夏─向日葵

 

 黄色く大きく、空真っ直ぐに我が物顔で上向く

 ───向日葵。


 僕と彼女のあいだで背を高く伸ばし、満面に笑むお前は何思う?

 

 ……しかし夏も終盤。もう終わりかと、観念した向日葵ヤツはシュンと顔を垂らせていた。

 

「はいっ、これだけあれば美味しく作れるかな?」

「さぁ、初めてだし種の皮剥きも」

「ああ、皮剥き……面倒だけどやるか」

「えっ?」

「エッ?」


 彼女と僕のあいだにあるひまわり─、空と向きあう素直なこころ

 こいつらみたいに僕らも、きちんと向き合えてるかな?

 それとも隠した心タネの重さを下げる?


「仲良がねー、熱い。暑い」


 二人向き合っていると、野次が飛んできた。母の冷やかしに僕はまたかと呆れる一方、彼女はモジモジと照れた。

 僕はくすっと笑み、剪定した向日葵を数本、彼女に見せびらかす。

 茶色く枯れ、元気がない奴と黄色く、元気よく花咲かす奴との両方を。

 咲いている方を彼女に渡すとポカポカ温かい、微笑みが返ってきた。


(素直だなぁ)


 目の前の可愛さに親の目を盗み、キスをした。


 でも、バレてるだろう。


「じゃ、僕たち帰るよ」

「用事ってひまわり?」

「のタネ。おやつ作り」

「そんなも、市販のがあるじゃろうて」

「ここのが食べたい」

「焼いたら一緒やいね」

「そ? かな」


 僕は、向日葵と彼女を伺う。


 彼女はクスクスと無邪気に笑っていた。猫の一件から彼女を連れ、ここ実家に帰ることが多くなった。

 暑い陽射しの中だというのに、彼女の手を離さない僕がいる。一緒に手を繋ぎ、垣根をくぐると母が元気よく手を振った。

 

「今度はゆっくりおいね~」


 今日家を訊ねたのは、僕が母の所に咲くひまわりの話をしたから。


「そんなに生えてるとタネがいっぱいね?」


 「タネはほぼ処分だよ」と云うと、タネのお菓子話が持ち上がった。


 帰宅道中、久しぶりに長々と繫ぐ手は少し、ヒンヤリ。

 この熱さなのに……。何故か寂しく思えた。どうしてそんなことを思ったのかは、わからない。

 隣にいる彼女は咲き誇るひまわりに負けず、破顔させていたのに……。


 僕は最近、彼女との時間を作る。


 自分達の部屋に着き、早々に種を洗い始めた。ざらざらとザルの中で音云わすタネはなんだか笑っているようでもあり。


 怒っているようでもあり……。


 種がなくなった向日葵の額は、不気味だ。茶黒く、縁は白く、なんだか生気を無くした人の顔だと思うのはどうしてだろう?

 そんなことを考え、新聞紙の上に洗ったタネを広げた。

 キッチンで二人肩を並べ、涙型の物に四苦八苦している。彼女が爪切りでぷちっと殻に切れ目を入れ、そして白い中身を指先でフッとザルに向け飛ばしていた。


「このタネ剥きって面白いけど疲れそう」

「リスがいれば良いのに」

「ダメよ。それじゃあ食べられちゃう」


 たわいない会話の中、彼女の綺麗な指先が黒縞模様を優しく剥いていた。

 真剣な眼差し、真剣な顔に時々、唇はキュッと一文字に結ばれ、呼吸を止めているのか鼻の下がぷくっとなって……。


「かわいい」


 実を剥ぐ彼女の指を絡め捕り、僕は口づけた。入れた舌は欲情のままに彼女に搦まっていく。

 

「ン!」


 彼女が僕の胸をトンドンと、慌てて叩くのでびっくりした。唇を離すと彼女の顔は赤面していた。


「……本当に息を止めてたんだ」

「はぁ、ハァ……悪い?」


 涙目の彼女は大きく、小さく、息を小刻みに吸う。深呼吸を繰り返すたび、彼女の胸は小さく、大きく、動いているのが分かった。


 やっぱり──こいつはかわいい。


「ごめん、我慢出来ない。犯したい」

「やぁよ。調理は?」

「後でいいんじゃん」


 抵抗する手はタネ剥きで動かしていたにも拘わらず冷たく、僕には気持ちいい感触。


「冷やっこい」

「ヤッ! ちょっ、なに? 私の手をどこに──」

「どこって」


 顔をしかめる彼女の手は、僕の股間に置かれている。自己主張を示す僕のモノを彼女の白魚な手に握らせ、変わらない心地良さに溺れ、堪らない、がいた。


「あんたね……、いつの間に!」

「我慢出来ず」

「ぃやっ、早くジッパー!」

「え─ヤだよ。もうムリだから」

「ムリじゃない! 上げるの! 隠すの! しまいなさい!」


 僕の顔を斜視していたキミがピクリと戸惑い目を瞑り、貶されているのに熱は冷めるどころか上がっていく。

 夏の以上に。

 僕は眼前に咲くかわいい花を摘み始めた。眺める綺麗な顔は僕の指に合わせ歪み、上に仰け反り……、そして顔を伏せた。

 項垂れた首が向日葵のようだ。

 

(ここ最近、いろんな彼女が楽しくて仕方ない──この気持ちが堪らない)


 俯く彼女の顎を僕に向け、眼前に覗ける表情を僕は眼の端々に、捉えた。


「……ンフッやぁあ。見ないで!」

「良く視たい─、から見せて?」

「ヤッ!」


 昼と夜とでは彼女にとって気分も、気構えも、違うらしい。ふるふると小鹿のように震え、口は更に一文字にギュッと強く結ばれ声を押し殺す。

 感情を抑えて坐る彼女の姿が僕にはあどけなく、何とも言いがたい気持ちが込み上がる。


 虐めたくなる表情は艶っぽさを、増していった。


「挑発してるの?」

「もうっ、バカッ馬鹿。ヤダッ続きは?」

「? えっちの続き?」

「違う! 向日葵」

「僕はこっち」


 シンクの上に軽く持ち上げた彼女は今から、僕の食材だ。


「夏は布が少なくていい」

「馬鹿じゃない?」

「ソレばかり云ってる」

「もう、バッ! 怒るよ!」


 顔をフグのように彼女はプクッとさせ、僕を睨んだ。


「ハリセンボウだ」

「失礼な!」


 彼女は恥ずかしがるとすぐ、顔が膨らむ。

 怒った時、照れた時、何かに意気込む時、そして今。


(そんなこと仕草されると益々、美味しそう)


「キミはすぐ顔に出る」

「!」

「エッチのしがいがあるよ」

「なっ! それはどういう!!」

 

 僕は、文句言う彼女の口を塞いだ。


「好きだよ……」

「!」


 黙る彼女は僕を─、抱きしめてくれた。


 僕はキミの寛容さに溺れながら、悪さを始めた。

 彼女の痴態を知るのは僕だけだ。

 肌を重ねる最中に向けられる表情、恥ずかしさ、もどかしさ、甘える仕草……。


 すべてが愛おしく、壊したい。


 そんな僕の心は彼女に、伝わっているかな?

 僕の心は彼女を前にするとたまに黒くなる。

 ああそうか、あの種なしひまわりは僕のかおだ。


 嫉妬、溺愛、悦愛、性愛……盲愛。

 自分の都合良い「愛」ばかり押し付けているかも知れないが、ごめん我慢出来ない。

 僕は今ふと浮かんだ二文字の羅列が恥ずかしいと思いつつ、彼女を心を貪り始めた。

 彼女の甘美さ、愉悦な吐息が──、僕の脳を蕩けさす。


「……ッ!」


 ひまわりの花言葉も愛が多いが、僕の愛はどこへ?


 ──二人が吐く甘い吐息に重なる水音……。この音だけが彼女の裸体こころを犯し、貪ろうとする僕の一線理性を正常に留めるも……やはり、彼女にのめっていく僕がいた。

 



◇◆◇◆花言葉◇◆◇ ◆◇ ◆◇◆

 向日葵ひまわり

 主な言葉は「私はあなただけを見つめます、憧れ」

 実は向日葵も本数で花言葉が変わります。108本だと? 調べてみてください。

◆◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆ ◇◆◇



 

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