秋─ススキ(芒)


 

 彼は時折寂しげに笑う。


 芒の穂が風に身を任せ靡く様はどこか悲しげで……彼はそれに似ている。

 誰に見せることのない、顔を私に向けてくれるのは嬉しい……。 


 私と彼のあいだで揺れる

 ──ススキ。


 もの憂げな表情

 柔らかい指先

 静かな微笑


 彼は──……。

 

 何かの思いを表に、出せない時……。

 独り静かに、お酒を嗜んだ時……。

 訊ねても「何も無い」と苦笑する時……。


 返答が曖昧な日の晩は必ず私をねっとり、ゆっくり長い時間貪る。

 何かを確かめ、埋めようとしている。


 彼は気づいているだろうか?


 閨は必ず一緒に過ごす。

 そうしないとこの人は勝手に、私の寝床に忍び込む。

 寂しいんだろうか?

 ここ最近会話も戻り、お互いが同じ時間を共有するようになった。

 今では喧嘩をしても、親猫が子猫を撫でるかのようにすぐ終わる。


 何でも言い合える、いい仲であることは確かだ。

 この人との喧嘩はあまり喧嘩にはならない、というかほとんど私の一方的な一人相撲で終わってしまう。

 

 初めての喧嘩はそうではなかった。今でも覚えている。


 あの日はたまたま互いの意見が合わず、大喧嘩した。

 そして、別々に寝たのだ。

 憤りが収まり、安心して寝付く私の布団はいきなりバサッと、ひん剥かれた。何事と思いきや彼だった。

 私はいきなり、彼に抱きかかえられ運ばれる腕に、キョトンとする。

 私は確認する。

 彼の表情を。秀麗な顔の眉間にしわを寄せ、何も云わず、自分の布団に私を転がし否応なしに求めてきた。

 結局流され、彼の猛々しいモノを受け容れていた。

 普段優しい彼がこの日は珍しく少し─、怖かった。

 この日の喧嘩の原因は、私にあった。とはいえ、そんな不躾な。


 そんな仲直りの仕方が、あるの?


 ……違う日の喧嘩、今度の原因は彼。「フン」と思い、別々の布団に入るとまただった。

 今度も彼の横に戻された。何をされるのかとハラハラしていると彼は静かに……、背を合わせ寝つき始めた。

 ある時は疲れ別々……でも気がつくと彼に抱かれ寝ていた。


(何なの?)

 別々に寝ると必ず連れ戻され、時に私は体を提供する。


 良いか悪いか解らない、ポンプの仕組みに私は驚いた。

 何? この人……。

 

(前の女性ともこうだったの?)


 訊ねたくても訊けない今に至るけども。この人の指は優しいし、乱暴に扱われたこともない。

 丁寧で……、まるで綿あめに包まれているみたいに甘い。


 気持ちいい。


 本当に体の相性がいのかそれとも彼の技巧責め方が良いのか……私は彼に溺れていく。

 身体を預けているとふわふわと、何もかもを忘れさせてくれる彼が好きだ。


 そんな彼は時々、子ども見たいに突飛なことを仕出かすけど、厭ではなくむしろ「かわいい」と思えた。


 彼の動きはススキのように、静かに揺れ動く。


「ねぇ、今度温泉に行こうよ」

「─! どうせ狙いは」

「そう浴衣、見抜かれた?」

「だって、あなた嬉しそうに着物剥いでたから」

「うん、ものすごくキミの姿が艶めかしかった、我慢出来なかった」


 たくましい彼の腕が、私をギュッと包んだ。

 床に敷かれた着物は冷たく私の肌に擦れ、上では彼の温もりを纏う。少々卑猥な構図が私の体を疼かせた。彼の背に回していた私の腕はピクリと、力が入った。


「やっぱりキミはかわいい」


 耳元の囁きが噓ではないと、彼の瞳が物語る。押し寄せるこそばゆさに私は含み笑いをし、上に被さる彼を睨めつけた。


「? アレ、何かおかしかった?」

「うん、何で急にそんなこと言うの、久々よ?」

「え─。口に出さないだけっ……あっ、それがダメだったのか」

「ヘンなの」

「ごめん、あと─……」

「なぁに? ! えっ?!」


 私のお腹の上に、当たるモノがある。


「ちょっ……!」

「ッ─。僕が飽きるまで付き合って?」

「……!」


(また──、流された。ああそうか)


 彼がススキのように動くではなく、私がススキのように彼が起こす風に靡いでいるんだ。


 彼が時折見せる、もの憂げな心に流されているのも私─!


 眼を開けると、暗かった……。暗闇に気付く私は彼の横で寝ていた。床には着物が敷かれたままだったけど私は彼の肌の温もりと、ブランケットに包まれていた。

 それだけで、

(暖かい)


 翌日、彼のくしゃみは一日始終、止むことがなかった。

 

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