夏─アジサイ
私と彼のあいだに咲く
──アジサイ。
通い合う
彼と、何度めの梅雨を迎えたのだろう。
ふと思いながら、明るい陽射しを浴びた。
今日の空は珍しくカラッと、干していた布団はポカポカだ。ベランダで育てているプランター菜園のトマトとオクラの芽も陽の光の中、輝いて見えた。
足元にある私の小さな
今一番のお気に入りはこの弱々しくもしっかりと、小さな芽を覗かせた紫陽花。
実はこのアジサイ、元は
先日、参列した結婚式。友からいただいた大切な
なのに……、楽しむ前に首をへし折ってしまい、悲しく散らしてしまった。潰れた花に悄気る私を見かねた彼が、「植えて見れば?」と本を調べ、セッセッとくたびれた花木を整え、土を拵え。
挿木してくれた。
作業をやり終えた彼のどや顔は今でも、頭に焼き付いている。
彼の手により
小さな新芽は何故か彼と重なった。
私の瞳に彼は活き活きと、映えたのかな?
花を
花に縁があるのかないのやら……。
フゥと自分ながら、呆れて物が言えない。
花芽を眺め、私は第二の人生を迎えた友の場所。綺麗な紫陽花が覆い尽くす
時計を見て慌て、私はさっと片付けを済ませ外出した。
今日はその友人から、夕食に誘われていた。
急がねば。
先ほどまで晴れていた空は今にも、降り出しそう。
雲に気にかけ、傘を片手に急く私はこの間の披露宴と、その時の彼を、思い出す。。
あの日もこんな、雲行き怪しい空だった。
私はあの日を反芻させた……。
嬉々とし、華々しく友を送り出す門出に何故か、会いたくない元彼と
そんな縁もあるのか?
世間は狭いと、友人の前で笑った。
新郎新婦に頭を下げられ、腹を括る私を久しぶりに茶化す
式の間だけ─、こちらが必要以上に拘わることも、傍に寄る事も無いと思っていたが……。
そうは済まなかった。
式の最中、嫌なあいつは話し掛けてくる。ベタベタするわ、ビールも必要以上に注いで来るわ。
はた迷惑も甚だしい!
しかし場所が場所だけに怒りたくても怒れない私を友人は席から、一生懸命、謝っていた。
ここは新婦の顔を立てましょう。
式が終わり、次は二次会へと。司会者の私の頑張りどころのはずが勧められたお酒で、頭が痛い。
でも今は我慢だ。
二次会が順調に進む中、頭痛がひどい私を更に悩ます
心中穏やかではない私は情景と同じように、雨に打たれそう。
(心が……)とへこむ私に、会場の奥で手招く
なんだろうと、近づいた新婦の後ろに、優しい彼の姿がある。
心配した友人は、私の知らないところで彼を呼びつけていた。彼の腕には数本の酔い止め薬、栄養ドリンク、飲料水が入った袋が腕にぶら下がる。
トドメは両手に握られたウコンドリンク。
用意周到に何を持ってるの?
その姿は滑稽だった。
酒で頭痛はあっても、上機嫌な私は大笑い。二人に心配される最中、隣にやって来た友達の新郎は微笑み「良い彼だね」と、褒めてくれた。
照れる彼の横で、私も照れた。
「駐車場にいるから。終わったら一緒に帰ろう」
手を振り、場を去る彼の背中を私は少し浮き足立って見送った。
嬉しかったんだろうな、彼の気持ちが。
二次会が終わり、帰りを待つ彼の
酔っているせいなのかな?
足取りが軽い。気分が高揚してるのもあるがそれだけではないと、自覚する私がいた。迎えに来た彼を「どういう風の吹き回し」と不気味がるも、これはこれでやはり嬉しい。
あと少しで
不躾陰湿不気味男……が。
向こうも酔っているのだろう。
嫌がる私の肩に馴れ馴れしく触れ、「この後、どこかへ」と訳の分からないことまでほざく。
嫌いな手は私の腕を捕まえ離さない。私は怒りに任せ、持っていたブーケで
手を先に挙げた私も悪いが相手もカッとなり、手を振り上げてきた。
私は転けてしまい、受け取った
私の心は暗く沈んだ。
そんな私をお構いなしに、元カレの嫌がらせは続いた。
帰らせてくれない。
車で待っていた彼が外の様子に気付き、私の元に駆けつけて来た。転けている私を立ち上がらせ、心配してくれる今の彼氏。
その彼氏に庇われる私を不愉快に思い、怒る元彼がいた。ソイツは罵声を上げ、付き合っていた昔話をねちねちと彼に爆露していた。黙る彼はイヤミ男に暴言を吐かれたにも拘わらず静かに佇み、私を支える。
真摯な彼がいた。
蔑まれ、泣きそうな私だったが「フゥ」と息を吐く彼に諌められ、心を沈めた。落ち着いた私はこの後の彼氏の意外な一面、行動を見て、驚くも清々させられる。
「酔っているんだろうが場は弁えなさい」
彼は淡々と言葉を述べつつ、秀麗な顔立ちを怒りに任せ歪ませていた。目は鋭く相手を見据え、言い終えたあとの唇は一文字にキツく結われていた。
私は彼が怒る表情を初めて見た。
私に対してもあまり怒らない、それどころかそういう表情もするのかとびっくりした。
睨まれた相手は彼に慄き、一旦怯むもまだ私を罵る。
口から零れる下世話で穢れた言葉に彼は呆れ、無言で私の手を引き、去ろうとした。彼を気に食わない相手はキレ気味で拳を振り上げ、襲って来た。
彼はてっきり避ける、と私は思っていたが違った。
彼は素直に、殴られた。
「
頬を赤く腫らせ、頭を振る彼は微笑していた。やはり……、この人は計画的に拳を受けたのだ。
あっ、と声を出した時には─、いけ好かない相手は彼に二発、殴られていた。「正当防衛だよね」と彼は零した後、いつもの美麗な笑顔をニヤリと私に向けた。
(えっ、違う違う)
私はものすごくツッコミたく、身体をウズウズさすも。
ただただ、諦観していた。
「ねぇ、もう
平然と私に訊ねる彼が少し怖かったが酔いの方が勝り、爆笑していた。
大口を開ける私の前で元彼は、失禁していた。気付いた彼は相手の荷を漁り、引き出物タオルを股間に被せていた。
「可哀相だがそれは庇えない。じゃあ、さよなら」
私の手を取り、彼はスタスタと車へ進む。車の
持っていた荷物を後部へ放り、彼は運転席に身体を預け、溜つく。
「ほら。いつまでも笑わない、気にしない……。済んだことだし、前を向こう」
黙り込む彼の真顔があった。
彼の一言が何を意味しているかは知っている、でも……。
黙る私の眼に彼の綺麗な顔が映り、ゆっくり口付けられた。私の頭を軽くポンと置いた彼は、また溜息ひとつ。
「帰ろう。家に」
彼の口からスラリと零れた一言が、うれしかった出来事……。
……流れ伝わる温もり。
……穏やかな彼の声。
……移ろう珈琲の薫り。
あれ、思い出? それとも現実?
重々しい扉の開く音、床を擦る足音。次に軽く開かれるドアの音、そして凭れている温もりはガッシリ、それでいて細い。
私の鼻腔に、珈琲の甘い薫りが流れ込んだ。
(あれ、珈琲─?)
「いただきます」
「寝惚けてる?」
飲もうと口にしたカップは彼の温かい唇。
珈琲は彼の体に染みついた豆の薫り。
がっしりとしたソファの感触は彼の胸。
慌て起き、頬を赤らめる私に彼は言う。そんな可愛い顔でいただくと囁かれ唇が近づいたんだ、据え膳食わねば男の恥だよね。
「困った……かわいい」
彼のぼやきと共に、ソファに組み敷かれた私は困惑する。ドッドッと高鳴る胸は身体を縛り、動くことも出来ない。
互いが重ねた情に流されると思った時、アジサイの挿し芽がふと頭をよぎった。
せっかく芽吹いたのにこの雨だと、カビてしまう。
「アジサイ」と呟くと「きちんとあるよ」と私の身体は起こされ、窓際を差す彼の白い指を追わされた。
部屋の隅に置かれた
愛らしい芽が見え、ホッとする私を揶揄い気味に、彼は言う。
「あっちの芽は摘めないがこっちの悪い芽は摘んで貰おうかな?」
気が付くと私の服は全て剥ぎ取られ、赤子同然の姿を晒す。彼もゆっくり自分の衣服を剥ぎ、滑らかな肢体が私に被さり、肌が触れた。
戸惑う私は逞しくも綺麗な胸板から感じる鼓動に、合わせられた。
「最近……流されてる、私?」
「だね、僕は新鮮で嬉しい」
「あなたの心音、うるさい」
「フフ、君のは綺麗な音だ」
「さっ……き、の下ネタ……最、悪」
「そう?」
熱い吐息をゆっくり私の唇に重ねる彼の肩に、手を回した。でも広げた手は絡め取られ、彼の獣のような瞳が私を捉える。
彼に魅了され身動き取れない。
……彼の指に抗うことも出来ない。
「バカ」と吐息と一緒に、言葉を零す私は彼に口を吸われ塞がれた。
彼の肌に溺れ、ふと何かに気づくも、もうこの人しか考えられない。
互いを求める温もりが単なる慰めではなく、意味ある一歩で。
ありたい……。
新しく芽吹いたアジサイの変化ように、私にも何かしらの変化が生まれた。
◇◆◇花言葉◆◇ ◆◇ ◆
紫陽花。
(移り気、浮気、無常)
※アジサイは色でまた異なります。
(青色は彼の紫陽花の方で紹介してます)
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇
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