伸ばし坐り、唐揚げを右手で握り、左手にサンドイッチを掲げ持ち大口開けて頬張る幼い男子があった。


(こっちは食い意地が凄いな)


「ふふ、あなたの負けね? おチビちゃんの勝ち」


 僕はくすりと微笑み、カメラを構えた。眼の前の被写体に僕は満足した後、彼女に口づけた。


「パパ、ずるいボクもするの」

「わたしも!」


 そして次々と、彼女はちび達の接吻を受けていた。


「もう、ベタベタ」


 文句を言うも、女神のように微笑む彼女に僕の心は釘付けられる。それに比べ、この傍若無人な天使たちはまったく。

 手に食べ物を持ったまま、王様、王女のように振る舞う小生意気な小さき者が二人。

 そう、悪さをしていても悪びれることもなく、まるで背中に羽根が生えている神の御遣いのように無邪気な仕草を見せる僕たちの子ども。


 僕と彼女のあいだで生まれた

 ──かわいい花芽。

 

 毎日がやんちゃで落ち着きがなく、忙しく動き回る僕らの可愛い宝物はな

 

 ……あの福寿の小正月に、彼女に受胎を告げられた。

 それからあれつわりや、あれなんやと、彼女の神経を悪戯に逆撫でお腹に芽生えた種はすくすくと、僕達の楽しみと一緒に膨らんでいった。

 

「どんな子が生まれるかな?」


 はしゃぐ僕らに見せられた胎動写真は、驚きのものだった。薄っすら映る豆に似た影二つ……。

 こんなことって──。


 それから幾月。頑張る彼女のお腹を蹴飛ばし、出て来たおかげで僕は今や二児の……双子の父親だ。


 子たちは元気な泣き声と文句を撒き散らしすくすく大きく、今や四歳になった。

 仲が良いのやら悪いのやら二人で毎日、何か啀み合う。

 今も横でほら。「ふぅん」と呆れ気味に見学する僕の傍らで美味しい揚げ物の最後を奪い合うも結局、母親に半分に分けられ落ち着いていた。


(アレ? 気づくと僕の分がない)


 美味しそうに並んでいたものは荒らされ、具が挟まったパンは千切れ千切れに、タコ足と思われるピンクの残がいと茶色の油かすが箱の隅に散らばっていた。

 カスカスの底には、人参で作られた飾り花のオレンジ色が主張していた。


「今日はいつにも増して食べるね」

「うん、まだ欲しそう」

「でも、酸っぱいのは残るんだ」

「そうね、やっぱりおかかとシャケが好きみたい」


 小さな怪獣の手には白い粒がポロポロと纏わり付いていた。

 僕はそれを眺めていると彼女から「はい」と、海苔で綺麗に巻かれた三角の梅干しにぎりを渡された。

 拗ね気味の僕は怪訝な顔つきでそれを受け取り、渋々かぶり付く。


(僕もサンドが食べたかったな)


 溜つく中、ポソポソと米粒を貪っていると「ふふ、あるよ」と、俵型の容器を渡された。

 彼女はちび達のことを見越し、僕専用のオニオンチキンサンドと唐揚げを用意してくれていた。しかも食パンではなくバンズ使用で。

 眼を輝かせ受け取ると、奥さんかのじょはクスクスと破顔させた。


「もう、ここにも子どもが」

「だって、キミが作るオニオンサンドは僕の好物だもの」


 僕は嬉しくなり、彼女に唇を深く重ねた。隣で騒いでいた怪獣は満たされたのか大の字に寝ている。見られていない邪魔は入らないということで長く、彼女を味わう僕がいた。


「もうぅ!」

「ごちそうさま」


 可愛く微笑み、照れる彼女はいそいそとお重箱を片し始めた。


「今度はどこに出かけよう」

「そうね、この子たちはどこがいいかしら?」


 最近はなんでも、子ども基準で動く僕たち。それも楽しいけどたまには二人でデートもしたいと告げると、彼女は笑う。


「もう、あなたは変わらないのね?」


 戯けて笑う彼女に僕は「そう?」とぼやき、膝枕をせがんだ。はいはいと二度相槌をする彼女がいて、膝上で安堵する僕がいた。

 上向く僕に降り注がれる桜のなんと綺麗なことか。


「桜はどこで見ても同じかもだけどあの時の桜には……」

「あの時の桜?」


 首を傾げる彼女の頭を僕は鷲掴み引き寄せ眼を合わせ、鼻頭を甘噛みした後また、深く……。


「もう! 怒るよ!」

「怒られたい」


 通り過ぎる人達に見られ、恥ずかしくて憤る彼女にしれっとする僕。

 僕の中の羞恥は二人だと昔のままだ。

 親になっても治ることがない。特に賑わう桜の下だと、あの日に戻されてしまう。幾月幾年経とうが、あの時キミが見せたあどけない微笑みは色褪せることなく僕に刻まれている。

 眉間に皺寄せ眺める彼女を僕はただ眺め返す。横で寝つく子らをチラ見し、僕は彼女を仰視した。


「ありがとう、これからもよろしく」


 風花が僕たちをさらう。

 僕の言葉が彼女に届いたかどうかはわからない。

 こうやって考えると色々なことが思い出される。ここまで来れたのは二人だけの力でもあるようでそうでもない。様々な人に助けられ今がある。

 

 無数に巡り、降り舞う花びらはまるで倖せと不倖せ。人生の節目を迎え、結び散るさくらは人の逢瀬の数だけ降ると誰かがほざく。

 そして……、

 互いの手を取り合い、皺としわを合わせて皺合わせ倖せを結ぶということを聞きかじったことがある。


 重ね合う眼差し笑み

 重なり合う鼓動いき

 重み合う手の平しわ

 

 彼女の頬がほんのり桜色に浮き立つ。僕は舞い散る艶色あでいろとの両方を目に留め、楽しんだ。




◆◇◆ ◇◆花言葉◇◆ ◇◆◇ ◆

 桜

 全般的な言葉は、「精神美、優美な女性、純潔」です。

◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆ ◇◆◇ ◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る