夜─蜜夜

 

 僕の中で咲く彼女。

 ─脆く危ない闇の花。



 彼女は花開く、妖艶に甘い薫りを纏いながら……。


 彼女と一緒に暮らし始め、もう幾月だろうか。いつからか忘れたが、必要以上の会話を交わさず、二人部屋の中。

 空気のように、互いがいるだけだった。


 ただ一つ違うのは夜の営みだけ。


 彼女の肉体はすごく綺麗だ。

 胸の膨らみ、腰のくびれ、脚のしなやかさ、それぞれの肉の付き方が申し分なく。

 男が彼女の裸体を目に留めたら生唾を飲み、その白肌を貪ぼろうと指を伸ばすことだろう。


 彼女は気付いていない。


 肌理細かな肌が僕の指に吸いつき搦む。あまりの吸いつきに他の男でもこうだったのかと嫉妬してしまうほどに……。

 僕の動きに合わせ、ゆっくり、荒く、可愛く、激しく。

 そして、僕の理性をことごとく壊す、甘美な吐息。


 僕は耐えられない。


 柔らかい彼女の四肢が僕を拒むようなことがあるなら、それを僕は赦さないだろう。


 離しはしない。


 赤も黒も何色も、他の色に染まることなく白く、淡く輝く肌は芸術品だ。


 あいつは夜に咲く一輪の花だ。


 男達はあいつに引き寄せられる蝶か蜂。蜜を求め、溺れ自滅していく。


 僕はそれでも構わない。


 それほどにほしいと願う。


 何も云わなくてもいい、しなくてもいい、そこにいて微笑んでくれてさえいれば……。


 そんな思いとは裏腹に僕は、花を摘む。

 

 彼女を手折りたい輩は其処いらに、目を離すと直ぐ彼女を求め、彼女が拒んでもそいつらは手を伸ばす。

 この間もそうだった。


 今では僕もその一人と化す?


 いや、そうでありたくはない。

 彼女の目に美しく舞い、留まる蝶は僕だけで良い。

 彼女に種をつけるのは僕だけでありたい。


 そう思うのは僕のエゴなのか?


 初めの時は素直に咲いていた僕の花が、今では無理やりこじ開け咲かせていた。

 何色にも染まらない色も、僕だけに染まれば良い。

 僕だけに色づき、僕だけにその蜜が溢れ、零れろ。


 花に受粉を施すように……。


 こんなに思い馳せるなら、なぜもっと大事にしてこなかったのか。

 横に置くだけで満足していた自分を恥、悔やんだ。

 そこに気づいた僕は考えを改める努力を、しているが。

 

 彼女に伝わっているかは判らない……。


 最近少しずつだが会話が増えた。そして……。

 彼女の感じる体温、息遣い、心音が前より近く心地よく、気持ちいい。

 吐かれる甘く色っぽい息も前より熱を帯び、僕を前以上に蕩けさせる。

 

 危ない僕がいる。


 どれだけ花を手折っても満足できない。いや違う、満足はしている。があれこれと手数を換え、手折りたくなるんだ。


 そんな風に摸作さす彼女が悪い。


 本当にどうしようもないぐらいに。

 首輪を填め、鎖で縛り付け、終始傍に置いておきたい。

 

 ……紐も違う意味で似合いそうだ。


 あの白い肌を穢したいのか清めたいのか、妄想が止まらず唾が口の中で広がる。

 こういう思考回路が危ない症状を、作っていくんだろうな。


 ……溺れた者負けだ。


 恋に勝ち負けがあるなんて、誰が決めた台詞なんだろう。

 彼女の一人勝ちでいいよ。

 僕はあの桜の日に出会ってから、彼女に引き寄せられた一匹のはむしに過ぎない。

 傍で勝手に羽ばたいてるんだから。


 彼女に愛想尽かされたら、どうすればいい?


 頭の片隅にある懸念が僕の中で響めいている。

 ……今はただその気持ちを頭の隅にでも、置いておこうか。

 そうでもしないと僕は……舞い続けることができない。

 

 あの美しい花の横にいるために……

 

  

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