秋─ひるがお
僕と彼女のあいだに咲く
──昼顔。
僕だけが欲しがる
互いを求め合う深い根のように
何事にも負けない絆のように
昼顔が持つ強さに負けない、彼女との繋がりが欲しい
(そう想うのは僕の我がまま?)
僕の閨に寄り添わせ、無理やり抱く淡白さとピンクを兼添える花は……何を思うのだろう?
……今日も僕の方が早起きだった。
朝食の支度を整え、眠る彼女を部屋に残す。
僕は長袖つなぎの作業服に身をやつし、長靴を履いて出掛けた。
さわやかな空の下──僕は、とある畑に着いた。
「お兄、力あるんだ」
「……まあそこそこは。少年、ある程度は鍛えておかないと。彼女も人も助けられないよ?」
「へぇ、そうか、確かに一理かも」
僕のひと言に妙に納得する、中学生がいた。汚れた手袋を叩く中坊は僕の腕に視点を置き、感心を告げた口で呆れた物言いをした。
「で。いつまでぶら下げてるの? その子達」
「─、どうしよう」
僕の上腕には二人の小さな子どもが丸太の遊具で遊ぶように、ぶらぶらと揺れていた。
「─……困った。助けてくれない?」
マセガキは僕と目を合わすと、苦笑していた。今日はこの中学生に付き合い、ボランティアをしている。
近くにある、幼稚園の芋掘り手伝いをしているのだが……。
子供は無邪気だ。
一人の園児がつまらなさそうにツルを引っ張り、土を弄る。
その顔はぷくっと膨らみ、明らかにつまんなさそうだった。
(疲れて拗ねているのかな?)
芋ではなく、別のことで気を紛らわさそうとその子を腕にぶら下げてやった。燻っていた園児の顔は弛み、満面に綻んだ。
僕も喜んだけど、迂闊だった。こういうことをすると連鎖的に子どもは釣れてしまう。
ぼくも、わたしも、と芋ズル式に沸いて出た。
芋畑なのに僕は違う芋を掘ってしまった。
そうこうしている内に芋も大部分が掘れ、お昼になった。チビにも開放され、息抜く僕にジュースが渡された。そして解散となった。
やれやれ、と手袋を外し帰ろうとする僕にサツマイモの花が目に入った。それは横にいる中坊の目にも、留まった。
「あれ、芋に花がある」
「うん、サツマイモの花だね。滅多に見ない上に付けないから無いっ、と思われがちだけど」
朝顔に似た可愛らしいラッパを思わす形に紫がかったピンクの花が、涼しげに咲いていた。
「面白い~」
「サツマイモはヒルガオ科サツマイモ属なんだ。だからコレは一応昼顔だね」
「へぇ、さすが物読み」
「少年、物読み関係ない。フフ、見たこと無い? 昼に咲く朝顔?」
「見たことあるけど完全に朝顔だと、違うんだ。へぇぇ」
「うん、少し違うんだ。朝から夕方まで長く昼に咲くから昼顔、ツルも強いし、でもサツマイモの花は滅多に見ない。珍しい」
僕はその一輪を手折り、いただいたサツマイモの袋に入れた。
「お兄、今日はありがとう」
「いやいや、良い退屈しのぎになったよ。その上お芋まで、うれしい」
少年の手にも、芋の袋がぶら下がっている。
「じゃあ、彼女さんによろしく」
「うん」
元気よく手を振る少年と別れ、家に戻った。
玄関に入るとすぐ僕は服を脱ぎ、長靴の土を落とし、洗濯場に向かう予定が彼女に捕まった。彼女は僕に、冷たい眼差しを向けていた。
その理由は、僕が気に食わないらしい。そりゃあ帰るなり玄関で早々パンツ一丁泥まみれ、幾らなんでもこの姿は笑えないかな。
大の大人の端ないものを目にした瞬間、誰だって不機嫌になるだろう。
僕が裸だからといって、彼女が僕の不義を疑っている訳ではない。
だって……。
ここ最近、僕は飽きもせず休みの日は四六時中、彼女を貪る。
勿論同意上の事だが、ベッドの上で彼女を見下ろし、言葉では「ごめん、体大丈夫」と気に掛けるも、どこか勝ち誇る僕がいた。
彼女はそんな僕に怪訝な態度をとることがある。たぶん彼女の冷ややかな眼はそれの表れなんだろう。
(でもごめん、キミの裸は僕のものだから)
常日頃の僕の熱意は伝わってるはず、例えウザがられても。だから、そんな僕が浮気をする筈がないのは彼女も重々承知……ん?
(─ああっ、今はそれ以前の問題か!)
と、僕はハッとした。
「お帰りって、なぜパンツ一丁?」
「……セクシー?」
「バカッ、変質者」
せせら笑う僕は彼女に芋の袋を渡し、ほぼ全裸で欠伸をしてつっ立った。
(あくびをしたのは開き直りだな)
「お芋?」
「うん、サツマイモ」
ガサゴソと袋を漁る彼女は「あっ」と小声を上げ、そっと花を摘まんだ。「昼顔」と言い、綻ぶ彼女がいた。
「キミも花が好きだね。キミのお母さんソックリ」
「あれ、そういうあなたも好きなんじゃない? 詳しいし」
「それは─、キミの所為だよ」
「え、違うよ」
「違うことないよ、ヘクチッ」
壁に詰め寄せた彼女に口づけようとした矢先に僕は、クシャミをした。
彼女は目を見開き、愉快に笑う。
「ほら、お風呂に行きなさいよ」
僕は云われるままに服を丸め、長靴片手に急いで風呂場に駆け込んだ。
シャワーを出し、長靴の土と僕の汚れを洗い流す。茶色い水は楽しそうに足元を流れ、排水溝に吸い込まれていった。
頭にタオル、パジャマ姿に綺麗に身仕度を整えた僕はベランダに出て長靴を干している。部屋に戻ろうと足を動かすと、先ほど渡した芋が泥を洗い落とされ、もう干されていた。
(僕と長靴と同じだね)
部屋に入り、キッチンにいる彼女の様子を伺う。
「ねぇ、僕寝てもいい?」
訊ねる僕の鼻に柔らかい、お味噌汁の匂いが届けられた。キッチンに立つ彼女は鍋に注視しつつ、寝間着の僕を見て笑った。
「もうパジャマじゃない?」
ほくそ笑む僕は花が生けられた瓶を見た。少し元気がなかったけどまだ花開く姿は、何事にも頑張る彼女を思わす。
「はい」と声と同時に卓上に置かれた温かい味噌汁には、持ち帰った芋が入っていた。焼き芋に似た甘い香りを湯気に絡ませ、出されたお汁の心地良さ、美味しさに満足する僕がいる。
腹も満たされ、眠気に襲われた僕は睡魔が誘うベッドに、身体を預けた。
(……何時だろう?)
寝惚ける僕の横に彼女の顔と、優しく彼女を撫でる薄紫の陽射しがあった。
(夕焼け? もう夕方)
カーテンを閉じると陽に当たっていた彼女が陰る。影が出来てもその白皙さは変わらない。
(かわいいな、一緒に寝てたんだ)
僕は彼女の気配を感じないほど、爆睡していたらしい。
(勿体ない……、でも癖で抱き枕を抱くみたいにはしたかも?)
気持ち良さげに寝転ぶ彼女の手元に、僕が読んでいる本があった。
(あれ、珍しいその系統は読まないのでは?)
最近彼女は、僕の本を読んでいる。
(……僕色に染まりつつ、かな?)
夕空が大胆な秋色を仕上げるみたいに、彼女も僕に染まればいい。
願望剥き出しの僕がいた。
水を取りにキッチンに立つ僕は、今日の夕飯を知ってしまう。なんて事はない芋尽くし。
オレンジ色のポテトサラダ、天ぷら、根野菜の煮物に、芋きんとん。
(……うん。健康だけどおならが出そう)
ご飯まで芋じゃないよね?
炊飯器を覗くと白い米粒が立っていた。フフ……口端がいい具合に上がり、安堵する僕がいた。
寝室に戻り、電気を付けようとした僕は、彼女の気配に気づいた。
「あれ、暗い今何時?」
僕と似た起き方をする彼女がいた。
「あっ、私にも水……」
背伸びと欠伸をする彼女は僕の手にある、水のボトルに気がついた。
「飲む?」
うん。と頷く彼女に僕は、口移しで水を飲ませた。
……喉の、動きが僕に伝わる。
飲み終えた彼女の唇が潤んでいた。じとっと彼女を眺める僕の額にペチコンと、柔らかい手の感触があたる。
「もう、普通に飲みたい!」
また怒られた。
「ほんとにもう! 若くないんだから落ち着いてよね?」
「外では落ち着いてます」
(まだ二十代後半です……欲望に身を任せたいのです)
心の中で抗議する僕の言葉を、彼女の言葉が叱り付けた。
「ここでもです!」
怒る彼女は本を片し、ベッドの布擦れを整えていた。
「ほら、ご飯、ごはん」
「あのさ、おかずに肉系が無いから寂しいんだけど?」
「はぁ? 鶏肉が入ってたでしょう煮物に。あと天ぷら。今から揚げ物と秋刀魚焼くから少し時間かかるよ?」
ブツブツ言い、ご飯の用意をしてくれる彼女が僕にはうれしい。
後日、あの昼顔は『押し花』にされ、本の『しおり』にされていた。紙の枠は綺麗に彩られ、先端は紅い紐が結ばれ垂れ下がり、抓みやすい。
「はい」と渡す彼女の仕草がかわいく。
愛おしい。
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