夏─|仏桑花《ハイビスカス》

 

 彼女と僕のあいだに咲く。

 ──仏桑花ハイビスカス


 触れる以心伝指先


 僕の指先想いはこの大輪のように、彼女に届いているのか?


 ハイビスカスの花言葉は「繊細な美」「新しい恋」

 でも新しい恋をするつもりはないしそれに、彼女にもっと触れていたい、寄り添いたい。 

 出会った時も今も、そう思っているはずなのに──。


(慣れとは嫌なものだ)


 当たり前に過ぎゆく時間のナァナァ差に、初心を忘れてしまった。

 知人、同僚、友人に訊ねるとそれはそれで良いじゃないかと、連呼されたものの─。よくはないと思った。

 それは蔑ろにしているだけだろう?


(あいつはどう思っている?)


 今日、旅先から帰って来る予定だったアイツは現地が気に入ったから「遅くなります」だって。

 計画通り日程を熟すあの、彼女が……。


 どうしたんだろう。


 昨日まで普通だったが、悪友両利き友に何かそそのかされた─いやいや、そんなことアイツに限って。

 ……ここ最近まで互いの空気は重いものであったけど、それもユルくなっていると思いたい。

 深々と思考を巡らせ、仕事に着手していた。

 するといきなり、怒鳴られた。


「オイッこことここ! 誤字に計算ミス!」

「は、あっすみません、直ぐに」

「アレ? お前今起ち上げてるそれ、旧い?」

「あっ?!」

「そんな式で計算されたら……ってゴミ箱でも開いたか?」


 云われ慌てて、調べた。


「すみません、捨てた資料が必要だったもので、そしてやってもうた……」

「もうた? 久々のため口、良いねぇ、どうした?」

「え?」

「お前がそんなカワイイ初歩的ミスをするとは」

「すみません」

小休憩ブレイクするか」

「そうですね」


 先輩に誘われ喫煙所へ。


 滅多に吹かさない煙草を咥えた。目前休憩所の丸テーブルには缶コーヒーが二本置かれている。一緒に居る先輩も満足気に白煙を吐き、腕を組んでいた。二人会話するでもなく、並んでタバコを楽しんだ。


 吐き濁すヤニは直ぐ、清浄機に吸い込まれていく。


 もくもく悶々と燻される葉巻の先を見遣り、先輩の指にある丸い銀の耀きにを奪われた。

 気付くと僕は質問をしていた。


「プロポーズにタイミングって必要?」


 思ってもいない言葉がポロッと、口から注いでたがもう遅い。先輩の表情は鳩が豆鉄砲を食らうかのように。

 零れた言葉というのはなかなかに、取り消せない。

 相手に訊こえてなければ誤魔化しも利くが……、はっきりと口にしたことを自覚し、取り繕うことも考えず煙草を頭上に掲げ身体を縮めた。

 背を丸めた際、狭い壁が僕を跳ね返し、思わずイテッと小声が飛びだした。

 

(帰省が良くなかったか?)


 先の質問に僕自身も驚いた。でも先輩の目を丸くしたままである。ああ、とへこたれる僕の額に缶コーヒーが当たった。

 まだ新しいそれは、先輩の分。

 いやいや、悪いですと言い押し返すと「まあ飲め」と、云われた。

 確かに僕の分はもう無い。

 喉が癒やしを欲していることは、分かっていた。言葉に甘えると、先輩の葉巻は二本目に突入した。


「タイミングかぁ、今日の失態は彼女か?」

「……みたいです」


 気が許せる先輩ともあって、本音がポロリと出てしまう。


「まぁタイミングなんて多分、ないぞ?」

「?」

「そういうのは俺も判らん」

「はぁ」

「俺はデキ婚だから助言らしいことが出来ないが、勢いに任せると良くないとは訊く」

「そうですか」

「……仕事終わりに(指でクッと)行くか?」


 先輩は帰りの予定を決め、火を消した。


 居酒屋にて──。

 色々と愚痴り合い、会社や私生活、お互いが許せる範囲まで吐ききった。

 気が赦せる先輩がいるのは、非常に良いことだ。


 良い気分で帰路に着いた。


 上機嫌でガチャと玄関を開くと、煌々と差す光に目が眩んだ。


(なぜ、明るい?)


 ……廊下に、温もりを感じ─。ハッと意識を靴箱の横に置き、見慣れたヒールを窺う。


彼女あいつだ)


 急いでリビングに顔を出し、キッチンに足を急かせた。

 彼女は僕を覗くなり、旅先の不満を口走った。


「もう聞いて、いきなりの台風予報で……キャッ」


 僕はキッチンに立つ彼女を見掛けるなり小言不満を訊かず、冷蔵庫の扉に詰め寄せた。

 狭い場所にも拘わらず彼女を求めた。激しく、口に吸いついて遣った。


 水よりも彼女を求めた。


 僕を落ち着かせるため彼女の手が僕を押し退けたが、力は僕の方が上だ。

 彼女に対する不服を口で述べる前に僕は、態度で示した。


 帰って来ないと訊いていたから。


 舌を搦ませ唇を食み、互いを求め合うキスをし終え、ジッと見つめる僕達は荒い息を……漏らしていた。

 僕は彼女の額を引き寄せ重ねた。交わす瞳の先は睫毛がかすれ、鼻先は完全にあたっている。

 困惑気味の彼女は肩で大きく、息を吸う。


「最近……、こわいよ」


 呼吸の乱れた彼女の隙間から零れ落ちる言葉が嬉しく、僕はまた深く口づけた。

 とんだ彼女依存症だ。

 酔っているのもあったのか、そのままの勢いで首筋にキス攻め仕掛けたらいきなり、「ガィン」と撲られた。彼女の手には音響く、銀の丸盆があった。


「酒くっさ! 落ち着け!」


 こういう時は女の方が冷静だって云うが、だからってお盆それ

 僕は苦笑し顔を上げたその時、青いが目に入った。

 酒カップ小さな花瓶に生けられ、大柄に咲く赤さに瞳を奪われる。

 「綺麗でしょう?」と彼女は訊ね、友達が持っていた鉢木の一部分が「落ちたの」と話し、綺麗な指で咲き誇る花弁に触れた。


「アレ? 確か害虫阻止法とかで花木はダメでは」

「ううん、大丈夫だけど挿し木を土産で買ったのね、でも雰囲気を味わいたいと本土こっちで植木をね」


 友達の鉢植えが帰る際に折れたと、嬉しく語る彼女が可愛かった。

 もう一度口づけようとした僕に気づいた彼女は容赦なく、ハブ酒を向けた。


(瓶越しに睨む牙は可愛くない)


 蛇に虚どった僕を、小馬鹿にした笑みが飛んだ。彼女の足元には土産袋があり、僕にモウッと溜つき屈みセッセッと片付け始めた。


 ちんすうこう、泡盛、シークヮーサーにさとうきび。


 ここまではよくある普通の「沖」土産しかしここからが?

 芋タルト、芋のチーズケーキ、芋のレアケーキ、レモンスフレに黒糖カヌレって─。

 どんだけお菓子なんだ。


(女の子だ)


 「タコスもあるよう?」と、無邪気に袋から出す彼女は僕の呆気ぶりを察しったのか、言葉を付け足した。

 ヤキモキしていた僕の気も知らず、無邪気に笑う目の前の彼女ヤツにムカッとなり、プツンと何かが頭で弾けた。

 女の身体を腕で担ぎ、シャワー室に放り込んでやった。「何よ?!」と抗議されたけど「罰だよ?」と、逃げられないよう服の上から湯を被せた。


 水も滴る何とやら。


 怒る彼女も良いが、髪から滴る水の似合うこと。

 唇を歪ます彼女の服を脱がす。


(自分も湯を浴びようと、思っていたから丁度良い?)


 憤慨する彼女を問答無用でシャワーの勢いで云いくるめ、一緒に浴びた。

 彼女の白い肌は焼けた所がほんのり赤身を帯びていた。優しく湯水を掛け流しただけで過敏に反応し、肢体をくねらせていた。

 裸体それはまるでクリムトの「水蛇」に視えた。


(やばっ、脳がけてる……)


 理性のタガが外れた。

 お湯の中で蠢く肌はしなやかに、艶めかしく、まるで……。生唾を呑んだ。

 理性欲情が抑えられない。 

 弱々しい彼女にそうっと触れようとしたが、そんな気は毛頭失せた。涙腺を緩ませた瞳をこちらに投げかけ、何かを乞う姿がさらに、僕の気を昂ぶらせた。


(こいつ彼女を壊したい)


 水音が辺りの感覚を消させたが彼女の感触は消えず、僕の手の中で残る。

 ……! 静かに彼女と指を搦めた。


 お風呂から上がる僕は足腰に力が入らない彼女を抱きかかえ、ベッドに運ぶ。小さく呻る彼女に詫びながら肌に、薬を塗った。

 日焼け痕にお湯が当たり過ぎ、まるで因幡の白兎だ。僕はかわいいと思った反面、赤く火照った四肢に平謝りした。

 「もぅ欲情しないで!」と彼女に、クリーム越しに触れる手に釘を刺された。お風呂上がりに指摘され、僕は体温の急激な下がりを感じた。残念そうな僕の表情は見て彼女は、嘲笑う。


 ハイビスカスが揺れる……。


 ベッドの上で手を握り、昔の旅行を振り返った。

 二人で行った沖縄─。

 街並みに溢れる南国の花々や、背の低い木々。珍しい食べ物に、珍しい珍獣見学。どれもが目まぐるしかった。

 突然爪を立て襲い来る、島国特有のスコール。肌は強く打たれ、慌てて軒下に逃げた。

 びしょ濡れになり、二人笑った。

 懐かしい思い出に更けながら彼女としっかり手を取り合い、寝息を立てた。


 離れてても感じとる指。

 離れてても通じ合う指。

 近くで通じ搦める


 この先も手を、指を。


 朝、すやすやと寝る彼女と繫いだままの指先に安堵し僕は……、二度寝してしまった。

 珍しく先に起きた彼女は優雅に、プランタの野菜に水を撒きつつ、ベランダから慌てる僕を眺めほくそ笑む。

 起こしてくれても……とぼやく僕の、会社身仕度が済んだ所で横に立った。

「ご苦労さま、土曜出勤?」

 と、手を振る彼女にアッとなる僕……。

 「いつもの仕返し」と彼女は揶揄い、僕のネクタイを締め直した。赤面した僕は、彼女の良い慰み者へとなっていた。


◇◆◇◆◇花言葉◆◇◆ ◇◆ ◇

 ここでは色違いを。

 白:艶美 ピンク:華やか

 黄:輝き 赤:勇敢、常に新しい美。です。

 沖縄ではお墓によく供えられます。

 植木ハイビスカスは国内線は持ち込めますが確か国際線はダメだったような。でも甘藷やみかんはダメですよ?

◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇ ◆◇





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る